50話 頼りになる仲間
ディートとリアが来る日はダンジョンのマミマミさんの居住区である真神の間でバーベキューをすることが多い。
今日も日本人と異世界人とモンスターがごっちゃになって参加している。
会長も異世界人が日本の寮に来るのは嫌がるが、日本人が異世界に行ってBBQする分には文句を言わない。
今もマミマミさんと争うように魔物肉の串焼きを食べていた。
「レイコ~、もっともぐもぐもぐ」
「レイちゃん、お肉」
「トオルくん。マーちゃんと会長がもっと肉を食べたいって」
「はーい」
俺はコックで美夕さんはウェイトレスかよ。
……いつか、こじんまりとした、そんな店を開いてもいいかもしれない。
美夕さんは賛同してくれるだろうか?
味塩こしょうでモンスターの肉を味付けしてガンガン焼く。
妄想していても手は動いている。
他の皆はお腹一杯という様子だが、マミマミさんと会長はなかなかお腹一杯になってくれない。
「トオル! 普段より味付けが薄いぞ!」
「す、すいません。マミマミさん」
「鈴木くん、私はこれぐらいの味付けで」
「は、はい。会長」
今のマミマミさんは巨狼の姿ではなく幼女の姿だ。
幼女の体のどこにあんな量の肉が入るのだろうか。
それは会長も同じか。
マミマミさんには流石に少し劣るけど、よく食べる。
ううう。電波が通じる日本に戻って早く九尾の狐について検索したいんだけど。
やっとBBQが終わって片付けをしてから寮に戻る。
自室の畳の上に寝っ転がってスマホをいじった。
「九尾の狐っと」
へ~中国神話の生物なのか。
ふむふむ。
「その姿が確認されることが太平の世や名君がいることを示す瑞獣」
ここまでは狐の精霊さんが言っていたことと一致する。
さらに読みすすめる。
「何々……日本の古い法律書にも九尾狐の記述があると。神獣なり、その形赤色、或いはいわく白色、音嬰児の如し」
ふーむ。こちらはマミマミさんの言う通りかな。
神と神獣は同じ意味で言ってるんだろう。
赤色か白色で声は赤ちゃんのようってことかな。
狐神さんに取り憑いているからわからないけど、本当はそういう姿なのかもしれない。
「トオルくん。ここ見て」
BBQの片付けを手伝ってくれて一緒にいた美夕さんが僕のスマホを指差す。
美夕さんにだけは既に一連の事件を話している。
「なになに。一方では殷王朝の妲己《 だっき》や日本の玉藻前のように美女に化けて人を惑わす悪しき存在としても語られる。げっ。ディートやリアが言っていたことと同じだ……」
妲己、玉藻前の項目は別のページに説明の文章が大量に書かれている。
特に妲己は僕でも知っている。
「妲己は少年漫画で悪役キャラとして登場してるね」
「私も知ってる」
そんな悪い人にも見えなかったんだけどなあ。
「良い存在って伝説と悪い存在って伝説が両方あるね」
美夕さんがまとめてくれた。
正直、触らぬ神に祟りなしということわざが思い浮かぶ。
「どうするのトオルくん?」
「まあマミマミさんでも封印は解けないらしいし、今のところは何も出来ないかあ」
とりあえず様子を見るしかなさそうだ。
授業中、狐神さんと目があった。
日本人である狐神さんと九尾の狐の精霊は別人格、と本人は主張している。
狐の精霊が僕にした話を狐神さんは知っているのだろうか?
幻界で狐の精霊に会うより、学校で狐神さんから話を聞いてみるほうが安全かもしれない。
でも僕は男の友達すらいないコミュ障なのだ。
女生徒に話しかけるのは難しい。
「起立。礼」
午前の授業が終わったようだ。
「ううう。せっかく安全に情報を得る方法を思いついたのにどうすればいいんだ」
休み時間には突っ伏して寝たふりをするしかない。
「鈴木」
「え?」
顔を上げて声のするほうを見る。
「狐神さん」
狐神さんのほうから僕の座席に来て呼びかけてくれたようだ。
「上手くいってる?」
これは確実に封印を解くことを言っているよな。
狐神さんと狐の精霊は通じているようだ。
「うん。まあ」
色々聞きたいが。
「そのちょっと教室ではさ」
「そうね。ちょっときて」
狐神さんが僕の腕を取る。
「なになに」
僕は引きずられるように教室から出ていく。
瀬川くんの驚いた顔が目に入った。親しげに見えたのだろうか。
廊下、階段と上へ上へと連れて行かれる。
最後の階段の上に鉄のドアがあった。
「ここならいい?」
見上げると空が何処までも高く広がっていた。
「屋上……」
人はまばら風の音もある。
「で、封印を解けそうな人は見つかった?」
「狐神さんは全部知ってるの?」
「うん。コンちゃんに聞いているから」
「コンちゃん?」
「狐だし、コンコンコンって笑うでしょ?」
「あ~」
笑い声からコンちゃんか。
美夕さんもマミマミさんをマーちゃんと読んでいる。
女性はそういう名前の付け方が好きらしい。
「それで?」
「それでって?」
「封印を解ける人は上手く見つけられたの?」
「あ~……」
狐の精霊もといコンちゃん、いやコンさんと言うべきか。
狐神さんはコンさんの封印を解いたほうがいいと思っているのか?
そういえば。
「狐神さんはいつからコンさんに取り憑かれてるの?」
「先にこっちの質問に答えてよ。それに取り憑くって言い方は何なのよ」
「本人が言ってたんだよ。取り繕っていたけど。封印を解ける人は今探し中だよ」
「さっき上手くいってるか聞いたら、うんって言ってたじゃない」
「あ~ごめん」
狐神さんはコンさんの危険性を感じていないんだろうか。
「僕にも教えてよ。コンさんはいつから取り憑い……狐神さんの中にいるの?」
「物心ついたときにはいたわよ」
「え?」
「前はお母さんにいたの。私が生まれた時に継承されたの」
「そんな伝統的なものなの?」
「お母さんの前はお婆ちゃんよ」
「へ、へ~」
狐の精霊って代々引き継いでいたのか。
「ウチは代々女系なの。お父さんもお爺ちゃんも入婿だしね。コンちゃんは生まれたときからずっと一緒の最高の友達よ」
「そうなんだ。立石さんは?」
「……別に友達じゃないわ」
大人っぽい雰囲気の狐神さんが急に子供っぽくなる。
コンさんのほうは友達という認識だったんだけどな。
まあ今はコンさんについての話を先に聞こう。
「コンさんがそんな最高の友達ならずっと居てもらったら? なんで急に封印を解きたいって」
「コンちゃんが言ってるのよ」
「お婆ちゃんもお母さんもずっと居たのに」
「そうなの」
狐神さんは少し寂しそうだ。
彼女にとってはずっと心のなかにいた別人格の友達がいなくなるような感覚なのかもしれない。
「でも、なんでだろう?」
「何が?」
「お婆ちゃんもお母さんの時もいたんだろ? その時は封印を解こうとしなかったの?」
「そんなこと知ら……ごっほごほ」
狐神さんが急に咳き込む。
「だ、大丈夫?」
「ごほごほ。大丈夫よ。風邪みたいなの」
ただの風邪だろうか。
かなり辛そうだ。
「インフルエンザが流行ってるしそういうのじゃないの?」
「平熱よ。病院も何回か行ったし。何ともないって」
「そうなの?」
「だから風【邪@正字】よ。多分」
「でも風【邪@正字】なのに平熱……」
顔色もなんだか悪いけど。
「咳風【邪@正字】かアレルギーかもね。話をコンちゃんに戻すとお婆ちゃんやお母さんの時はずっと中にいたんだけど今は出たいんだって」
何か理由があるのだろうか。
「封印が解けそうな人を見つけたら教えてね」
「わかった。教えるよ」
「ホント? 約束ね?」
狐神さんの目は真剣そのものだ。
「う、うん」
つい教えると返事をしてしまう。
「ありがとね」
「あぁ」
狐神さんはフラフラと屋上を出ていった。
僕は屋上のコンクリートの上に座り込む。
どうしよう?
約束してしまった。
探さないという手もある。
見つけられなければ【嘘@正字】を付いたことにはならない。
「お昼、食べないんですか?」
学生服から声が聞こえる。
学生服の一部がスライムの顔になる。
周りを見ると少し離れたところでは学生がお弁当を食べている。
「シズク……お腹減った?」
白スライムのシズクはたまに学生服になって僕と一緒に学校に行っている。
「いいえ。でもご主人様が食べないから……」
「ちょっと考え事していてね」
「コン様のことですね」
「うん」
コンさんは悪い存在には見えなかった。
狐神さんも真剣に解放をしてあげようとしている。
九尾の狐は【騙@正字】すっていうから僕や狐神さんも【騙@正字】されているのかもしれないけど……。
「ご主人様は本当は助けてあげたいんですね!」
「え?」
シズクの言う通りだった。
気持ちとしては助けてあげたい。
縁あって知り合ったモンスター(?)とクラスメートが助けを求めているのだ。
けれども九尾が悪い存在だったら……大変なことになってしまうのではないかと躊躇している。
「シズクの言う通りだよ。もし悪いモンスターだったら」
「大丈夫ですよ!」
シズクは自信満々に大丈夫という。
どうしてだろうか?
「大丈夫ってコンさんが良いモンスターだから? シズクは良いモンスターだけど……」
シズクが良いモンスターだからってコンさんも良いモンスターとは限らない。
「違います!」
「違う? ならどうして大丈夫なの?」
「何かあっても皆が助けてくれますから」
「あっ」
「美夕様も会長様も木野先輩様もマミマミ様もディート様もリア様も私も!」
そうだ。
僕には頼りになる仲間がいることを忘れていた。