59話 客好き貴族ピエール
乗合馬車がアラゴンの街に着く。
夜の帳が下りはじめている。
「どうしても、お断りされるのですか?」
「うん。悪いからさ」
リリアナさんは実家に泊まってはどうかと提案してくれた。
お受けしたいところだが、ディートの機嫌が悪くなると残った旅路が辛い。
「わかりました。また会えるといいですね」
「うん。いつか会えるといいね」
「すぐに会えるような気もしますが」
そうかな。
同じヨーミのダンジョンを探索する冒険者だから、すぐに会えるだろうということだろうか。
めちゃくちゃ広いし、結構たくさんの冒険者がいるからどうだろうか。
馬車の停留所に着く。
「それでは。また」
「うん。じゃあねえ」
リリアナさんとジャンさんが離れていく。
ディートが急に二の腕をつねってくる。
「いた! なんだよ!」
「何よ。デレデレして」
「してないだろ。家に泊めてくれるって話も断ったし」
「当然でしょ。急ぎの旅なんだから」
プリプリしながらもディートが良さそうな宿を見つけてくれる。
「パーカーを売ったおかげでお金があるし、今日は僕が払うよ」
「自分の分は自分で払う!」
「そ、そう。じゃあ」
今まで色々払ってもらってるからって思ったのに……。
手続きはディートにやってもらう。
「はい鍵。明日の朝、食堂に集合ね」
「わかったよ」
えーと僕の借りた部屋は204号室、と。
異世界の文字も数字ぐらいはわかるようになってきた。
ディートの部屋番号はどこだろう。
と、思いながら204号室を開ける。
「ってなんでディートが僕の部屋にいるんだよ!」
ゆっくりとくつろごうかと思ったのに、部屋に女性がいたら僕にはとても無理だ。
「やっぱりお金もったいないと思ったから」
ううう。
そろそろゆっくり寝たいけど、考えてみれば寮でもこんな生活か。
せめて二つベッドがある部屋だったらよかったのに。
あ、そういえば。
「今日こそ寝袋を使うか」
「それじゃあ疲れ取れないでしょ!」
「一緒に寝るとディートはグーグー寝てるけど、僕は逆に疲れるんだよ」
「なんで?」
「別に……」
「別にってなんで!?」
本当にわかんないのかな。
◆ ◆ ◆
手早く朝食を済ませて、宿を飛び出る。
異世界の空は快晴で、どこまでも青い空が広がっていた。
「異世界は今日もいい天気だね」
「この辺は降水量が少ないからね。それが山賊が増える原因かもしれないけどね」
「ピエール卿のところに急ごうか。ところで、どこにいるか知ってるの?」
「城に住んでるからこの街の人なら誰でも知ってるわ」
地方領主なら城に住んでいてもおかしくないか。
戦争になったら防衛拠点になるのかもしれない。
「城か……そんな人に会えるのかな」
「最悪、何日も面会できないかもね」
「げっ」
「でも多分大丈夫よ」
「そうなの?」
「ええ」
ディートはかなり自信があるようだ。
「なら城に行こうか」
「先に雑貨屋に行きましょう」
「雑貨屋? どうして?」
「箱がいるのよ。綺麗な箱がね」
「なんで?」
「お土産用よ」
「あ~日本へのお土産か」
気が付かなかった。
確かに皆に買っといたほうがいいかもしれない。
「なんでニホーンなのよ」
「え? お土産って言ったから」
「ピエール卿へよ」
やっとわかった。
「それで綺麗な箱か。中身は東方の珍しい品と」
「そういうこと」
「なんかあったかなあ。そうだ。ペンライトはどうかな」
「いいわね。ハッタリが効いてるわ」
雑貨屋で綺麗な箱を買う。
中にペンライトと使い方を書いたメモを入れた。
「お~それっぽい。城に行こう」
「まだね」
「え?」
「トールの服装をそれっぽくしないと。えーと服屋服屋。それっぽいのがあるといいけど」
「一枚学校用のYシャツも持ってきてあるけど。そっちのほうが異国っぽいかもよ」
「そうしましょうか」
Tシャツの上にYシャツを着て城に向かう。
門番が怪訝な顔をしてこちらを見ていた。
何か言ってくるが、僕は異世界語を話せない。
偉そうに胸を張ったら、後はディートに任せるしかない。
ディートは門番と何やらやり取りをした後にペンライトが入った箱を渡した。
門番が一人、城の中へ入っていく。
「なんだって?」
「最初は帰れとか言ってたけどね。あそこにいるトール卿の貴族サロンの仲間と一緒に、アナタに無礼を働かれたってピエール卿に言うって伝えたら、慌てて取り次いでくるってさ」
「さすがだね」
しばらくすると門番が走って戻ってきた。
ディートが翻訳するには、迎賓館でしばらくお待ちくださいとのことだった。
僕は慣れない偉そうな素振りで城の中庭を歩く。
ディートが笑いながらついてくる。
ディートは僕の従者役になるはずだ。
主人を馬鹿にしていていいはずがない。
「変に思われるぞ」
「だって~」
「ディートは僕の従者なんだろ」
「はいはい」
東方の国の地方タチーカワの領主の子息が、従者を連れて遍歴の旅に出ているという設定だ。
ピエール卿の名領主ぶりは東方の国にも聞こえており、この地方に立ち寄ったので是非ともご挨拶したいと伝えてある。
ペンライトが効いたのが、口上が効いたのか、はたまた僕の見た目が皆が言うように異世界人からすると育ちが良く見えるのか。
どちらにしろ立派な城の城主がこの程度で会えるのだから牧歌的だなあと思う。
そうでもないか。
日本だって政治家が芸能人と会ったりしているし。
ピエール卿は日本で言えば知事みたいなもんだろうしな。
あれこれ考えているうちに、迎賓館の一室に案内される。
壁は大理石か何かわからないけど石造りで、調度品に彩られている。
高そうな赤い絨毯とソファーがあった。
室内を見回しているうちに、いつの間にか門番がいなくなっていた。
「ふ~、異世界人を騙すの緊張するなあ」
「自分のためにやるんじゃなくて、貧しい農民とその家族を助けるためでしょ。堂々とやればいいのよ」
「そうだよね」
失敗したらあの子供たちも野垂れ死にしてしまうかもしれない。
ビビってる場合じゃないぞ。
全力を尽くさねば。
2時間ほどディートと作戦を立てていると、使いの人が来た。
ピエール卿が面会してくれるらしい。
「よし、行こう」
渡り廊下を通り、本城のほうに移動して、さらに廊下をしばらく歩くと大きな扉があった。
まるでピエール卿の権威を示しているかのようだ。
ディートが教えてくれた。
「ここが謁見の間だってよ」
大きな扉をくぐると縦長の空間で、さらに一段高いところに立派な椅子が鎮座している。
その席に座る、奇妙なドジョウ髭を左右に生やしたのがピエール卿に間違いないだろう。
顔は微笑んでいて、手にはペンライトを入れた箱を持っていた。
機嫌は悪くなさそうだ。
僕がディートに挨拶を頼むと、ピエール卿が笑いながら制する。
「私がピエール五世である。貴公がトール殿か」
なんとピエール卿は日本語もとい異世界でいうところのモンスター語を話しはじめた。
「モンスター語をお話しできるのですか?」
「ふぉっふぉっふぉ。若い頃は遍歴の旅をしていたのじゃ」
へ~。
「由緒ある家系でありますのに」
「当家の子弟は若い時分に見聞を広めることを家訓としている」
結構、話がわかりそうだぞ。
「そうだったんですね」
「トール殿の家もそのような決まりがあるのではないかね。ずいぶん遠いところから来られたと聞いたが」
「はい。父が見聞を広めてこいと」
「良きかな。良きかな。ところでその東方の国はどこにあるのかね?」
これについては受け答えを考えてある。
「ここから川を23本渡り、山を9つ越え、海を2つ越えたところにあります」
「なんと、そんなに遠いところからか」
「ええ」
「それで、この品もこことはまったく違う匠の技が使われておるのか。実に見事なものじゃ」
ピエール卿はペンライトを点けたり消したりして感心している。
「旅の途中でしたので、気の利いたものも用意できずに……つまらないものですが」
「いやいや、大したものであるぞ。トール殿、今日はもちろん我が城に逗留してくれるのだろう? 食事などをしながら故郷や旅の話を聞かせてほしいものだ」
「はい。是非とも」
ここまでは予定通りだ。
「うんうん」
「ところで話は変わりますが、ピエール卿には政治に興味があるお嬢様がいると仄聞しております」
「おお。おるぞ。ちょうど市井を見聞してきて帰ってきたところだ」
「私の地方は珍しい政治形態をしておりまして」
「ほうほう」
「我が地方の政治形態は、きっとお嬢様も興味を持っていただけるのではないかと」
好々爺に見えたピエール卿の目がギラリと光る。
「もしや我が娘を狙っているのか?」
げ。誤解された。
ピエール卿の娘は政治に興味を持っていて、民を思いやる気持ちが強いから貧しい農民の話をする時に同席させれば、きっと口添えしてくれるに違いないとリリアナさんから聞いていたのだ。
狙うつもりなどサラサラない。
怒らせたかと思ったらピエール卿は笑いはじめた。
「ウチの娘は相当気が強いぞ。もう何十人も結婚を薦めても誰も納得してくれんのだ。お互いに気に入ってくれるといいが」
「いや、そういうことでは本当になく」
「良い良い。わかった。夕餉には同席させよう。それまで客室でくつろがれよ」
やや誤解された気もするが上手くいった。
ほっとして謁見の間を出る。
「ここまでは上々だね」
「そうね。まさか婚活しはじめるとは思わなかったけどね」
ディートがまた不機嫌になる。
異世界人がよくそんな婚活なんて言葉知ってるな。
僕のスマホでネットサーフィンするからそれで覚えたのだろうか。
「別に僕が言い出したわけじゃない」
「どーだか」
「見てたじゃないか」
「玉の輿狙ってるんじゃないの?」
「いやいや、おかしいでしょ」
確かにウチの娘に手を出すなっていうよりも貰ってくれって言っているような気がしたけど、そんなつもりはサラサラない。
同級生の友達がいない以外、僕はどこにでもいる極普通の高校生なのだ。
いくら玉の輿でも異世界の貴族令嬢と結婚するなんてハードルが高すぎる。