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60話 善玉令嬢

 しばらく迎賓館の応接間で待っていると、使いの人が僕たちを呼びに来た。

 案内された食堂には既にピエール卿と美しい女性が座っていた。

 なるほど、あれが娘さんか。

 おかしい、どこかで見たような気がする。

 ディートが小声でつぶやく。

「あ、あれって」

「リリアナさん?」

 あの時の冒険者のような格好ではなく、ドレスなのですぐには気づかなかったが、間違いなく馬車に同乗していたリリアナさんだった。

 ピエール卿が紹介してくれた。

「トール殿。貴公が会いたがっていたワシの娘じゃ」

 リリアナさんが席を立って、背筋は伸ばしたまま、片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足の膝を軽く曲げる。

「ふふふ。やっぱりいらっしゃいましたね」

 やばい。リリアナさんは僕たちが貴族ではないと知っている。

 ディートも苦しそうな顔をしている。

「お前、トール殿を知っていたのか?」

「ふふふ。たまたま街に来る馬車で乗り合わせました。でもトール様にお父様の娘と話してはいませんよ」

「誠か。トール殿?」

 少し迷ったが、こちらもピエール卿に知らなかったことを伝える。

「はい。存じ上げませんでした」

 僕の言葉にピエール卿が身を乗り出した瞬間に、ピエール卿の後ろにいたリリアナさんにウィンクされた。

 どうやら偽貴族と告発する気はないようだ。ほっとした。

「何故、話さなかったのだ。リリアナよ」

「お父様とトール様を驚かせたくて」

 馬車の中で噓はつけないとか言っていたしな。

 貴族のフリをして紹介してもらうことはできなかったのかもしれない。

「まったくお前という奴は……。まあトール殿、座られよ」

「ありがとうございます」

 会食は和やかに進んだ。

 時折聞かれる『東の国』の情報を、異世界に照らし合わせて不自然にならないように話す。

「ほう。たこ焼きとな」

「はい。丸い溝が彫ってある鉄板に水で溶いた小麦粉とタコを入れて」

 食事をしているからか、ほとんど食べ物の話になる。

 ありがたい。

 魔法やモンスターの話になったらお手上げだ。

 技術の話もほとんどわからない。

 それでも、しておかないといけない話もある。

 政治の話だ。

 僕は今、そのためにここにいる。

 そろそろ切り出すか。

「ところで、実は道中でピエール卿の領民たちとも会ったのですが、かなり困窮している農民がいるようですね」

「そうなのか」

「東の国では、困った民には給付金や貸付金を出したりしますよ」

「ほうほう。我が領地でも領民に種もみや資金の貸付をしているのだがなあ」

 あの農民たちは、昨年に起きたという凶作のせいでそれを返せなくなったらしい。

「返せなくなっている農民もいるようですね」

「とんでもない話だ。困っているから貸し付けたというのに」

 ううう。怒っている。

 まあピエール卿の立場からしたらそうなるよなぁ。

 だけど、引き下がるわけにはいかない。

「でも、もう少し返済の期限を延長するとか給付するとかできませんかね?」

 ピエール卿は明らかに表情をくもらせる。

「うーむ」

 なんとか折れてくれないかと思っていると、ピエール卿が首を横に振る。

「借金の証文がどれだけあると思う。全員を許したら大変な金額になるぞ」

 やはり無理か。

「お父様、トール様のお考えがわかりませんか?」

 突如、リリアナさんが話に入る。

「トール殿の考え? どういうことだ?」

 僕の考え? なんだろう?

 あっ。ひょっとして馬車の中で聞いたトンチ話をするのだろうか。

「トール様はそんな証文は焼いてしまえと考えていますよ」

「な、なんだと? トール殿、どういうことだ?」

 僕が答えに窮しているとリリアナさんが語りはじめた。

「お父様、考えてもみてください。お金や穀物の種もみまで返せなくなった民はどうしますか?」

「夜逃げするだろうな。最悪、山賊になるかもしれぬ」

 その通りだよ。

 実際、見てきたし、襲われたし。

「夜逃げをされたり、山賊になられたら、結局お金は戻ってこないのでは?」

「確かにその通りだ。だが証文を焼くとはどういうことだ。トール殿」

 ここからは僕がリリアナさんに教わったことを話す。

「証文で取り立てても農民は夜逃げをするだけ。逃亡先で卿のことをどう話すと思いますか? 山賊をされたら農民に被害が出て、また貧しい農民を増やすのではないですか?」

「確かにその通りだが……」

「逆に証文を焼けばどうなるでしょう。領民を思う領主という世評がタダで手に入ります」

「ふーむ」

 ピエール卿は考え込んでから顔を上げた。

「そうだな。昨年の凶作で困っている農民に対しては証文を焼いてしまうか。トール殿の言うように一銭にもならない証文を大切にして悪口を言われたり、山賊をされたりしたらかなわんからな。タダで世評が買えるというのも気に入った。トール殿、礼を申し上げますぞ」

「あ、いや、まあ……」

 本当はリリアナさんが考えた案だと言いたかったが、この場は否定しないほうが上手くいくだろう。

 自分の娘から言われるよりも、異国の貴族から言われるほうが効く。

 リリアナさんが少し話を変えて雑談をはじめた。

「本当に素晴らしいですわ。トール様の国ではどのような政治がおこなわれているんですか?」

 どうもリリアナさんは政治の話が好きらしい。

 協力してもらったからには付き合わないといけないだろう。

「え、えっと、貴族の代わりに選挙で選ばれた人がやってますよ」

「選挙とは、一体どんなものでしょう?」

「皆で投票して、最多の人が代表になって政治をするんです」

「でも、それだと選ばれた人が傲慢になって好き勝手しませんか?」

「だから任期を設けるんですよ。任期が終わったら、また投票します」

「それは凄い!」


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