5話 学園寮の仲間たち
「●?※▼◯□?」
会長はあられもない声をあげている。
レベルアップして、頭脳明晰、スポーツ万能になり、バラ色の高校生活を送る僕の夢は潰えてしまうのか。
それどころかスライムを使って怪しいことをする犯罪者になってしまうかもしれない。
「シズク! ストッ……」
シズクの止めようとした時、名案が電光のごとく閃く!
「スキャンを続けて!」
シズクが会長の服の合間から顔を出した。
「え? もう終わりましたけど」
「いいから続けて!」
「は、はい!」
「●?※▼◯□?」
会長は気絶した。
「シズクもういい! 僕の部屋の畳にでも変身して隠れるんだ!」
「わかりました」
シズクが僕の部屋に奥に戻る。
後は会長だ。シズクとの会話を会長がハッキリ認識していたら終わりだが、僕だったら不可能だと思う。
実際に気絶しているんだ。
「会長、会長、六乃宮先輩」
「う、うううん。はっ……!」
倒れた先輩がガバっと上半身を起こして両腕で胸とスカートを押さえる。
「す、鈴木くんも見たでしょ? 白いスライムみたいのが私を!」
「白いスライム?」
「み、見てないの?」
「何も。それよりどこか体が悪いんですか?」
どうやら僕とシズクの会話は聞かれていない。
それどころじゃなかったのだろう。
恥ずかしいだろうし、プライドの高い会長なら誤魔化せるんじゃないだろうか。
「か、体は……大丈夫よ……ちょっと目眩がしただけだから……」
よ、良かった。誤魔化せたみたいだ。なら、早めに逃げよう。
「そうですか! 大丈夫ですか! ならご飯を作らないとなあ」
「そうよ! もう二十分しかないじゃない! 間に合うの?」
「ま、間に合わせます」
僕は急いで食堂に向かった。
こはる荘の各部屋には小さなシンクはあるが、安全のためガスコンロ等は設置していない。
おばあちゃんが食堂でみんなの食事を作っていたが、三日前からはそれが僕の仕事となっている。
ご飯は登校前に炊飯器で炊けるようにセットしてあるので、味噌汁とサラダとおかずを作るだけだ。
シズクが大人しく僕の部屋で待ってくれているといいんだけど。
食堂に着くと二年生の先輩、木野小太郎先輩がいた。
会長からはキノコと呼ばれている。マッシュルームカットで大のキノコ好き、というかキノコオタクだ。
僕も一度、無意識にキノコ先輩と呼んで謝罪したが、本人はキノコ先輩でも構わないらしい。
「やあ。鈴木氏」
「あ、先輩。またキノコ料理を作ってくれるんですか?」
手を動かしながら挨拶する。
「えのき茸の三杯酢を作ったんでござるよ」
「美味しそうですね」
木野先輩は僕がこはる荘にいなかったころから毎日キノコ料理を一品増やしてくれているらしい。
「えのき茸の三杯酢は作り終わったよ。小生も手伝おうでござる」
「ありがとうございます。じゃあ、お味噌汁に入れるお豆腐を切ってくれますか?」
「心得たでござる」
木野先輩が手伝ってくれたおかげでギリギリ定時の七時三十分に間に合った。
メニューは豚肉の生姜焼き、トマトとレタスのサラダ、えのき茸の三杯酢とお味噌汁だ。
寮生は僕を入れて四人。いただきますをして、その四人で食卓を囲む。
「どうですか? 小生のえのき茸で作った三杯酢は?」
「ええ。美味しいわよ。庶民の料理も美味しいものね。鈴木くん、ご飯のおかわり」
「酸味が効いてとても美味しいです。はい、会長。ご飯どうぞ~」
木野先輩が自分のキノコ料理の感想を聞くのは昨日も見た光景だ。
会長が意外と大食い、もとい健啖家なのも昨日と変わらない。昨日は五回もご飯をおかわりした。
「そうでしょう。そうでしょう。美夕氏は?」
木野先輩は最後の寮生である一年の美夕麗子にも感想を聞いた。
美夕さんは光沢のある長い黒髪だ。
だが、猫背なので、顔の前面に黒髪が垂れ下がっている。顔は完全に見えない。
まるで某有名ホラー映画に出てくるビデオの呪いの幽霊のようだ。
美夕さんは、食事も器用に箸で運び、黒髪のなかで食べる。
やはり顔を見ることができない。未だに彼女の声は聞いたことがない。
「いや照れますなあ」
木野先輩は上機嫌で頭をかいている。
今、美夕さんは美味しいとでも言ったのだろうか。
わずかに光沢のある黒髪が縦に頷いた気もしたが、やはり美夕さんの声は聞けなかった。
「おかわり!」
「は、はい」
会長の三杯目のご飯を盛る。
「ところで鈴木くん。友達、何人ぐらいできた?」
会長が笑顔で聞いてはならないことを聞いてきた。
しかも、友達ができていることが前提になっている。
「キノコやレイちゃんと違ってアナタは普通っぽい人だから友達ぐらいできたでしょ?」
ちなみに会長は美夕さんをレイちゃんと呼ぶ。
僕も他人のことを言えないんだけど、やっぱり木野先輩と美夕さんには友達がいないのか。
「一人もできていません」
「え~? もう転校して三日目でしょ! しっかりしなさい」
しっかりしなさいと言われてしまった。
けど、会長だって高飛車だし、そう友達は多くは無いんじゃないか。
「鈴木くんから庶民の友人の作り方でも教えて貰おうと思ったのに」
こりゃ会長も友達いないな。どうやら、ぼっちが集まった寮らしい。
上から目線の生徒会長に、キノコ狂いの先輩、一言も声を発しない幽霊のような少女……、友達ができるわけがないか。
「鈴木くん、お代わり!」
「はいはい」
会長の四杯目のご飯をよそいながら、ふと思う。
そういえば彼らも押入れの奥がダンジョンになったりしてないんだろうか?
僕の部屋と彼らの部屋は階数が違ったりはしているが、こはる荘の個室の構造はどこも同じはずだ。遠回しに聞いてみよう。
「みなさん、洞窟とか好きですか?」
一瞬、食卓がシンと静まり返る。
しまった。急に洞窟が好きかと聞いてもおかしい人と思われるかも。
「そ、その、この近くに洞窟ないかなあって……鍾乳洞とか。あははは」
誤魔化すことにした。
「立川に洞窟なんてないわよ。山もないんだし」
会長は何を言っているんだろうという顔をする。
「……」
美夕さんは相変わらず、反応はない。ところが……。
「そ、そうですよ! 鈴木氏! 珍しいキノコでも栽培するんでござるのか? あははは」
ん? 今の木野先輩の反応は明らかに焦っているように見えたが。
木野先輩にもう少し問いただそうとすると、急に会長が笑いだした。
「あははは。笑わせないでよ。レイちゃん」
「え? 美夕さんはなにか言いました?」
彼女は何か言ったのだろうか。顔は黒髪で相変わらずうかがい知れない。
「今、レイちゃん、言ったじゃない? 鈴木くんと一緒に洞窟に行きたいって」
何も聞こえなかったぞ?
「レイちゃん、先輩がうぶな後輩をからかっちゃダメよ」
え? 先輩? どういうことだ。美夕さんは僕と同じ一年と聞いている。
「あ、そっか……鈴木くんはまだ知らないのか。えっ別に気にしてない? うんうん。そう、わかった」
会長は何やら美夕さんとコミュニケーションが取れているようだが、こちらは何もわからない。
「レイちゃんは鈴木くんの一つ年上だけど留年しちゃったのよね」
先輩って文字通り先輩だったのかよ!
「でも学業不振だからじゃないのよ。それどころか学年トップ。留年したのは出席日数が足りなかったのね」
驚いた……幽霊にしか見えないこの人が学年トップ。
こはる荘に幽霊が出るっていう噂の原因は……多分、美夕さんだ。
カマかけてはみたが、結局ダンジョンのことを知っている寮生がいるかは確信が持てなかった。
木野先輩はひょっとしたらダンジョンを知っているかもしれないが、少なくとも会長はダンジョンを知らないようだ。美夕さんは何もかもサッパリだった。