4話 白スライム族の秘密
それはもはや、禁断の果実。心音ミルは無邪気に微笑みかけている。
いや、それよりも!
「なんで僕がご主人様なの!?」
「ご主人様が好きだからです!」
白スライムは僕に抱きつく力をさらに強めてくる。
「えええ? どうして?」
人間的には普通だと思うけど、僕の顔はスライム的にはイケメンに見えるんだろうか?
「はじめて見た人間だからです。そういう生態なんです!」
「そういう生態?」
「はい!」
ひょ、ひょっとしてヒヨコみたいなアレか。白スライムの肩を押して体を離す。
「と、とりあえず、座って話そうよ」
「そうですか……」
白スライムは残念そうに言ってから、また畳の上に女の子座りで座る。
「白スライム族のことをもっと教えてよ」
「はい!」
白スライムは自分の種族のことを語りだした。
元々、白スライムは人間と共生する種族だったらしい。その人間の愛するものに擬態をして可愛がられて生きる。それが白スライムの生態だった。
だが、白スライムを悪用する人間が現れる。白スライムが主人に持つ恋愛に近い感情となんにでも変身できる能力は悪人の格好の餌食になった。
多くの白スライムの仲間が売り買いの対象になってしまった。
とうとう白スライムは人が来られないような難ダンジョンの地下深くの石壁に擬態して生きるようになる。
はじめに見た人間にその気持と能力を悪用されないために。
「し、白スライムって、結構悲しい歴史のある種族なんだね」
「でも私は人間が悪い人ばっかりなんて信じられなかったんです。だから大人たちが止めるのも聞かないで、ダンジョンを上に上にとあがって来たんです」
「そしてはじめて出会ったのが……」
「はい! ご主人様です!」
それで白スライム姿のままでも僕が優しいから感動したって言ったのか。
少しだけ視界が涙でにじむ。
「ど、どうしたんですか?」
「い、いや、なんでもないよ。ところで僕は鈴木透って名前なんだけど白スライムはなんて名前なの?」
「トオル様ですね! 素敵な名前です!」
スライムは僕の名前を褒めてくれたが、急に元気がなくなる。
「私の名前はないんです……」
「ないの?」
「はい。私たちと人間の仲が良かった時代には、人間から名前を貰えたって聞いていますけど」
なるほど。そういうことか。
「なら僕が名前つけてもいい?」
「名前をいただけるんですか!」
白スライムがまた元気になる。
「じゃあ、何にしようかな。うーん、そうだ! 水の雫みたいな形態になることもあるからシズクって名前はどうかな?」
「シズク……とっても素敵な名前ですね!」
「気に入ってくれた?」
「はい! とっても!」
シズクに抱きつかれて押し倒される。心音ミル姿だとやはり変な気分になってしまう。
「でも、私、まだ完璧な変身ができないんです」
「え? どう見ても完璧な変身だと思うけど?」
シズクが僕の目の前に立つ。ちょうど心音ミルのスカートが座っている僕の目線だ。
心音ミル姿のミニスカートをめくる。
「な? な、何をするんだ?」
眼の前でスカートをめくり上げられただけでも驚くのに、白い指先がパンツにまでかかる。
「見てください」
シズクが、そのままパンツをおろす。
「み、見てくださいって言われても!」
手で顔を覆うが、何をするのかと指の隙間から見てしまう。
「え? 何も無い?」
心音ミルの肝心の箇所はツルンとして何も無かった。
「大人の仲間たちから人間の女性の姿は見せてもらっていますけど、服の下の構造まではもう伝わっていないんです。白スライム族が人間と一緒に暮らしていたのはずっとずっと昔のことですので」
何も無いのはそういうことか。ちょっと残念な気分もするが、安心もした。
「スキャンをすれば、完璧に変身できるのですが」
「スキャン?」
「ちょっとご主人様をスキャンさせてください」
心音ミル、いやシズクが、また僕の上に乗ってバターのように溶け出す。
そして体の隅々まで覆われてしまった
「ひゃっ、く、くすぐったい」
しかし、それはくすぐったいだけでは済まなかった。
「ちょ、ちょ、そこは! やめて!」
「もう少しだけ我慢してください」
しばらく耐えていると、シズクは白スライムの姿で服の間からにゅるんと出てきた。
「はぁはぁ、スキャンって結構ハードだね……またやってほしいような……やられたくないような……」
「すいません。でも完全にご主人様をコピーできるようになりました」
「どういうこと?」
シズクは謝ったあとに完全に僕になった。
「これが僕。スキャンってそういうことか。鏡を見るのとは感覚が違うけどソックリだよ」
「服の下もバッチリです。見ますか?」
「い、いや、それは見なくてもいいよ。声まで一緒なんだね」
「声帯もスキャンしていますから」
「声帯まで……それでか」
そういえば、シズクは口の中にも入ってきていた。
「さあ。心音ミルさんをスキャンしに行きましょう!」
シズクはどうやら僕のために服の下までスキャンした完璧な心音ミルになろうとしているらしい。しかし……。
「心音ミルは現実にはいないんだ」
「え? でも、こんなに素敵な肖像画になっているのに」
肖像画? なるほど、シズクはポスターを肖像画だと思ったのか。
異世界のモンスターになるべくわかりやすくディーバロイドのことを説明する。
「そうですか。心音ミル様は空想の存在だったのですね」
「うん。まあ、そんなところかな」
「大丈夫です! 誰か本物の女性をスキャンして心音ミル様の服の下を再現しましょう!」
め、名案だ! じゃないよ!!!
女の人をスキャンなんてしたらシズクの存在が知られて大変なことになる。
加えて僕はシズクをそんなことに使いたくない。
白スライム族がダンジョンに隠れ住むようになった原因の悪人と同じじゃないか。
「シズク。僕のためにやってくれようとしているんだろうけど、絶対に……」
絶対に人間をスキャンしちゃいけないと説明しようとした時だった。玄関のドアを叩く音が響く。
「鈴木くん! いるのでしょう? もう七時だけど夕食は大丈夫なの?」
僕の部屋のドアを叩くのは寮生で三年生の六乃宮姫子。
容姿端麗で頭脳明晰、実家が物凄いお金持ちらしい。
しかも、生徒会長をしているので会長と呼ばれている。
そんな人がなんでこんなオンボロ寮にいるのかと思うが、なんでもお嬢様の社会勉強らしい。
わかるような、わからないような理由だが、とにかく彼女は自分にも他人にも厳しい。
夕食の時間は午後七時半なので、管理人として雇われている身でもある僕はそれまでに料理を作らなければならない。
「や、やばい。ちょっと、出てくるね」
シズクにそう言って玄関に向かう。
玄関を開けるとキツイ目をした美少女が立っていた。
「食堂にいなかったから部屋にいると思ったけど、何をしていたの?」
「ちょっとドタバタしていて」
ダンジョンやらスライムやらで。
「生活が乱れるから時間は正しくね。アナタのおばあ様だったら……」
会長の説教がはじまる。ところが、会長は急におかしなことをいい出した。
「い、今、なにか白いゼリーみたいなものがいなかった?」
「え?」
僕が振り向いた瞬間、シズクがサササッと横を通り抜けて、会長の服のなかににゅるんと滑り込む。
「しまった! スキャンか!」
「なにこれ! や、やだっ! やめて! ああああぁぁぁぁ!」
やばい……シズクが会長の服のなかに潜り込んでしまった!
ど、どうすればいいんだ?