3話 ご主人様はアナタです!
「白スライム?」
「はい。ご存知ありませんか?」
白いスライムはプルプルと愛らしい。
しかし、僕は白スライムどころかさっきの青スライムすら知らない。
「ごめん。知らないや」
「そう……ですか。地上ではもう白スライムは忘れられてしまったんですね」
白スライムってネス湖のネッシーとか多摩川のアザラシのタマちゃんみたいなヤツだっけ?
いやいや、聞いたことないぞ。
「ちょ、ちょっと待って。訳わからないことだらけで、なにから聞けば……そうだ! なんでキミは日本語を話せるの?」
「白スライムは知的モンスターですからモンスター語は話せますよ」
モンスター語? 僕はいつの間にかモンスター語なる言語が話せるようになったんだろうか。
進学や就職に有利かもしれない。
そんなわけないか……どう聞いてもただの日本語だ。
ともかく、この子(白スライム)とはコミュニケーションできるらしい。
「このダンジョンはなんなの?」
「ヨーミのダンジョンですよね?」
「ヨーミのダンジョン?」
「白スライム族が人間と関わらなくなってから長いので、もう滅んでいる国かもしれませんが、フランシス王国の南西部にあるダンジョンです」
「フランシス王国?」
「ええ。大人の仲間たちからはそう伝え聞いていました。フランシス王国はもう地上にはありませんか?」
どういうことだろう?
学校で教わった日本の歴史は嘘で、この列島にはかつてフランシスなる王国が?
いやいや、中学の修学旅行で見学した京都の神社仏閣の歴史が嘘っぱちとは思えない。
かと言ってこの子(?)が嘘をついているようにも思えない。
「僕は日本人だけど」
「ニ、ニホーン人? ほ、本当ですか?」
白スライムが感動したような声をあげた。日本人を知っているのか。
「ほ、本当だけど、日本人がどうしたの?」
「白スライムの仲間たち、いえ、モンスター間には理想郷の伝説があるんです。はるか昔、人とモンスターが仲良く移住したニホーンの伝説です。すごーい!」
話が少し見えてきた。王国と日本は別々に存在するということだろうか。
「ダンジョン側の地上にはフランシスっていう王国があるってこと?」
「はい! でも、ご主人様はニホーン人なんですね? 一体どこから来たんですか?」
ということは、僕の部屋は日本と異世界のダンジョンを繋ぐゲートなのか!?
けれど、まだまだわからないこともある。
一番の謎は白スライムが僕をご主人様と呼ぶことだ。
「どこからって僕の部屋から来たんだけど」
「ご主人様のおウチからってことですか?」
「う、うん。ホラ」
暗闇に輝く長方形を指差した。部屋につながるドアはいつでも戻れるように開けっ放しにしている。
「びっくりしました! ヨーミのダンジョンとニホーンは繋がっていたんですね」
「そういうことになるのかな? 良かったら僕の部屋で少し話さない?」
スライムは立っているのか座っているのかよくわからないけど、ダンジョンで立ち話もなんだ。
立ち話もなんだというより、危険かもしれないしね。
それに白スライムは青スライムと違って愛らしい容姿で悪いスライムとは思えない。
「え? いいんですか?」
「うん。色々と教えて欲しいんだけど」
「はい! 私に教えられることなら」
やった! 白スライムはレベルアップの仕組みを知っているかもしれない。
それどころか異世界には魔法や便利なスキルなんかもあって習得する方法も!
まあ、最初に聞きたいことはどうして僕をご主人様と呼ぶかだけど……。
スライムと一緒に僕の部屋に向かう。無言だ。
自分はコミュ症だなあと思ってしまう。無言で歩くのはどうなんだろうか。
と思っていると白スライムのほうから話しかけてきた。
「私、感動しました!」
「何が?」
「変身もしていないのに私に優しくしてくださるなんて」
変身? どういうことだろうと思いながら歩いていると、もう僕の部屋に着いてしまった。
ダンジョンの深くまで来たつもりでも、大きな教室ぐらいの空間の端から端までの距離だ。
「どうぞ。上がってよ」
「お邪魔します」
部屋に入ってから鉄のドアを閉めて慎重に鍵もかける。ふすまも閉じた。
これで白スライムの存在以外は不思議なものは何も無いただの和室だ。僕は畳の上に座った。
「ここがご主人様のおウチなんですね」
「三日前からだけどね」
お茶か飲み物を出そうかと思ったけど、白スライムが何を飲むのかわからない。
聞いて良いのだろうか。そもそも、コーヒーとか緑茶とか紅茶とか知らないよな。
「ご主人様の後ろ、素敵な絵ですね。ご主人様はその方がお好きなんですか?」
「後ろ?」
振り返ると後ろにはディーバロイドの〝心音ミル〟のポスターが貼ってあった。
相手はスライムなのに、なんだか女の子を部屋にあげて恥ずかしいものを見つけられてしまったような気分だ。言い訳をしようと慌てて向き直る。
「こ、これはたまたま貰ったやつで。好きではあるんだけど。え……?」
目の前に〝本物の心音ミル〟が女の子座りで和室の畳の上に座っていた。
「心音ミル様というのですね」
この声は!
「白スライム?」
「はい! 変身したんです」
「へ、変身って、そういうことなの!?」
もちろん心音ミルは空想上の少女だから本物はいないのだが、もし彼女が人として現実に存在するなら目の前の少女がそれだった。
有名コスプレイヤーのコスプレでも足元にも及ばないだろう。
「わぶっ!」
急に心音ミル、いや、白スライムに抱きつかれて押し倒される。
「ちょ、ちょっと?」
女の子と抱き合った経験なんてないけど、柔らかさ、肌触り、女の子としか思えない。
「私たち白スライムはお好みの姿や好きな人に変身して飼われる種族なんです!」
「か、飼われる? あっご主人様ってそういうこと!?」
つまりペットのご主人様ってことか。
「ご主人様の命令ならなんでも聞きます! ご主人様に変身してお仕事もしますし、好きな女性に変身して●■▲なこともできますよ! 例えば心音ミル様で……」
な、なんだって? ディーバロイドの心音ミルと●■▲なことができる?