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61話 どこかで聞いたような職業

 ピエール卿との会談は無事終わった。

 城にしばらく逗留することを勧められたが、ブーゴ村に急いでいることを伝える。

 そもそも旅の目的は、コンさんを殺生石から解放してくれる人に会うことなのだ。

「残念だが、仕方あるまい。またアラゴンの街に来た時は当城に寄られよ」

「ありがとうございます」

 ピエール卿にはかなり気に入られたようだ。

 遠方の国の貴族というのもバレていない。

「お父様、せめてアラゴンの名所をご覧になっていただきたいですし、途中までトール様をお送りしてよいでしょうか?」

「おお、それは良いことじゃ。送って差し上げなさい」

「えええっ? それはちょっと~」

 途端にディートの機嫌が悪くなる。

 僕が断ろうとするとリリアナさんが小声で言った。

「山賊さんたちの借金が免除になることを、少しでも早く伝えて安心させてあげたいので」

 なるほど。領主の娘であるリリアナさんが伝えれば安心するか。

 襲われた場所はブーゴ村から遠いけどね。

 ピエール卿とは食堂で別れる。

 リリアナさんは着替えてくるようだ。

「私は旅装に着替えてまいりますので城門にて」

 案内の人に城門まで送られ、荷物を受け取る。

 ディートは不満気だった。

「なんで、あの子に送られないとなんないのよ」

「さっき小声で言ってたんだけど、あの農民たちをいち早く安心させたいからだってさ」

「そうか。そういうことね」

「そそ。早くしないと子供のために山賊に戻っちゃうかもしれないし」

「なら仕方ないか」

 しばらくすると、リリアナさんと従者のジャンさんがやってきた。

「お待たせしました」

 彼も一緒か。

 僕に対しての態度がややトゲトゲしいんだよなあ。

「では出発しますか?」

 僕が言うとリリアナさんが止めた。

「ちょっとお待ちください。今、馬車を手配しましたから」

「おお、ありがとうございます」

 ディートと二人の時は乗合馬車というバスのような馬車だったが、さすがに貴族ともなると自分の馬車を持っているようだ。


                 ◆   ◆   ◆


 ジャンさんが貧しい農民たちから話を聞いて驚いていた。

「トール様は噓なんてつかないって言ったのに」

 リリアナさんが笑う。

「ジャンはあんまり浮世離れした話だったので、噓だと思ったそうです。許してあげてください」

 どうやらジャンさんは、僕が農民を助けようとしていたことを噓だと思っていたようだ。

「そんなに変かなあ」

 僕がつぶやくとディートも言った。

「まあ私もトールを知らなかったら、絶対ジャンと同じように噓だと思ったわ」

 貧しい農民たちが、ひたすらリリアナさんに頭を下げて感謝していた。

 どうやら今ある借金をチャラにした上で、新しい生活資金の貸し付けをすることになったようだ。農地も貸し出すらしい。

「感謝の言葉は、あそこにいるトール様に直接伝えてください、と言いましたわ」

「えええ? 僕? ほとんどリリアナさんがやってくれたじゃない」

 僕がしたことは、せいぜいピエール卿に会いに行ったことぐらいだ。

「皆さんを助けようとしたのも、父に会われて説得されたのも、トール様ですよ」

「借金をチャラにする説得方法を考えたのはリリアナさんじゃないか」

「説得ができたのはトール様がいてくださったからです」

「え? どういうこと?」

「父は損得や名誉に関する判断はできても、娘の意見となると聞いてはくれなかったでしょう。今回は異国の貴族の方の意見だったから耳を傾けてくれたのです」

 なるほど。娘の意見は正しくても聞けないけど、初めて会った貴族の意見だと聞いてしまうのか。そういうものかもしれないな。

「でも結構話のわかるお父さんだよね」

「そうですか? 苦労していますよ」

 父娘で同じことを言い合っていて苦笑してしまう。

 とりあえず貧しい農民の件はこれで一件落着だ。

「リリアナさん、色々ありがとう。じゃあ僕らはブーゴ村に用がありますからこれで」

「ブーゴ村までお送りしますよ」

「えええ?」

「だってここからは乗合馬車も出ていません。私の馬車でならお送りできますよ」

 確かにそうだ。

 ここはオルレアンとセビリダの間にある山賊の待ち伏せに適した林の中。

 もちろん乗合馬車など出ていない。

 リリアナさんの馬車で行けば、かなりの時間短縮になる。

 リリアナさんがもう一度、そのほうがいいとうながした。

「それじゃ、お言葉に甘えることにしようか? ね?」

 ディートのほうを見る。

 明らかに不満そうだが、僕には学校がある。

「学校があるからさ」

「はいはい」

 不満気ではあるが、急ぎの旅だということは理解してくれたらしい。

 僕とディートが馬車に乗り込む。

 リリアナさんと一緒にジャンさんも乗るのかと思ったら、ジャンさんは城に戻るらしい。

「じゃあ、ジャンはお父様に報告に帰ってね」

 リリアナさんと僕たちを乗せて、馬車は発車した。

「ジャンさんは来ないんですか?」

「実は、トール様が山賊まがいの行為をした農民を助けようとしているのが噓か本当かでジャンと賭けをしていたんです。私は本当のほうに賭けて、勝ったから帰ってもらいました」

「あ~なるほど」

 お嬢様はお目付け役ナシで自由な旅を満喫したいらしい。

 林を抜けると丘陵地帯が広がっていた。

 快晴の中、馬車は進んでいく。


                 ◆   ◆   ◆


 僕は馬車の中で質問攻めにあっていた。

「タチーカワはどんな街ですか?」

 リリアナさんは会食の時に話した選挙制度などによほど感心したようだ。

「どんな街って言われても、まあ地方都市って言ったらいいのかなぁ? いや都市の中の田舎って言えばいいのか?」

「人口はどれぐらいいるんですか?」

 げっ。

 確か17、8万人ぐらいだけど、異世界で17万人の都市って言ったら超大都市になってしまうのではないのだろうか。

 少なめに言ったほうがいいのか。

 オルレアン・セビリダ・アラゴンの街と見てきたけど、オルレアンが一番人がいる気がした。

 何人ぐらいなんだろうか。

 隣のディートにこっそり聞く。

「ねね。オルレアンって人口何人ぐらい?」

「15万人ぐらいって言われてるわよ」

 へ~、じゃあ17万人ぐらいって本当のことを言ってもおかしいとは思われないかもしれない。

「えーと17万人です」

「タチーカワは17万人もいらっしゃるんですか!」

 リリアナさんがめっちゃ驚いている。

 やべえ。また何かやってしまったか。

「ダンジョンという産業があるオルレアンですら15万人なのに」

 な、なるほど。

 あそこはダンジョンが産業化してる都市なのか。

 どうりで立川の駅前並みに人がいると思った。

 とは言っても北口には敵わず南口ぐらいだけど。

「タチーカワにはどんな産業があるんですか?」

「さ、産業?」

「何かあるんでしょう?」

 う、うーん。

 大都市東京のベッドタウンであることとか、新宿から中央線一本で30分ぐらい以外に何かあるんだろうか。

 あ!

「ウ、ウドかな」

 確かウドの産地のはずだ。

「ウドってあの野菜の?」

「う、うん。タチーカワは東の国一のウドの産地だよ」

「そ、そうですか」

 ディートが僕の脇を肘で突く。

「馬鹿ね。ウドが17万人も支えられる産業になるわけないじゃない。疑われるわよ」

「そ、そんなこと言ったって後はアニメぐらいじゃないか?」

「アニメか。面白いけどこの子に言ってもわかんないだろうしね」

 ディートは僕のスマホでアニメを知っているようだが、異世界人にはわからないだろう。

 そういえばセビリダは交通の要衝だった。

「こ、交通の要衝なんだよ。それで大きな街になったんだ」

「なるほど」

 立川が交通の要衝かと言われると微妙なところだが、色んな路線が通ってるし、それらを利用する人々が住んでいるから噓ってわけでもない。

 リリアナさんが真面目な顔で僕を見た。

「トール様、噓をついているとは思いませんけど、私に何か隠していませんか?」

 うっ。

 多すぎて何のことを言われてるかもわからない。

「いや、特別隠していることは何も」

「ふ~ん」

 そう。全体的に隠しているだけで特別隠してることはないのだ。

 自分に苦しい言い訳をしているのがわかる。

「まっ。いいです。ミステリアスなのも興味深いです」

「興味深いって僕が?」

「はい!」

 まあ異世界人にとってはそう思えるかもしれない。

「まあ東の国の珍しい品を持っていたり、服も変わってるからね。話も珍しいだろうし」

「違いますよ。トール様が面白いんです」

 え? 日本の話じゃなくて?

「僕が? どうして?」

「だって、自分とはまったく関係ない商人や、ましては自分たちを襲った農民のために、芝居してまで助けようとしたりしますか? 東の国ではそれが普通なのですか?」

 日本では普通かと言われれば、まあ考えてみるとほとんどの人はしない気がする。

「あんまりしないかなあ」

「でしょう。それはトール様だからですよ」

「でも子供たちを見たらほっとけないだろ」

「多くの人はそこまで関わろうともしないんですよ」

 スライムや巨狼やエルフや女騎士にも関わらないかも。

 ましてや悪さをするかもしれない狐なんか。

 自分でもわからないが、関わってしまうとほっとけなくなる。

 世話焼きだったおばあちゃんの影響が大きいとは思う。

「お節介なのかな」

「トール様のそういうところ素敵ですよ」

 ダメなところかなあと思っていたのに、意外にも真っ直ぐに褒められる。

 しかも満面の笑みだった。

 また肘鉄が飛んできた。

「ぐわっ」

「にやけてるわよ」

「なんで肘鉄してくるんだよ」

 ディートとそんなやり取りをしているとリリアナさんが聞いてきた。

「トール様は貴族ではありませんし、ディートさんも従者ではないんですよね?」

「ええ。あれはピエール卿に会うための方便でした。すいません」

「いえ、いいんですよ。貴族と名乗らなければ父も会わなかったと思いますから。でも貴族と従者でないならお二人はどんな関係なんですか?」

「か、関係?」

「どんな関係って……」

 冒険者の先輩とか秘密を共有する仲間とか?

 でもやっぱり友達だろうか。

「と、友達かな」

「そ、そうよね。友達よ」

 ディートも同調してくれる。

 顔は真っ赤だけど。

 僕もそうだが、ディートも友達を友達と言うのを恥ずかしいと思うタイプらしい。

「本当ですか?」

「本当って、本当だよ」

「もっと親密そうに見えますけど」

「親密って?」

「そうですねぇ……恋人とか?」

 否定しようとしたら、ディートが友達と言われた時よりも真っ赤な顔で否定した。

「ち、違うわよ。馬鹿馬鹿馬鹿」

 馬鹿と言われながら何故かポカポカと叩かれる。

「いて、いててててて。なんで僕を叩くんだよ」

 これは話題を変えないと身が持たない。

「と、ところでさっきの賭けの話ですが、もしジャンさんが賭けに勝ってたらどうなってたんですか?」

 リリアナさんが勝った場合は、お目付け役のジャンさんは城に帰るというものだった。

 負けた場合のジャンさんの要求はなんだったんだろう。

「そ、それは~」

 ずっと快活だったリリアナさんの歯切れが急に悪くなる。 

「秘密です」

「秘密……」

 なんで秘密?

「と、ところでトール様とディートさんはどうしてブーゴ村に向かっているんですか?」

 はぐらかされた気がする。

 しかも、この質問も答えにくいぞ。

「え、えっと僕の国に封印されたモンスターがいて」

「ああ、封印が解けかかっていて、再度、封印するんですね」

 いや逆なんだけど。

 けどモンスターの封印を解くなんて言ったら大反対されるんじゃないだろうか。

「ま、まあ、ちょっと違うけど、そんなところだよ」

 曖昧に誤魔化す。

「それでブーゴ村なんですね。ツチミカド家のオンミョウジは有名ですもんね」

「え? オンミョウジ?」

 どっかで聞いたことあるような響きだ。

 オンミョウジ、オンミョウジ……陰陽師!?

 昔の日本のアレか?

 リリアナさんの言葉にディートがうなずく。

「当代のツチミカド家とは何回か一緒に冒険したことあるの。封印術にも詳しいしね」

 ちょっと気になるから聞いてみよう。

「ディート、オンミョウジとかツチミカドって何?」

「オンミョウジは非常に珍しい術を使う職業のことよ。ツチミカド家はその職業の家系なの」

 ディートの話によると、珍しい職業は血統によることが多いらしい。

 僕の管理人という職業も血統によるものなんだろうか。

 蒸発したダメ親なんだけどな。

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