44話 こはる荘を祓えるのは寺か神社か!?
なんて素晴らしい夢だ。
このまま死んでもいい。
僕の中で異世界の胸と尻と洗濯板に挟まれていた。
大きな胸はディートのものに違いない。
適度な筋肉が付いている形の良いお尻はリアのものか。
洗濯板みたいなマミマミさんの胸がちょっと痛いけどいい夢だなあ。
「ん?」
夢で痛い?
ちょっと痛いというか肋骨がゴリゴリとかなり痛い。
夢で痛いことってあんまりないよね。
それに痛いだけじゃなくなんだか苦しいぞ???
「くっ、苦しい……息がっ」
肌色のムチムチとか洗濯板を押しのけて酸素を確保する。
「ぶはっ。はーはー」
どうやら僕の顔は異世界人達の胸や尻から押しつぶされていたようだ。
和室にはマミマミさん、ディート、リアが転がっている。
昨日、酔っ払ったディートが来て帰れだの帰らんだの押し問答になってそのまま和室で寝てしまったのか。
「異世界人……寝相が悪過ぎだろ……は?」
今、何時だ?
「やべええええ。8時だあ」
僕は学生寮こはる荘の管理人として朝食を作らなければならない。
けれども朝食を作るために起きる時間はとっくに過ぎていた。
「ど、どうして起きられなかったんだ~」
ううう、和室の布団の上に所狭しと転がる胸と尻のせいなのか?
このままでは寮生たち、特に大飯食らいの六乃宮姫子先輩、通称会長のカミナリが落ちてしまう。
その時、ガチャリと音がなって僕が玄関から入ってきた。
「先輩ごめんなさい!」
先に謝って許してもらおうと思ったが、僕の部屋に入ってきたのは会長でも寮生でもなかった。
僕の入ってきたの僕だった。
鏡を見ているようだ。
ぼ、僕が二人?
な~んてね、慌てることもはなにもない。
もう一人の僕は溶けはじめてポヨンとした白いスライムになった。
「ご主人さま、おはようございます!」
「おはよ~シズク」
「すいません。ご主人さまがあまりにも幸せそうに寝ていらっしゃったので朝ご飯を作るお仕事は私がしておきました」
シズクは人間に飼われる生態を持つレアな白スライムだ。
アラームも鳴らないってことはシズクが止めてくれたのだ。
「良かった~」
「ごめんなさい。勝手なことして」
「ううん。いいんだよ。それにしても」
この異世界人たちはどうしよう。
気持ちよさそうに寝てるなあ。
そりゃそうか。
この人たちはダンジョンの床で雑魚寝することもあるらしいから畳の上でも天国だろう。
ましてや布団なら。
だが、僕も学校があるから起こして帰らせないといけない。
このまま学園寮に寝かせて学校に行ったら大変なことになる。
どんな騒ぎになるか予想のグラフが斜め上ならいいほう、真っ直ぐに直立して天井をぶち破るぞ。
「マミマミさん、ディート、リア、朝だよ」
ディートが気だるそうに顔をこちらにむける。
「まだ早いわ~寝たばかりじゃない」
「いいから起きて」
「トオルもまだ眠いんじゃないの? 目の下がクマになってるわよ」
「それりゃね」
夜遅くまで帰れとかここで寝るとか押し問答してたんだから。
「なら寝ましょうよ。ほら、ここ暖まってるから入って」
ディートが自分が占領していた敷き布団のスペースを半分あけ腕を上げて掛け布団のドームを作る。
入りてえええええ。
寝てええええええ。
「僕には学校があるんだよ」
「そ~じゃあ行ってらっしゃい」
「帰ってくれよ」
「もう少し寝たら帰るわよ」
「僕がいなくなったら好き勝手に日本を物色するだろ?」
ディートがピクリと動く。
「それはいい考……そんなことしない~寝むいだけ~」
余計なことを気が付かせただけのようだ。
こうなったら。
――シャー
僕はカーテンを開けて朝日を取り込む。
「ま、眩しい!」
「うわ~」
「とける~」
この人たちは真っ暗なダンジョンがビジネスや生活の場なので日光に物凄く弱い。
「はい。早く帰ってね」
のろのろと起き上がる異世界人たち。
僕がその様子を見ていると寮のドアがまたガチャリと音を立てた。
「鈴木くん、晴れてるからレイちゃんがダンジョンの小部屋を使わせてほしいって。私も急いでるからお願い」
か、会長。
僕の部屋はダンジョンの小部屋に繋がっている。
さらにダンジョンの小部屋は生徒会室に繋がっているのだ。
会長のいうところのレイちゃん、美夕麗子さんは異世界人たちよりも日光に弱い。
だから晴れの日は僕の部屋のダンジョンを使って学校に通っている。
その時間がそろそろだということをすっかり忘れていた。
「どうして鈴木くんの部屋にマミマミ様やディートさんやリアさんがいるのよ! 異世界と日本はちゃんと分けなさいって言ってるじゃないの!」
やはり会長のカミナリが落ちた。
「いや違うんです。帰れって言ったんだけどみんなが勝手に寝ちゃって」
「言い訳無用!」
美夕さんがマミマミさんの側にしゃがむ。
「まーちゃん。本当はどうなの?」
「帰れって言われたけど面倒で」
「めっ」
「はーい」
マミマミさんは真神のワシが人間の言うことなど聞けるかとか言って僕には逆らうのに、なんで美夕さんの言う事なら聞くんだ。
「先輩、トオルくんの言ってることは本当みたい。許してあげてください」
「ぐううう。仕方ない。生徒会室を三日間掃除!」
「え~」
「サボったらお婆様に部外者を寮に連れ込んでいると言いつけるから」
「わ、わかりました」
寮の管理人であったお婆ちゃんを出されたら従うしかない。
親が蒸発した僕に高校に通えるように手配してくれた恩がある。
……単純に怖いということもあるけどね。
◆◆◆
――キンコーンカーンコーンキンコーンカーンコーン
朝のホームルームに滑り込みセーフ。
「鈴木、遅いぞ。早く席に付け」
「す、すいません。えへへ」
マミマミさん、ディート、リアを異世界に帰すのにだいぶ時間がかかってギリギリになってしまった。
あの三人は友達のいない僕が少しでも目立つ行動をするのがどれだけ辛いかわかっているのか。
わかってないか……異世界人だし。
転校して一ヶ月、体力テストが終わっても僕にはまだ友達がいなかった。
チラっと美夕さんを見ると美夕さんもこちらを見ていたようで慌てて視線をそらす。
同じクラスで同じ寮の美夕さんとは話すけど、普通のクラスの友達とはまた違うような気がするしなあ。
ホームルームが終わると1限の授業がはじまるまで短い休みがある。
僕は1限の準備をする。
鞄から現国の教科書とノートを取り出した。
5秒で終わる。
後はボーと席に座るだけ。
クラスメートはそれぞれが仲の良い友達と集まって楽しそうに話している。
こういう時に友達を作りたいと思う……。
高校生が学校に通ったら毎日あるこういう時だ。
美夕さんは人気で人だかりができている。
元々の性格の良さに加え、顔を見せれば実は美少女、しかしも勉強は学年トップで、運動もめちゃくちゃできる年齢は一年上のお姉さん。
わかるよ。わかる。男女ともに人気出るだろうよ。
だけど異世界でレベルを上げることによって体力テストで全国クラスの成績を出したのはここにもいるんだぞ。
部活を真面目にやっている先輩から何件かスカウトも受けたけど、先輩じゃ意味ないしこはる荘の管理人をしている僕には部活もできない。
1限目の現国が始まる、終わる。
また友達の必要性を見せつけられる時がくる。
僕は机に突っ伏して寝てるふりをはじめる。
実際、今日は眠いので本当に寝てもいいかもしれない。
そうやって今日が過ぎていく。Zzz。
「ずきくん……鈴木くん」
夢の中で誰かに呼ばれている。
きっとクラスメートの誰かだ。
「鈴木くん!!!」
「ふわっ?」
机から頭を離して顔を上げると目の前にはクラスメートの立石さんと狐神さんが立っていた。
「立石さん? 狐神さん?」
いつも一緒にいる二人組の女子でクラスレベル、いや学年レベルでちょっと有名だ。
ひょっとしたら学校レベルかもしれない。
友達のいない僕にも休み時間に寝たふりをしていると噂が入ってくる。
可愛い子が多い1年B組の中でも二人とも可愛い。
ただ二人を有名にしているのは見た目ではない。
立石さんは寺の娘だ。
寺生まれの美少女T。これだけでも有名になる。
そして相方の狐神さんはなんと神社の娘である。
いつも寺と神社でどちらがご利益があるか言い争っているらしい。
仲がいいのか悪いのか、実は友達じゃないのか?
その二人がぼっちの僕になんの用だろう。
立石さんがキッと僕を睨み言った。
「鈴木くん! あなた霊に取り憑かれてるよ!」
「れ、霊?」
急になにを言い出すんだ。この人は。
「学生寮あるでしょ? 名前はなんだっけ?」
「こはる荘?」
「そう。こはる荘」
「こはる荘が?」
「あそこは幽霊に取り憑かれてるのよ」
幽霊? こはる荘に幽霊が出るって噂はずっとあるけど。
「ないない。幽霊なんか一度も見たことないですよ」
あんなところ幽霊も逃げ出す。変な寮生に無軌道な異世界人にモンスター。
待てよ。異世界人にモンスター……。
「自分の顔を鏡で見て。目の下がクマで真っ黒」
「こ、これは」
異世界人や連日のレベル上げのせいで寝不足とも言えない。
「私、寺生まれだから霊感あるの! 霊に取りつかれてるわ」
いやいや取り憑かれてるのは霊ではなく異世界人だ。
霊感ないだろ。
「寺が助けてあげる!」
助けると言われても……助けられるかなあ寺が……。
「あなたの寺なんてあの寮には役に立たないわ。神社を頼りなさい」
狐神さんもそういう人か。
「寺!」「神社!」「寺!」「神社!」「寺!」「神社!」
ううう。二人とも可愛いのに。
どうして僕には普通の友達が普通にできないんだろうか。