32話 髪留め
さてと帰ろうかな。
「美夕さん、僕らもこはる荘に帰ろうか。え?」
しばらくディートとリアの後ろ姿を見てから、美夕さんを振り返る。
いつも彼女の顔を隠している長い黒髪がサイドに留められていた。
「ディートさんとアリアさんが帰ったから髪留めを使ってみたの」
お、驚いた。幽霊感がゼロだぞ。
よく見れば、幽霊感も少しはあるんだけど、白い顔があまりに輝いているように見えるからそちらに気を取られない。
「あ、あまり見ないで。恥ずかしいから」
「ご、ごめん」
「似合ってないと思うけど、トオルくんから貰った宝物だし使うね」
美夕さんが恥ずかしそうに目を伏せる。
似合っているけどな。それに宝物ってほどでは。
「トンスキホーテで数百円のものだよ」
「でも私にとっては思い出になると思うんだ」
思い出というのも大げさだけど、言い回しも少し気になった。
「思い出って」
「あ、トオルくん。お化けキノコ!」
美夕さんが指差した先にお化けキノコがいた。
無意識に金属バットで叩いて一撃で倒す。
「もう癖になっちゃったよ」
「ふふふ。みたいね」
美夕さんが笑うと同時に体から力が溢れ出る。
「おおおおお、この感覚は! ついにレベルアップだ!」
「やったね。おめでとう」
「ん?」
「どうしたの?」
こ、これは!
「マ、マジか!? なんだかめっちゃすごいスキルが使える気がする!」
そういやディートが、ゲート管理のスキルレベルが上がったら、なんとなくこんなことができそうだと感じる時があるかもって言っていた。
「どんなスキルなの?」
「あ、まだ準備が必要なスキルなんだ。本当にできるか試したいし」
「そうなんだ。残念」
言わなかったのはこのスキルは発動するために準備が必要ということもあるけど、美夕さんをちょっと驚かせたいからだ。
◆ ◆ ◆
「レイちゃん、その髪型どうしたの!?」
食堂にきた会長が美夕さんの姿を見て驚く。
「トオルくんが髪留めをくれたのでつけてみました。やっぱり変ですか?」
「変じゃないよ! すごく可愛い! 鈴木くん、やるね~」
会長にひじで突かれてしまう。
「美夕さんとは同じクラスだし、いろいろとお世話になっているし」
「でも女の子をこんなに可愛くしちゃうなんてなかなかできないよ。好かれているね~」
僕だけならいいが、美夕さんも恥ずかしそうにしている。
「か、会長。いただきますをしてから話そうでござる」
木野先輩が止めてくれた。
一年間、会長とつきあっているだけのことはある。
「あ、そうね」
ご飯大好きの会長はすぐに席に着いた。
「いただきます」
今日も僕の作ったご飯をみんなは美味しいと食べてくれる。
「ところでレイちゃん」
会長が四杯目のご飯を食べるところで美夕さんに話しかける。
「やっぱりレイちゃんも明日の鈴木くんの歓迎会こない? きっとみんなでカラオケ楽しいよ」
美夕さんは見た目ほど内向的な人ではない。
ダンジョン探索にもつきあってくれるし、初見の人とも話せる。
理由もなくカラオケ会を断っているわけではないと思う。
だとすると、難しいのではないだろうか。
「はい! いろいろ考えたんですけど、なんとか行けるように頑張ってみます!」
美夕さんは予想に反して行くのか?
「ホント!? 私、休日に遊ぶの久しぶりだからレイちゃんもきてくれて嬉しいよ」
会長は美夕さんが好きなんだな。
歓迎会に行く行かないの件では少し気マズいムードになっていたので、安心した。
後でゲート管理のスキルを試してみよう。
◆ ◆ ◆
夕食後、そろりそろりと廊下を歩いて美夕さんの部屋に向かう。美夕さんの部屋をノックする。美夕さんに話がしたいと呼ばれているのだ。
「どうぞ」
「お邪魔します」
夕食後、ゲート管理の新スキルを美夕さんに見せるためにずっと準備をしていた。
ちょうど終わったところに話がしたいから会えないかと、美夕さんからライメのチャットがあったのだ。
「マミマミさんは?」
「真神の間で寝ているよ」
え? 僕はマミマミさんに呼ばれたのかと思っていた。
美夕さんの用事だったのだろうか。
まあ美夕さんに新しいスキルを見てもらいたいので都合はいい。
美夕さんに例の洋室風に模様替えした和室にうながされる。
どうやらニュース番組を見ていたようだ。
ちょうど天気予報をやっていた。
彼女がそれを少し見てから消す。
「どうぞ。座って」
美夕さんが僕に学習椅子を勧めてくる。
本人はベッドに座るようだ。
その時、僕は気がついた。
ベッドの上に白い人形のようなものがビッシリ並んでいることを。
「美夕さん! お尻!」
「ん? あっ」
美夕さんは人形を下敷きにしてしまった。
けれども、あまり慌てた様子はない。
「実はてるてる坊主を作っていたんだけど潰しちゃった」
「てるてる坊主?」
「うん」
美夕さんは一つ手に取って見せてくれた。
可愛い顔が描いてある、てるてる坊主だった。
ひょっとして明日のカラオケ会のために?
スマホで天気予報を見る。明日は快晴のようだ。
もし明日のためなら心配性だなあと思うのと同時に嬉しくもある。カラオケ会は僕の歓迎会なのだ。
「ところで美夕さん、なにか用事があったの?」
「トオルくんとみんなに言わないといけないことがあって」
ちょっと真面目な話のようだ。
そして少し言い難そうだ。
「なにかの相談?」
「ううん。もう決めてはいることなんだけど」
かなり長い沈黙の時間。
やはり、言い難いことなのかもしれない。
なら今かもしれない。新しいスキルを見てもらいたい。
きっと気分転換になる。
「美夕さん、ちょっと僕の部屋にこない?」
「こ、この時間にトオルくんの部屋に?」
スマホで時間を見ると、もう午後九時三十分だった。
確かに女の子を部屋に誘う時間ではないかもしれない。
「い、いや、シズクもいるし、そういう意味じゃ」「うん。いいよ」
言い訳するのと美夕さんがうなずくのは同じタイミングだった。
「なんだ。シズクちゃんもいるのか」
「え?」
「なんでもない。行こ」