商談1
評価、ブックマありがとです。
ようやく商談に入れましたが、お相手は要塞令嬢。
さてはてどうなりますやら、楽しんで頂ければ幸いです。
行間修正。
「すまなかった。奴らには落とし前をつけさせたから、これで手打ちにしてもらえないか。」
ベルク・シュタイン艦長がきっちりと頭を下げ、取引に使うはずだったデータディスクを要塞令嬢の前に差し出した。
「お心遣い、確かに受け取りましたわ、ねえ旦那様、ええ分かっておりますわ。」
担当者と指名されていた4人のうち、鉄拳娘は捕虜となった少女の尋問中で此処にはおらず、サスケ団長は現在も完璧執事ウル率いる泊地警備隊に追われて逃走中&実況中。
リーフ艦長は恥ずかしさのあまりファイネル級に引き篭もっており、必然的に要塞令嬢がベルク艦長たちと商談をもつことになった。
要塞令嬢の隣には、若干距離を置いてマイヤ嬢が座っており、この商談にはオブザーバーとして参加している。
「では、こちらからの返礼として、船の修理と補給、食料品等の供出、医薬品並びに重傷者の治療もそちらがよろしければ、此方でお引き受けいたしましょう。ただし―――。」
さらりと要塞令嬢が告げる。
「あなたがお望みの有人武装船については、少し難しいでしょうね。」
「だろうな、なら悪いんだが、先に負傷者や重傷者の治療だけでも優先して頼めないか、こればっかりは部下の命が掛かってるんでな。」
ベルクが苦笑いを浮かべている。
彼女の手元にあるディスク、本来ならば重要な交渉材料になるはずだった情報というカードを早々に切る羽目になったのが痛い。
「マイヤさん、これをお願いしてもよろしくて?」
そのデータディスクを要塞令嬢はそっとマイヤ嬢の前に移動させる。
「どういう意味でしょう?」
何か裏の意味があるのではないか、そう勘繰るマイヤ嬢に―――。
「そのデータディスク、残念な事にわたくし達とは規格が合いませんの、あなた達で再生してくださらないかしら。」
―――なんのこともない理由だった。
「それぐらいであれば構いませんが、私たちも閲覧してもいいですか?」
このディスクに収められている情報は、間違いなく彼女たちが遭難した後の情報が多くあるだろう。
数か月間に渡り、情報難民と化していた彼女たちにとっても貴重な情報源だった。
「もちろんお好きになさいませ、わたくしの旦那様もそうおっしゃられるはずですわ。」
惚気る要塞令嬢の隣で、マイヤ嬢がさっそく自分の情報端末に繋いで、データディスクの再生にかかる。
「どうかしら、気になる情報はあって?」
「えーと、そうですね。ネーエルン公国で戦闘が始まったのが、だいたい私たちが未踏破宙域に挑んだ頃だったみたいです。後、敵の映像データが多いですね。これってEvil・・ですよね。」
「ええ、そうですわね。旦那様、見ておられますか? 映像の解析お願いいたしますわ。」
必要な情報は手に入れた。
それが要塞令嬢の判断であり―――。
「そうですわ、せっかくですから、お茶会にしましょう。フェザーさん、紅茶と軽く摘まめるものをお願いしますわ。」
―――ここからが交渉の始まりですと、彼女が微笑む。
フェザーの操るワーカーズによって、テーブルに人数分の紅茶と数枚のクッキーが盛り付けられた小皿が置かれる。
「ベルクさんとお呼びしてもよろしいかしら?そろそろ負傷者の搬送が終わった頃ですわ、確認はとれまして?」
「ああ、ベルクでいい、それより助かった。正直諦めていた奴もいたからな。」
無事に搬送が済んだことを船に残った船員から確認出来たのだろう。
ベルクも深く安堵のため息をついた。
「あらあら、それは良かったですわね。たしかベルクさんは傭兵・・・、いえあなた方の社会ですと民間軍事会社と呼ぶんでしたわね。ベルクさんはその社長をしているとか、お間違えありませんかしら?」
「それで間違いない、ま、プロミネンスっていう今じゃ落ちぶれて損傷艦3隻の零細企業だがな。だがよかったのか、医療ポットまでとはいえ、付き添いの人間まで連れて行って、此処はまがいなりにも軍事施設なんだろう?」
ベルクの疑問はもっともな事であったが、要塞令嬢はカップを傾けて立ち昇る香りを楽しみつつ―――。
「構いませんわ、よくマイヤさんのお仲間さん達もこそこそとお散歩しておりますから。それに本当に知られたくない重要な機密にあたる場所には、どうやっても此処からはいけませんの。
どうぞご自由に御見学なさってくださいませ。」
―――何気ない要塞令嬢の言葉にビクつくマイヤ嬢が、慌てて姿勢を正した。
「ふふふ、マイヤさんもあまり危ない場所には深入りなさいませんように、お仲間さんたちにも良くお伝えくださいませ。」
「はい伝えておきます、あの今まで通りのお散歩ならば構いませんか?」
「ええ、どうぞご自由に、旦那様もそれを望んでおられますわ。」
マイヤ嬢にやんわりと釘をさした要塞令嬢が、お茶会に参加している最後のひとりに向きあった。
「さて、そちらの方も傭兵でよいのかしら?そういえばお名前を伺っておりませんでしたわね。」
「ルーティシア・マリア・スカイライトだ。私はエーデルシュタイン社の雇われ艦長にしかすぎない身分だが、私はあなたの事をなんと呼べばよい?」
ルーティシアは営業用であろう名刺サイズの情報媒体を取り出して、すっと要塞令嬢に渡した。
自分の名前を売り込むと同時に営業もしっかりこなす、そんな彼女を見たベルクも苦笑いを浮かべて―――。
「仕事のご用命なら、是非とも当社プロミネンスをご利用ください。」
―――懐から取り出した情報媒体を彼女に差し出した。
「あらあら、御親切にありがとうございます。では改めて名乗りましょう。わたくしは要塞令嬢。ゆえあって名前はあかせませんわ、どうぞ、そうお呼びくださいませ。」
要塞令嬢がにっこりとほほ笑む。
「じゃあ、そう呼ばせてもらいます。」
ベルクも深くは追及しない。
商売柄、クライアントの名前を明かさない代理人はそこそこの頻度で現れる。
そういう客は金払いのいい上客も多いが、こちらをハメようとする連中もいる。
彼女がどちらなのかを、しっかりと見定めなければならない。
だが忘れてはいけない。
この椅子に座り、にこやかに微笑む育ちのよさそうなお嬢様にしか見えない女性が、ドワイトを再起不能にした事を―――。
それは殺されかけたベルクにとっても衝撃的な光景で、彼女は日傘で男一人を潰して見せた後も、まったく微笑みを絶やすことがなかったのだ。
荒事になれた彼でも、その動揺からはそう簡単に抜け出せるはずもなく、商談に来たはずのベルクがあっさりと主導権を奪われていた事に思い至ったのが、ルーティシアの差し出した情報媒体という商売道具を見た時だったからだ。
そうベルクは商談に来たのだ。
彼女を通して、隠れているクライアントと・・・・。
そして、後半に続きます。




