62話 五十年前に会った人は死んでいてもおかしくありません
日が落ちはじめた頃に、やっとブーゴ村に到着した。
「やっと着いたね」
本当はコンさんの封印を解ける人を探しに来たのに、かなり遠回りしてしまった。
「リリアナさんはどうします?」
「夜に馬車を走らせると危険なので村に一泊しようと思います。でも……」
言いたいことは僕にもわかった。
この村は日本の村と違って本当の意味で村だった。
ログハウスみたいな家が十軒ほどしかない。
宿なんてあるんだろうか。
考えていたことを見透かしたように、ディートが言った。
「宿なんてないわよ」
だよな。
「そうですよね」
ディートがため息をついた。
「はぁ~仕方ないわね。アナタもツチミカドの家に泊まれるように頼んであげるわ」
ということは?
「僕らもツチミカドさんの家に泊まるの?」
「そうよ」
「急に押しかけちゃって大丈夫?」
急に三人で押しかけても、ログハウスでは対応できないんじゃないだろうか。
馬車の御者さんもいる。
「ツチミカドの家は結構広いから大丈夫よ」
「広い?」
小さなログハウスばかりだが。
ん? 村の中にログハウスが集合している場所があった。あの固まりは……。
暗いし、少し距離があるからよく見えないけど、渡り廊下とかでつながっている?
あの固まりだけ他のログハウスとは雰囲気が違った。
「あそこ?」
指差して聞くとディートが肯定する。
「そうそう。行きましょう」
近づくとわかった。
なんだか日本家屋というか昔の寝殿造りのような家だ。
しかも、庭にあたる部分は日本庭園のようになっていて、庭木の手入れを紙のような人たちがしていた。いや紙のような人たちというか人型の紙だ。
「な、何あれ?」
「アレはシキガミっていうオンミョウジの使い魔よ」
第五章 異界の国の陰陽師
式神だって?
リリアナさんも驚いている。
「話には聞いていましたが、初めて見ました」
あんまり詳しくないけど、やっぱり日本の陰陽師で間違いなさそうだ。
ディートがシキガミに話しかける。
「主人を呼んできて」
人型の紙の一人(?)が、ディートにコクコクとうなずいて屋敷に入っていく。
しばらくすると、日本人であれば中学生になったばかりぐらいの少女が出てくる。
日本人っぽい雰囲気もあるが、髪色は青色だ。
この少女にコンさんを解放なんてできるんだろうか?
「ディート、あのさ……」
「誰?」
僕が話しかける前に、ディートが誰とか言い出したぞ。
一緒に冒険したことあるんじゃないのか。
とまどうディートに少女が何やら話しかけている。
「そんな……。エミリは死んじゃったの?」
「えええ?」
◆ ◆ ◆
少女の家でディートから事情を聞いていた。
どうやらディートが会おうとしていた人物は既に死んでいたらしい。
僕が呆れる。
「そりゃ五十年も昔の話なら死んでいてもおかしくないよ」
「人間の寿命って短すぎでしょ」
ディートは千年も生きられるらしい。
ってかホントに二百十歳なんだろうか?
聞くのがちょっと怖い。
ディートと僕の会話に少女が割って入ってきた。
彼女もモンスター語を話せるらしい。
「祖母が冒険者をしていたというのは聞いています。つまりディートさんは私の祖母と冒険者仲間だったというのですね?」
「そうそう。リュウちゃんのおばあちゃんとは気が合って、結構長いこと一緒にパーティーを組んでいたのよ」
少女は先ほどの自己紹介で、ディートの知り合いのお孫さんで十三歳のリュウちゃんということがわかった。
ディートにも長く付き合える冒険者仲間なんていたのか。
「そうでしたか。祖母にどのようなご用件だったのでしょう?」
「実はちょっとした頼み事があったんだけど」
ディートの話によれば、庭の手入れにシキガミを複数同時に使役していたリュウちゃんの力は祖母にも劣らないのではないかという。
封印は施すよりも解除のほうが力は必要ないので、リュウちゃんに頼めるのではないかとのことだった。
「なるほど。ただ私の祖母と知己だったとおっしゃられる方はたまにいらっしゃるんですよね。頼み事をする人も」
「ちょっと、私の話を疑うの?」
「いいえ。疑っていません。ディートさんの魔力は十分に感じますし、私の家の特殊魔法についても詳しいようですし」
先ほどディートと異世界語で話していた。
魔法の話もしていたのかもしれない。
ディートの魔法の実力や知識的には、リュウちゃんのおばあさんの知り合いであることを疑ってはいないようだ。
だが、リュウちゃんの顔が険しくなる。
「祖母はかなり破天荒な人間で、ツチミカド家の使命も忘れて飲む打つに溺れていたとか」
飲む打つ。酒と博打か。
ディートと気が合いそうだ。
ツチミカド家の使命ってなんだろう。
「ま、まあ、酒はかなり好きだったわね。博打も」
「そういう祖母ですから、知己の方であってもおいそれと頼み事を聞くわけにはいかないのです」
なるほど。知り合いは簡単に言うと輩かもしれないと。
「頼み事の内容は?」
「モンスターの封印を解いてほしくて」
リュウちゃんの幼さを残す顔がますます険しくなった。
「モンスターの封印を解く? 封印されるようなモンスターは危険なモンスターばかりということはわかっていますか?」
「ちゃんと対策はするわ」
「たとえ結界の中で解いても安全とは限らないですよ」
ディートはマミマミさん立ち会いのもとで解くことを言ったんだろう。
リュウちゃんは結界の中で解くことを考えたようだが。
「どのようなモンスターを?」
それを聞かれると辛い。
モンスターに詳しいディートはなおさらのようだ。
「コンっていうモンスターなんだけど」
「名前ではなく特徴を教えてください」
「狐……九尾の……」
「九尾の狐ですって?」
リュウちゃんがバンッと机を叩いて立ち上がる。
「何を考えてるんですか! 危険度超S級ですよ! 国を滅ぼすモンスターなんですよ!」
九尾が国を滅ぼすという伝説はここでも有名らしい。
ディートもリアも言っていたしな。
「多分、大丈夫だから」
「どうして?」
「どうして、って大丈夫って言うから」
「誰が大丈夫なんて気軽に言うんですか?」
ディートが僕をチラリと見る。
リュウちゃんが僕をにらんだ。
「アナタですか?」
この剣幕ならディートを責められまい。
そもそも僕のワガママだし。
「そうだけど、なんとか頼めないかな」
「まだ駆け出しの冒険者って風ですね。九尾に誘惑されたのでは?」
「い、いやそんなことはないよ」
「どちらにしろ、どこの馬の骨とも知れない人のそんな無謀な頼み事は聞けません」
う、馬の骨と言われてしまった。
まあ、確かに異世界人からしたら怪しい格好や雰囲気を出しているかもしれない。
「本当は追い返したいところですが、もう夜ですし村には宿もありません。一泊してお帰りください」
そう言い残してリュウちゃんは部屋を出ていく。
ディートとリリアナさんと部屋に残される。
すぐに人型の紙シキガミがやってくる。
「な、なんだ?」
腕を引っ張られて立ち上がらされ、背中を押される。
ディートやリリアナさんもシキガミに背中を押されている。
二人と並びの個室に案内される。
ベッドがあった。
どうやら宿泊用の個室のようだ。
ベッドに腰掛ける。
「取りつく島もない」
どうすればいいんだろう。
―トントン
そんなことを考えていると部屋の扉をノックされた。
「トール、いい?」
ディートの声だ。
「あ、どうぞ~」
扉を開けてディートが部屋に入ってくる。
「ごめんね。まさかエミリが死んじゃってたなんて」
ディートがベッドの隣に座る。
「いやディートが悪いわけじゃないし」
「まさかあんな堅物の孫がいるとは」
「堅物じゃなくても、伝説にまでなっている危険なモンスターを解放してくれって言っても断られるよなあ」
「特にツチミカド家はオンミョウで魔を払い民を救うっていうのを家訓にしてるしね」
「あ~そうなんだ」
それじゃあなおさらやってくれないだろう。
「破天荒なエミリさんだったら家訓とか関係なかったのにね」
「ううん。確かにエミリは酒もヨーミの地下でギャンブルするのも大好きだったけど、ツチミカド家の家訓はちゃんと守っていたわよ。私が何回か聞いたぐらいだもの」
「言ってただけじゃないの?」
「冒険者ギルドではモンスター退治の仕事を積極的に受けていたわ」
「破天荒ではあっても家訓は守っていたのか。でも結局エミリさんに頼んでもダメだったんじゃないの?」
「少なくとも事情は聞いてもらえるでしょ。何度も一緒に冒険した仲なんだから」
なるほど。
そうかもしれない。
「でもディートは僕に詳しい事情も聞かないよね?」
「マミマミ様に勝てるモンスターなんかいないでしょ。それに……」
「それに?」
「まあトールには協力してあげたいし、信用してるし」
「あ、ありがとう」
「うふふ」
「えへへ」
二人で笑い合ってると急に部屋の扉が開く。
リリアナさんだった。
「リリアナさん」
「お二人はずいぶん仲がいいんですね」
僕とディートは慌てて離れた場所に座り直す。
「どうしたんですか?」
「改めてリュウちゃんが話を聞いてくれるらしいですよ」
「ええ? 本当?」
「本当です。先ほどの部屋に行きましょう」
一体どうやって説得したんだろうか。