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短編集

落ちぶれた引退賢者、娘を殺されかけて最強へ舞い戻る

作者:瀬戸メグル
 『最強の賢者』と謳われ魔王軍の幹部を一瞬で灰にしたのも今は昔。フィルはすでに賢者を引退しており、肉体衰える四十にもなっていた。
 数多の魔物を屠った魔法も今は色褪せ、職業はただの冒険者。それも下っ端である。

「なぁフィルさんよ、俺ら今月ちょっと成績が悪くてさ。そのルポの木の実を譲ってくれねえかい?」

 依頼の実を山で収穫し、納品先まであと百メートルという路地裏で、フィルは最悪な連中に捕まっていた。
 同じギルドの三人組なのだが、ガラが悪く低ランク冒険者からカツアゲを繰り返している。年齢は皆、フィルの半分にも満たない若造でこれだから辟易する。

「……俺は娘を食わせる必要があってな。見逃してくれないか?」
「ああ知ってるよ。勇者様に愛想を尽かされ、娘五人も出ていったフィルさんのことは。残る二人の娘は体調が悪いんだよな?」
「……あぁ、病気持ちさ。だから俺が」
「おーおー、残念ながら二人はアンタの血を濃く継いでしまった。不幸だなぁ」
「言いすぎだろガロン! 真実だけどよ、アハハハハハ!」

 フィルはこんな時、下を向いてやり過ごす。怒りがないわけではないが、彼らが見下すのも理解できるからだ。
 二十前半の頃、賢者として無双していたフィルは同じパーティの女勇者と結婚した。その後、娘を七人作ったのだが三十歳で賢者を引退、わけあって今は魔法のほとんどを封印している。

 一向に実を渡そうとしないフィルに腹を立てたガロンは、いきなり戦闘を仕掛ける。
 強烈な拳がフィルの顔面に炸裂。
 抵抗もできずに転倒。
 地面に後頭部を打ったフィルは痛みと衝撃で目がチカチカと派手に騒ぐ。手から零れた実をガロンたちが奪う。

「ケッ、雑魚親父が。そんなんでもテメエ、昔は勇者様に比肩するほどの腕だったんだろ? 何でそこまで落ちぶれた?」
「…………罪だよ」
「罪? わかるように説明しろ」
「……お前らに話すつもりはない」
「そうかい、テメエみたいな親を持った子が可哀想だよ。いつでもギルド辞めていいからな、ダメなお父ちゃん」

 今日も快調! と汚く笑い三人が立ち去る。フィルは鼻血を流したまま、遠くにある曇天を見つめた。
 殴られた痛みなどより、ガロンの一言が地味に効いていた。

「ダメな父親か……。違いねえ……」

 情けなくて目尻に涙が浮かぶが、指で拭ってフィルは立ち上がる。四十にもなる男がイジメられて泣いてどうするのだ。
 泣きたいのは、自分のような父親を持った子供たちではないか。
 日銭稼ぎは諦めてフィルは帰路につく。しかしこういう日に限って、通りの人々はフィルの噂話を興じる。

「見な、あれが勇者リナーシャ様の旦那さんだよ」
「え、あれが……? 何か想像してたのと違う。服も普通……以下だし、覇気がないし」
「元賢者で、あれでも昔は凄かったらしい。親父が言ってた。まあ多分嘘で、女に取り入るのが上手かっただけだろう」

 フィルは嘆息する。
 人間は、落ちぶれた人を見るのが大好きだ。
 引退して十年経つのに未だに噂が立つどころか年々酷くなる。証拠に、フィルの肩を乱暴に叩いてくる男性がいた。

「おい、勇者様が行方不明になったのはお前のせいじゃないのか! どうなんだ!?」
「……妻は魔王退治に行きましたぜ」
「それは建前でお前と別れたかったんだろ。勇者が亭主を捨てたとあっては心象が悪い。つまりお前がちゃんとしないからだ。違うか!?」
「……かもしれませんね。俺は急ぐので」

 フィルが下を向いたまま通り過ぎると、中年男が誹謗中傷。

「ダメ亭主がっ、死んじまえ」

 彼が雑言を吐くのもフィルは理解できた。リナーシャは才色兼備で愛想も良く、街の男達の敬愛の対象だった。当時の若者からすれば、フィルがかっさらったようにも感じただろう。

「中途半端に髭なんて生やしやがって、反論してみやがれってんだ」

 反論しない。衆人環視の中、フィルはそそくさと帰宅する。
 無駄なのだ。何を言おうと負け犬の遠吠えでしかない。何より酷く疲れていた。
 世界中が敵だらけ。そう感じることもあるけれど、自宅のドアを開けるとそれは緩和される。

「お帰りなさい、お父さん!」
「パパ? おかえりー」

 十二歳になるシエラと七歳になるクナが駆け寄ってくる光景にフィルは癒やされニヘラと笑う。
 ただ、クナには注意が必要だ。

「危ない!」

 フェルはクナとの間にあった椅子を素早く片付ける。それから抱きついてくるクナを受け止めた。

「何度も言っただろう。家の中でも走っちゃダメだぞ」
「ごめんねー。でも、パパにずっとあいたかったしー」
「……俺もだよ」

 クナは四歳で盲目になり、光を失った。病気というよりは、体質の問題だ。

「お父さん、ごめんなさい。わたしがしっかり見ないといけないのに……あ」
「シエラ、発作か?」

 二、三度頷いたあと、シエラは胸を押さえて苦しそうに発作を起こす。フィルはすぐに抱きかかえ、娘を寝室のベッドに運んだ。

「お夕飯……」
「何も心配しなくていいから。今は休むんだ」
「うん、お父さんがいてくれると安心します」
「ねえね、がんばってー」
「クナもありがと」

 先天的に心臓が悪いシエラを看病する時が精神的に一番苦しい。フィルは自分の罪の重さを後悔させられる。
 クナとシエラが病気になった原因は若い頃にフィルが禁魔法を使いすぎたからである。
 魔法の知識に長け、最強を求めるあまり躊躇なく手を出していた。その代償は何と、子種に含まれることに……。
 それでも五女までは影響が少なかった。妻の力が中和したのかもしれないとフィルは考える。
 しかし六女と七女には強く影響が現れた。
 シエラが眠りにつくと、フィルはクナと居間に戻る。

「何もかも、パパが悪いんだ」
「パパはわるくないよ?」
「……クナの目が見えないのも、シエラの胸が痛いのも、パパが昔悪い魔法を沢山使ったからなんだ」
「でも、ゆるすよー? クナはパパが好きだし、見えなくてもたのしいから」
「見えなくて大変なことはないか? 無理してないか?」
「うーんとね……パパの顔がみたい」

 娘の純真さにフィルは心が洗われるようだった。胸がカーッと熱くなり、気づくとクナを抱きしめていた。

「クナとシエラは俺の大事な娘だ。何があっても守るからな」
「パパー、くるしいよ」
「おっと、ごめん」
「えへへ、でもあったたかった!」
「そうか! じゃあもう一回だな!」

 娘とのひとときの幸せがあるから、人生をまだ頑張れるとフィルは感謝する。

「あーでも、いつかクナも俺のこと嫌いになってしまうかもなぁ……お姉ちゃんみたいに」
「ねえねも、パパのこと好きだよ?」
「シエラじゃない、上のお姉ちゃんだよ」

 妻、そして五女までが現在行方不明となっている。
 長女はリナーシャと同行して行方しれず、次女は最強を求めて出立、三女はトレジャーハンターになるため、四女は反抗期でフィルと大喧嘩の末に金を持ち出して家出、五女は世界が呼んでると旅に出た。

「皆、俺よりリナに懐いてたわな……」

 当たり前だ、とフィルは思う。彼女達に、父親として立派な姿を見せてやれなかったのだから。

「あしたは、いっしょにいれる?」
「明日も仕事なんだ。でも帰ってきたら一緒に遊びにいこうな」
「じゃあクナ、いい子にしてまってる!」

 フィルはクナの頭を撫でながら、明日の仕事に少々の不安を覚えていた。

  ◇ ◆ ◇

 フィルの住むノートン王国は、比較的危険な魔物が少ない国だと言われている。山こそ多いが、比較的安全に旅ができると評判が良い。
 ただゴブリンやコボルトなど比較的弱い魔物が頻繁に出現するため依頼は絶えない。
 フィルは朝八時にギルドに入ると、受付の男性の元へ向かう。

「おはようございますフィルさん」
「おはよう、今日は大きく稼ぎたいんだ」
「でも珍しい実や薬草の依頼は特に……」
「魔物退治系、できればゴブリンがいい」
「……フィルさん、あまり無理はしない方が」

 受付が渋い顔をする。過去に二度、魔物退治の依頼を受けて失敗しているからだ。

「今回は策がある。依頼を回してほしい」
「では、難易度Dのこれでいかがでしょう」

 冒険者ランクはE~SSの七段階あり、基本ランクに応じた難易度のものしか受けられない。
 今回の依頼は、灰ゴブリンの手首の納品。胃薬を作る用途があるので需要は高い。

「それで頼むよ」
「お気をつけて、本当にお気をつけて……」

 二度も念を押す受付にフィルは申し訳なさを感じる。彼らは自分が斡旋した依頼で冒険者が亡くなると評価が下がるのだ。
 フィルはギルドを出たところで旧友にばったり会う。

「おっ、フィルじゃねえか!」
「久しぶりだなラッサン!」

 ラッサンは、十数年前に酒場で意気投合した友人。ガタイが良く、髭の手入れにこだわりのある男だ。

「長期任務に行ってたと聞いたぞ」
「ああ、今しがた帰ってきたばかりだ。もちろん成功したぜ」
「さすがBランクは違うな」

 そうフィルが褒め称えるが、相手は微妙な顔をする。ラッサンの視線はフィルの右腕にはまる金の腕輪に向けられていた。

「お前さんなんて俺とは比較にならない力があるじゃねえか。……それ、まだ外さないのか?」
「こいつは外せないな。俺の精神力では、自身の魔力にまた溺れてしまう」
「そうかい……。今のお前さんなら制御できる気がするけどな」
「買いかぶりだよ。それじゃ、俺は灰ゴブリンを倒しに行ってくる」
「隠れ討ちには気をつけんだぞ」
「また酒でも飲もう」

 フィルは晴れやかな気分で街を出発した。
 灰ゴブリンは、アモル山でよく目撃される。基本的に群れない種だが、つがいの場合は二体で行動する場合が多い。
 徒歩で数時間かけてフィルは山の麓にたどり着く。地面に細かく切断された毒蛇の死骸を見つけ立ち止まる。

「他の冒険者か。しかし……何だこの切り口は?」

 細切れなのだ。イタズラで斬ったのか、または一瞬でここまで刻んだのか。後者なら相当な腕の持ち主である。
 慎重に獣道を登る。枯れ木が多いが、幹の太いものには注意だ。狡猾な魔物が不意打ちを仕掛けてくる可能性があった。

「……小川で張るか」

 灰ゴブリンの生態を考えると、闇雲に探すより効率が良いと判断した。
 小川を見下ろせる位置でフィルは剣の切れ味を確認する。
 剣を握る度思い知るのは、つくづく才能がないということ。補助魔法なしでのフィルの剣の腕は、そこらの冒険者の平均か、それ以下。
 封印の腕輪で魔素マナ吸収を抑えているため、魔法発動には時間がかかる。ソロではとても使えたものではない。
 ただし――例外がある。

「来たな」

 ジャブジャブと音を立て、川の中に入り水を飲む灰色の魔物。背丈は百五十センチほどで顔が醜悪、全身は一見細身だ。しかし引き締まった筋肉であり、鋭利な爪は侮れない。

「――赤の魔素よ我に集え、今こそ業火を以て悪を討つ」

 まずは大気中の魔素を体内に取り込み、自前の魔力を目覚めさす。詠唱は口にしてもしなくても良いが、集中力を高めるためフィルは呟く。
 言い終わってもまだ取り込み作業は続く。この溜める間も詠唱時間と呼ぶばれる。時間にして三十秒、フィルの手先からようやく玉の炎が放たれた。
 人頭ほどのそれが灰ゴブリンの背後を襲う。

「……?」

 振り返ったゴブリンは、ギョッと目を見開く。が、時遅し。背中にモロに直撃した。
 ヨロめき――
 それだけだ。
 背中は多少焼けているもののゴブリンは怒りに満ちた形相で発狂する。

「ガィィイイイイイ!!」
「くっ、皮膚硬化されたか……。しかし弱っちいな、俺の魔法」

 たっぷり三十秒もかけてあれでは泣きたくもなる。フィルは剣を抜き、敵の猛攻に備えた。
 灰ゴブリンは矮躯ながら、猛獣のように走りながら飛びかかるパターンが多い。今回もそれだ。
 カウンターを狙えるが、フィルは横に転がって無難に避ける。

「よっ」

 起きざまにゴブリンの足首を斬る。
 キン、と剣が弾かれた。

「こいつ、守り固いな――おっと!?」

 ゴブリンの反撃を躱す。そのついでに土を拾って相手の顔面に投げつける。綺麗に決まったが、焦って攻めには転じない。
 灰ゴブリンは一時的に皮膚硬化が可能で、安物の剣では刃が立たないのだ。
 そこで一旦、フィルは全力で逃げる。木々の間を縫うように移動すると、追ってきたが距離は十分保てる。

「太陽よ、眩光を我に与えよ」

 移動しながらの詠唱は難しい。一分ほどかけ、準備ができると振り返って魔法を発動。強烈な閃光を指先から生み出す。

「ギャッ……!?」

 完璧に引っかかる。顔を両手で覆うゴブリンにフィルは隙を見いだす。

「こいつでどうだっ」

 脇下を斬り上げた。灰ゴブリンは、脇と首の裏だけは硬化できない。テンポ良く両腕とも斬り、あとはトドメを刺す。

「ぜぇ、ぜぇ、ぐはぁ……。どうにか無傷で倒せたか。もしや俺も、四十にして一応成長してるのがぁっ!?」

 突然後頭部に衝撃を受け、フィルは前のめりに倒れる。ドサ、と近くには大きめの石が落ちた。
 木の上に、一匹の猿がいた。
(投擲……猿かよ……)
 目の赤い猿で投擲技術が異様に高く、不意打ちを得意とする。
 先ほどの一撃が効きすぎて、フィルはのっそりとしか身を起こせない。投擲猿の方は機敏に木から下り、石を拾ってビュッ!

「うあぁああっ……」

 右手が砕けるような痛覚に意識が飛びそうになる。折れた、と直感で判断できた。
 ……逃げよう。
 戦っても死亡する未来が見えたのでフィルは全力で逃走を図る。ジグザグに走り、すっ転ぶ。右のふくらはぎに石が当たったのだ。
(どんな……投擲力だ……)
 フィルは追撃を恐れて頭を庇うが、次弾が来ない。
 どうやら石が切れたらしく、投擲猿は近くをキョロキョロしている。

【死ぬぞ】
【外せよ】
【使うんだ】

 胸の奥からの声。
 フィルは右手の腕輪を睨む。封印は今すぐにでも解ける。それで魔法を使えば、投擲猿なんて秒殺だろう。でもフィルが恐ろしいのはその後に生じるであろう反動だった。 
 葛藤の末、フィルは腕輪を壊さないと決めた。左手で剣を拾うと、雄々しく突っ走る。石を拾い上げたばかりの投擲猿に袈裟斬り!

「キィキィ」

 下がってかわされた。
 カウンターで至近距離から撃たれた石はフィルの頬骨に大直撃して、もんどり打って倒れる。

「……ここまで……なのか」

 フィルは目を閉じる。瞼の裏にシエラとクナがいた。
 あいつらを残して、死ねるか!
 必死に身を起こすと――何故かバラバラに分解されていた投擲猿。

「何が……? 一瞬の間に」
「まさか、こんなところで貴方に会うとは」

 剣を持つ長い金髪の女性。
 刃には血がついていた。

「ミカエラ……か。久しぶりだな」
「ええ、久しぶりと言えばそうですね。特に会いたいとも思っていませんでしたが」

 ミカエラは勇者リナーシャを崇拝する剣士の一人で、フィルとは顔見知りの関係だ。発言からもわかる通り、勇者の旦那として認めておらず嫌われていた。

「どうであれ、救ってくれて助かった」

 礼を述べつつ、フィルは灰ゴブリンの手首を切り取りにいく。

「しかし相変わらず高速剣は健在か。麓の蛇はミカエラが斬ったんだな。――痛っ」

 右手に激痛が走ってフィルがかがむ。すると背後から蹴り押されて驚く。

「ミカエラ……?」
「リナーシャ様が行方不明になって三年以上。世間では魔族に殺された、と噂が流れています」
「……ああ。だがリナ達は、そう簡単にやられたりはしない」
「言い方を変えましょう。貴方、リナーシャ様を幸せに出来ているのですか?」

 語調に乱れはないがミカエラは怒っていた。フィルもそれを感じ取って謝る。

「すまんな。娘二人と俺を生かす生活で、精一杯だ。情けないことだが」
「結婚の際、貴方が私に言ったことを覚えていますか」
「……『俺の結婚に口だしするな雑魚が』だったよな」

 その上、フィルは口を挟んできたミカエラを魔法で気絶させている。若気の至り、にしてもやり過ぎだと猛省していた。

「結果がこれですよ。頭をつけて謝ってください、できないなら殺します」
「申し訳ない。俺が悪かった」
「ッ!?」

 何のためらいもなく土下座するフィルに、ミカエラは驚愕を禁じ得ない。

「……貴方、変わりましたね」
「まだ死ねないんだ。娘を一人前に育ててやりたい」
「そうですか……。失礼しました、先ほどは蹴って」

 ミカエラはフィルを優しく抱き起こす。

「街まで、送ります」
「世話になる、本当に」
「今の貴方なら腕輪を外しても、力を制御できるのではないですか」
「……だと、いいがな」

 まあ無理だろう、とフィルは苦笑した。
 街に戻り治療院に行った後、フィルはゴブリンの手首を納品する。自宅前まで付き合ってくれたミカエラに心底感謝した。

「茶の一杯くらいご馳走させてくれ」
「その手では満足にいかないでしょう」
「気を遣わせちまうな、色々と」
「……気をつけてください。つい先週、最も優秀な魔族監視者がお亡くなりになりました」

 この情報に、フィルは背筋がいくらか寒くなった。魔族の存在を感知する者で、彼らがいるから魔族が人間のフリをして侵入することを防げるのだ。

「だが、監視者は他にもいるだろう?」
「いますが彼に比べると……。上位魔族であれば欺かれるかもしれません」
「魔族は、気づいているのか?」
「奴らは多くの魔道具があります。バレた可能性も……。貴方や娘達は狙われてもおかしくない。くれぐれもご注意を」

 小さく会釈をしてミカエラは立ち去る。フィルは見送ってから重い気分で自宅のドアを開けた。

  ◇ ◆ ◇

「いたいのいたいの、とんでけ~~」

 フィルの膝に抱っこしたクナが、何十回目にもなる魔法の言葉をかける。もちろん本物ではないので傷が引くことはない。それでもフィルの精神には多大な癒やし効果をもたらす。

「おー、クナのおかげで痛くなくなってきた」
「おー、クナもっとがんばるっ」

 腫れた頬をサワサワと撫でるクナ。頬は幸い大したことはない。右手は、指が二本は折れているだろうとのこと。
 シエラはせっせと夕食を運び並べると、不安げに言う。

「お父さん、しばらくは冒険者は休むのですよね?」
「だな。一ヶ月くらいなら貯蓄もある。シエラには迷惑ばかりかける」
「わたしはお父さんとクナと一緒にいられるのが一番の幸せですから!」

 七女の中でも愛想の良さは一番だとフィルは確信する。

「あ、何ならわたしが代わりに魔物を倒しましょうか?」
「そんなことしちゃダメだっ」
「ふふ、お父さんは心配性ですよね」

 三人はいつものように食事を楽しむ。

「ねえパパー、ママたち、まだかえってこないね?」
「でもママ達は強いから、絶対に戻ってくるぞ」
「じゃあクナまってる! ガイコツになるまで!」
「ふふ、それ死んでますよクナ」
「しんでもいいよー!」
「……」

 内心、フィルは悩んでいた。
 いくら何でも今回の遠征は長すぎる。こちらから探しに行くべきか。しかし娘を置いていくのは不安だ。何より今のフィルでは……。悩みは尽きない。人生はいつも難題だらけだ。

 翌朝、まだクナが寝ている頃、裏庭でフィルはシエラの剣の訓練に付き合っていた。
 木人形相手にショートソードを素早く振る姿に、妻の面影を見る。まだ遠く及ばないが、それでもフィルよりは技能も才能も格上だ。

「氷結斬!」

 木人形の斬られた箇所が凍り付く。魔法剣と呼ばれる技を駆使したのだ。

「また腕が上がったんじゃないか」
「灰ゴブリンくらいなら楽に倒せると思います」
「……ぐぬぅ」
「お父さん?」

 若干泣きたくなるフィル。自分が死ぬほど苦労した相手を楽にかぁと。

「今の調子で何分闘えそうだ?」
「二分……いえ、三分はいけます!」
「ふむふむ、三分ねえ」

 やはり旅は難しいだろう。この近辺なら対応できても一つ遠出をすれば、鬼種オーガなどがウヨウヨといる。
 時には何時間も戦闘に集中しなければならぬ時もある。

「残りの時間、わたしは精一杯生きたいんです。お父さんやクナのために」
「残りの、時間……(ブワッ)」
「えっ!? あっ、そういう意味じゃなくて!」
「いいんだ、ごめんよ。俺が、禁魔法を使いまくってたばかりに……」

 フィルが泣いていると、クナが裏口から出てくる。

「ぱぱぁ、おきゃくさんだおー」
「お客さん? ラッサンあたりかな」
「ううん、オシロの人だって~」
「お城?」

 一体何用だとフィルが玄関に向かうと、遣いの兵が敬礼をする。

「重要なお話があると、王様がお呼びです」
「……わかりました。シエラ、留守番頼むな」
「無理、しないでくださいね」
「平気さ。ほら手だってこの……痛っぇ!」

 調子乗って右手を振ると普通に痛い。フィルは無駄な体力を消費した状態で城へ出向く。あほだなーと思いつつ。

 案内され、城内の謁見の間に到着。
 広い空間の奥まった場所、一段高くなったところに王様と王妃用の玉座があり、その眼前でフィルは片膝をつく。

「ご無沙汰しております」
「うむ、元気そうで何よりだ」

 先日五十をむかえた現王は懐が深いと有名で民の支持も厚い。和やかに、世間話から入る庶民性も持ち合わせている。

「最近の生活はどうだ? 困ってることはないか」
「どうにか、ではありますが生活できております」
「右手の包帯、怪我か?」
「少し、魔物に手こずりまして」
「ふうむ」

 封印の腕輪を王は確かめると、解放はしないのかと尋ねる。

「万が一暴走した場合、止める者がおりませぬ」

 最悪殺してほしいとフィルは考えるが、それすらリナーシャ抜きでは不可能だろう。

「ではせめて、賢者の知恵を私たちに貸してはくれぬかな」
「どういう、意味でしょう?」
「魔法部隊の指導者となって欲しい。これについては、友人のカミュから」

 王が話を振るとそばで護衛していた長身の三十後半の男が口を開く。このカミュはフィルの昔からの友人であり、現在は部隊長まで務めている男だ。

「久しぶりだなフィル。王様が話すとおりだ。兵の成長のため、一役買ってくれないか」
「だが俺の知識は邪道というか……」
「無論、邪道じゃない方で頼む。それにお前を任命した理由はもう一つある。先日、魔族監視者が亡くなった話は知っているか――」

 つまり、王やカミュは勇者一家を守るという意味でも王のそばにいて欲しいのだ。
 証拠に、日中は城にシエラとクナを預けて良いという条件もある。この城には強者が多い。王自体も昔はかなり慣らした武闘派である。
 おまけに給料も破格だった。

「謹んでお受け致します」

 家族のことを思うと、フィルはそう答えるしかない。

「良し! では早速だが、軽く挨拶だけでもしてくれないか。兵を待たせてある」

 引き受けることが前提の誘いであった。
 二人で訓練場に行くとローブを着た魔術師達が数十人、隊伍を組んでいた。

「皆、知っているとは思うが彼はフィル・オルロード。リナーシャ様の夫で、かつて勇者パーティで賢者をしていた」
「……どうも、フィルです」
「おいおい、お前は指導者なんだぞ。敬語なんてやめろってば」

 あぁ、とフィルは恥ずかしそうに後頭部を掻く。そのやり取りを見た魔術師達は和やかに笑う。悪評が多いので少々緊張していたのだが、歓迎ムードでフィルはホッとする。

「俺は王様のところに一度戻る。魔法とはなんたるかをフィルに学んでおけよ」
「え、おいカミュ」
「なーに、ウチの魔術師は素直だ。大丈夫さ」

 カミュに場を預けられたフィルは、困りながらも魔術師達の格好や装備を確認する。
 杖とローブか、軽装で武器を装備するかの二タイプだ。前者は魔法特化、後者は魔法剣の類いだと判別できる。

「えーでは、みんながどのくらい魔法を……」
「クスクス」
「ん? 何だい、何かあるか?」

 笑い出した者達に尋ねると、さっきとは随分変わった顔つきで彼らは答える。

「Dランク冒険者なんですよねえ? 私達に何を教えるつもりですか? 薬草や木の実の取り方? ぷふっ」

 ほぼ全員が抱腹絶倒した。
 あぁ、現実はそんなもんだよな……とフィルは落ち込む。
 カミュの手前ああしていただけで内心では見下しているのだ。

「フィルさん、魔法をちょっと見せてくださいよー」
「指導者の魔法がどのくらいか、俺達も気になるんです~」

 人はなぜ、他人を見下すのが好きなのか。
 ここ十年、フィルは悩まされてきた。
 練習用の木人形を対象に、フィルは攻撃魔法の詠唱に入る。
 意識を集中すること五十秒、周囲は必死に笑いを堪えていた。

「――風刃斬!」

 撃たれた風の刃が、木人形の一部に傷をつける。魔術師達がドッと盛り上がった。

「おっせえええーーっ!」
「しかも弱っ!」
「冗談ですよねフィルさん? 下級魔法にあんだけ時間かけてこれとか」

 わかりきっていた。こういう反応は。慣れてもいる。それでもフィルは自分を偽らずに伝える。

「今の俺は、これが限度なんだ」
「見ててもらっていいですか」

 近くにいた魔術師が、フィルと同じ魔法を放つ。詠唱時間は数秒なのに、その迫力や威力は桁違いだった。

「こんなの朝飯前ですよ。俺達って、貴方から何を学べばいいんですか?」

 もうダメだとフィルは踵を返しそうになり……グッと堪える。

「一応、俺はそれなりに経験だけはあるんだ。魔族の倒し方や、効率よく魔法を使う方法など……」
「だから俺より下手な奴がどう効率よく魔法を使えんだよ! 言ってみろ、このヒモ野郎がっ」

 フィルは下唇を噛む。いい加減、ヘコみそうになるタイミングでカミュが戻ってくる。

「何やってるお前達!?」
「……隊長。いえ何も」
「本当か? フィルから学ぶことは多くある。態度を改めるように」

 険悪なムードを感じ取ったカミュは、フィルを連れて訓練場を出て行く。

「……普段はそこまで悪い奴らじゃないんだが」
「構わないさ。ギルドで慣れてる」
「気を悪くしないでくれ。三日後から、参加を頼む」
「あいよ、世話になる」

 手をひらひらと振りフィルは別れる。少し歩くと、後ろから廊下を歩く足音がしてカミュを呼び止める。

「何か聞き忘れか?」
「いやそうじゃないんだが……カミュは怪我でもしてるのか?」
「特には。何故だ?」
「大したことじゃないが、足音を大きく立ててたから」

 間諜上がりのカミュは、癖で足音が小さくなることが多かったのだ。

「あぁ、最近少し疲れてたからかな……」
「お前も大変だろうが無理するなよ」
「気遣い感謝する。娘さんにもよろしくな」
「……ああ」

 フィルは首を傾げながら、城をあとにした。


  ◇ ◆ ◇

 最上の癒やしに、フィルは頬がゆるゆるになる。
 休日の自宅、シエラに肩を揉んでもらい、クナに首筋を擦ってもらっていた。

「お父さんの肩、こってますね~」
「でもシエラのおかげで、揉みほぐされていくぞぉ」
「うふ、お父さんってば涎が出てますよ」

 じゅるると吸い取るフィル。さすがに恥ずかしいため背筋を張って……クナが右手を撫でていることに気がつく。

「パパのいたいの、とんでって~」

 クナが祈るように撫でるごとに痛覚が薄くなっていく。試しに包帯を取ると指の状態が怪我以前に戻っていた。

「クナ……まさか回復魔法を」
「かいぷくー? クナ、かいぷくしてた?」
「かいぷくって何だよぉ。今、どんな気分で触ってた?」
「パパに良くなってほしいなあって思ってた!」
「頬も同じようにできるか?」
「いいよ!」

 頬の変色や腫れが完全にひき、フィルの予想が当たった。ヒールに似ているものに、触れた箇所の怪我を治癒するヒーリングがある。
 切り傷系に強いヒールに対し、ヒーリングは打撲系に特に有効だ。

「あの怪我を完治とは。クナは、天才ヒーラーになれるな」
「おかね、いっぱいかせげる?」
「はっはっは、そこは心配しなくていいぞ。パパがいっぱい稼ぐから、超頑張ってさ!」

 娘で商売はしたくない。ヒーラーの素質があるならじっくりと育てたいとフィルは考える。
 そこで、唐突にドアが開いた。

「よう! 飲もうぜ!」
「……ラッサン、休日の午前だぞ」
「げははは、すまんな嬢ちゃん達。俺が来たからにはパパはもらっちゃうぜえ」
「やだー、おさけくさいマンはあっちいけ~」
「ぎゃふぅ!?」

 股間にバッチリとクナの頭突きを喰らったラッサンが芋虫の格好でハウハウする。

「目が見えないんだ、わざとじゃないから許してやってくれ」
「いや絶対わざとだろ! ……可愛いから許すけど」

 フィルは友を室内に招き入れて酒を一緒に楽しむ。
 ホロ酔い状態になったところでラッサンが急に険しい顔を覗かせた。

「知ってるか、Aランクのリアナがやられた」
「やられた? そりゃ、男に襲われたってことか?」
「ちげえよ、殺されたんだよ」
「嘘だろ……?」

 リアナは、大男ですら圧倒する怪力の持ち主だったのだ。

「他にも殺されたやつがいる。そいつも実力者だったらしい。いいか、嬢ちゃん達を夜間外出させんじゃねえぞ」
「忠告、重く受け取らせてもらう」
「お父さん、またお客さんですよ」

 フィルは、ミカエラの姿を見つけ駆けつける。

「よく来てくれたな、中へ」
「いえ、今日は用件だけ。知り合いの占い師から、嫌な占いを聞きました」
「……怖いな」
「魔族の手が貴方達に伸びる、という内容でした」

 達、という言葉にフィルは危機感を覚えた。そこでミカエラが帰った後、酒を飲むのをピタリと中止した。


 翌日からフィルは、常に娘達と行動を共にした。ほんのわずかな大丈夫という気持ちが惨事を生む。過去に何度も経験したことだ。
 翌々日は仕事のため、娘達と一緒に城へ。安全な部屋に二人を預けてから魔術師の指導に当たる。
 指導と言っても、彼らは聞く耳を持たなかったが。

「飛ばす系の風魔法が弱い時は、相手を世界の果てまで吹き飛ばすイメージがいいぞ」
「ハア? あんたの風魔法よりは強いんですけど」
「……まあ、そうか」

 こんなことが数回繰り返されてフィルの心は折れた。

「ハァ……辛いな。向いてねえぞこれ……」
「あのー」
「あ、何だい?」
「私に、アドバイスもらえませんか」

 少女の魔術師に頼られ、フィルは心が弾む。

「俺で良ければ! 一応それで来てるわけだしさ」
「私、【岩破弾】が上手く撃てません」

 成功する時と失敗する時があり、その違いがわからないと少女は話す。
 そこでフィルは、何度か魔法を放つように少女に指示をした。
 成功。失敗。失敗。失敗。成功。失敗。

「理由は大体わかったよ」
「あれだけで!? すごい、です」
「多分だけど、君は術式魔法の方が向いてると思う」

 魔法のアプローチを大ざっぱにわけると四つ存在する。基礎魔法、術式魔法、精霊魔法、禁忌魔法である。人間は魔力を内在するが、魔法現象を起こすには外部から魔素マナを取り込んで内部魔力を活性化させ、その上で言葉やイメージを以て変質させ外部へ出力、様々な物理現象を生じさせる。
 王道である基礎魔法を例に取ると以下の流れだ。

 1魔素を取り込む、2内部魔力を刺激活性、3集中とイメージ、4魔力調整、5魔力を消費して出力

 少女は3に問題があるとフィルは見抜いた。集中には、潜在意識または感情の健全化も含まれる。
 つまり恐れや不安が強いと魔力変質に影響をきたすのだ。彼女が失敗する時は決まって瞼の開閉回数が多かった。失敗体験が不意に脳裏をよぎるか、不安を抱いていると判断できる。

「――というわけで、君みたいなタイプは術式が合ってる。どっちかというと、気弱だろ?」
「よ、よくおわかりで……」
「術式を組み込むとデメリットもあるが、失敗は格段に少なくなる」

 術式を組み込む、とは潜在意識に発動コードを植えつけるという意味だ。魔導書を使う方法が基本だが、中にはその魔法を何度も喰らう荒いやり方で覚える者もいる。
 術式を刻むメリットは、集中とイメージに過度に頼らずとも魔法を発動可能になることだ。

「ただ、術式を組んだ属性と反するものは覚えにくくなる。土魔法を組めば、風魔法などは発動難易度が上がる」

 個人の資質にもよるが火の術式を入れると、水や氷魔法を発動しにくくなる。相反するものを潜在意識が拒否するからである。

「昔書いた魔道書持ってるから、良ければ貸そうか」
「いいんですか!」
「もちろんさ」

 分厚い魔道書を持ってきてフィルは岩破斬のページを開く。魔法陣が記してある。
 魔導書は魔道具で、この魔法陣に触れて発動すると潜在意識へ術式を刻む。
 ただし発動には条件がある。
 魔導書を確認した少女は、その異様な設定に愕然とした。

 習得魔法:岩破弾
 可変:可能。弾の大小、また1~4連発まで任意
 必要魔力量:1
 必要適性値:土属性1

「何ですかこれっ? めちゃくちゃですよ」
「現役だった頃に書いたやつなんだが」
「魔力量も属性も1って。1って……」

 著者を百として計算するため、1ということは著者の百分の一の魔力量と適性値があれば会得できるということ。
 それでいながら魔法は大小四連発まで可変、それも制御可能というので少女はデタラメだと訝った。

「こんなの、誰だって成功しません?」
「いやぁ、どうだろ。でも君はいけると思ってる」
「私じゃなくてもいけますよ! 条件緩すぎですもん」
「試しにやってみるといい。発動呪文は『フィルさんイケメンすぎる』……だ」

 ジトォ、と生ぬるい視線にフィルはそっぽ向く。若い頃は誰しもアホなことをやるものだ。

 半信半疑ながら少女はページに触れ、呪文を口にする。必要条件を満たしていれば紙面が輝き、未満ならば何事も起きない。今回は前者だった。

「あっ、ああっ、きあああああっ」

 魔導書が術式を書き込む際、何らかしらの衝動が生じるのだ。人によっては苦痛であり、人によっては快楽であり。

「成功したみたいだな」
「はあはあ、はあー。す、っごい、感覚でしたぁ」
「絞ってたから消費魔力はそこまで大きくない。君でも十分扱えるはずだ」
「たた、ためして、みますぅ」

 少女が魔法を試した。
 先ほどに比べて発動速度が上昇、更には四つ連なるように岩の弾が発射されて木人形を破壊した。
 術式魔法は基礎魔法より発射までが速く、威力が安定しやすい。少女も三度試したが全部成功した。

「しっ、信じられない! 自分が自分じゃないみたいです!」
「うんうん、やっぱ土の才能あるよ君」
「……フィルさんって、前は凄い人だったんですね」
「今はここまで落ちぶれたけどな、ははは」

 周囲の魔術師達が、何事だと集まってきた。少女が流れを説明して魔法をご覧に入れると周囲のフィルに対する反応が大きく変わる。

「冗談だろ、この人が書いたのかよ」
「おれも、習得できるだろうか」
「やっていいですよね?」
「構わないよ。ただし、残習得回数はあと五だから成功しても五人までだぞ」
「おれが先だ、貸せ!」

 争いが勃発して、力の強いものから魔導書に触れる流れとなった。
 全員の審査が終わり、結局会得できたのは二人だけ。全然余っとるじゃん、と吹きそうになるのをフィルは堪える。

「面白いことでもあったか?」

 どこかへ行っていたカミュが人だかりに入り込んできて、魔導書を取り上げる。

「……何じゃこりゃ?」

 カミュが唸る。

「何人かに術式を入れたんだ。本人が望んだからな」
「それはわかったが……これはフィルが?」
「……そうだが?」
「必要値がどっちも1だぞ。全員成功したんだよな?」
「三人だけだ」
「ヤバイ、な。さすが、あの勇者の旦那だ……」

 フィルは首を傾げる。過去に一度、彼にこの魔導書を見せたことがあるのだ。
 引き続き訓練が再開されてから、先ほどの少女に指導をするフリをしてフィルは質問をする。

「カミュだが、最近妙なところはないか? 人が変わったようだとか」
「あ、少しあります。何だか雰囲気が違うんですよね」
「口調とか?」
「それもありますけど、剣を大切にしなくなりました。この間、その辺にポイと投げ置いてビックリしました」
「それは、妙だな」

 カミュという男は、己の武器を大切にして手入れも欠かさない。自身を守る友、とすら口にしたことがあるほど。
 あいつらしくない、そう強く思わざるを得ない。

「カミュの変調はここ二週間ほどだな?」
「そうですねー、十日前後でしょうか」

 魔物監視者が亡くなったのが約二週間前。どうしてもフィルは警戒してしまう。無論、友人が乗っ取られていると疑いたくはない。
 訓練終了後、フィルは娘達のところへ急ぐが廊下でカミュに肩を掴まれた。

「相変わらず娘ラブだな」
「あ、ああ、まあな」
「なあフィル。訓練中、オレのことを嗅ぎ回ってたな? 態度でわかるぜ」
「……その、最近調子悪そうだったから」
「友人に疑われるほど、悲しいことはないな」
「すまん」
「初めて会った時、お前にボコられて風魔法で服を切り裂かれた時くらい、悲しいぞ」
「あの時か……二度すまん」

 過去の過ちを謝るフィルに対し、カミュは肩をポンポン叩いて明るく笑い飛ばす。

「冗談だ。明日もまた、頑張ろうな」
「妙な真似して悪かった。カミュはやっぱり、俺の親友だよ」

 そうして二人は友情を確かめ合うよう握手を交わした。フィルは出会ったあの日のことを振り返り、懐かしんだ。

  ◇ ◆ ◇

 玉座から立ち上がり、また深く座ったりと王は落ち着きがなかった。
 口を開けばウームウームと悩む王が心配で、王妃が優しく問う。

「悩み事がありまして?」
「何というか、気がかりなことがあって」
「それは……、あちらの方とのお話が終わったら聞かせて欲しいものですわ」
「あちら?」

 王妃と同じ方に王が顔を向けると、そこに一人の男が片膝をついていた。

「彼について、お話があります」

  ◇ ◆ ◇

 城の兵や魔術師達は非常に熱心で、毎夜遅くまで訓練に励む。
 しかし、本日の魔術師訓練場にいるのはカミュを含めたったの四人だけだった。カミュが特殊な【岩破弾】を覚えた三人以外は帰し、その魔法を堪能していたからだ。

「なるほど、何度見ても素晴らしい魔法だ」

 十センチの岩、百センチの大岩、そして一~四発まで術者の意思で操れる。
 あの魔導書は国家秘宝レベルに値するとカミュは感嘆した。

「隊長、フィルさんってすごいですよね! あんな素晴らしいのを惜しげもなく貸してくださって」

 はしゃぐ少女にカミュは冷たい視線を送る。

「君の行いは素晴らしくないとオレは思うがね」
「えっと、何のことでしょう……」
「とぼけても無駄だ。彼に訊かれ、話したことを正直に言え」
「……最近隊長が、剣を大事にしないという話をしました。あと様子が変なのは、十日前という話も」

 この答えにカミュは険しい表情をやめ、微笑んだ。

「よく正直に話してくれたね。ご褒美をあげよう」
「そんな、ご褒美だなん――」

 剣の斬撃。ゴトッと落ちる少女の生首。躊躇なく殺したのは無論カミュだ。
 恐ろしいほどの静寂ののち、二人の男性魔術師が悲鳴をあげる。

「あんた何やっ――」

 一人は剣筋を目で追うことなく、心臓を貫かれ死亡した。カミュは素早く剣を引き抜くと左右に切り払って血を飛ばす。

「なんなん、だよ。アンタ、何だって」
「かかってこないのか? 虫のように踏みつぶされるぞ」
「や、やってやるよ!!」

 恐怖を怒りで紛らわし、魔術師は会得して間もない【岩破弾】を最大出力でぶっ放す。
 連なった四発の岩弾がカミュに襲いかかった。サイズも大きく、一つでも当たれば死弾にもなり得る。
 それは、魔術師が自身の肉体の犠牲によって証明してしまう。カミュの直前で魔法が跳ね返り全弾、男に跳ね返ってきたのだ。
 まず頭をやられ、次に肉体を壊された。

「馬鹿の一つ覚えかよ」

 三人を殺害したカミュは、死体を片すこともなく王の寝室へ足を運ぶ。部屋の前で護衛している二人の兵の首を素早く斬って始末する。

「王様、失礼します。お話があるのですが」

 天蓋付きの豪奢なベッドの前から声をかけるも反応がない。そこでカミュは覆いを手で引き千切る。
 もぬけの殻であった。

「……ちっ、気取られていたのか。食えぬ王よ」

 まあいい、と片笑みしながらカミュは次なる目的に足の方角を合わせた。
 城を出てすっかり闇に沈んだ世界を足音を立てて進む。街中では、人々が道を譲る。王家の紋章のついた軍服と冷気を纏うような目つきが相手にそうさせるのだ。

「さて、ここだったな」

 カミュが足を止めたのは、とある一軒家の前だった。

  ◇ ◆ ◇

 夜の九時、いつもならクナを寝かせる時間だが今日はその必要がない。知人の家に二人を預けていたからだ。
 フィルは孤独にソファーに腰かけて何度も深呼吸をしていた。

「すーはー、すーはーーー。何だこれ、手汗かいてくるな」

 精神的な恐れではない。どうも、肉体がさっさと逃げろと訴えているようだった。

「夜分すまない。フィルはいるか?」

 玄関の向こうから聞こえたきた声音に、フィルは覚悟を決めて返事をする。

「その声はカミュか。入っていいぞ」
「お邪魔する」

 平素と変わらりない格好で入ってきたカミュをフィルは立って出迎えた。

「どうした、こんな時間に」
「少し、頼み事があるんだよ」
「珍しいな。あの魔導書なら貸さないけどな」

 この一言にカミュの表情が固まった。反応が図星と伝えており、フィルは鼻で笑ってしまう。

「かなり上手い方だとは思う、カミュの真似は」
「…………ほう」
「だがやはり、無理があるんだ」
「例えば?」
「まず足音の件。剣の扱いと魔導書。そして出会った日の情報」

 足音を立てない、剣は丁寧に、魔導書も知っている。それがカミュという男だ。

「俺とカミュが出会った日、風魔法じゃなく雷魔法で服を焼いたんだよ」
「……やれやれ、オレも舐められたもんだ。相当痛めつけてたんだがな」
「カミュを、どうした?」
「は? それ世界一くだらねえ質問だぞ」

 偽物にフィルは怒気を込めて言う。

「捕らえて拷問したな。出会った日のことも聞き出したんだろう」
「ったりめーだろ。最後の最後で嘘つきやがってあの野郎。家族も皆殺しにしてやるわ」

 怒髪天を衝いたフィルは、即座に剣で斬りかかる。

「当たっかよ、んなノロい剣」

 余裕綽々にかわしながら、偽物は舌を出して挑発する。

「あの女勇者の亭主ってことで偵察にきたのに、マジで力を失ってやがる」
「リナを知ってるような口ぶりだな」
「あの女はな、魔王様に敗北したんだよ」
「妻の実力は俺が一番知ってる。簡単にやられる女じゃない」
「やられたっつの。魔王様に負け、テメエの妻とそのパーティは全員魔族の慰み者になった挙げ句、最後は壊れて死んだ。ヘッ、長女もな!」
「長、女……だと」
「ハハハ、中々上玉だったよ」

 フィルは動揺する。長女がパーティに参加したのは最後に旅立った時だ。長女の情報を知るのは、少なくとも三年以内に接触があったからだろう。

「だが腐っても賢者。あの魔導書はビビったぜ。あれはこのフレイグが持ち帰ってみせる」
「……お前は、この街から出れない」
「家を取り囲んでるお仲間達が自信の元かよ」
「気づいて、たのか」
「たりめーだろ。戦力は知れてんだよ、オレ一人で十分。手始めに――」

 フレイグは腰の剣を邪魔そうに捨て、近くに生じた漆黒の空間に手を伸ばす。魔法で理を歪ませ、別空間に繋げたものだ。
 特殊空間に繋がる場合が多く、今回もそれであった。中から赤黒い剣を取り出すと、フレイグは間髪入れずに一振り。

「そいつはっ!?」

 魔剣の類いと気づいたフィルはソファーの裏に横っ飛びをする。飛ばされた斬撃は異常な破壊力で家の壁を破壊した。

「何だぁ、隠れんぼかよ。一人でやってろ、屋根が崩れてくるけどな。ヒャハハハ!」

 もう二振りほどしてからフレイグは玄関のドアを蹴り壊して外へ。凄まじい音と共に家屋が崩れてくるため、フィルは死ぬ気で玄関に走る。
 だがあと一歩届かず、倒壊に巻き込まれた。

 外に出たフレイグは変身を解いて本来の姿に戻る。白髪に褐色の肌、そして紅の瞳が闇夜の中で怪しく輝く。
 年齢は二十前後に見え、勝ち気な表情で待ち伏せしていた軍の兵士を眺める。
 フィルの救助要請により、今回の作戦にはラッサンとミカエラも参加していた。

「フィル!? おい大丈夫かーっ!」
「落ち着きなさい。そう簡単に死ぬ人じゃないわ」

 まず敵を倒し、次にフィルを助け出す。そんなミカエラの考えを見透かしたようにフレイグはあざ嗤う。

「お~お~、弱っちい人間どもが群れやがって」
「精兵が三十人以上もいるのよ。観念しなさい」
「雑兵の間違いだ、テメエも含め」
「ハッ!」

 ミカエラが動いたのは挑発によるものではなく、敵に隙を見つけたからだ。電光石火の動作から繰り出される高速剣は、並の敵では対処しきれずあの世生きになる。
 だが、フレイグに限っては初撃をいとも簡単に魔剣で受けた。

「そんな……!」
「魔剣アルフェイド。強烈な斬撃波と持ち主の身体能力を引き上げる。わかったかブス?」
「きゃああっ」

 万力で剣を弾かれ、ミカエラは空いた腹部を斬られた。

「てめえ、ふざけんな!」
「お前も遅せーわ、馬鹿」

 背後に回り込んでいたラッサンにもフレイグは楽々対応してみせた。カウンターで一撃喰らわせ、戦闘不能に持ち込んだ。

「ま、ま、魔術部隊、撃て、撃てーーっ」
「底が知れてんだよ。雑魚しかいねえ部隊に何ができる」

 一斉に撃たれた複数種の攻撃魔法にもフレイグは動じない。それもそのはず、その全てが届く前に跳ね返り、術者に返ったのだから。

「反射魔法……なのか。信じられん、あれだけの数を受けて何故……」
「何故? そりゃお前らとは魔力の質も量も違うんだよ。オレらは魔族・・だからな」

 残った剣士達も、斬撃波であっさり倒されていく。数の利で優位に立っていたはずが、一分も保たない。赤子と大人ほどの実力差がそこにはあった。

「雑魚はどうでもいいわ。賢者を殺ってから魔術書を探すかね。所持してんのは娘か王だろうな」

 フレイグが瓦礫をどけてフィルを探すと、フィルの頭を発見する。

「うう……」

 気絶しているので叩き起こそうとして――フレイグは背後に面白い気配を感じ取った。

「あなたが、家を壊したんですね。お父さんに何をするつもりですか!」
「パパをいじめちゃだめーっ」

 十代の少女と十にも満たない子供。普通なら脆弱な存在でしかないが、フレイグの目には本日一番の強敵に映った。

「間違いねえ、ビンビン感じるぜ。あの賢者と勇者の子かよ、ゾクゾクしてくるわ」

 魔剣を掲げて威圧するフレイグにも負けず、少女は鋼の剣を正眼に構えた。

  ◇ ◆ ◇

【さっさと殺しちまおう。あんなクソ魔族】

 簡単に言ってくれるなよ……。

【使えよ。何をためらう? このまま死んでいいのか? 死は負けだぞ】

 うるさい、少し黙っててくれ。

【黙ってたら死ぬから口出してるんだろ。生きることを優先しろ。娘達が死んでもいいのか】

 娘……そうだ、シエラとクナは無事かな……。

 少しずつフィルの意識が覚醒していく。剣戟の音が遠くから届き、近くからは聞き慣れた癒やしの声が聞こえた。

「ぜったい、クナがなんとかしてあげるからね」
「…………クナ?」
「パパッ、おきた!」
「俺は、一体」

 記憶を呼び覚まし、フィルはすぐに状況確認をした。瓦礫に片足が挟まっているが大きい怪我はしていない。減った体力をクナがヒーリングで癒やしているが、その小さな手は血に染まっていた。

「怪我してるじゃないか!」
「ちょっと、そこので切っただけだよ。でもぜんぜん痛くないよっ」

 笑顔のクナに触発されたフィルは瓦礫からどうにか抜け出し、娘を抱きしめる。

「パパはクナのおかげで元気になったぞ」
「うん、クナもうれしい。ねえねのこと、助けて」

 鳴り響く剣戟の音はシエラがフレイグの魔剣と刃を交わすものだった。彼女は、誰も歯が立たなかった魔族とも一見互角にやりあう。だが一振りする度、剣が鈍っていった。

「はっ、はっ……」
「どうしたぁ? 体力切れかよ」
「はぁああああ!」
「気合いじゃどうにもなんねえよ」

 シエラは渾身の力で烈烈と攻める。その全ての剣筋をフレイグは捌いて最後は剣を弾き飛ばす。

「うっ」
「心臓に持病あるんだっけ? まあいいや、終わりにすっか」

 悪刃が振り下ろされる。シエラは目を閉じ、すぐに気配を感じて前を確認した。

「お父さん!」
「よく頑張ったな」

 どうにか斬られる前にフィルが間に合っていた。ただ剣で競り合うと、力の差が歴然とするため安堵するにはまだ早い。

「娘を守る父親ねえ。カッコいいじゃねえか、それで実力がともなってりゃよう!」
「がはっ」

 鋭い蹴りがフィルの脇腹に決まり、膝をつく。苦しいが歯を食いしばって剣を振り回す。どうにかフレイグに距離をあけさせた。

「大人しく寝てりゃいいのによ」
「……交渉しないか」
「あ?」
「俺達みんなを見逃してくれたら、あの魔導書をやる」

 勝負には負けるが、大切な人々の命には代えられないとフィルは思う。ところが、フレイグは高笑いしてこれを拒否。

「バァーカ! 皆殺しにして魔導書を奪うに決まってんだろ。特にお前ら三人の首を魔王様に渡せばオレの評価が上がる」

 交渉は失敗。無謀だとしてもフィルは戦いを仕掛ける。家族や仲間の生存のために。だが顔面を蹴られあっけなく転ばされた。

「パパをいじめちゃ、やーー!」

 音から状況を知ったクナがフレイグに立ち向かう。しかし横顔を殴られて数メートル吹き飛ぶ。

「目が見えないガキか。使えねえ目なんていらねえし、くり抜いてやっか」
「ク、ナッ……クナ……ッ」

 フィルが名を呼ぶが気絶していて反応がない。兵士達も動ける状態になく、シエラも持病の発作に苦しんでいる。

「俺が、俺がやらねえ、と」

 父親として娘を守る、そう約束したはずだ。なのに肉体が言うことを聞かない。フレイグがクナの服に手をかけると、フィルは絶望の未来を垣間見て――

【使え】

 ――右手の腕輪に触れた。

「開闢より伝わりし力よ――」

 呪文を素早く紡ぐと、金の腕輪が粉々に砕けた。そして最強の賢者と恐れられた時代の力がフィルの一身に収斂した。

「力を隠してやがっただと!?」

 ただならぬ気配を感じ取り、フレイグはフィルに向き直った。烈風が周囲に吹き荒れ、本人の顔つきも別人のように冷たい。

「娘に手を出すな」
「面白え、オレの相手になるか試してやる」

 フレイグがクナからを手を離した瞬間、横殴りの暴風が吹き荒れる。

「うぉあああああ!?」

 抵抗できるレベルではなく数十メートルほど飛ばされるフレイグ。風が弱まりどうにか身を止めたところで背後からの殺気。

「なっ、テレポート……うおぉっ」

 フィルに背中を蹴り押されて前のめりにフレイグは倒れた。幸い大したダメージではないため即座に魔剣の斬撃波で反撃。
 しかしフィルの姿が消え、またしても背後を取られた。

「もしかしてお前、それしか技がないのか?」
「て、てんめえ……」

 斬りかかろうとするフレイグだが風圧が強すぎて前に進みにくい。せめて相手が魔法を仕掛けてくれれば、と唇を噛む。

「こっちからいくぞ。お前の顔なんて長く見たくはないからな」

 フレイグにとって、フィルは願ってもない行動に出た。【風刃斬】という魔法を撃ってくれたのだ。
 本来は一つの風刃なのに無数の斬撃を放つ当たり、やはり異常だった。しかし……

「ヒャハハハハッ、死ぬのはてめーだ」

 フレイグは反射魔法をかけていたため、魔法の全てが術者本人に跳ね返っていく。フィルは冷めた眼光で戻ってくる魔法を眺める。
 ただそれだけなのに、何故か魔法が再び方向を変えてフレイグへ。今度は反射壁が耐えきれず破壊される。

「――ハ? 何でだああっ!?」

 風刃斬がフレイグの全身を切り裂く。中でも肘から下は二つとも切断された。

「単純な話だ。俺も反射壁を作っていただけのな」
「ば、化け物が」
「勝負が決まったところで幾つか質問をする」
「へへ、勇者と長女の話だな……死んでも答えねーよ」

 過去の経験から拷問が意味をなさない相手もいるとフィルは知っている。そこで土魔法を披露する。

「岩破弾だ」
「魔導書のより、さらにコントロールできるのかよ……」

 フィルが一センチの岩を出したことにフレイグは息を呑む。これほど小さいサイズをお目にかかったことはないのだ。

「まあ、これでも速度をあげれば強いんだが、今回はこれで十分だ」

 発射速度を絞った状態でフィルは石を撃ち、フレイグの肘下の切断面に軽く当てる。
 バシュ――
 不快な音がして腕が爆発したか如く吹き散った。

「あぁああああ……!」
「【風刃斬】で付着させた魔力が土の魔力に反発した結果だ。これを内部魔力反発現象と呼ぶ。地獄へ行く前に一つでも賢くなっておけて良かったな」

 その後、フィルは数発魔法を放ちフレイグを始末した。自宅の残骸地に戻ると、回復した兵士達が一斉に駆け寄ってきて絶賛する。

「あんたすげえや! あんな奴に勝っちまうなんて!」
「……近寄るな」
「え?」

 暴風が吹き荒れて兵士達が次々に地面を転がる。フィルは、頭痛がしてこめかみを押さえた。

【そのまま破壊しちまえよ】
【都合の良い時ばかり、ああやって寄ってくる】
【この十年、嫌なことばかりだった】
【意地汚いこんな世界、壊してしまおう】

 悪魔の声などではない。紛れもなく、もう一人の自分の言葉だ。破壊衝動がフィルの心を覆う。強者には尻尾を振り、弱者には横暴に出る。落ちぶれた者をあざ笑い、見下す。
 そんな人間達を生かす価値などあるのか?
 フィルは兵士達をまとめて殺せる上級魔法の発動準備に入った。
 そして――

 それが具現化されることはなかった。

 シエラとクナがフィルの胸元に飛び込んできたからだ。

「無事でよかったです」
「パパー、いたいとこない~? クナがなおしてあげるよー」

 娘達の肌の温もり、心地よい声音が、賢者ではなく父親としてのフィルを呼び覚ます。

「あぁ、俺は無事だよ。ありがとうな」

【あいつらを許すのか? 落ちぶれた賢者と嗤われていたぞ?】

「嗤いたいやつは嗤えばいい。それに、全員が全員そうじゃなかっただろう」

 シエラやクナはもちろん、ラッサンやミカエラだって引退賢者を見捨てはしなかった。

「世界の大部分が汚くとも、その中で小さな幸せを見つけて俺は生きていくよ」

 フィルは二人の愛娘の頭を撫でながら、今がその瞬間だと確信していた。

  ◇ ◆ ◇

 騒動から一週間が過ぎた。
 フレイグに不幸な目にあわされた者はいるものの、町や城の生活は以前と変わらない。強いて言うなら、フィル達が宿屋暮らしになったことくらいだ。
 王から手当てが出るので高い宿である。家暮らしの時より贅沢になった。
 しかしそんな生活も本日までだろう。
 フィルは謁見の間で、王の前で膝をつく。格好は旅人が着るようなローブ姿だった。

「王様、私はこれより妻と娘達を探すための旅に出ます」
「決意は、固いのだな」
「はい。今のところ、力を制御できると判明しましたので。それに、フレイグの言葉も気がかりです」

 勇者パーティが全滅したなどとフィルは信じない。しかし、魔族と何らかの接触があったのは確か。そして彼女達は今、国に戻ってこれないほど困難な状況だと推測できる。
 ならば亭主として、父として、自分がこの力を使うべきだとフィルは考えた。

「娘達はどうする?」
「連れていきます。二人もそれを望んでいます」

 心臓病と盲目、病状に不安はある。だがフィルは妻捜しの他に別な目的も立てていた。
 二人の病気を治す魔道具やアイテムを探したい、と願う。世界は広い。発見が不可能だとは感じない。

「カミュの後を引き継いで欲しかったのだが……仕方ないのだろうな。資金を与えよう」
「寛容な措置、感謝致します」

 旅の資金をいただいてフィルは城を出た。入り口のところにいたシエラとクナもすでに準備は整っていた。

「何だか、ワクワクしますね!」
「クナ、たのしみー!」
「二人とも、遊びじゃないんだぞ〜。危険なことも多いしな」
「でもパパといっしょにいられる、ずっと~」
「はい、それが一番嬉しいですよね~」
「ははは……実は俺もーーっ!」

 ガバッと二人まとめて抱きしめるフィルは、普通に親バカっぽかった。
 城下町の入り口のところでは、ラッサンとミカエラが見送りにきてくれていた。

「よっ。戻ってきたらまた酒浴びるように飲むぞ」
「俺が帰るまで、変な魔物にやられんじゃないぞ」
「当たり前だろ、俺はチキンだから今だにBランクなんだよ」

 なるほど、とフィルは大笑いする。それからミカエラにも感謝を告げる。

「山でのことや助言、感謝の言葉しかない」
「何だかんだで、リナーシャ様が選んだ人ですから。……今の貴方なら、無事にたどりつけると信じています。神のご加護がありますように」
「二人とも、また絶対会おうな!」

 仲間に見送られ、フィルと娘達はとうとう城下町を出発した。
 シエラを横に置いて、クナを肩車しながら大地をのんびりと進んでいく。親子水入らずの楽しい時間だったけれど、邪魔が入った。
 追いかけてきた輩がいたのだ。
 三人組の、ギルドでよく見た顔だった。

「ようオッサン」
「ガロンか……。久しぶりだな」
「噂聞いたぜ、旅に出るんだってな」
「見送りにくる仲じゃない気もするが」
「王様から資金もらったんだろ、少し貸してくれよ」

 へへへ、と下卑た様子の三人。そのブレなさにフィルは悪い意味で強い信念を見た。

「お前らはもう少し真面目に働け。だから三バカなんて言われるんだよ」
「何だとっ!」
「これは矯正訓練だ」

 ゴゴゴォオオオオ――と三人の足下が隆起して空高く上っていく。大地一部が突出して町でも見かけないほど高い、塔のような状態となった。

「わああああ、下ろせ、これ魔法か!?」
「正解だ、あと五分くらいで形状が崩壊する」
「崩壊? 崩れる……」

 上にいる三人は真っ青になった。
 土が崩れれば、当然三人は下に真っ逆さまだ。助かる高さじゃなかった。

「ゆ、許してくださいフィルさん。下ろしてください~っ」
「壁伝って勝手に下りてこい、三バカ」

 フィルは告げると、娘達とさっさと先に歩いていく。

「クナものぼりたい」
「クナには少し高過ぎますよ」
「そうそう、高いよ」
「のぼりたかったなぁ」
「パパがいっぱい遊んであげるから我慢しような」
「うん! 我慢する!」

 のんびりとした時間を楽しみながらフィルの一家は旅路を行く。
 三人で、壮大な世界を進んでいくのだった。

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