2話 悪いスライムじゃないよ
世の中には人生二回目かよって言いたくなるような成功者がいる。
実は有名なアスリートは夜な夜なこういったダンジョンでレベルアップしているんじゃないか?
海を渡ってメジャーリーグに行った二刀流の選手も夜な夜なバットでスライムを打っていたのかも。
案外、ダンジョンはあるところにはあるのだろうか?
念のため、ダンジョンや異世界について、スマホで検索してみるもアニメや漫画やラノベしかヒットしない。
「そりゃ、十六年間生きてきたけど、レベルアップできるダンジョンなんてテレビでもネットでも聞いたことないしな」
なら、この石壁と鉄のドアはなんなんだ?
とにかく現実に石壁も鉄のドアも存在している。
その先にはダンジョンがあり、スライムもいるのだ。
「何が何やらわからない。けど……」
冷静に考えると、オイシイ状況なのでは?
スライムを倒すとレベルが上がり、握力が4キロも上がったのだ。
「もうすぐ体力テストもある。レベルを10も上げればダントツの成績だぞ」
体力テストの優秀者は張り出されるらしい。
圧倒的な優秀者として張り出されれば、今からでも運動部の勧誘があったりして……友達もできるのではないだろうか?
少なくともスクールカーストにとって悪い影響はないだろう。
「レベル上げ……挑戦してみるか?」
僕は懐中電灯を取り直し、鉄のドアを開けた。
そして次々にスライムを倒す。
ごくまれにスライムはボール型になって跳ねながら体当たりしてきた。
痛かったような気もしたが、無視してバットを振り回し続けた。
RPGのようにレベルを上げられるという欲求はあまりに蠱惑的だ。
気がつけば、辺り一帯のスライムを倒していた。
何度かレベルアップした気がする。
「はぁはぁっ」
懐中電灯で当たりを照らして、スライムが残っていないか探す。
「いない。一匹もいないぞ?」
そんな! もっともっとレベルアップしたいのに!
ダンジョンに馴れて来たこともあり、懐中電灯の光で照らしながら右に左にとスライムを探し回る。だが、スライムを見つけることはできなかった。
どうやら僕の部屋とつながっているこの場所にはもうスライムはいないようだ。
スライムを探し回って気がついたが、ここは正方形の部屋のような形になっているらしい。
大きさは教室より少し大きいぐらいだろうか。
つまり、スライムの数には限りがあったのだ。
――そうすると……この扉しかないよな……。
初めてダンジョンに入った時から、その存在に気が付いていた。
僕は奥にある–––錆びた鉄の扉の前に立っていた。
部屋と繋がるドアは団地風のドアだが、こちらは完全に異世界のダンジョン風の扉だった。
取っ手はなく、石壁にボタンがある。開閉スイッチ?
押したら鉄の扉がゴゴゴゴゴと開いてダンジョンの奥に続くのだろうか?
「押すか。押すまいか」
案外、これは人生の重大な選択肢なのか?
押さない場合は特別なことはなにもないだろう。友達のいない高校生の平凡な人生が続くだけだ。
押した場合は典型的なハイリスク・ハイリターンも考えられる。
リスクはもちろん身の危険だ。
戦っている最中は興奮して気が付かなかったが、先ほどの戦闘でスライムのジャンピングタックルを受けた脇腹が実は結構痛い。
もっと強いモンスターがいたり、このボタン自体が実はトラップであっさり死んでしまうかも……。
逆にリターンはなんと言ってもレベルアップが美味しい。
扉の向こうにはスライムがいて、さらにレベルアップできる可能性は十分にある。
握力計で測ったのだから、レベルアップすると握力が上がることは間違いない。心肺機能も上がっているような気がする。
事実なら、どれぐらい上昇したかにもよるだろうけど、何かのスポーツ選手になることだって夢じゃない。
あるいは〝知力〟のようなものが上がっていて、苦労せずに有名大に入れるかもしれない……。
悩んだ末にあるアニメを思い出す。
主人公が異世界に転生して、大活躍するラノベ原作のアニメだ。
リスクとかリターンとか以前にあんな冒険をしてみたい。
「えい!」
勢いに任せてボタンを押す。扉がガコンガコンと音をたてて上がっていく。
下から覗いて懐中電灯で照らしてみる。
その先には僕の背よりも大きいオオムカデがいた。
「うわあああああああ」
悲鳴に気が付いたオオムカデが鎌首をこちらに向ける。
やばい! 逃げなきゃと思った時にボタンに白い影がサササッと走る。
扉がまたガコンガコンと下がりだす。
ドゴーンとオオムカデが扉とぶつかった轟音を響かせた。
どうやら間一髪で扉が閉まるのが早かったようだ。
一体、何がどうなったのか?
白い何かが、ボタンを押して扉を閉め直したようにも見えたけど。
そう思った時だった。
――ダメですッ!
「え?」
声が聞こえた気がする。辺りの闇を懐中電灯で見回したが、なにもいない。
恐怖からくる幻聴だったのだろうか?
――押しちゃダメです! ご主人様!
い、今のは確かに聞こえたぞ。
このボタンを押してはいけないという警告。それにご主人様だって?
ひょっとして僕はこのダンジョンに入ると同時に英霊を召喚するスキルでもゲットしてしまったのだろうか?
「誰かいるの? ソシャゲみたいに女騎士とか……」
「ここです!」
足元!? ここですという声がすぐ足元から聞こえる。
足元を懐中電灯で照らす。
「そ、空耳だよね……いたーーー!」
そこには英霊の女騎士ではなく、一匹のスライムがいた。
僕は金属バットを構えなおす。
「わ、私、悪いスライムじゃないです!」
「え? 悪いスライムじゃない?」
「はい。白スライムです」
薄暗さでよく見えなかったが、確かに今までの青いスライムとは違う白いスライムだった。