57話 変装作戦
二度目のお昼ご飯を作って、大好評のレトルトカレーを子供たちが食べ終えても、行商人のおじさんたちと山賊まがいの貧しい農民の男たちの話し合いは終わらなかった。
そりゃそうだ。
引いたら行商人のほうは飯の種を失うし、山賊のほうは子供が飢える。
どっちも命がかかっている。
乗合馬車の人の仕事もあるだろう。
「ディート、どうしよう」
「どうしようって言われてもね。あ、一つ明確な判断基準があるわ」
「判断基準?」
ディートが貧しい農民の男たちに話しかける。
話しかけるというか凄みを利かせはじめた。
そのうちシュンとして戻ってきた。
「何を話してたの?」
「今まで人を襲って殺したことがあるかって」
な、なるほど。
殺していたら子供たちに罪はないとはいえ、本人たちは許されない。
「で? ……どうだったの?」
「ないってさ。今回が初めての襲撃だって」
「本当かな?」
「まあ、本当でしょ。アレ見てよ」
ディートが顔を向けたほうには接収した武器が積まれている。
いや、武器と呼べるかどうか。
槍に見えたのは鋤とか鍬を改造したもの、剣に見えたのは古戦場で拾ってきた錆び錆びの剣、弓と矢は明らかに自作だ。
「なるほど。そもそも今考えると矢も当てる感じじゃなかったもんなあ。人を襲うより、怖がらせて物を奪えればよかったのかもしれない」
「まあ、今回はたまたま失敗して、まだ貧しい農民くずれって感じだけど、1回でも成功して人を殺しちゃったりしたもんなら一端の山賊に早変わりよ」
「やっぱり、そーなるのか」
「そのうち冒険者に退治を依頼されるようになって」
「うへ」
「それにも勝ち続けちゃうと地方領兵や国軍が動いて全員……殺されるわね。まあコイツらにそこまでの規模になれる才能もセンスも感じないけど。運はもともと悪いし」
「どうしたらいいんだろう? そもそもなんでこの人たち、山賊まがいのことはじめたの?」
「租税が払えなくなったんだって」
租税? ああ、年貢米みたいなもんか。
「払えないとどうなる?」
「まず最初に利子がついて、それも払えないと懲役ね。そうすると、親を失った子供は……」
「結局、同じかぁ。そもそも租税ってどこに払ってるの?」
「地方領主ね。直接は代官かしら」
地方貴族が税金を集めていて、直接は代官に納めているってことか。
「地方領主の人に頼んでどうにかしてもらうことってできないかなあ?」
「無理よ。会ってくれ……」
そりゃそうか。会ってくれるわけがない。
「会ってくれるかも」
「え? 会ってくれるの?」
「ここの領主のピエール卿は客好きの変人として有名だから」
「客好きって」
「トールって育ちが良く見えなくもないから、遠くの国の貴族に変装したら?」
「僕の育ちが良い?」
日本人なら誰でも育ちが良く見えるのだろうか。
僕からしたら最悪なんだけどなあ。親にすら蒸発されている。
この子たちの親は山賊まがいのことをしてまでも育てようとしているのに。
「食い詰めた農民を助けようとするなんて育ちが良い以外ないわよ。やるの、やらないの?」
おじさん、貧しい農民たち、子供たちを見る。
「やるしかないか」
「わかってるかもしれないけど、4日の旅じゃなくなっちゃうかもしれないわよ?」
会長に怒られるな~。
仕方ない。承知の上だ。
「行くよ」
「わかった。じゃあ急ぎましょう」
おじさんの荷物は返してもらって、貧しい農民のリーダーらしき人に日本から持ってきた食料を渡す。
さらにパーカーを売ったお金の一部を使って、おじさんたちから食料を買って渡す。
「なんとかするから、山賊なんかしないで洞窟で待っててよ」
ディートに翻訳してもらうと皆は涙ながらに感謝する。
おじさんたちとまた乗合馬車に乗り込む。
もともとの目的地セビリダの街は交通の要衝なので、ピエール卿のいるアラゴンの街にも馬車が出ているらしい。
おじさんA、Bがしきりに僕に話しかけてくる。
「なんて言ってるの?」
僕が聞くとディートが笑う。
「こんなに立派な人は見たことがない。高貴な人だと思ってたってさ」
「なんでおじさんにまで噓をつくんだよ」
「本物の貴族のピエール卿を騙すんだから、おじさんを騙せなかったらダメでしょう。もっと貴族っぽい素振りしなさい」
「そりゃそうかもしれないけど」
「もう荷物は半分諦めてたってさ。でもおじさんたちの荷物も寒村に持っていくための物資だったから助かったって」
早く諦めてくれれば、変な作戦をしなくて済んだのに。
でも、そうすると寒村も困ったか。
あちらを立てれば、こちらが立たず。
ピエール卿とかいう貴族になんとかしてもらうしかない。