9話 魔術師は学校でお披露目される
どさりと積み上げられた、倒されたモンスターの山にダンジョンの受付はとても驚いた様子だった。にもかかわらず、ミュールが心配していたような質問攻めにされるようなことはなく、事務的に下取り額を計算し、支払ってくれた。
「合計で1433枚になります」
銀貨で1433枚。予定より一桁は違う収入だ。
これなら来月の学費と生活費どころか3ヶ月は暮らしていけるだろう。
金欠に悩んでいたのが嘘のようだ。
なによりこれだけの収入が、たった一日で、しかも特別な幸運に恵まれたわけではないのに得られたということは、これからの収入源の少ない学生生活を送る上で、なんと心強いことか。
ミュールは「ぐふふ」と、笑みが溢れるのを我慢することができなかった。
「あの、何かご不満が」
「ああすみません、はい、その額で結構です」
声をかけられ我に返ったミュールは、赤面しながら書類にサインをした。
受付の男は書類を受け取ると、奥にある金庫を開け、中の銀貨袋と天秤を取り出し、テキパキと銀貨100枚ずつよりわけ、ぴったり1433枚の銀貨を手渡した。
「ありがとうございます。またお願いします」
「はい、こちらこそありがとうございました。都合の良いときは、またこのダンジョンにおいでください」
男は丁寧に頭を下げる。ミュールも軽く頭を下げると、ほくほく顔で街道へと戻っていった。
「いやはや見事なものだ。さすがはサクス校の特別クラスの魔術師か。まだ若いというのに、これほどのモンスターを倒すとは」
退治されたモンスターの量は、モンスターの加工品が主となる収入源であるギルドにとって、そのまま成績となる。
この集落の今月の成績は、ミュールのお陰で目標を大きく上回り、久しぶりに幹部から小言を言われずに済みそうだと、受付であり集落の管理者でもある右手の指のない男は、感謝の視線をミュールの後ろ姿に送った。
実際にはこれに加えてクラス5以上のモンスターであるグレータークロッタとブラッドハイエナの群れを討伐していたことを知ったら、さすがの彼も冷静ではいられなかったことだろう。
☆☆
休日が明けて、学校で呪文の暗記という授業を受け、お昼は疲れた頭に砂糖のたっぷり掛かったミルクパンを補給していたミュールの前の二人組の生徒がやってきた。
「あ」
その顔を見てミュールはつい声を出した。
彼女たちは昨日、ダンジョンの地下7階で助けた魔術師達だった。
まさかクラスメイトだったとは。
一日中ノートに向かって魔術を写す作業をしているとはいえ、クラスメイトの顔を見てもまったく気が付かなかったとは……。
「あの、ミュールさんですよね?」
「うん、そうだけど……」
じぃっと二人はミュールの顔を覗き込む。ミュールは困って視線を反らした。
「な、なにか私の顔に変なところでもある?」
「やっぱり間違いない」
「私達を助けてくれたのはあなたですよね!?」
詰め寄る二人の顔には確信がある。確かにあの時魔法で人間とは思えない姿になっていたが、顔や体格などはそのままだった。
どうするべきか。別にミュールは実力を隠さないといけない事情もない。
ネクロノミコンは面白がっているようだが、隠せとも隠すなとも言ってこない。
英雄の話なんかを聞くと、実力を隠していたという人の話も結構あるようだが、自分の場合はどうするべきかなんて選択、自分がするとは思わなかった。
ミュールは迷ったが、そもそもこうして迷っている時点で相手に正体がミュールだと教えているようなものかと開き直り、
「うん、そうよ。危なそうだから加勢したんだけれど……迷惑だった?」
と、微妙に無難っぽい回答をすることにした。
「とんでもない! それとこれ!」
青い髪をした、ダンジョンでは灰色のローブを着ていた魔術師がどさりと銀貨袋を机に載せた。
「な、なに?」
「あの時倒したグレータークロッタの群れの換金額よ」
中には銀貨が数百枚は入っているだろう。
グレータークロッタは大物だ。あれ一体だけで結構な額になったはずだ。
「いいよ、あなた達が戦った相手なんだから」
「ううん、ミュールさんが助けてくれなかったら私達は全滅していました、ですからこれはミュールさんが受け取るべきです。それに昨日は、あいつらに取り囲まれるまで私達も調子良かったんですよ。私達の取り分については心配しないでください」
「そういうことなら」
お金はあって困るものではない。わざわざ持ってきてくれたものなのだし、ミュールは素直に受け取っておくことにした。
「ミュールさんはすごいですね。適性検査でも成績2位ですし」
「そうなの?」
「知らなかったんですか!? クラス分け発表の名前は成績順なんですよ」
二人の外見は明らかに都会慣れしたものであり、魔術書も高価なものだ。田舎生まれのミュールには知らないこともたくさん知っているのだろう。ミュールは顔が赤くなるのを感じた。
そんなミュールの様子に気づくこと無く、青い髪の魔術師は話を続ける。
「あの魔法、見たこと無いんですけどどの魔術書の載ってあるものなんですか? もしかして誰かの魔術書を受け継いだとか」
「いや、その、中古で買った魔術書にたまたま……」
「なるほど、もしかして遺品オークションに出入りしているとか。あそこは凄いお金持ちじゃないと入れないんで私達もいったことないんですけれど」
彼女たちの話しているのは常識だ。
中古の魔術書といっても書いた魔術師が強力なら、中身も豊富な魔法が記されていると予測される。そうした魔術書が世にでるのは、その魔術師が死んだ時であり、そういった品々を巡って争いが起きないよう、魔術師ギルドが管理、販売している。遺品オークションはそういった品々を売るオークションであり、魔術師ギルドへかなりの寄付か貢献をしなければ参加すらできないというイベントである。
このオークションか、もしくは遺産相続か、いずれかでなければ強力な魔術書というのは手に入らない。
それが常識なのだ。
「ええっと、ねぇ、もう面倒くさいからネクロノミコンが説明してよ」
ついに説明を投げ出しネクロノミコンに助けを求める。
気味の悪い魔術書と思われるだろうが、変に勘違いされたままでも困る。ミュールは田舎の幼年学校で、たまたま魔力の素質があると判明し、村長さんからの融資もあってかろうじて入学金を賄えた田舎出身貧乏学生なのだ。
お金持ちの上流階級と思われて、一緒にコース料理の食べられるレストランに行こうと言われても困る。
「俺にか? そりゃいいが、余計に話がこじれると思うぞ?」
「いいのよ、もう隠すのが面倒くさい」
「分かった分かった、まぁやってみよう」
こそこそとネクロノミコンと会話するミュールの様子を不思議そうに眺める二人の魔術師。ミュールは小さく息を吐くと、ネクロノミコンを机の上に置いた。
「これが私の魔術書、ネクロノミコンよ」
「うわぁ……なんというか……雰囲気ありますね」
精一杯、遠回しな表現をしているが、二人の顔には嫌悪感が浮かんでいる。
まぁ立体感のある人間の顔をしている表紙なんて気持ちいいものではない。触れるとまるでうっすら汗をかいているかのように湿っているし。
「古き魔術書とはみな独特の雰囲気を持つものだ」
「しゃ、喋った!? え、腹話術?」
「違う、喋っているのはお前の目の前にある俺だ。魔術師は目にした事実から目を背けてはいけない」
「え、ええ!?」
「見ての通り、この魔術書は喋る魔術書だ。100年前の魔術師である俺の皮膚が使われている。俺の魔法を、我が未熟な主は受け継いでいるため、あのような魔法が使えたというわけだ。ご理解いただけたかね?」
「い、いや、何がなんだか、そんな魔術書聞いたことが無いです」
「今の魔術書には必要のない技術ではあるからな」
恐怖の表情を浮かべた二人を見て、ネクロノミコンに任せたのは失敗だったかとミュールは今更後悔していた。
だが、ミュールの後悔は、数日後にまったく正反対の形で裏切られることになった。