9話 シズクに変身してもらうか? 相傘か?
待てよ。同じ寮生だし、クラスメイトからぼっち仲間と思われているかも。
幽霊みたいな留年生がクラスに溶け込んでいるとは考えにくい。
前の席で話している赤原くんと佐藤さんの会話が聞こえた。
「美夕さん、歌が上手かったよなあ」
「うん。ゴールデンウィークにカラオケ行ったときよね。私、暗い人かと思ったけど、アニソンをノリノリで歌っていて。なんだっけ? あの曲」
「恋愛サーチライトだよ。ラノベ原作のアニメの主題歌」
み、美夕さんは例のクラスカラオケに行っていたのか。
本当のぼっちは、どうやら僕だけだったらしい。
午前中の授業が終わり、昼食の時間になる。第一学園は弁当を持って来てもいいし、購買部でパンやおにぎりを買ってもいいし、学食で食べてもいい。
寮生は弁当を作って貰えないので、購買部か学食を選択することになる。
僕は学食に行くことにしている。
定食と別売りのおかず小鉢をいくつも選んで席に着いた。
昨日は木野先輩もぼっち飯をしていたから二人で食べた。
学食のサラダに自分で栽培したというマッシュルームを刻んで入れていた。
そりゃ、そんなことしていたら、ぼっちになる。
「ニホーンの学校は大きいですね」
急なしずくの声に驚く。あまりの着心地の良さに忘れていたが、シズクを着ていた。
「異世界の学校見たことあるの?」
「無いです。仲間たちに聞いた噂だけです」
そりゃそうか。シズクたち白スライムはダンジョンの地下に住んでいた。
日本だろうが、異世界だろうが、地上の光景はすべて初めてなのだ。
もちろん日本の学食も初めてだろう。
「どうしよう」
「どうしたんですか?」
僕が定食と別売りのおかず小鉢をいくつも買ってきたのは、もちろんシズクの分を考えてのことだった。
けれど、他の人に見られずに食べることできるんだろうか?
幸い今日は木野先輩もいないみたいだけど。
「シズクと一緒にご飯を食べたいんだけど、周りに見つからないように食べるにはどうしたら」
学食を見回すと、多くの学生が友達と一緒にお昼を食べている。
僕はシズクと一緒に食べるために、他の学食がいない食堂の隅の席で食事を取る。
小さい声でなら会話ができる。
「え? いいですよ。ご主人様だけ食べてください」
「なんで? お腹減っているでしょ?」
「白スライムは一週間ぐらい食べなくても大丈夫です。お金もかかるでしょうし」
「そうなの?」
詳しく話を聞いてみると、白スライムは多めに食べておけば、一週間ぐらい食べなくても大丈夫らしい。
そして昨晩と今朝の食事で〝多め〟になるらしい。
しかし、逆にも言えば……。
「でも、食べなくても、でしょ? 食べても大丈夫なんじゃないの?」
「それはそうですけど」
「シズクと一緒に食べたいんだよ」
「でも……毎食だとお金もかかるでしょうし……」
うう。バレている。当然、学生である僕はお金が潤沢にあるわけではない。
「周りの学生はみんな一緒に友達と食べているだろ? シズクは友達だから一緒に食べたいんだ」
「友達……ご主人様……はい!」
服になったシズクが少しだけ震えた後、元気に答えてくれた。
「ではご飯をお箸で服に入れるようにしてくれれば」
「え? 口に入れるんじゃ?」
「白スライムは人間の姿になった時はそうしていますが、普段はどこからでも摂取、吸収できます」
とにかく試しにやってみることにした。周りの学生に見られないように、お箸でハンバーグの切れ端を掴んで、服に持っていった。
服になったシズクのなかにお箸の先がすっと入る。
「とっても美味しいです!」
「こんな風に食べることもできるんだ。ともかく良かった」
「はい!」
一人で食べるご飯より、誰かと一緒に食べるご飯は美味しい。
「大根の煮物だよ」
「このお野菜も美味しいですね~」
「うん。うわっ!」
気がつくと誰もいなかった向かいの席には長髪で全てが隠された少女が静かに、いや、音もなく座っていた。
「み、美夕さん。い、いつから居たんですか?」
ひょっとして、シズクのことを見られてしまったか?
「……」
相変わらず、返事は無い。何を考えているか全くわからない不気味さがある。
確かに不気味さはあるけど。
「い、一緒に食べる?」
わざわざ端の席に来てくれたのだ。僕と一緒に食べたかったんじゃないだろうか?
黒い髪に隠された顔が僅かにうなずいたように見えた。
「今日は曇り空だね~」
今度はハッキリと美夕さんがうなずいた。
お決まりの天気の話題は返事がしやすかったのだろうか。
ふと気がついたことを聞いてみた。
「あっそういえば、美夕さんって本当は一年年上ですよね。敬語のほうがいいですか?」
すると、美夕さんは左右に首を振った。
きっと敬語はいやなのだろう。美夕さんにこちらから世間話をしてみる。
返事はないが、聞いてはくれているようだった。
もし何かを見られていたとしても、意図的に美夕さんが僕を困るようなことはしてこないのではないかなと思えた。
昼食は終わって、午後の授業がはじまる。以前まで通っていた高校のほうが、少しだけ先に進んでいたので理解に苦しむことはない。シズクも静かに服になっていた。
最後の授業も終わる頃、小さな雨音が聞こえはじめる。それはポツポツという連続音に変わった。
やっぱり、傘を持ってこればよかったかなと思う。
先生が授業の終わりを宣言した。
「それでは今日の授業を終わります」
もう少し、曇り空で持ってくれたらなあと思ったが、後の祭りだ。
玄関で大雨の様子を見ていると、雨音で会話が隠せると思ったのだろうシズクが話しかけてきた。
「ご主人様。みなさんが使っているのが傘ですよね? 私も服と傘に成りましょうか?」
「シズクだけびしょびしょにさせて、僕だけ快適に帰るわけにもね。走って帰るよ」
幸いこはる荘まではすぐだ。服は濡れてもカバンの中の教科書やノートは大丈夫だろう。
こはる荘まで走る覚悟を決める。
「わっ」
雨に濡れるゾーンに飛び出した瞬間、手首を引っ張られて引き戻される。
振り返ると長髪の少女がいた。
「み、美夕さん?」
美夕さんは傘を手にしていて、僕に見せるようにそれを胸元まで上げた。