52話 教えてエルフ先生
また大ネズミだ!
剣で斬ると返り血が飛んでくるので金属バットで殴る。
さっきはオオネズミを剣で斬ってしまって水場にたどり着くまで1時間半も血まみれだった。
日本の高校生にはなかなか辛い。
「へ~、結構やるじゃない」
「まあね。レベル上げが趣味だから」
「オオムカデも危なげなく倒せてるしね」
「ディートが買ってくれた剣が役に立ったよ。ありがとう」
お世辞ではない。
オオムカデは外骨格が固いので金属バットなら何回も殴らないといけない時が多い。
一方、剣は節目に入れば一撃で両断できた。
ステータス上の攻撃力はバットのほうが上でも使い方次第らしい。
何よりオオムカデは剣で両断しても血がそれほどでない。
「ふふふ。どういたしまして」
「冒険にも付き合ってくれてありがとね」
「ま、まあね。暇だったからね」
冒険者に予定なんてないのかもしれないけど今回は何日も付き合って貰う。
「何かお礼をしないとなあ」
「お礼?」
「そうだよ。冒険に付き合ってもらったり、剣まで買ってもらっちゃったり」
ディートは実利主義と言うか損得にうるさいから日本の物で価値があるものがいいかもしれない。
「何か欲しい物ある?」
できれば、あまりお金がかからないものだと助かるんだけど。
「欲しい物なんかないよ」
「そっか~」
「たまにトールとこうやって冒険できれば」
「へ?」
ディートが僕と冒険して何か得することあるんだろうか?
「私、こんな性格だから酒場やギルドで仲間を誘えなくて……」
ディートの声は小さくなっていき、よく聞き取れない。階段が見えてきた。ちいさくなっていき
「お、上に登る階段だ。根の階層だね」
根の階層まではマミマミさんと来たことがある。
木野先輩のキノコの栽培室もこの階層だ。
「もう!」
「何?」
「なんでもない!」
どうやらまた機嫌を損ねてしまったようだ。
ディートは意外と怒りっぽい。
シズクを連れてきたほうが良かっただろうか。
でも緊急の時に僕に変身して代わりができるしな。
ディートと無言で根の階層を歩く。
「そういえばさ。剣っていくらだった?」
「フランシス金貨1枚」
それって日本円だったらいくらぐらいの価値なんだろうか。
ビックバーガー指数っていう有名ハンバーガーチェーンのマイルドナルドの看板商品で物価を図る方法があるけど、異世界にマイルドナルドなんてない。
何で計ったらいいだろうか。
「金貨1枚ってさ。何が買える?」
「食事がつく宿に二ヶ月泊まれるわ」
ええ。
めっちゃ高級品じゃん。
日本の宿で食事がついたら安くても1万ぐらいする。
さがせばもっと安いところもあるかもだけど1万ぐらいだろう。
それが二ヶ月……60万円か。
金貨1枚60万円。
待てよ。
そもそもディートって冒険者としてかなりベテランだよな。
リアがすっっっごく長いこと冒険してるって言ってたし。
冒険者ギルドで雇ったりしたらいくらかかるんだろうか?
「あのさ。冒険者って雇ったりできるの?」
「そりゃね。ギルドに行けば」
冒険者ギルドがあるとは聞いている。
「仮にディートぐらいの冒険者ギルドで雇うとして一日いくらぐらいかかるの?」
「私クラス? 雇えないわよ」
「雇えないの?」
「一見で雇えるのはリアクラスが上限なんじゃないかしら」
「それはディートのほうが冒険者として上ってこと?」
「上っていうか肉弾系よりも知識や魔法でできることが多いからね。魔法タイプの冒険者のほうが数も希少だしね」
なるほどね。
「色んな場面に対応できる希少な冒険者って感じか」
「まあね。ふふふ」
話しながら歩いているとオオアリが曲がり角から現れる。
外骨格タイプなので剣を使う。
オオアリの首は節から落ちた。
「そういえばしばらくモンスターが全然でなくなったね」
「根の階層は冒険者も多くなるから、モンスターが狩りつくされやすい場所もあるわ。そういうルートを通ってるのよ」
「へ~マミマミさんはそういうのは無頓着だからなあ。助かるよ」
「そ、そう?」
「うんうん」
ただ剣と金属バッドを持って速歩きで歩いてるから疲れる。
「冒険したい時は付き合ってあげるから、私と……」
「剣ってやっぱ重いな」
「ふんっ!」
「え? 何か言った?」
「何も言ってない!」
また怒らせてしまったらしい。
やっぱりシズクも連れてこればよかったかな~。
「何ここ?」
「ここがヨーミのダンジョン地下3階よ」
「へ~つまり僕の部屋と繋がってる階層は五階だったってこと?」
「そうよ」
三階の壁は五階とは違って古くなって剥げてはいるが、漆【喰@正字】のようなものも塗られている。
ちゃんとした建物の地下のように見える。
「どこかの城の地下みたいよ」
「ええ? 城の地下?」
「ヨーミのダンジョンは時空が歪んでいるから何処につながるかわからないの」
言われてみるとそんな様にも見える。
壊れた鉄格子の部屋があった。
「これ地下牢?」
「そう言われてるわ」
「やっぱりか」
「ヨーミのダンジョンが公式に見つかった時には地下三階にまだ調度品が残っていてね。ちょっとしたゴールドラッシュになったよ。懐かしいな」
「まだあるかな?」
「まさか。見つかった時にほとんど盗掘されていたし、それから百年経ってるのよ」
懐かしい、百年経っている?
リアはディートのことをすっっっごく長く冒険者をやっていると言ってたけど何年やっているんだ?
っていうか何歳なんだ。
見た目は【二十@ルビ:はたち】そこそこに見えるけど、聞くのが恐ろしい。
でもエルフってゲームとか漫画だと凄く長く生きるよなあ。
そこから聞いてみようか。
「ねえ。エルフって」
「お出ましよ」
「え?」
「前!」
「前って……なんだこれ!」
肉を失った人、いや一般的なゲームでのモンスターの名前を言おう。
スケルトンがこっちに迫ってくる。
「【錆@正字】びた剣で攻撃してくるから気をつけてね。食らうと破傷風になる時があるわ」
「さ、【錆@正字】びた剣? 破傷風?」
あまりにも【錆@正字】び【錆@正字】びの剣だったから気が付かなかったが、本当に剣を持ってるじゃないか!
「だから気をつけて」
よくわからないけど、死ぬこともある病気じゃないか?
「こんな本格的なモンスター無理。あ、あれ?」
スケルトンが剣を振り上げる。
だけどそのスピードは老人のようだ。
しかも振り下ろすスピードも遅い。
余裕をもって金属バットで受け止められる。
力もまったくない。
そのまま金属バットで押すとスケルトンは倒れそうなほど後ろによろめく。
頭蓋骨にバットを食らわすと頭蓋骨がボロリと風化するように割れて崩れた。
「何これ?」
「仮にも地下五層のオオムカデと戦えるトールがスケルトンに苦戦するわけ無いでしょ」
やっぱスケルトンなのか。
そんなことより。
「僕、結構強い?」
「まあつい一ヶ月前にレベル1だった冒険者とは思えないわ」
おばけキノコをストロングバースト(キノコを枯らすドクペ入り水鉄砲)で狩りまくったからか。
「日本のアイテムっていいわね」
「だからディートにも何かあげるよって。色々お世話になってるんだし」
異世界人に見せびらかさないならだけど。
「うーん。そうねえ。でも、何がどんな効果を持ってるか全然わからないし」
「確かにそうか。じゃあ、日本の物をダンジョンに持ち込んで一緒に色々試そうよ」
「それ……楽しそうね。いいの?」
「もちろん。僕で手に入るものぐらいだけど」
「十分よ。こっちでは凄い物だらけだし。約束よ」
「うん。約束するよ」
日本の物が異世界側でどんな効果を発揮するか調査するのは楽しいそうだ。
飲み物は散々やったけど、それ以外の物はほとんどやっていない。
「そういえば、黒ストッキングはどうかな? あんなペラペラなのに防御力が凄く高いんだ」
「黒ストッキング?」
そうか。ディートは黒ストッキングって言ってもわからないか。
「美夕さんが足に履いている黒いアレだよ」
「あ~……」
「僕は買ったことないけど、値段的には僕でも買える」
実際に買うとなったら恥ずかしいけどね。
「でも私に似合うと思う?」
「え?」
変なことを聞く。
「似合うって見た目?」
「うん」
ディートを見る。
短いドレスのような黒革の服。
「に、似合いそうだよ」
とても……凄く……。
「ほんと? じゃあ着てみようかな」
「うんうん」
またスケルトンだ。
「よーし。サクッとやっつけるぞ」
「頑張れー」
振り下ろした【錆@正字】び【錆@正字】びの剣をこちらのピカピカの剣で受ける。
「ひっひー」
受けるのは簡単だったが、【錆@正字】び【錆@正字】びの剣が折れて僕の方に飛んできた。なんとか躱せたけど、こんな攻撃がくるとは思わなかった。
スケルトンをバットで殴り倒す。
「もう気をつけないと。実戦では色んなことがあるから」
「気をつけるよ」
危なかった。当たってたらそれこそ破傷風になったかもしれない。
よくディートは冒険者をずっと続けているよな。
そうだ。
エルフの寿命を聞こうとしてたんだ。
「ねえ? エルフってどれぐらい生きるの?」
「どれぐらい生きるって寿命のこと?」
「そうそう」
「さあ?」
「さあってディートはエルフじゃないの?」
「私はハイエルフ。エルフと一緒にしないで!」
そ、そういえばそんなことを言っていたな。
「そうだった。ごめん」
「もう! エルフは二、三百年じゃないの?」
「へ、へ~」
人間の二倍か三倍か。
でも聞きたいのはディートのほうだ。
「その。ハイエルフは?」
「……千年」
「千年!? すごっ」
リアがすっっっごく長く冒険者をしているって言っていたけど、千年も生きるなら百年冒険者してても全くおかしくないな。
「ひょっとして私の年齢を聞きたいの?」
するどい口調で問い詰められる。
図星だ。
「いやまあ。日本人の基準からすると凄いからさ」
「……二百十歳よ」
「そ、そん何?」
「ちょっと! 年寄り見たく言わないで!」
「ご、ごめん」
「人間の寿命は百年でしょ?」
ちょっと長い気もするど。
「ま、まあそんなもんかな」
「だったら人間の年齢にしたら二十一ぐらいじゃない!」
「そうなのかな」
「そうよ。年取るスピードだってそうなんだから」
「へ~」
ディートがジト目で僕を見る。
「なによ、信用してないの?」
「してるって」
「そんなに疑うなら、証明だってできるよ」
「証明って」
「もしだよ……私と結婚して一生一緒にいたら」
「えええええ?」
「もしって言ってるじゃん!」
「もし、か。ごめん」
例が飛躍していてびっくりした。
「もし、一緒にいたらトールが死ぬまで私はずっと二十代だからね」
「そ、そういうことになるのか」
「まあね。ハイエルフってホント死ぬ前の何年か以外は老化しないし」
「なんだよ。寿命に比例するとか言ってたのに!」
「でも、どっちにしろずっと二十代だからいいでしょ」
「わけわからん」
「何よ!」
そんなことを話しながら暫く歩くと辺りは比較的新しい鉄格子の地下牢が並ぶようになった。
中に冒険者が入っている。
「あ、あの人たち犯罪者?」
「ぷっ」
ディートが笑う。
「あの人たちは鉄格子の中でキャンプを張ったり休んでいるのよ。そうすればモンスターに襲われないし、対人的にも少しは安全でしょ」
「あ~なるほど。それにしても、どうしてここの鉄格子は【錆@正字】びていないんだろう」
「ヨーミのダンジョンは空間も歪んでいるけど、時も歪んでいるのよ」
スマホで時間を確認すると夜の22時になっていた。
ディートやリアの話を照らし合わせると前に確認したところ異世界の一日は25時間ぐらいらしいから少しづつズレていくがとりあえず僕の体はそろそろ睡眠を欲している。
「んじゃあ、僕たちもここで?」
「もうちょっと先まで行くわよ」
「そっか。じゃあそこまで急ごう」
「そうね」
早歩きで城の地下風の地下三層をどんどん進む。
今までは訓練ということで途中に出てきたモンスターは全て僕が倒していたが、キャンプ地が着くまでということでディートも加わった。
「え? 階段があるよ」
「階段があれば登るのよ。ブーゴ村は地上にあるんだから」
ディートが階段に足をかける。
僕も登った。
それにしても剣が重い。
「へ~地下二層は真神の間みたいな森なんだね」
階段を登り切るとそこは森だった。
「ここも苔が太陽光の代わりをしている階層なの」
ドーム状の天井から光が降り注ぐ。
真神の間はちょっとしたジャングルやジ○リの森みたいに木が空まで覆っていたけど、地下二層はもう少し低い気で天井も見える。
「凄く歩きやすい」
地面も踏み鳴らされていた。
「実質、この地下二層が冒険者にとって最初の仕事場だからね」
「どういうこと?」
「地下二層から薬草が生えたり、モンスターが出たりするから」
なるほどね。
そしたら。
「じゃあ地下一層は?」
「ヨーミのダンジョンの地下一層には街があるわ」
「街が? そりゃ凄いね」
「でも気をつけて。地下二層なんかよりよっぽど危険だから」
「どういうこと?」
「地下一層はスラムなのよ」
「ス、スラム?」
日本国内ではあまりない響きだ。
「ヨーミのダンジョンの地下はフランシスの王国の公的な管理が入ってないのよ。いくつかの地下ギルドが自治による管理をしているわ」
地下ギルドの自治区域……。
よくわからんが、あまり関わりたくないギルドだ。
「地下ギルド同士で縄張り争いなんかもしてるしね。巻き込まれるとやっかいでしょ」
「それは確かに怖い」
「地上で生きられない人なんかも住んでいるしね」
「それってお尋ね者?」
「ほとんど借金とかが理由でしょうけど、お尋ね者も混じってるわ」
こわっ!
「まあ地下街にはトールほどレベルが高い人はあまりいないから」
「そ、そうなんだ」
「レベルが高い冒険者は滞在するだけで住みはしないわ」
確かに。
お金持ちはスラムには住まないだろう。
「厄介なのはならずものね。地上で禁止されてるような店もあるわ」
「ど、どんな店?」
繁華街にあるような店だろうか。
高校生だから詳しくはないのだけれど。
「見ればわかるわ。イラつくのよね」
「イラつく?」
女性だから女性を売り物にしているような店とかがあったらイラつくのかな。
「見ればわかるって」
態度からして、かなり嫌ってるな。
また機嫌が悪くなられても困る。
気持ちいい森を歩いているのだから今は忘れよう。
モンスターは青いスライムぐらいしかいないしな。