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37話 カラオケの思い出

「トオルくん。少しでも無理だと思ったら逃げてね」


 僕は、僕の部屋から通じるダンジョンの錆びた鉄の扉の前に立っている。


 今まで狩っていたモンスターよりずっと強いオオムカデやオオネズミを狩るためだった。


 最初の頃と比べたらレベルもかなり上がっている。


 きっと倒せるはずだ。


 レベルアップのために得られる経験値は段違いになる。


「うむ。レイコのために自分よりも巨大なモンスターに立ち向かおうという心意気、天晴である」


 ここにくる前にマミマミさんも呼んで一緒にきてもらった。


「万が一、不覚をとっても骨は拾ってやるぞ」


「その前に回復魔法でしょ!」


「冗談だ。怒るな怒るな」


 マミマミさんのタチの悪い冗談に美夕さんが怒る。


「しかし、ワシがいないものと思って精進せいよ」


「うん。いないつもりでやるよ!」


「うむ。では行け」


 重く大きな扉を上げるボタンを押した。


 ここから先は強敵が溢れるダンジョンだ。


 いた! いきなりオオムカデだ!


 幸先はいい。レベルも上がっているけど、本当にこんな巨大なモンスターに勝てるのか?


「最初はワシがやろうか?」


「一刻も早く美夕さんとカラオケに行きたいから」


 バットを構える。こっちだって戦闘経験自体はもう百回を超えている。


 怯みはしない。


「うおおおおおおお!」



                 ◆   ◆   ◆



 僕はカラオケ店に向かって走っていた。


 ロクに回復魔法も使ってもらえずに、こはる荘を出たから体中が痛い。


 オオムカデは硬いし、毒を持っている。オオネズミはとにかくパワーがあった。


 幸い金属バットは異世界ではちょっとしたアーティファクトのようで、弱点の頭に当たればどちらも倒すことができた。


 コーラで解毒したり、マミマミさんの回復魔法でなんとかなったが、死ななかったことは幸運だったかもしれない。


 戦っている間、美夕さんに何度止められたかわからなかった。


 けれど、その結果として五時間ほどの死闘でレベルを上げることに成功したのだ。


 午後三時、ついに僕はカラオケ店にたどり着いた。


 ライメチャットで連絡したので僕の姿をしたシズクも、今頃は美夕さんを呼んでくるとカラオケルームからは出たはずだ。


 店に入って今までいた客のフリをして男子トイレの個室を使わせてもらう。


「クラフト・ゲート」


 トイレの壁に鉄のドアができる。


 ドアを開けるとダンジョンで美夕さんが待っていた。


「カラオケ店とつながったよ。トイレでしかも男子用だけど我慢してね。カラオケ店っていろんなところに監視カメラありそうだから」


「そんなの全然いいよ。ありがと」


 美夕さんが目尻の涙を指で拭う。


「さあ、早く! 今は他の男性客もいないから」


「うん」


 美夕さんの手を取ってゲートをくぐらせる。


 トイレから顔を出して人がいないか確認する。


「誰もいないね」


 素早く廊下に出る。


「人が一人増えたのは後で店に報告することにして、先にカラオケルームに行こう」


「姫子先輩、怒ってないかな。遅刻しているし、理由も上手く説明できないし」


「会長は美夕さんがきたらすぐに機嫌を直してくれるよ」


「うん。そうだね」


 カラオケルームの前に立つ。


 美夕さんとうなずきあってドアを開けた。


 木野先輩がなにかのアニソンを歌っていたが、僕らが入ると熱唱をやめた。


「鈴木くん、おかえり。そしてレイちゃん、いらっしゃい」


「姫子先輩。遅くなっちゃってごめんなさい」


「いいの。私も怒りすぎちゃったかなって、ずっと気にしていたよ。きてくれて嬉しいよ」


 二人が手を取りあって謝りあう。


 まるで姉妹のようだ。


 こはる荘の生活の中で、本当に姉妹のように思いあうようになったのかもしれない。


「鈴木くんもキノコも驚くわよ。レイちゃんはマイクを通すとすっごい美声なんだから」


 クラスメイトの噂でも美声とは聞いていたが、想像以上だった。


 思えば、小さい声もいつも美声だった。



                 ◆   ◆   ◆



「今日は楽しかったねぇ。みんなでまた行こうね」


 帰り道、会長が言った。


 みんなもそれぞれの表現で同意する。


 時刻は午後七時、時間一杯まで楽しんでしまった。


 陽が落ちてなかったらどうしようかと思っていたが、完全に陽は落ちている。


「でも、鈴木くんどうしてそんなボロボロなの?」


「え、えっと。実は美夕さんを呼びに行った時に急いでいたから派手に転んじゃって」


 ダンジョンから出て、破れた服は着替えたけど、顔や手にも擦り傷やあざがあるのかもしれない。


「帰ったら手当てしてあげようか?」


 会長は心配そうに僕を見る。


「ダ、ダメ!」


 美夕さんが叫んだ。といっても他の人であれば、それは普通の大きさの声だったかもしれない。


「ど、どうしたの? レイちゃん?」


 僕だけじゃなく、会長も美夕さんが叫んだと思ったらしい。


「あ、いえ。その……。トオルくんの傷は私のために作った傷だから」


「つまり、どういうこと?」


 会長はきょとんとした顔をしている。


「会長~。美夕氏は鈴木氏への恩返しに手当てがしたいって言っているんですよ」


 僕と美夕さんと木野先輩が笑うと会長は不思議そうな顔をしていた。


 こはる荘に戻って美夕さんの手当てを受けている。消毒液がたまにしみる。


「いたっ!」


「痛かった? ごめんね」


「大丈夫だよ」


 本当はマミマミさんに会って回復魔法を使ってもらえば、すぐに治る。


 だけど美夕さんの部屋のベッドで手当てを受けるのは悪い気はしなかった。


「トオルくん、今日は本当にありがとうね」


「僕も美夕さんとカラオケ行きたかったから好きでやったことだよ」


「うん。私も一生の思い出になったよ」


 一生の思い出?


 感謝するのはわかるけど、一生というのは少し大げさなんじゃないだろうか。


 美夕さんが救急箱に消毒液やピンセットをしまう。


「思い出作りに夜の公園の続き……しちゃおうか……」

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