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35話 あ~したあ~めにな~れ

「あら、鈴木くんとキノコはもう待っていたのね」


 後からやってきた会長が、玄関で待っていた木野先輩と〝僕〟に合流する。


「じゃあ、行きましょうか」


「はい!」


「今日は楽しむといたしましょう」


 会長と木野先輩、そして……僕の姿に変身したシズクは楽しそうに玄関を出ていった。


 自分の姿を遠くから見るっていうのは何度体験しても変な気分だけど、あの様子なら大丈夫そうだ。


 深呼吸してから美夕さんの部屋に向かう。


 すぐに部屋のドアの前に着いた。


「美夕さん、美夕さん、いる?」


 ドアをコンコンと叩きながら呼びかける。


 すぐにドアが半開きになった。


「ト、トオルくん!? も、もうみんなとカラオケに行ったはずじゃ、どうしてまだいるの?」


「美夕さんが心配だったから」


 美夕さんが驚いた顔を見せた。


 目が赤くなっている。泣いていたのだろう。


「トオルくんの歓迎会でしょ。そんなこと言ってないで行ったほうがいいよ。会長だって怒るでしょ」


「それは大丈夫。シズクに代わりに行ってもらった」


「シズクちゃんが?」


 シズクは僕と一緒にヨーチューブでかなり曲を聴いている。特に心音ミルの曲を。


 木野先輩にも変身したシズクのフォローを頼んだし、大丈夫だろう。


「ありがとう。でも、せっかくなんだからトオルくんは楽しんできてよ」


「カラオケには後から参加するよ。でも先に美夕さんと話したかったんだ」


 美夕さんは沈黙していたが、しばらくするとドアを大きく開けた。


「……ありがと。入って」


「うん」


「ごめんね。歓迎会、行けなくて」


 入るとすぐ玄関で言われた。


 謝罪も食堂で何度もされている。


「責めるつもりじゃないよ。話が聞きたいなと思って」


「話……」


「なにか話せば、気持ち楽になるかもしれないし」


「わかった。トオルくんには話すね」


 どうやら美夕さんは僕には理由を話してくれるようだ。


「じゃあ奥の部屋にきて」


 寮生の部屋は、いわゆる1Kになっていて、つまりキッチンスペースがあって、仕切りがあって、奥に部屋がある。


 美夕さんが先に歩いて奥の部屋に入る引き戸を開ける。


「え?」


「……」


 僕は一瞬、固まってしまった。


 美夕さんが寝起きし勉強しくつろぐ部屋には、壁という壁に隙間がないほどてるてる坊主がぶら下がっていた。


 僕は美夕さんが今日のためにてるてる坊主を準備していることも知っていたし、その数が多いことも知っていた。


――だが、てるてる坊主はすべて逆さに吊られていたのだ。


「私は……普通じゃないの……」


 てるてる坊主を吊るして晴れにするというおまじないは誰でも知っているだろう。


 逆さに吊るすと雨になるというおまじないでもある。


 しかし、このてるてる坊主たちは暗い情念によって作られたというわけではないだろう。


「一体一体、顔が描いてある」


「うん」


 美夕さんの部屋の逆さ吊りのてるてる坊主たちは一体一体、可愛い顔が描かれていた。


 歓迎会はカラオケなので雨だったら決行できないというわけではないが、普通は晴れたほうが望ましいだろう。


 そう。普通は晴れたほうが望ましい。


「私は……普通じゃないの……」


 では自分を普通じゃないと言う、美夕さんなら?


 雨のほうがいいのか?


 バラバラのピースが集まってすべてがピタリとハマった。


 健康状態に特に問題がなく学業も優秀なのに出席日数不足で留年していること。


 雨の日に楽しそうに登校していたこと。


 日中でもカーテンを使っていること。


 ステータスを見て自分が吸血鬼でないかと気にしたこと。


 歓迎会がある今日の天気予報のニュースや昨夜の雲一つない星空を気にしていたこと。


 そしてこの逆さに吊られたてるてる坊主。


「ひょっとして美夕さんは陽の光が苦手なの?」


 美夕さんが目を見開く。


「知っていたの?」


「いや僕も今わかったんだ。ヒントは一杯あったのに」


「でもトオルくんしか気がつかなかったよ。ここまでひどくなったのは高校生になってからだけどね」


 世の中には日光アレルギーという病気もあることを聞いたことがある。


「日光に当たることで体に実際の症状があるわけじゃないんだよね?」


「ないよ。でも晴れの日の日光の下に出ようとすると足が震えちゃってどうしても出れないの……」


 そういえばディートが、美夕さんの吸血鬼の説明をする時に実質的な影響はないけど、祖先の記憶で精神的なものがあるかもしれないと言っていた。


「ごめんね。トオルくんの歓迎会に参加したくて外に出ようと朝から起きて頑張ったんだけど。陽の光が苦手なんて理解できないよね」


 美夕さんが泣きながら訴えた。


「ごめんねごめんね」


 僕は美夕さんに伝えたいことがあった。


「日光が怖いって気持ちは僕にはわからないよ。でも、このてるてる坊主を見て美夕さんがどれだけ歓迎会に参加したかったかってことはわかった」


「トオルくん……」


「ありがとう」


「ありがとうってなにが?」


「美夕さんが僕の歓迎会に行こうと、こんなに頑張ってくれたこと」


「そ、そんな……トオルくんやみんなとの思い出が私も欲しかったから」


 僕も同じ思いだ。美夕さんやみんなとの思い出が欲しい。


「今度は僕が努力する番だよ。一緒にカラオケに行こう!」


「ごめん。無理なの! 私はやっぱり陽の光が……」


「陽の光を浴びずに済む方法でカラオケに行くんだよ」


「そ、そんな方法あるの?」


「ある! レベルを上げるんだ」


「レベルを上げる? あっ……」


 美夕さんも気がついたようだ。


 こっち側の世界の好きな場所と異世界側の何処でも好きな場所にゲートを作る能力が僕にはあるのだ。


 カラオケ店とダンジョンをつなげばいい。


 ただ、レベルが上がるごとに一回しかできない。


 それも憶測だけど、今はレベルが上がればできると信じて努力したい。


「でもトオルくんのレベルは8だよね。7から8に上げるのは一日ぐらいかかったよ。レベルはどんどん上がり難くなるのに」


 美夕さんの言うように、みんなで思い出を作るためには、カラオケから帰ってくるまでに間にあわせないといけない。


「シズクと木野先輩に時間一杯の午後七時まで楽しんで欲しいと伝えてある」


「それでも……間にあわないんじゃ……」


 確かに時間的にそれだけでは厳しい。


「他にも考えがあるんだ。ちょっと危険だけどね」


「ちょっと! 危険? 大丈夫? どんな考えなの?」


「その前にマミマミさんを呼んでくるね」

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