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17話 お風呂大戦争

「木野先輩いますか~? よしよし、いないみたいだ」


 廊下から浴場に呼びかけて、返事がないことを確認する。


 時間はもうすぐ十時だった。お風呂の時間は十時までだ。


 この時間にはやはり木野先輩もいなかった。


「もう先輩は入った後だろうから、二人で入れるね」


「はい!」


 シズクとお風呂に入る。体を流してシズクと湯船に入る。


「やっぱりお風呂は最高だね」


「温かくて気持ちいいですね。後でご主人様の背中を流して差し上げますね」


 シズクはもちろんスライム姿だ。お風呂に入る時は人間の女の子の姿にならないように教えた。今日こそゆっくり入れる。


「んっ?」


 曇りガラスになっている引き戸の向こうでなにか物音がする。


 まさか木野先輩がこの時間にお風呂に入りにきたのか。


 シズクを素早く自分の体の陰に隠す。


「せ、先輩、時間外ですよ」


 自分のことを棚に上げて先輩を制止する。ガラリと引き戸が開いた。


「だ、誰だ!?」


 そこに立っていたのはスッポンポンの少女だった。


「誰かわからんか?」


 誰かどころかなにもわからん。


 何故、学生寮に少女がいるのだ。しかも、ここは男湯だぞ。


「仕方ないな。ほれほれ」


 少女は振り返って背を見せてお尻を左右に動かした。


 そこにはふさふさの尻尾が生えていた。


「そ、その尻尾、ひょっとして、巨狼さん!?」


「ふふふ、お前はワシのことを男とか言っていたな」


 僕が固まっていると巨狼さん、――もう狼の姿ではないので、そう言っていいかどうかはわからないが――、とにかく彼女がスタスタとお風呂に入ってきた。


「ちょ、ちょっと! 人に変身できたの?」


「ざっぶーん! 当たり前だろ。神だぞ」


 彼女は自分でざっぶーんと効果音を声にしながら、僕とシズクがいる湯船に飛び込んだ。


 一般家庭の湯船よりは大きいが、肌を触れあわせずに入るには端と端に入らなければならない。


 彼女はもちろん湯船の真ん中に入っている。僕は湯船の端に小さくなるしかない。


「きょ、巨狼さん!」


「今は巨狼ではないぞ。マミマミと呼ぶことを許そう」


「マミマミって?」


「我が一族には固有の名前をつける習慣はないが、レイコが名づけたんだ。真神から〝カ〟を取ってマミ、重ねてマミマミ」


 美夕さんはマーちゃんと呼んでいたが、そういう意味だったのか。


 マミマミさんが湯船の端のほうで小さくなっている僕にジリジリと迫ってくる。


「マミマミさん」


「ん? なんだ?」


 湯気で全体像は見えないが狼耳が生えている。


 怪しく笑った唇からは犬歯が見えていた。


「どうして近寄ってくるんですか?」


「お前に男と言われたからの~。少しからかいたくなって」


 湯船にもう後ろはない。マミマミさんの肩に手を置いて突っぱねた。


「なっ!?」


 マミマミさんは力を入れずにただ笑っているように見えるのに、まったく突き放せない。


 まるでゆっくりと迫ってくる山を手で押し留めているようだ。


 やはり、神の一族に人間が勝てるすべはないのか。その時、電流が走る。


「シズク! マミマミさんをスキャンだ!」


「はい!」


「ん? スキャン? わわわ、なんだ?」


 シズクが水中からマミマミさんの体に這い上がって広がる。


「や、やめ……、くすぐったい。あはははははっ。あっ、いや、やめて」


 マミマミさんは浜に打ち上げられた魚のように、シズクの水着を着て浴槽のへりに引っかかっていた。


「暴れたら水着シズクに、そのまま襲わせますよ」


「ま、まさか。このワシがやられるとは。神代から一度も負けたことがなかったのに……」


「お風呂に入るなら大人しくしてください」


「は、はーい。くしゅんっ」


 マミマミさんは冷えたのかズルズルと湯船の中に体を入れて大人しく浸かっている。


 はぁ。危なかった。湯船から出て体を洗おうとシャワーの前に座る。頭から洗おうかな。


 バスチェアに座ってシャンプーを使って髪を泡立てようとする。


「げっ」


 鏡でマミマミさんが真後ろに立っていることに気づく。


「ワシを倒した褒美に頭を洗ってやろう」


「えええ! いいっていいって」


「遠慮すんなって。ほれ」


 う。シズクに頭を洗って貰うのも気持ちいいが、なんと繊細な指使い。


 気持ちいい。しかし、僕は既に前かがみになっていた。


 これじゃあ昨日と同じだ。全然ゆっくり入れない。



                 ◆   ◆   ◆



「どうして僕の部屋にくるんですか?」


 マミマミさんは風呂から出た後、シズクの服を着て僕の部屋にきてしまった。


「レイコの部屋は飽きたからの」


「美夕さんの部屋にも上がっていたの?」


「ああ、たまに」


 こはる荘はマジでどうなっているんだ。


 神様がくつろいでいたのかよ。


「仕方ない。しばらく遊んだら美夕さんの部屋から帰ってくださいね」


「わかったわかった。お、これゲームだろ?」


 マミマミさんが携帯ゲームをしはじめた。本当にこれ、神様なんだろうか。


 ネットで調べてみることにした。検索エンジンに真神と打ち込む。


 うわ、ホントだ。祀っている神社まであるみたいだぞ。


「この、このっ!」


 狼耳と尻尾はあるが、ゲームをしている姿はとても神様には見えない。


 美夕さんに回収してもらうか。


「シズク、ちょっと美夕さんを呼んでくるからマミマミさんとここにいてね」


「はーい!」


 シズクが服の姿のまま返事をする。


 シズクは賢いからマミマミさんを監視していてくれという意図も伝わっただろう。


 とりあえず安心して自分の部屋を出る。


 美夕さんの部屋の前に着いた。


 軽くノックをしても部屋の中から反応がない。


 もう一度ノックする。やはりない。


 ドアノブをひねると鍵がかかっていた。


「え?」


 まだお風呂に入っているんだろうか。


 こっちは騒動もあったからずいぶん時間がかかってしまったし、それはないと思うんだが。


 もう一度、強めにノックした。


「美夕さん!」


「ちょっと鈴木くん!」


 女の人の声に振り向くとパジャマ姿の会長が立っていた。


「こんな時間にレイちゃんになんの用?」


「あ、いや、その。そ、そう。ノートを借りる約束をしていて。同じクラスじゃないですか」


「明日にしなさいよ。非常識よ」


「そ、そうですよね。さいなら!」


 会長の雷が落ちる前に逃げ出した。


 部屋に戻る。


 マミマミさんは大人しくゲームをしていた。


「マミマミさん、美夕さんがいないんだけど何処に行ったの?」


「ん? 寝ているんだろ」


「な、なんだって?」


「レイコは風呂に入るとすぐ泥のように寝てしまうからな」


 ということはさっきノックしていた時も美夕さんは部屋で寝ていたのか?


「レイコは一旦寝るとかなりの物音を立てても起きんぞ」


 なら、美夕さんを起こすことはできないぞ。


 アレ以上、大きな音を出したら確実に会長が出てくる。


 そうなると。


「ちょ、ちょっと待って。ならマミマミさんは何処で寝るんですか?」


「今日はここで寝かせてもらうしかないな」


「そうなるのね……」


 とりあえず着替えてもらうか。


「いつまでもシズクを着てないで僕の服を着てくださいよ」


「ほう。ならお前の服を見せてみろ。オシャレな服があるんだろうな」


「え? それは……」


 押し入れの中の衣装BOXをあさる。


 学生服、寝巻、パーカー、ジーンズ、Tシャツ、ジャージ。


 まったく自信がない。とにかく見せてみるか。


「お、カッコいい服があるではないか。これに着替えることにしよう。シズクとやら元に戻ってくれ」


 どうやら気に入ってくれた服があったようだ。


 紳士の僕は後ろを向く。


「着替えたぞ。似合うか」


 振り向くとダブダブのYシャツを一枚着た狼耳の少女がいた。


 わかってやがる!


「よくわかって……いや、とてもお似合いです」


 布団が一組しかないのはどうしよう。



                 ◆   ◆   ◆




 鈴木透。その名が示す通り、僕はごく普通の高校生だと思う。


 最近は変な事件に巻き込まれてはいるけど、普通の高校の普通の教室で普通の英語の授業を受けている。


 ただし、クラスに友達が一人もいない!


 休み時間になった。僕はすぐに寝たフリをする。


 そしてクラスメイトの会話に聞き耳を立てていた。


――なにか友達になれる突破口がないかと!


 別に嫌われている様子はない。


 ただただ、間が悪いのだ。


 なにかチャンスがあれば。


「よう佐藤!」


「あ、赤原くん」


 この声は赤原くんと佐藤さんか。


 僕の席の左斜め前の佐藤さんの席には赤原くんがよくくる。


「赤原くんは明日からの土日何処か行くの?」


「月曜に体力テストがあるだろ。それに備えるかな」


「体力テストか~。嫌だなあ。私、運動が苦手だからさ」


「俺は筋力には自信あるからな。握力とかハンドボール投げですげえところ見せてやるよ」


「噓ぉ。赤原くん、あんまり力がありそうに見えないけどぉ」


「あ~疑っているのかよ、佐藤」


「ううん。驚かされるの期待しているよ」


 昼間から見せつけられた。顔を伏せているから見てはいない。聞いているだけだけどさ。


 こちとら友達さえいないのに二人は友達以上恋人未満って感じだった。


 それなのに僕は、どうして高校生らしい青春からどんどん遠ざかっていくのだ。


 だが、二人からヒントは得た。やはり、体力テストだ。見ていろ~クラスのみんなをあっと驚かせてやる!

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