30話 キノコカレーパーティー
「ええっ? 異世界人のフリをするのでござるか?」
「はい。ディートさんとアリアさんっていう異世界の人がくるんですよ」
話の流れでディートさんとアリアさんも一緒に昼飯を食べることになってしまった。
僕だけ先にキノコ部屋に戻り、木野先輩に異世界人のフリをしてくれと頼んでいる。
「ご飯はシズクちゃんとキノコカレーを多めに作ったから大丈夫だけど……異世界人のフリってどうすればいいんでござるか?」
カレーは鍋ごと、ご飯はおひつごと、食堂から持ってきたようだ。
確かに量は問題ないけど、あんまり異世界っぽくない料理だ。バレないかな。
「僕だってわかんないですよ。適当にそれっぽく装ってください」
ちょうどその時、鉄の扉が叩かれる。
「開けろ~開けろ~飯を食わせろ~」
マミマミさんだ。
ディートさんとアリアさんもきているのだろう。
「はいはーい! 今、開けま~す! じゃ、そういうことだから木野先輩もシズクも頼むよ」
「わかりました!」
「な、なんとかやってみるでござる」
シズクは元気な返事をしたが、木野先輩は頼りにならない返事だ。
不安になりながら部屋の内側にあるボタンを押すと鉄の扉が上がっていく。
ディートさんの驚いた顔が見える。
「キノコを栽培しているの? ダンジョンで?」
そ、そうなるよな~。
「キノコに興味があるんでござるか?」
木野先輩がディートさんに寄っていく。
「え? ま、まあ」
ディートさんはキノコに興味があるというよりもダンジョンにこんな施設があることに驚いているんだろう。
キノコ栽培に使っている機材だって、異世界人的にはレアなアーティファクトに見えてもおかしくない。
ん? 待てよ! これだ!
「そうなんですよ~木野先輩。ディートさんもアリアさんもキノコの話がだーい好きで」
「え? 別に……」
「私も嫌いではないですけど……」
ディートさんもアリアさんも曖昧な返事をするが、木野先輩は水を得た魚のようになった。
自分の趣味を他人に話すのは気持ちいいけど、木野先輩は特にこの欲求が強いようだ。
「先輩よく教えてあげて。キノコのことを」
「任せろでござる。ささ、お二人はこちらへ。このえのき茸を見てください」
いいぞ。キノコ話に足止めされている間に二人のカレーを用意する。
二人にはなにか気づかれる前にさっさとカレーを食べてもらって帰ってもらおう。
「ささ、どうぞどうぞ」
「え? 変わった料理ね。何処の食事なのかしら?」
ディートさんがすかさずカレーについて聞こうとするも。
「ディートさんのカレーの真ん中に入っているヒラタケはそこで栽培しているやつですよ」
アリアさんが苦笑いしながら一口食べる。
「これ辛いけどすっごく美味しい」
「ですよねですよね。キノコって出汁が出るんですよ」
二人のことは木野先輩に任せてゆっくりカレーを食べることにした。
カレーを食べながら落ち着いて二人を見ると、まさにファンタジー世界の住人だった。
ディートさんは魔法使い。アリアさんは女騎士。
見た目はディートさんは美人で、アリアさんも美人だけど可愛らしさもある感じだろうか。
美夕さんやマミマミさんにも劣らない。
ん? ディートさんの耳……尖っているぞ。
「ディートさんってエルフ?」
「ん? そんなに珍しい? 私はハイエルフだけどね」
め、珍しいというか見たことがない。
異世界では普通なのか。
「え? エルフ? はじめて見たでござる。エルフもキノコを栽培します? 森の種族って感じですものね」
や、やばい。木野先輩が口を滑らせた。
しかも、そのことに気がついていない。
「エルフを見たことないの? このダンジョンの地下街にだって一杯働いているじゃない?」
ええ。そうなの? エルフが地下街で働いているの?
って、そんな場合じゃない。僕たちのことがバレそうだぞ。
「う、あ、えーと」
木野先輩は見事に言葉に詰まっている。
「この椅子も見たことないわ」
自分が座っている椅子を見れば、ところどころクッションに穴が空いたパイプ椅子だ。
きっと学校の捨てられた備品を木野先輩が回収したんだろう。
「それとその子……あまりに変わった格好をしているからステータスを見ちゃったんだけど」
ディートさんがシズクのほうを見る。
あ。シズクは僕らの中でもディーバロイドの未来的な服装をしている。
異世界人にはもっとも特異に見えただろう。
「絶滅したはずの白スライム族じゃない。どうなっているの? アナタたち、ずーっとモンスター語を使っているし」
ど、どうしよう。
「トオルとレイコとキノコ頭は日本人だよ」
マミマミさんが普通に言ってしまった。
「なんで言っちゃうんですか?」
「もう隠せないだろ」
確かにそうか。一緒に食事をしても二人はよさそうな人だし、異世界人の情報源があってもいいかもしれない。
「どうしてもと言うなら強制的に記憶を奪う魔法もあるが使うか?」
「いや、それはいいですよ」
僕とマミマミさんが話をしていると、アリアさんがさも不思議そうな顔をする。
「ニホン人? 何処の地方の方ですか?」
アリアさんは日本を何処か異世界の一地方と思ったらしい。
「ニ、ニホーン人ってあの伝説の?」
知っていたのはディートさんのほうだった。
「ディートさん。知っているんですか?」
「ニホーンは神話の時代の理想郷の一つよ。私たちの住む世界の争いから逃れて、人間とモンスターが仲よく、平和に暮らしていると言われているわ」
「す、素晴らしい場所ですね!」
ディートさんとアリアさんの話を聞いて、そうでもないんだよなあ、と思ってしまう。
ニホンオオカミとか全滅しちゃったし。
とにかく異世界ではシズクの話でも理想郷になっている。
「ただ伝説にはゲートを管理する強大な力を持つ一族が最終的には行き来をさせなくしてしまったとあるけど」
「まあ、その伝説は……一部、っていうか結構間違っているよ。ゲートは今もあるしね」
そこらのオンボロ学生寮に。
隠すのを諦めてそう言うと、ディートさんが僕を見つめる。
「え? なに?」
少し金色がかった美しいグレーの瞳で見つめられると緊張してしまう。
「ひょっとしてトールは……まあ、いいわ」
「なんですか?」
「ん~ん、なんでもない。悪いことじゃないから、むしろいいことよ」
ディートさんが微笑む。
僕にはなにを言いたいのかわからなかった。
「ニホーンかぁ。行ってみたいなあ」
アリアさんが無邪気に言う。
流行りのオシャレなカフェに行ってみたいなというようなノリだ。
「トール、私もニホーンに行きた~い」
ディートさんもそれに乗っかってくる。喧嘩友達のアリアさんに、アンタなんてことを気軽に頼むのよという顔を一瞬したのを、僕は見逃していない。
この人は無邪気とは言えない気がした。
「いや~それは、ちょっと」
「いいではないか」
僕が断ろうとするとマミマミさんが勝手なことを言う。マミマミさんの腕を摑んでキノコの棚の陰に移動する。
「また適当なことを」
「口止めするのに見せないというわけにもいくまい」
「うーん。まあそうだけどさ」
「いいか。まずはアリアという女は単純に伝説の国を見てみたいというような、その場の雰囲気で言っておる」
「そうみたいですね」
「ディートは計算高い。損得がしっかりしておる」
肯定を口にはしないが、同意見だ。
「なら見せればいい」
「どうしてですか?」
「ディートの場合は日本の情報が利益になると思ったほうが、他人に話さんだろ?」
確かにそうだ。商売上の秘密は話しそうにない。
でも、それなら小出しにしようかな?
みんなのところに戻る。
「それで連れていってくれるの?」
ディートさんが目を輝かせている。
「今度、いろいろ準備してからご招待しますよ」
「え~いつ?」
「来週かな? どうせ食肉になるモンスター持ってくる約束でしょ」
土日ならアルバイトだから会長が寮にいない。
「ぶ~」
マミマミさんを見るとそれでいいとでも言うように笑っていた。
カレーを食べ終わる。
「カレーはニホーンの料理なんですね。美味しかったあ。三杯もお代わりしちゃいました」
アリアさんがカレーを褒めてくれる。
「アリアは食べすぎよ」
ディートさんも二杯食べていたような。
「美味いが肉をもっと入れて欲しいなあ。キノコばっかりでかなわん」
「え~、これでも少なめにしたんでござるが」
マミマミさんと木野先輩は肉とキノコの量で揉めていた。
これはもはや神学論争だろう。
「ところでこのカレーはシズクが作ったの?」
「はい! ネットで作り方を木野様に見せてもらって作りました!」
それでこの美味しさか。
シズクはすぐに料理をなんでも作れるようになりそうだ。
「さてご飯も食べ終わったし、僕は夕飯を準備する時間までレベルアップしに行こうかなあ」
「仕方ないなあ。私がついていって、いろいろ教えてあげるわね」
「仕方ないならディートさんは教えなくていいです! トール様には私が教えてあげますね」
ディートさんとアリアさんの言い合いがまたはじまった。
この二人、仲が悪いのになんでパーティー組んでいるんだろう。
「私もいい?」
「うん。もちろん」
美夕さんも行くようだ。レベルを上げたいのだろうか。
シズクは片づけもやってくれるらしく、マミマミさんはだらだらしたいらしい。