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53話 内緒は内緒 

 それにしてもいつまで歩くのだろうか。

 スマホで時間を確認すると日をまたいで午前2時になっていた。

 学校から帰ってきて昨日の午後4時頃に出発してそれからずっと歩いている。

 レベルを上げていても日本の高校生には辛い。

 右手にちょうど木々がひらけていて寝心地の良さそうな草が生い茂っている場所があった。

「ディート。あそこでキャンプすればいいんじゃないの?」

「う~ん。もう少し歩いて」

「え~疲れたよ。良さそうな場所だけどなあ」

「いいからいいから歩く歩く。ハインキングと思えば楽しいでしょ」

 ダンジョンじゃなければね。

 もう疲れているし、剣も重い。 

「疲れてるなら剣は【鞘@正字】に納めて腰に差していいわよ」

「あ~そうする」

 スライムしかでないしね。

 抜身の剣を手に持つよりは歩きやすくはなったが、その分しっかり歩かされる。

「ほら見て。階段よ」

「うん……」

 返事をするのもつらくなる頃、上層に上がれる階段に【辿@正字】り着く。

 階段に片足を上げて、自分の動きが止まる。

 ってよく考えたら。

「こ、この上の階はスラムなんだろ?」

「全部が全部じゃないわよ。それに詳しい私がいれば大丈夫。でも階段の上のエリアはすぐ移動するわよ」

「な、なんで?」

「上がってみればわかるわ」

「教えてよ」

「い~から」

 ディートは何故か教えてくれない。

 階段に足をかけているのだからもう登るしかないか。

 びくびくしながら足をすすめる。

 階段を登りきるとギラギラとした光彩が目に飛び込んできた。

 赤緑黄の光の反射。

 そして肌の露出度の高い服を着た女の人たち。

「ここ、ひょっとして歓楽街?」

「……そうよ」

 つい、つぶやいてしまった僕の言葉に不機嫌なディートの声が返ってくる。

 そういうことか。

 キョロキョロしているとディートに後ろから側頭部を手で押さえられる。

 首を固定された。

「早く行くよ」

「はいはい」

 首を固定される前に見た。

 立っていた女の人たちは皆耳が尖っていた。

 エルフだ。

 だからディートは見せたくなかったのだろう。

 これは【触@正字】れないほうがいい。

 代わりにこのネオンのような赤緑黄の光の正体について聞いてみようか。

「このキラキラの光はどうやって光ってるの?」

「え? あ~」

 ディートは光のことを聞かれるとは思っていなかったようだ。

「あれはね。魔力に反応して光る石を使っているのよ。それで店が目立つようにしているみたい」

「へ~」

 なるほど。

 こういうお店は異世界でも地球でも同じだな。

 そのことについては黙っておこうか。

 僕だってディートには地球のいいところを見せたい。

 それが自然な気持ちだろう。

 少し歩くと怪しいお店が連なる場所を抜けたようだ。

「ここ、ここ」

「ひょっとして宿屋?」

「当たり!」

 ディートが指差していた場所はなんとなく宿屋とわかった。

 冒険者がたむろしていた。

 しかし、かなりうらぶれている……というかちょっと汚い。

 でも異世界の宿屋としては立派なほうなのかなあ。

「綺麗な宿だね」

「そーお? 汚いと思うけど。特に玄関とかは冒険者が激しいから」

 異世界の宿としては立派なのかと思ったらバッサリと切り落とされた。 

「じゃあ、なんで強行軍してまで、この宿に来たんだよ」

「まあまあ入った入った」

 宿の玄関に入る。

「受付してくるからちょっと待っていて」

「うん」

 待っていると何やらディートが受付と揉めている。

 受付とディートが話しているのは異世界の言葉だ。

 僕にはわからない。

 けれど、ディートは受付にかなりの剣幕だ。

話を聞きに行ったほうがいいかもしれない。

「ど、どうしたの?」

「いいから、ちょっと待っていて!」

 怒られてしまった。

 でも、何だか様子が変だぞ。

 顔が赤いし。

 やっぱりもう一度聞いたほうがいいかもしれない。

「何か困った問題でも起きたの?」

「困るっていうか、部屋が取れないのよ。私常連なのに!」

 常連なのか。

 でも何で本人も汚いっていうような宿の常連になってるんだろう。

「予約してたの?」

「してないけど」

「なら仕方ないじゃないか。常連だからって」

 見たところ、かなり混みあっている。

「ここが良かったのに……一部屋は取れたのに……」

「一部屋は取れたの?」

「うん……」

「じゃあここでいいんじゃない?」

「本当? でもベッドが一つの部屋よ?」

「あ~」

 ベッドが一つ。

 ダブルルームってやつか。

「他の宿にするかあ」

 そう言ったディートは凄く残念そうだ。

 理由はわからないが、そん何残念なら。

「なら僕は床に寝袋で寝るよ。ディートはここに泊まりたかったんだろ?」

 寝袋は冒険用に持ってきている。

「トールがベッドで寝なさいよ」

「いやディートは僕の冒険に付き合ってくれてるんだし」

「トールはなれない冒険で疲れてるでしょ」

「これからもお世話になるし」

 日本人的な譲り合いが続き、沈黙する。

ディートは何故か気に入ってるようだけど、やっぱり他の宿にしようかと提案しようとした時だった。

「なら一緒に寝る?」

「えええええ」

 驚きの提案だ。

「なんで、そんなに驚くのよ! 変な意味じゃないわよ。こはる荘ではよく一緒に寝てるじゃない」

 言われてみればそうだけど。

「いやいやいや、一応布団は別々に敷いていたし、マミマミさんとかリアとかシズクもいたし」

「じゃあ他の宿に泊まる?」

 ディートに残念そうに言われると、断りにくい。

「こ、こはる荘でも一緒に寝てるようなもんか。皆、寝相悪いから重なり合うしね」

「そ、そうよ」

 お互いに謎の納得をして部屋に向かう。

 部屋はそこそこ綺麗だった。

 どうやら薄汚れているのは玄関だけらしい。

 肝心のベッドはセミダブルぐらいありそうだ。

 けれども、そこに【触@正字】れる勇気はない。

「結構、綺麗だね」

「でしょ」

 部屋内にあるドアはなんだろうか?

 日本だったらトイレとお風呂だけど。

「そのドアは?」

「うふふ。見てみなさい」

 なんだろう。

 ドアを開けてみる。

 こ、これは。

「えええ? 温泉?」

「凄いでしょ」

 確かに凄い。

 地下に温泉があるのか。

立派なダンジョン温泉だ。

「このダンジョン温泉の水脈あるの?」

「ううん。ヨーミのダンジョンは時空が歪んでるからね。多分どこか遠くの温泉なんじゃない」

「へ~」

 ディートがこの宿に拘った理由はこれか。

「トール、お先にどうぞ」

「え? いいの」

「うん。私は明日の冒険の準備とかもあるし、いろいろ計画練っとくわ」

「それじゃあ遠慮なく」

 ベッドは同時使用するしかないが、温泉は別々に使える。

 温泉かあ。

 お風呂は好きだから興味はあったんだけど、実は温泉に行ったことがない。

 家庭の事情でね。

 けれど、脱衣所がない。

 まあいいか。

 浴室で着替えよう。

「ふい~いい湯だ」

 お風呂って声を出したくなるよね。

「どーお?」

 ドアの向こうからディートの声が聞こえる。

「最高だよー」

「でしょー」

 まさか異世界で温泉に入れるとは思わなかった。

 ディートってぶっきらぼうに見えるけど、結構サービス精神が豊富だよな。

 たっぷり温泉を堪能する。

 さてと、体洗おうかな。

「おお、石【鹸@正字】があるぞ。けど、スポンジはないか。石油製品だしな」

 気分よく素手で石【鹸@正字】を泡立てて、体を泡だらけにしてふと気づく。

「あれ、タオルがないぞ」

 タオルがない。

 タオルは石油製品ではないから異世界にあってもおかしくないのではないか。

 なら、部屋にあったのかな?

「おーい。ディート」

 ドア越しに声をかける。

「なーに?」

「タオルってどこにあるのかなあ」

「あ~こっちの籠のなかにあるわよ。着替えもあるし」

「おお、ありがたい」

「ちょっと待っててね」

「え?」

 浴室のドアがガチャッと開く。

 ディートと目が会う。

 無言で籠が飛んでくる。

「も~」

 ドアの向こうから抗議の声が聞こえてきた。

 うう。

 浴室から出るのがつらい。

 あ、異世界にもバスローブみたいなのがあるんだ。

 籠のなかには寝巻用の服があった。

「で、でたよ」

 ディートが赤い顔でこちらを見る。

 怒ってはいないようだ。

「泡だらけだったし、見てないからね」

 見られたっぽいな。

「じゃあ、私はいってくるから」

「うん」

「先に寝てていいわよ」

 ディートが浴室に入った。

 そういうが、起きているのが礼儀だろう。

 きっと温泉の良さを共有したくて、ここを利用したに違いない。

 寝るわけにはいかない。

 寝たら怒られそうだし。 

でも、慣れない旅で疲れたからベッドで寝ながら待つか。

気が付くと……正面には綺麗なグレーの瞳があった。

「起こしちゃった?」

「僕、寝てたのか。起きて待ってようとしたんだけど」

 怒られるかと思ったらディートは笑っていた。

 お風呂上がりのいい匂いがする。

 近いからはっきりとわかる。

「ぐっすり寝てたから起こしたくなかったんだけど、眺めてたら起きちゃった。ごめんね」

「いや、そんな……むしろ、お礼を言いたいよ」

「お礼?」

「僕の我儘の旅に付き合ってくれてさ」

「我儘じゃなくてコンっていう九尾を助けたいんでしょ?」

「確かにそうだけど、危険なモンスターかもしれないんでしょ?」

「自分のためじゃない助けたいんでしょ?」

「自分のためだよ」

 僕が助けたいから助けるのだ。

 だから、ディートやマミマミさんに迷惑をかけることになるかもしれない。

「そうだとしても私もトールに色々助けてもらってるから」

「僕が助けてる? 何を?」

「マミマミさんとか助けてくれたじゃない」

「あ~そうだけど、こっちのは大したことないじゃん」

「神獣に喧嘩を売ったのに、仲を取り持って貰えるなんて凄いことなのよ」

「そ、そうなのかなあ? マミマミさんは結構いい人、いや、いい獣だし、そんな大したことないよ」

「トールには優しいのかもしれないけど、私は今でも緊張してるわよ。怖い時もあるし」

 そうかもしれないけど。

「でもディートのほうが色々してくれてるよ」

「私がトールにしたいからしてるのよ」

「なんでさ? あ、ひょっとして」

「ん?」

「僕が日本人で異世界人にとっては色々持っていたりするから?」

 ディートが少し笑う。

「まあ、最初はそれも少しはあったけど、今は……」

今はなんだろう?

「今は?」

 ディートが口元に人差し指を立てる。

 顔と顔の距離が近いので僕の口元にも人だし指を立てているように思える 

「ふふふ。内緒」

「内緒ってなんだよ」

「えー教えてよー」

「内緒は内緒」

 ディートは笑って教えてくれなかったが、不思議と嫌な気はしない。

 そんなやり取りをしているうちに自然と寝てしまった。


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