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ジェットコースターは徐行する

作者: 東雲青橙

 大学時代、私の働く遊園地には、大人気のジェットコースターがありました。


 終日満員、二時間待ちは当たり前。


 かくいう私もこのテーマパークに憧れてアルバイトをしている一人で、なんといってもここで働く人には福利厚生の一環で、週に一度は閉園してから自由にアトラクションを乗れる特権がありました。


 アトラクションが新しく併設された後では、誰よりもいち早く、アトラクションを楽しむという、夢のような権利さえあったのです。


 学生だった私はこのテーマパークの大ファンだったので、即座に仲の良い友人と二人で応募し、山のように高い倍率を越えて、夢のテーマパークで働けることになったのです。


 私は美装部という、パレードで使用する着ぐるみを運搬する仕事を担当していました。とくに、着ぐるみを運んだり、洗濯したり、たまにそれを着て風船を配ったり、とても楽しくやりがいを感じていました。


 友人はテーマパークの案内係を担当し、得意のスマイルを振りまいて、お客をアトラクションに円滑に誘導していたそうです。


 私たちのお目当ての日、そう深夜のアトラクション利用。それはこの遊園地で働いている、真の目的であり、私はとても楽しみでした。


 しかし、あくまでも仕事上での報酬。ただ楽しむだけでなく、各々の役割から自分達の意義や使命を実感するために、与えられた事実上の研修といった側面もありました。


 なので私は普段来ている着ぐるみを来なければならず、内心「面倒だな」と思いつつも従いました。


 友人は案内係が着るスマートな衣装のため、気軽そうで羨ましかったのです。


 今日、アルバイトでの業務が終わり、その仲の良い友人と二人で閉園後、“特権”で遊園地が使えるまでに、一時間ほど待ち時間があったので友人と遊園地の門から出てすぐのところにあるファミレスで食事をとりながら、時間を潰していました。


「私達、ここで働けるなんてすごく、ラッキーだったよね。なんせ、倍率は50倍以上あったんだから」


 私は、これから夜の遊園地で遊ぶことから、すこしばかり興奮して話していました。


「そうだよね、美保はおっきい着ぐるみを整理するんだよね、それってすごく大変そう、重そうだし」


 友人の雅美はいつも凛として、周りは冷たい印象を感じがちだが、私は彼女のこの率直に物事を伝えてくれることに安堵していた。


 テーマパークでのアルバイトのことは彼女から紹介してもらったもので、彼女の知り合いが勤務しているらしく、実際は高い倍率を運良く越えたというより、そのコネが働いたからだろう。


「美装部は確かに大変だけど、私自身が希望したことだし、それに好きなキャラクターを間近で見れるじゃん」


「そういうものかねぇ」


 雅美は首を傾げながら、注文したコーラをストローですすった。


 本当は美装部なんて、しんどい仕事より雅美のやっているガイドの仕事がしたかった。けれど、少し言葉に吃りのある私は、裏方の仕事につくことになった。


「私が今回なんで、あなたを誘ったと思う?」


「えっ」


 突然、考えさせられるような質問をされたので、美保は間の抜けた声が漏れた。


「美保に世間を知ってもらいたかったからよ。あなたアルバイト初めてでしょう。せっかくの大学生活、楽しまなくちゃ損よ」


「ありがとう」


 私は咄嗟に感謝した。


 これから楽しい夜の遊園地なのに雅美はどこか暗い面持ちだった。私の方をただ見るように、宙を見ていた。


「どうしたの、雅美?元気ないよ」


「ううん、大丈夫。それより、美保、あなたあのジェットコースターに乗ると思うけど、やめたほうがいいよ」


 私があのジェットコースターに乗るために、今回の仕事を引き受けたようなものなのに、なぜ美保はそれを引き止めるのか。


「どうして?何か問題でもあるの?」


「私も噂で聞いただけなんだけど、内装がまだ終わってなくて中途半端だから美保、幻滅しちゃうかも」


 ジェットコースターの遊戯には、直接関係のないことだったので、大雑把な私は気にもしないだろうと思いました。


「そんなことなら、大丈夫。私、まったく気にしないと思うから」


「私はあんなの絶対乗らないけど、美保だけ楽しんできて。もしかしたら、最初で最後かも」


「縁起の悪いこと言わないでよ」


 雅美にからかわれながらも、深夜の遊園地の開園時間に迫り、私達はファミレスを後にした。


 遊園地の従業員専用の更衣室でそれぞれ、“特権”を希望した従業員が各々の従事する仕事のユニフォームを着用する。


 周りをみると、私達と同じ年代の人たちが多い。考えることは同じらしい。


「よいしょ、この着ぐるみ重いんだよね」


 普段は美装部にある着ぐるみだが、この日のために許可を得て、更衣室まで運んできた。犬をチャーミーにしたキャラクターで名前はミッフスだ。


 ただ重いだけでなく視界は狭く、フィルターが入ってるので、白黒の景色になっている。


 だけど、今の私にはそんなことを気にもせず、存分に夜の遊園地を楽しむつもり。


 私はお目当てのジェットコースターに直行する。そのときに、私の腕を雅美が引き留めた。


「やっぱり、私は美保にあんなものにのってほしくない」


 突然の雅美のカミングアウトに私は動揺した。


「わかったよ、一度だけ乗ったらもう乗らないで、一緒にパーク内をまわるから」


「そういうことじゃないの。ううん、もういいわ」


 雅美はそれ以上私を引き留めなかった。雅美は引き留めた左腕に、遊園地の売店で販売している、キャラクターのメッセージシールを張り付けた。


「これは美保がジェットコースターをもっと楽しめるおまじない」


 シールには“たのしんで”とかかれていた。


「ありがとう、すぐ戻るから」


 私は雅美の腕を振り払い、ジェットコースターのあるエリアに直行した。


 雅美の言う通り、内装が未完成らしく開始地点と、線路の直下の庭にブルーシートが被せてあった。


 重たい体を引きずるように、乗車場までの階段を登るとき、私はウキウキとした、浮かれた気持ちを押さえきれず、慣れない鼻歌を歌っていた。


 乗車場には作業服を着た男性、おそらくシステムエンジニアらしき人が私をジェットコースターに乗せた。計らいで一番前の特等席に乗せてもらった。


 着ぐるみだと乗れないのかもしれないと思ったが、問題なく乗れるらしい。


 私の他に周りに二人いた。隣に座るのは私と同じ年くらいの男の子と、その男友達、二人は妙に静かで、どこか怯えるそぶりすら見せている。


 私はどこか不穏な感じがして、その男の子の肩を叩いた。


「どうかしたの、具合でも悪いの?」


 着ぐるみで発する声は、私の吃音を隠せるくらいこもっていた。


「だって、これどう考えてもおかしいだろう、ヘブンコースターだからってこれじゃあ、地獄じゃないか」


 そういいながら、男は指をさす。私は彼の言う地獄を確めるために着ぐるみの頭を脱いだ。なぜ今まで気づかなかったのか、そうか着ぐるみを来ていたからか……


 ムッとする鉄の臭いと腐乱臭が鼻をつき、前方にある線路と、コースター内は血にまみれていた。


 隣にいる男たちは無理矢理に乗せられたのだろう。もう怯えきっている。


 ジェットコースターはまだ発車していないため、私は体を固定する安全装置を力ずくで外そうとしたが、駄目だ外れない。


 ジェットコースターが動き始める、駄目だ逃げられない。進み始めたジェットコースターが登り進むとき、線路は所々、血で汚れている。


 左腕のおまじないは、よくみると赤字で“たのむからしんで”と上書きされていた。


 ジェットコースターはとまらない。私はどうしようもない奴だった。



_____________後日談

 どうやら、このテーマパークはジェットコースターの試運転で、事故が起きたときのシミュレーションを実際に行っていたようだ。

 もちろん、そんな狂ったことは許されるはずもなく、社会は徹底的に批判した。死者は八人確認され、テーマパークは刑事事件として、法的に裁かれ、メディアは“戦後史上最悪の集団殺人”と酷評した。

えっ、美保は無事でよかったねって?勘違いしないで、美保はまったく無事なんかじゃなかったわ。


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