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大提督は引き篭もる。  作者: ティム
4章 絶望を蹴散らす者たち
126/140

有人船団出航

なんとか、完成したので更新です。

今回は、有人船団がメインですが、戦闘は継続中です。

ブクマ、並びに評価ありがとです。

楽しんで頂けば幸いです。


 戦争が始まろうとしている。

 それは偶発的な戦闘に巻き込まれて損害を受けた各艦の修理も終わり、出航に向けての物資の積み込みが続く中での事であった。

 各個人の通信端末が一斉に鳴り響き、ゲスト全員にむかって総員退去勧告が、グレイトパールの泊地コア珠ちゃんから伝達されたからだ。


 同時に告げられた来襲する敵の規模と数―――。


 予想される敵の進路―――。


 迎撃に向かう戦闘艦隊が、粛々と出撃準備を整えていく―――。


 グレイトパール泊地の居住区画に広がる慌ただしい喧騒の中、不安にかられる避難民の新人達を古参の船員たちが激を飛ばし動かしていく。

 そして、ゲストたちは素直に従うもの、公開された情報の精査を行うもの、今後の対応について検討するものたちに分かれ、行動を開始していた。


「つまり、今回の退去勧告は本格的侵攻を受ける前に帰りなさいって事なんですね?」


 マイア・ユースティティア調査士官が確認するように声にだす。


「そうとってもらって構わないそうだ。嵐が来る前にお家に帰りなさいって、彼はあなた達に言っているの。もし、此処で出ていかないならば、少なくとも半年、長ければ数年単位でこの星系に閉じ込められることになるわ。

 もちろん彼だって負けるつもりはない、たけど最悪の展開となった場合、この泊地の自爆処分も彼の選択肢に入っているはずだから。」

「そこまでするんですかっ!」

「そこまでするんだよ、いいかい泊地同盟にとって、泊地コアがEvilに取り込まれる事だけは絶対に避けないといけない。其処がどんなに重要拠点であったとしてもね。いままで失っていった泊地は、そうやって消えていった。」


 ブランシュ・ネージュ大提督は知っている。

 自爆したのちに痕跡ひとつ残さずに、宇宙から泊地を消し去る技術があることを、それが例外なくすべての泊地には自爆装置として組み込まれていることを―――。

 そこまでしても守りたい、守らねばならない技術が、泊地と泊地コアにはあるからだと、そう言って消えていった、ぐうたらな主の事を―――。


「現状を認識しなさい、軽巡以下の小型艦級だけでも200を超える襲撃だ。既に出現した一部の敵艦隊は、星系内に侵攻中、泊地の要撃艦隊との戦闘に突入している。

 幸いにして戦力を集中し過ぎた結果、出現地点の空間安定度が大きく下がり、大型艦ほど出現までの時間が長くなっている状況だ。

 たぶん1日か2日は遅れるだろうし、彼はデカ物が出る前に雑兵を片づけるつもりだろう。そういう意図を持って作戦を遂行している。

 そしてこの侵攻が、本格的侵攻に向けたその先遣隊だと、周辺の戦況を分析した結果、彼がはじき出した答えだ。」

「だから、急がせるんですね。」

「そういう事だよ、お嬢ちゃん。だから、出発を急がせな。無事にお家に帰りたいならね。」


 ポンとマイヤ嬢の背中を叩き、考える彼女を置き去りにして、ネージュ大提督が歩き去る。


 次にネージュ大提督が向かったのは、ベルク・シュタインの処だった。

 医療施設に搬送されて治療中だった負傷者達が、次々と船に戻ってきており、ベルクがその対応に苦慮していた。


「ベルク、医療ポット内の重傷者達はすべてブランシュ・ネージュ号に乗せなさい。私の船なら十分な治療行為を続けられる。残りの軽症者たちは各艦に分乗だ。」

「すまん、助かる。聞こえたなっ、重傷者はすべてブランシュ・ネージュ号へ向かえ、軽症者は自分の船で船長の指示を受けろ、いいか焦らず急げっ!」


 負傷者、それも医療ポットから出られない程の重症者となれば、駆逐艦程度の船ではそう何人も乗せられ

ず、切り捨てていくことも視野に入れていた彼にとって、ネージュ大提督の提案はとてもありがたいことだった。


「すまない助かった、これで全員無連れて帰れる。それと、良かったのか。新造の駆逐艦までもらっちまって、あれ、あんたの船なんだろ?」

「いいのよ、使える船は一隻でも多い方がいい。なんて名前だったかな、あんたのとこの船長、ファーネ級有人武装船に乗りたいんだって?」

「アンドレだな。乗り込んでみて、駆逐艦よりこっちがいいって言ってきやがった。」

「構わない。ファーネ0156も許可を出しているし、彼女は条件を呑むなら自分の船長にしてもいいって言ってるわ。」

「へー条件ってのは?」

「船と運命を共にする事さ。つまり、私以外の船に乗るな、私が沈む時は一緒に死んでって言ってるのさ。ファーネシリーズの機械知性体特有の独占欲っていう病気だよ。

 そいつにはよく考えて決めろって言っときな。同性としても忠告しておく、重い女の相手は大変だぞ。」

「ああ、よくわかった。俺からは思いとどまるように伝えとくよ。」


 船版の地雷女かよ、とそうつぶやくベルクに、その分性能が高いのさ、とネージュ大提督が軽口で返した。

 こうやって歩き回りながらも、ネージュ大提督は自艦の出航準備を整えていく。

 今回は到着時に支払う報酬の他、水や食料といった生活物資も積み込まねばならないから、いつもは空っぽな貨物室が満載になりそうだ。


 慌ただしく出航準備を整える中、各船の船長たちが船員たちに指示を飛ばす。

 中でも一番大変なのは、元船長アンドレがベテランの船員10名と新人5名を引き抜いて、ファーナ号に移籍した時に、残留したヴァールハイト号の船員と新しく船長に選任された先任長だろう。


 元ヴァールハイト号の船員ではないのは、轟沈したヴァールハイト号の名前を引き継いだ事と書類上、ヴァールハイト号の轟沈はなかった事となり、新生ヴァールハイト号が元々のヴァールハイト号でしたとなっているためである。


 この手法自体は古くから使われていた違法行為であるのだが、戦闘による鹵獲、盗難等による不正入手船の転売、軍組織経由で流れる中古の軍艦などが、総じて中古船として売り払われる事例は多く、小型船ほど所属国家や組織がコロコロ変わるため、確認する方法がないのが現実である。


 さて、そんな新生ヴァールハイト号であったが、困難が予想された出航準備については何も問題はなかった。

 たとえ、担当責任者が新米や不在ばかりだったとしても、何も問題はなかった。

 なぜならば、新米船長があーでもない、こーでもないと船の人員配置に頭を抱えている内に、物資の搬入から各種計器の動作確認まで、船の機械知性体が早々に終わらせてしまったからだ。


 これは船自体が無人でも活動可能なため起こりえる逆転現象だったが、あくまでも機械知性体の泊地だからこそ出来ることであり、各種諸々のチェックや書類提出が付きまとう人類側の宇宙港ではこうも簡単にはいかなかっただろう。


 結果だけ見れば、出航準備が一番早く終わった訳であるが、臨戦待機中のヴァールハイト号が動力炉の試運転を続けつつも、いまだ頭を抱えて唸っている艦長の出航指示を待っていた。


『ヴァールハイト号、そっちの準備は終わったか、新しい船でいろいろ大変だろうが、頑張って慣れろ。それが一番早いからな。』


 通信用モニターが開き、ベルク・シュタインが昇格したばかりの新米船長に声をかけている。


「アイ・サー。」


 新米とはいえ船長に昇格した以上は、これが幹部として直属の上司となるベルク・シュタイン社長との初顔合わせになる。

 緊張しない方がおかしく、さらに緊急性の高い戦時下での昇格である為に、その責任も重く感じているらしい新米船長では、アイ・サーと肯定する事しかできなかった。


『まぁ気張らず、肩の力を抜け、分からないなら、分からないなりに、その船の機械知性体を大いに頼れ。こと船に関してなら、俺たちより何十倍も頭がいいからな。』


 此処が違うんだよ、此処がと、ベルクが自分の頭を指でつついてみせるが―――。


『じゃあ、新生ヴァールハイト号、あんたに任せるぜ。』


 アイサーとしか返事を返せない新米船長の様子に、ベルクが苦笑交じりに手を振り、新米船長に激励を送ってから通信を終わらせた。


 今後の航路を決める為、通信モニター経由で集まった各船長たちが仮想会議場に集まっている。

 昨日まで集まり確定していた航路を使うかどうかは、すぐに使うで決まったのだが、出航時期をどうするかでもめていた。


 この戦闘中に強行するのか、戦闘終了直後の合間を縫って向かうのか。

 最初の跳躍開始座標を何処にするのかなど、決めるべき事は多くある。

 特に出航時期と並び、最初の跳躍開始座標と終了座標は重要だった。


 どちらも空間安定度が高い宙域であり、其処を目指して跳躍してくる、あるいは其処から跳躍する敵との偶発的遭遇戦が起こりえるからだ。


 また1光年未満の短距離跳躍ならば、出現時間のロスも気になるほどではないが、30光年単位で星系間を飛ぶ通常の長距離跳躍となれば、出現時のズレは宇宙標準時間で数時間から十数時間にも及ぶ事もある。


 平時であるならば問題はなくとも、戦闘宙域になりつつあるグレイトパール星系やアリゼ連邦勢力圏では、決して無視できる要素ではない。


 小型艦を先に飛ばして跳躍先で危険に晒すのか、大型艦を先に飛ばして転移元で小型艦を危険に晒すのかを決めねばならないのだ。


 なにより重要な出航時刻さえ、まだ決まっていない。

 戦況の推移は見れても、この戦局がはたしてどこまで続くかまではわからない。

 現状ですら、重力震を伴い出現する敵は増え続けていた。

 そして、新たに現れる転移反応も途切れない。


『とりあえず、手短の座標から到着順で星系外まで短距離跳躍を行い、其処から長距離跳躍で行く。

 こいつは賭けみたいなもんだが、長距離跳躍では大型艦を先、次いで小型艦、そして殿は中型艦だ。

 クライアントである調査船ビーナ号は小型艦と一緒に飛ぶ以上、最後はファーネ級になる。

 アンドレ本当に任せていいんだな。』

『了解です。ボス、船長としてやらしてもらいやす。』

『わかった。なら、そのあたらしい船に艦名をつけてくれ。各種提出する資料に記載が必要だからな。』

『ええ、話し合って決めておきます。』

『で、続きだが、先導艦はリップル号、残りの駆逐艦は全艦でビーナ号を護り、ファーナ級とブランシュ・ネージュ号は特に配置を定めず遊撃任務とする。

ルーティシア嬢とネージュ大提督もそれでよいか?』

『ああ、それで構わない。それと先の会談の際に、相手の好意で星間通信を行うことが出来た。本社から護衛として小艦隊を送ってくれるそうだ。』

『そいつはいい話だな。だが、現物支給の仕事で、よくそこまでコストをかける気になったな?どう考えても足が出るだろ。』

『帝国から良しなに頼まれて、嫌と言える企業はいない。足りない費用は助成金で補うそうだし、現場が気にする問題じゃないわ。』

『なるほどな、だが、時間的に見て此方までは来れないだろう?』

『それはしかたない。向こうからは道中での合流になると伝えられている。脱出の助力にはならないが、考慮しておいてくれ。』

『他に何かあるか?・・・・・ないならば、最終確認だ。マイア・ユースティティア調査士官殿。』


 ベルク・シュタインが民間軍事企業プロミネンス社の社長として―――。


『この作戦を実行するかどうか、決めてくれ。』


―――依頼主であるマイア・ユースティティア調査士官に最終判断を委ねた。


 やるか、やらないか、それを決めるのは依頼主である彼女だけであり、傭兵として雇われている以上は、依頼主が下す最終判断に従う義務があるからだ。


『正直に言います。私は軍事の素人です。戦局の見方や戦闘のノウハウも知りません。

 実戦経験では此処にいる誰よりも劣るでしょう。ですが、私たちを助けて、ずっと見守ってくれていたこの泊地の主珠ちゃんさんが、帰りなさいといいました。

 彼は此処も危険になるから、早く安全な場所にお帰りなさいと私たちにいったのです。

 私は彼の意見を尊重します。皆さん、この星系からの脱出作戦、決行してください。』


 かくて、脱出作戦は実行された。


 決行すると決まれば、動きも早くなる。

 命の掛かった鉄火場で、いつでも動けるのと、まだ動けないの差は明確だった。

 慌ただしくも、素早く各艦とも準備を整えていく。


『強襲した要撃艦隊を相手取る3群を残して、敵艦隊は泊地に接近中。』


 最初に出現したEvil小型艦級の内32隻、18隻、21隻の群れを形成した小型艦級3群が、我先にと星系内に突入して、要撃艦隊や哨戒艦隊の迎撃を受ける一方で、交戦宙域を避けて侵攻を続ける89隻の敵艦隊が戦線を抜けて接近しつつある。

 そして、その遥か後方では巡航艦級や主力艦ともなる重巡級が重力震を撒き散らしながら表れ、さらに大型艦の反応を示す新たなる転移反応も出現した。


『さぁ野郎ども、出航だっ、嵐が来る前にとっとと逃げるぞっ!』


 ベルクの号令一下、すべての有人船団がプラズマ推進器に光を灯し出航する。

 300隻の大侵攻、しかし護衛艦隊を率いるベルクもそれが主力ではなく、只の先遣隊に過ぎないと判断していた。


『彼もデカ物を出してきたね。見なよ、あれがテンペスター級重戦艦さ。』

『重戦艦・・。』


 先日まで影も形もなかった巨大戦艦が、大ドックのハッチを解放して湾内に出てくる。


『見ろよ、もう一隻出てくるぞ。』

『あれは・・・シャルラハロート級です。』


 もう修理が終わったのだろうか、先ほど入渠したばかりのシャルラハロート級重戦艦が再出撃している。


『コインをつかったね、この局面で出し惜しみはしないか。』


 マイヤ嬢の耳に、ネージュ大提督の呟きが通信機越しに聞こえた。


 重戦艦が2隻―――。


 確かに彼はまだ、あきらめるつもりはないようだった。




次回は、チェリー艦隊と帝国並びに艦々酒場亭の行動がメインとなります。

ではまた、完成次第投稿します。


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