29話 教えて異世界先生!
もちろんマミマミさんが悪いモンスターということはない。
誤解だろう。
「今年だけでも村がいくつも滅ぼされました」
アリアさんが悲しそうに言う。
なるほど。おそらく、ほうほうの体で逃げ出したドルガスが、危険なモンスターにやられたと通りすがり冒険者に吹いて、人狼とやらと勘違いされたのだ。
「トールのことは魔法でステータスチェックさせてもらったの。人狼ではないけど、もう魅了されているかもしれないわ」
「マミマミさんはそんなに悪い人じゃ。いやそんなに悪い狼じゃ……」
「やっぱりアナタ人狼を知っているのね。そしてもう魅了されている!」
「いや魅了なんかされてないって。お腹を出して大の字で寝る人だよ。魅了されるほど……、いや可愛いところもあるんだけどさ」
誤解を解こうと説明していると、遠くから声が聞こえた。
「トオル~助けにきたぞ~! そいつらが悪い冒険者だな!」
なんという間の悪さ。
「い、いや、この人たち、そんなに悪い冒険者じゃな……」
僕が説明しようとした瞬間、ディートさんとアリアさんが目にも留まらぬスピードで武器を拾い上げて構えた。
「アリア! ステータスチェックの魔法も効かないほどの強敵よ!」
「わかっています! ディートさん!」
いや、アンタらはなにもわかってない!
「昨日は追っ払っただけだったが、トオルをいじめたからには痛い目を見てもらうぞ」
いじめられてもいないです!
マミマミさんがこちらに走りながらYシャツを脱ぎ捨てパンツ一枚になる。
見覚えのあるボクサーパンツだ。
「ちょっ誤解が深まるから巨狼にならないで! 後、僕のパン……」
もう巨狼になっていた。パンツはダメだろう。
ディートさんは一瞬、驚愕の表情をしながらも詠唱をしている。知らないけど多分魔法の詠唱だ。
「スペルルーツバインドォ!」
魔法名とともにそこら中にある木の根が四方八方からマミマミさんに絡みつく。
「アリア!」
「任せてください! たああああああああ! メテオスラッシュ!」
アリアさんが飛び上がり洞窟の天井まで破壊しながら、巨狼になったマミマミさんの鼻に剣を叩き込んだ。
発生した衝撃波で僕は転がってしまう。
「ううう。なんて連携のいい冒険者なんだよ。間が悪い。マミマミさんは大丈夫か」
さすがのマミマミさんでもあの連携であの攻撃を受けたら……。
腹ばいの体勢から顔を上げる。
ところがマミマミさんは微動だにしていなかった。
代わりにとても怒っている。
『今のはほんの少しだけ痛かったぞ』
願いが叶う七つの球を集める漫画に出てくる宇宙の帝王みたいな台詞言っているし。
これじゃ完全に悪役だ。
マミマミさんは体を縛っている根を千切って、ディートさんとアリアさんを一にらみする。
「そ、そんな! 体が動かない。瞳術?」
「し、真銀の剣の一撃で無傷なんて……」
二人は動けなくなってしまったようだ。
『軽く嚙んでやるぅ!』
「うううううぅ」
「あああああぁ」
マミマミさんの大口が二人に近づく。
マ、マズイ!
マミマミさんが軽く嚙んだらディートさんとアリアさんがご飯になってしまうかもしれない。
走り込んで二人にタックルする。
幸い二人が固まっている距離が近かったので二人とも僕の下に押し倒すことができた。
二人を体で守りながら顔だけマミマミさんのほうを振り向く。
「タイム! ターーーイム!!!」
『タイム? タイムってなんだ?』
「とにかく嚙むのはやめてください! この二人そんなに悪い冒険者じゃないってか、むしろ良い冒険者っていうか」
『なに? 例の用心棒ギルドって聞いたぞ?』
体の下でアリアさんが言った。
「用心棒ギルドじゃないよぉ」
「ほら、用心棒ギルドじゃないって言っていますよ」
まだマミマミさんは納得してない様子だ。
『でも、お前のパンツを破ったぞ』
それはマミマミさんが破ったんじゃないか。
「まずは話を聞きましょうよ。人間型になってください」
『お前が言うなら……仕方ないな……』
マミマミさんが人型になる。
美夕さんがYシャツを持ってきて着せた。
「ふ~危ない危ない。マミマミさんは人狼じゃないですよ」
二人に話しかける。
「た、確かに人狼ではないみたいね。でも、あんなモンスターを説得して……アナタすごいのね」
「ほ、本当に助かりました」
危うく惨劇が起きるところだった。
けれども二人が顔を赤らめてもじもじしている。
何処か痛めたんだろうか。
「も、もう守ってくれなくていいわよ。ありがとう」
「わ、私たちもう動けるようですし、その……」
やばい!
よく考えたら二人を組み伏せていたのだ。
すぐに飛び起きたが、マミマミさんがしらっとした目で見ていた。
◆ ◆ ◆
「ちゃんと見ているのか?」
マミマミさんの鼻先を見ている。綺麗な白い鼻だ。
衝撃波が発生するような剣撃が当たったとは思えない。
「見ていますよ。ちょっと赤くなっているだけで血の一滴も出ていませんよ」
本当は血どころか赤くすらなっていないけど、赤いと言わないと納得しないだろうから言っているだけだ。
「もっとよく見ろ」
「そんなに顔を近づけないでください。そんなに気になるなら回復魔法をすればいいじゃないですか」
「はっ。トオル、頭いいな!」
「どーも」
マミマミさんの回復魔法にディートさんが驚く。
「ふ、復元系回復魔法? まさか本当にフェンリルの一族なの?」
「ディートさん、本当かもしれないですよ。人狼に特効がある真銀の剣が効かないから少なくとも人狼ではありません」
「そうね」
「か、神様の一族に手を出すなんて……許してくださ~い」
アリアさんが泣き声で何度も頭を下げる。
僕は手を振った。
「もう許していますから、気にしないで」
「許してない!」
「ひいっ」
マミマミさんが怒るとアリアさんが短い悲鳴をあげる。
「では、どうしろと」
「う~ん」
ディートさんの質問にマミマミさんが考え込む。
僕は一計を閃く。
「そうだ。二人は高レベルの冒険者なんですよね。それなら食肉として美味いと言われているモンスターを三ヶ月ぐらい毎週末に狩ってきてもらうというのは? それを僕が料理しますよ」
「おお、それはいい」
「神様への捧げ物です」
「トオル、やっぱり頭いいな!」
アリアさんは笑顔になったが、ディートさんが面倒臭そうな顔をする。
どうやらかなりの面倒臭がりのようだ。低血圧そうだしな。
ディートさんの耳元で小さな声を出す。
「気に入るような捧げ物なら、神獣に取り入ることができるかもしれないよ。それにモンスター狩りはアリアさんが喜々としてやってくれるんじゃないの?」
「な、なるほど。トールは頭いいわね」
やっと話がまとまりそうだ。
「もう一つ条件をつけさせてもらう」
ところがほっとしたところでマミマミさんがなにか言い出した。
「もう一つ? 条件って?」
ディートさんは明らかに警戒している口調だ。
マミマミさん……またややこしくして。
「このトオル。筋はいいが、冒険者としてはまだまだ駆け出しでな」
え? 急に僕の話?
「そうみたいですね」
「お前たちの実力は十分だから、トオルのダンジョン探索につきあっていろいろ教えてやれ。真神のワシは人間のスキルのことなどわからんことも多いからな」
え? えええ!?
「トールに教えればいいのね? ちょっと興味あるし、いいわよ」
「はい! 喜んで!」
ディートさんとアリアさんが快諾する。
い、いいのか? 冒険者についていろいろ教えてもらえるのはありがたいけど。
「アリアは豚の魔物でも狩ってなさいよ! トールには私が教えるから!」
「なんでですか! 普段はパーティーだって組まないくせに! 私がトール様に教えます!」
なんか喧嘩がはじまったぞ。
そういえば、この二人さっきも喧嘩しながら僕らの横を通り過ぎたよな。
「そういや腹が減ったな。そろそろシズクとキノコ頭が飯を作っている頃なんじゃないか?」
マミマミさんのお腹の音を聞きながらスマホを見る。
「あ、しまった。もうこんな時間だ」
木野先輩と約束したお昼ご飯の時間をすっかり忘れていた。