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27話 距離が近かった理由

「やっ!」


 振り下ろした金属バットがオオアリの頭に命中する。


「ふ~これでモンスターを三十匹ぐらい倒したかな」


 とは言うものの、三十匹を倒した程度では、レベルはまだ上がらない。


 やはり加速度的に上がり難くなるようだ。


 青スライムは美夕さんに任せることにした。


 美夕さんの武器は食堂にあったアイスピック。


 音もなく忍び寄りスライムを倒す。


 正直、ちょっと怖い。


 美夕さんは【職 業】斥候の能力をいかんなく発揮して役立てていた。


「前方すぐ左の通路にまたモンスターがいるわ。その十メートル先にやっぱり左に入れる通路があって、そのずっと奥の部屋には冒険者が……二人いる気がする」


 この感知能力はレベル上げにとても有効だった。


 モンスターを簡単に見つけられるし、異世界の冒険者とも会わないで済む。


 異世界の冒険者はダンジョンに潜るには冒険者ギルドに登録して、ギルドの規則を守らなければならないらしい。


 だが、昨日は冒険者ギルドの規則を無視するならず者にも会った。


 僕はマミマミさんがいない状況では、トラブルになるかもしれない冒険者とは会わないほうがいいと判断した。


「なら左の通路のモンスターを素早く倒してここに戻ろう」


「うん。了解」


 通路を左に曲がるとオオアリとお化けキノコと青スライムが一匹ずつ。


 僕がオオアリとお化けキノコを一撃で倒す。


 美夕さんも青スライムを刺した。


 お、この体から力が溢れ出るような感覚。


「やっとレベルが上がったぞ」


「私も上がったみたい」


「よし! すぐにさっきの場所に戻ろう!」


 先ほど美夕さんが感知スキルを発動した場所に戻る。


 ここなら冒険者にすぐに発見されることはないが、念のため美夕さんに聞く。


「二人の冒険者はどう動いている?」


「うん。ちょっと待って……私たちのほうにきたみたい」


「そっか。じゃあ今まできた道を戻ろう」


「おっけー」


 美夕さんが走るのをやめて右手の部屋を見る。


 なにもない小さな部屋だ。


 地下四層にはこんな部屋がいくつもあった。


「トオルくん、この部屋に隠れてやり過ごさない?」


「え? でも狭いし、覗かれたらすぐ見つかるよ」


 美夕さんが僕の手を引いて部屋の中に入って、通路からは見えない手前の死角を指差した。


「あ、なるほど」


 部屋に入ると通路からは死角になっている手前側に狭い通路があることに気づく。


 その奥にもう一つ小さな部屋があるようだ。


 しかも、その狭い通路は世界樹の子供の根っこによって隠されている。


 奥の部屋の隅に二人で座ってヘッドライトの光を消した。


 遠くから異世界の言葉が聞こえてくる。


 女性? 二人の冒険者は、声からするとどちらも若い女性のように思える。


 どうやら二人は軽く言い争いをしているようだ。


 異世界の言葉なので内容まではわからない。


 声は段々と遠ざかっていった。


「通り過ぎたみたいね」


「うん」


「じゃあ行こうか」


 僕がヘッドライトをつけて立とうとすると美夕さんに袖口を引っ張られる。


「もう少し休憩してからにしない?」


「え?」


「長い時間、ずっとレベル上げしていたでしょ」


「そ、そうだね」


 僕は暗い小部屋に座り直した。


 美夕さんも少しだけ腰を上げて僕の近くに座り直したような気がする。


「ドキドキしたね」


「そ、そうかな」


 美夕さんに言われて気づいたが、僕もドキドキしていた。先ほど冒険者から隠れていたからだろうか。


「み、美夕さん、コーラでも飲む?」


「いい」


「そう。僕は飲もうかな」


 バックパックからコーラを取り出して飲む。


 緊急時の毒消しに持ってきているのに、間が持たなくて全部飲みそうになる。


 静かなダンジョンだと美夕さんの小さい声もよく聞こえた。


 近くに座っているからかもしれない。


「ごめんね」


 美夕さんが急に謝ってきた。


「な、なにが?」


「私、馴れ馴れしかったでしょ? 今でも……」


「え?」


 耳元で話されたり、膝枕をしてくれたりしたことだよな。


 確かに距離感は近いなと思ったけど。


「嫌だと思ったことはないよ。むしろどうして僕なんかに優しいの?」


「その……誤解していて……」


「誤解ってどんな?」


「私の家って田舎の旧家なの……」


 田舎の旧家。なんというか美夕さんに相応しい響きだ。


「私は四人姉妹の三番目で二人のお姉ちゃんがいるんだけど、明るくて美人で」


「お姉さんが二人も」


 明るいのは想像できないけど、美夕さんのお姉さんなら美人だろう。


「お姉ちゃんたちは今の私よりも若かった頃から、お父さんの友人や仕事のおつきあいの息子さんたちと婚約していたの。最近では妹もね」


 田舎は既得権益が都会以上に強いから有力者同士でそういう結びつきもあるのかもしれない。


 僕には、まったく、一切、みじんも関係ない世界だ。


「でもお父さんは、私には誰の話も持ってこなかったの」


「どうしてだろう」


 こんなことは言えないけど、政略結婚なら美夕さんは相手に喜ばれるぞ。


 お淑やかで、美人で、優しい。


「そんなの決まっているじゃない。私が暗くて不細工だからだよ。一番上のお姉ちゃんは美夕はお父さんに愛されているから家に置いとくのよって、慰めてくれるんだけどね」


 えええ? 不細工だからってのは違うんじゃないだろうか?


 美夕さんは美人だし、可愛いよと言ってあげたいが、彼女を作ったこともない僕には勇気が出ない。


「だから諦めていたの。お姉ちゃんたちや妹は婚約した人の話を楽しそうにしていたり、家に遊びに行ったり、向こうからきたり」


 美夕さんの気持ちが痛いほどわかる。僕も彼女なんてできないと最初から諦めているタイプだ。


 彼女どころか友達さえいないし。


「でも、本当はお姉ちゃんたちや妹が羨ましかったんだわ」


 そりゃ羨ましいよね。


 僕は知らずにうんうんとうなずいてしまった。


「私は千春おばあちゃんが大好きだから」


 え? なんで婚約者がいるお姉さんたちが羨ましいって流れで、僕のおばあちゃんの話になるの?


「お父さんの古いお友達の千春おばあちゃんから孫のトオルをよろしくって言われた時、本当に嬉しかったの」


 な? 美夕さんのお父さんと千春おばあちゃんって知り合いだったのか?


 いや美夕さんの誤解ってひょっとして僕を……。


「だから会う前からおばあちゃんにトオルくんの写真をもらったりしていたの」


 そういうことか。美夕さんは僕のことを、美夕さんのお父さんと僕のおばあちゃんが決めた婚約者だと思い込んだんだ。


「写真を見ながら早く会いたいなって思っていた」


 美夕さんが僕のことを最初から下の名前で呼んだり、距離感が近かったり、写真を持っていたりした謎がすべて解けた。


「でも、ただの誤解だった。おばあちゃんは木野くんや姫子先輩にもトオルくんのことをよろしくねって言っていたし」


 木野先輩や会長も、千春おばあちゃんから僕のことをよろしくと挨拶されたと、昨日の夕食前に会長が言っていた。


 今思えば、あの後の夕食の時の美夕さんの様子が変だった。


「トオルくんはなにも聞いてなかったんでしょ?」


「う、うん」


「私、馬鹿みたい。気持ち悪かったでしょ……」


 僕は気持ち悪かったということを否定する代わりに、トンスキホーテで買ったものを美夕さんに手渡した。


「え? なに? 髪留め?」


「美夕さんにプレゼント」


「プ、プレゼント?」


「うん」


 なかなか渡せなくてポケットにあったものだ。


「あ、ありがとう。でもどうして髪留め?」


「み、美夕さんは美人だから顔を出したほうがいいかと思って」


 主目的は小さな声を聞き取ろうとして買ったものだが、美人だから顔をだしたほうがいいとも思っている。


「び、美人って……からかっているんでしょ?」


「プレゼントを買ってまでからかったりしないよ」


「だって昔からみんな私を怖いって。友達もいないし」


「美夕さんの顔を出したら美人でみんなびっくりするよ。友達なら僕もいないしね」


 美夕さんが僕から離れて急に立つ。


「トオルくんは美的感覚がおかしいんだよ」


「そ、そんなことないと思うけどな」


「いーや、おかしい。婚約者じゃないからハッキリ言っちゃうね。でも友達にはなってくれる?」


 美夕さんが笑顔でそう言いながら手を伸ばす。


 僕はその手を取りながら立ち上がる。


「あのクラスに、やっと友達が一人できたよ」


 よろしくねと誤解の元になった言葉を言いあう。

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