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54話 汗まみれのパーカー 

 翌朝、ディートに起こしてもらって食堂に行く。

 朝ご飯が用意されているという素晴らしさと照れくささを感じていると、そんなことはお構いなしのようでディートが急かす。

 ディートは意外と食べるのが早い。

 かなり硬いパンで噛み砕くのに時間がかかる。

「ちょ……ちょっと待ってよ」

「冒険者は早くご飯を食べるのも才能よ」

「そういうものなの?」

「乗合馬車に遅れそうな時は特にね。ちょっと寝坊しちゃったのよ」

 それで急いでいたのか。

 でも乗合馬車ってなんだ?

「乗合馬車は、このダンジョンの上にある都市オルレアンからブーゴ村の近くのセビリダの街にまで連れていってくれるのよ」

「そりゃ急がないと。パンは持っていこう」

「そうね。日本からも色々持ってきたみたいだけどパンも貰っていこうか」

 パンを持って宿を出る。

 しばらく地下街を歩くと階段が見えてきた。

 上のほうからは陽光が射している。

 だが、階段の下にはガラの悪い奴らがいて、道をふさいでいた。

「ディート、アイツら……」

「大丈夫。任せて」

 ディートがガラの悪い奴らに近づく。

 少し話し込むとガラの悪い奴らが道を開ける。

 階段を上りながら聞く。

「アイツら知り合い?」

「まさか。見知った顔はいたけど。お金を払ったのよ」

「お金」

「アイツらはああやってたむろして通行料をとってるのよ」

「通行料って、そんなもの払う必要あるのか?」

「まあ、雑魚だけど徒党を組んでるからね。雑魚でも百人単位で敵に回ったらやっかいでしょ」

「百人! そりゃ、やっかいだね」

 異世界にもあんな奴らがいるのか。

 うんざりした気持ちで階段を上っていたが、地上に上がるとそんな気は飛んでいった。

「これが異世界の街か」

 陽光に照らされた異世界の街並みが目に飛び込んでくる。

 トカゲ人間、赤髪、青髪、獣耳。

「凄い、本物の異世界だ」

「私には見慣れた風景だけどねえ。こはる荘のほうが凄いわよ。ニホーンの街はどんなかしら」

 ディートがつぶやく。

 そりゃ見たいよな。

 僕だって感動したし。

「あ、違うのよ」

「今度、日本の街を案内するよ」

「え? いいの?」

「いいよ。でもハイエルフはいないから帽子を被ったりしてね」

「うんうん」

 嬉しそうなディートと街を歩く。

 石造りの家々はイメージの中の中世ヨーロッパだ。

「乗合馬車の乗り場はどこにあるの?」

「もう少し歩いたところが街はずれで、そこにあるわ。急ぎましょ」

「あ、そうだった。街並みに見とれてる場合じゃないね」

 早歩きで歩く。

「着いたわよ」

 何台かの大きな馬車が並んでいる。

「えーと、セビリダの街行きの馬車はアレね」

 生まれて初めての馬車だ。

 僕たち以外にも二人の商人風のおじさんが乗っていた。

 ディートに続いて乗り込むと、馬車はすぐに出発した。

 やっぱり時間ギリギリだったようだ。

「結構、馬車って振動あるんだね」

「これでも馬車専用道路だから少ないほうだけどね」

「専用道路?」

「車輪の太さに合わせて溝が掘ってあるのよ」

「なるほどね」

 感心していると一緒に馬車に乗っていた二人のおじさんが話しかけてきた。

 おじさんはともかく荷物が多い。

 きっと行商人だろう。

 にこやかで友好的だが、何を言ってるかはわからない。

 ディートが代わりに教えてくれた。

「服が素晴らしいってさ」

「服?」

 どこにでもあるパーカーにジーンズなのだが。

「縫製が、みたいよ」

 あ~。この世界の人にとってはそうなのだろう。

 商人風のおじさんがパーカーを指差しながらお金を出してきた。

「売ってくれってことかな?」

「みたいね」

「いくらなんだろう」

「えーと銀貨で900ダラルね」

「銀貨! それっていくらぐらい?」

「うーん。一人だったら一ヶ月生活できるぐらいね」

 貧乏学生が買った、二着で1980円の安売りパーカーだぞ。

 今もリュックサックに同じ替えが入っている。

「じゃ、じゃあ売ろうかな」

「いいんじゃないかしら?」

 僕が脱いだ汗まみれのパーカーを、おじさんはニコニコ顔で受け取る。

 丁寧に縫い目を確認したり、肌触りを確かめたり、匂いを嗅いでいる。

 変なことに使うんじゃないだろうな。

 まあ一ヶ月生活できる異世界のお金が手に入ったからいいか。

 リュックサックから同じ服を出して着る。

「▲■×○!」

 おじさんが身を乗り出して捲し立てる。

「な、なんだ」

「もう一着売ってくれって」

「えー」

 これを売ってしまうと、Tシャツと学生服の下に着るYシャツしかない。

 けれどもおじさんは凄い勢いで銀貨を押しつけてくる。

「次の……えーとセビリダだったっけ? そこでも服売ってるかな?」

「売ってるわよ」

 僕が脱ぐとおじさんは嬉しそうにもう一着のパーカーを受け取った。

「いいの?」

「まあ、長旅なんでしょ? 仲良くしないとね」

 そこまで寒くもない。

 Tシャツでも大丈夫だ。

 それからもおじさんA、Bは一生懸命に話しかけてくる。

 僕はまったくわからない。

 ディートはまったく翻訳してくれない。

「なんて言ってるの?」

「まあ主にどこから来たのか聞いてるわ。トールが珍しい格好してるからでしょ」

 あ~。ピンときた。

「それで翻訳しないのか」

「まあね。ニホーンとも言えないでしょ」

 この異世界では日本を一種の理想郷のように信じている人もいるらしい。

 それでなくてもヨーミのダンジョンと日本がつながっていることが発覚したら大混乱だ。

 出身地の話は噓をつくしかないけど、この世界のことはまったくわからない。

 曖昧に笑ってやり過ごす。

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