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58話 女冒険者

 セビリダの街に着く。

 多くの馬車が街に入っていく。

 日本の高速道路ほどではないが、ちょっとした渋滞も起きている。

「へ~凄い馬車の数だね」

「ヨーミのダンジョンの上にあったオルレアンの街はダンジョンで栄えている街だけど、ここは商業で栄えている街だからね」

「なるほど」

 しばらくして、ようやく街の中に入る。

 乗合馬車の停留所に着いた。ここでおじさんたちとはお別れだ。

 馬車を降りようとする僕たちをおじさんたちが引き止めて、大げさな身振りで頭を下げている。

「命の恩人だってさ」

「わかりました。わかりました。僕らは急いでいるんで」

 おじさんたちと別れて、ピエール卿のいるアラゴンの街に行く乗合馬車を探す。

「アレね。乗ろう」

 ディートが乗り込もうとするのを止める。

「ねえ。服を買ったり、食料を買ったりしなくて大丈夫かな」

 TシャツとYシャツしかないし、食料はすべて貧しい農民たちに渡してしまった。

「そろそろ出るみたい。これを乗り逃すと今日中に着かないわよ」

「なら乗るしかないか」

 馬車に乗り込みながらディートに話す。

「乗り合う人に貴族のフリしたほうがいいかなあ?」

「そうねえ。練習がてらしたほうがいいんじゃない」

 中を覗くと、品のいい金髪の女性とその従者らしき若い男性が乗っていた。

 女性は僕より少しだけ年上だろうか? 富裕層に見える。そして可愛かった。

 冒険者風なのだが、今まで見た冒険者とは比べ物にならないほど高価そうな甲冑が輝いている。

 これも練習だ。ジェスチャーで貴族風の慇懃な挨拶をした。

 もっとも僕のイメージの中の貴族だから変かもしれないけどな。

 女性は優雅に笑って挨拶を返した。

「ふふふ。貴族のフリをされなくても結構ですよ。私モンスター語も話せますので」

「あ、うっ」

「短い旅ですが、どうぞ気楽になされてください」

 日本語はモンスター語だ。

 冒険者には話せるものも少なからずいる。

 ディートやリアもそうだった。

 しかし、連れの男性はわからないようだ。

「お嬢さんは冒険者なんですか?」

「ええ。ヨーミのダンジョンを探索して帰るところです」

「へ~僕たちもヨーミのダンジョンを探索してました」

 ダンジョンを探索していることは噓ではない。

 もともとは望んでしていたわけではないけど。

「やっぱりご同業でしたか。モンスター語を話されるのでそうではないかと思いました」

「いやあ、すいません。貴族のフリなんかしようとして。お嬢さんのほうがよっぽど貴族に見えますよ」

「アナタも高貴な感じがしますよ」

「そうですか?」

「人が良さそうというか」

 隣でディートが笑う。

「馬鹿にされてるわよ」

 金髪の女性が否定した。

「そんなつもりは……ごめんなさい。良さそうな人と言い直します」

「気にしないでください。ディートはちょっと皮肉っぽくて」

 ディートが怒る。

「何よ」

「いや、素直な時もあるけどさ。ディートはちょっと皮肉っぽいだろ」

「そんなことないわ」

 僕らのやり取りを見て金髪の女性が割って入る。

「そちらの方はディートさんとおっしゃるんですね。私はリリアナと申します。こっちの仲間がジャン。お名前を伺ってもよろしいですか?」

「僕はトールです」

 自己紹介をした頃、アラゴン行きの乗合馬車が出発した。

 そろそろ慣れた馬車の振動の中でリリアナさんと話す。

「トール様は変わった格好をされていますね。どこの出身ですか?」

 この異世界では国よりも地方で出身地を名乗ることが多いようだ。

「東のほうの国の地方でタチーカワといいます」

 東京都立川市と発音しても、それっぽくないしね。

「その変わった武器もタチーカワで作られているのですか?」

「え、ああ、バットですか? どうかな? でも東の国で作っていることは確かです」

「へ~素晴らしい技術力ですね」

「本当は遊具なんですけどね」

「遊具? どんな?」

「うーんと、球を投げてこのバットで打ち返すゲームです」

「面白いんですか?」

 野球を知らない人にとっては当然の反応かもしれない。

「僕はやらないけど、タチーカワにもファンが一杯いますよ」

「どういうところが面白いのでしょう」

「そうですね。色々あると思いますけど」

 たまに見ていた日本シリーズを思い出す。

「点数勝負で競ってる時に、凄いバットの振り手と凄い球の投げ手がぶつかりあうとハラハラしますね」

「ご冗談かもって思いましたが、なるほど、手に汗握りそうな遊びですね」

 話が弾む。

「ところでトール様とディートさんはなんのためにアラゴンの街へ」

「えっと話してもいいかな?」

 ディートに聞くと呆れた顔をされた。

「馬鹿にされるわよ」

「ううう」

 厳しい世界では確かに馬鹿にされそうな話だ。

 でも目の前の女性は興味津々といったように乗り出してくる。

「是非に。絶対に馬鹿になんかしませんから」

「それじゃあ、もともとアラゴンに行くつもりはなかったのですが……旅の途中で」

 事の次第を説明した。もちろん日本から来た部分より後のことを。

「そうですか……山賊はもともと貧しい農民だったんですか」

「うん。それがわかると行商人のおじさんたちの荷物を返せとも言い難くて。悪いのは農民なんだけど、子供が飢えるしね」

「そんなことがあったんですか」

 山賊の正体がわかったところまで話す。

 時折、リリアナさんはジャンさんにも異世界語で話をする。

 ジャンさんが途中で僕に異世界語で何か言っている。

 リリアナさんはそれに対して異世界語で強く言い返している。

 ディートに小さな声で聞く。

「ねえねえ、ディート。ジャンさんはなんて?」

「噓だって言ってるわよ。言い返したら?」

 あ~信じてすらくれなかったのか。

「別に噓だと思われてもいいよ」

 ディートが笑う。

「ふふふ。噓つきのほうが変な人と思われるよりいいかもね」

 こちらの会話はリリアナさんに聞こえてしまったようだ。

「噓だと決めつけてないですよ」

 リリアナさんも噓と決めつけてはいないが、信じてもいないのか。

 ちょっと悲しいが、仕方ない。

 そんなことを思っていると、リリアナさんにウィンクされた。

「私は噓をつく人よりも変な人のほうが好きです」

 ディートに肘で突かれる。

 ジト目で見ながら小声で言われた。

「噓つきと思われてればいいのよ。噓つきで。面倒くさいんだから」

「そ、そうか」

「女の人に弱いんだから」

「えええ? そんなことないよ」

「美夕さんもマミマミ様も女じゃない」

「貧しい農民の人たちも行商人の人たちも、女ってわけじゃないのに助けてるじゃないか」

 流れでそうなっちゃっただけだけど。 

 ディートとやり取りをしているとリリアナさんが割って入った。

「続きを聞かせていただいてもいいでしょうか? それで農民の方々を結局どうしたんですか?」

「その場でお金や物をあげても根本的解決にならないから、租税と借金の帳消しか、せめて猶予を求めてピエール卿に会いに行こうかと」

 ディートがリリアナさんに言った。

「ね? 馬鹿でしょ?」

「いいえ。私は立派だと思います」

「えええ? でも、こんな話を信じられるの?」

「信じようと思います」

「どうしたら、こんな話が信じられるのよ?」

「さっき貴族のフリをしようとしていたこともピエール卿に会うためなのでしょう? アレが演技とも思えませんし」

「アナタも変わった子ねえ」

 リリアナさんが僕に笑いかける。

「ふふふ。トール様が噓つきじゃなくて変わった人でよかったです。気が合いますね」

「むっ」

 リリアナさんが友好的に接してくれてるのに、ディートが何故か不機嫌になる。

 腕を組んでムスッとしている。

「どうしたんだよ?」

「別になんでもない」

 リリアナさんが言った。

「ディートさんはトール様のような素敵な恋人がいて羨ましい」

 えええええ? 恋人?

「ト、トールが? ちちちちち違うわよ」

「違うんですか? じゃあお二人の関係は?」

「か、関係って」

「ただの冒険者仲間には見えませんが?」

 ディートは僕とどういう関係だと思っているんだろう。

「と、友達よ。文句ある?」

 友達か。文句なんて滅相もない。

「お友達ね。本当ですか?」

「なんでトールの噓っぽい話は信じるのに私の話は信じないのよ!」

「信じてないってこともないのですが、自分でも気が付いてないってことだってあるんじゃないですか」

「も~意味わかんない~」

 話を変えさせてもらおう。

「リリアナさんはピエール卿を知っているのでは?」

「どうしてそう思うのですか? 一介の冒険者の私が卿を知ってるなんて」

 よかった。乗ってきてくれた。

「リリアナさんは上品だし、同じアラゴンが出身なら」

「トール様は頭もいいんですね。はい、本当はよく存じ上げています」

 おお、そしたら紹介してもらえないかな。

「けれど、ピエール卿にお引き合わせをするのは断ります」

 頼もうとしたことを先に断られてしまった。 

「どうしてよ?」

 ディートがリリアナさんに詰め寄る。

「ピエール卿は悪い人ではないので、貧しい農民のことを話せば上手くとりなしてくれるかもしれません」

「それなら……」

「でも、ピエール卿は高貴な身分の方としか会いません。逆に貴族であれば、客好きですから誰でも歓迎してくれます」

「ならアナタがトールを貴族として紹介してよ」

「私は噓はつけません」

 なるほどね。

 そもそも会えないってことか。

 そして、リリアナさんは噓はつけないと。

 でも、何か違和感がある。

「噓も方便でしょ? 困ってる人がいるのよ」

「やっぱりディートさんも変わった人ですね。噓はつけませんが、そうですね。もし会えた場合は……このように説得するのはどうでしょう?」

 リリアナさんが提案してくれた方法は一休さんのようなトンチが効いたものだったが、なるほどと納得させるものだった。

「それなら説得できるかもしれませんね」

「可能性は高いでしょう。他にもピエール卿は名誉や風聞を気にされる方ですから、そこを突くのもいいかもしれません」

 噓をついてでも会う。

 そしてリリアナさんの説得法を使う。

 違和感の正体はわからないけど。

「お仕事の話は置いておいて、東方の物品をもっと見せてくれませんか? 興味があるんです」

「いいよ。じゃあ寝袋なんてどうかな?」

「これは……物凄く寝心地良さそうですね」


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