73話 少女はラファエラの正体を知る
「それで、その後は?」
シャドウがライラーを睨みながらたずねる。
「納得はちっともできないが、理由あってネクロノミコンを殺したことは分かった。で、それがなんでこんな世界になってるんだ?」
「弁解のしようもないわね。私たちはコーレシュを見誤った」
「見誤った? 師匠を裏切るようなやつに一体何を期待していたというんだ」
「彼には何も期待していなかった。私たちの目的はモウゼとバラムの両方を失わないこと。コーレシュの存在は問題にはなかった……はずだったの」
ライラーの目がわずかに揺れた。
「コーレシュの魔法の才能は平凡だった。バラムという一流の師匠がいたにもかかわらず、コーレシュという魔術師はどこにでもいる普通の魔術師程度と、私たちには見えていた」
千の魔術のコーレシュ。賢者の塔を率いるギルド長にして現代最強の魔術師。そう呼ばれるようになったのは、モウゼが魔王として討伐されてからだ。
「バラムが封印された後、これまで通りモウゼによって魔術師ギルドは運営されていた。バラムほど過激ではなかったけれど、モウゼもマナの枯渇を防ぐためにさまざまな手段を講じ、優秀な魔術師達を使って研究を続けていた。コーレシュはその研究に目をつけた」
「研究に?」
「マナが醒めるという現象は、魔法の歴史が失われるため何が起きたかを観測するのが難しいの分かるわよね? 社会には原因不明の事故として現れる」
シャドウは小さく頷いた。訓練所のマナが醒めたことで、魔術師達の訓練してきた歴史が消え、魔術師達の能力が低下してダンジョンでの事故が多発していたことが脳裏によぎる。
「それをコーレシュは利用した。これらの現象は、悪魔であるモウゼの陰謀だと喧伝して」
「はぁ? 悪魔って、そんなこと信じたのか?」
「現代を生きるあなた達には分からない感覚かも知れないわね。あの頃の人々は神や悪魔ともっと身近だったのよ」
神も、神に敵対する悪魔も、シャドウ達の生きる現代では忘れられようとしている概念だ。悪魔は、恐ろしい人物やモンスターを形容するための単語でしかない。それがシャドウのイメージだった。
「モウゼの秘密裏の研究、事故が起きる前に決まって動いていたモウゼの行動。これらも不利に働いたわ」
「マナが醒めることを防ごうとしているわけだから、マナが枯渇しつつある地域を調査しているのは当たり前だろう」
「それを知っているのはモウゼ側だけよ。私たち四英雄……このときにはもう勇者ピーノと無貌のフーが行方不明になっていたから、私と竜吠師アクラの2人だったけれどね。とにかく私たちはモウゼ側について彼を弁護した……だけど、何よりの失敗は、私たちはこの騒動を政治的な問題だと勘違いしていたことよ。コーレシュがモウゼと対決しようと考えていたなんて思わなかった」
「モウゼがコーレシュに討たれたんだな?」
「ええ」
ライラーはため息をついた。
「どういう方法を取ったのかは分からない。モウゼにはバラムから奪った魔法を封じる護符もあった。にもかかわらず、モウゼはコーレシュに殺され、コーレシュは魔術師ギルドの英雄となった」
「当時を実際に見たお前も、馬鹿弟子がモウゼのやつを倒したと考えているのか?」
ネクロノミコンの質問にライラーは頷く。ネクロノミコンは信じられない様子で唸った。
「俺はてっきり、お前たちが中心となってモウゼを倒したのかと思っていた」
「いいえ、私たちはモウゼ側だったし。戦いの場にいなかった。事態に気がついたときには、モウゼ
の首を掲げるコーレシュを、人々が賞賛していたわ。何もかも手遅れだった……最悪の失敗よ」
ネクロノミコンはじっと考え込むが、やがて諦めの声を漏らす。
「方法はわからんが、コーレシュのやつはモウゼを倒し、魔術師ギルドを支配した。そして今に至るというわけか」
「ええ。モウゼの方針を捨て、コーレシュは地上のマナを枯渇させる方針に切り替えた。ダンジョンから手に入ったダンジョンコアやマジックアイテムを賢者の塔がすべて買い取る規則に変え、それらから抽出したマナで賢者の塔だけが魔法を独占できるように世界を作り変えていったわ」
「くだらんことを」
「竜咆師アクラはドラゴン達と共にコーレシュに戦いを挑んだけれど、戻ってこなかった。彼女の拠点だった、地上に残る最後の竜の山は、賢者の塔の魔術師によって破壊された。恐れられていた竜たちも、マナの枯渇で以前のような力は無かったの。あそこにいたのは静かに滅びの時を待つ優しい竜達だった。あの美しい鱗を持つドラゴンがまどろむ高原は、もう誰も憶えていない」
ライラーは静かに首を横へ振った。昔の郷愁を振り払おうとしているようだった。
「最後に残った私は、ウルの地下にこうして隠れ潜みながら反撃の機会を伺っていたの。いつかミュール、あなたのような魔術師が現れるその時まで」
シャドウとシャドウの向こう側にいるミュールは不愉快そうに驚いた。
「成長したあなたに、私たちはバラムを、ネクロノミコンを託そうと考えた。コーレシュに警戒されないよう、ゴロツキに等しい傭兵にバラムの居城である竜骨城の場所と罠の外し方を教えた。そして、サジェスチョンの魔法で手に入れた本をあなたに売るようにしむけた」
「なんだと……あんた一体」
ライラーはシャドウの手を取る。
「そして、あなたはここまで来た。直接会えないのが残念だけれど、あなたは私が思っていたよりずっと力強く、そして誇り高く育ってくれた。気難しいバラムと、あなたがここまで深い絆で結ばれるとも思わなかった」
「一体何の話を」
「あなたは……」
「待ってくれ」
☆☆
ライラーの言葉を遮ったのはラファエラだった。
深淵で、ラファエラは少し俯いた後、決心した表情でミュールの前に立つ。
「ラファエラ?」
「ライラー。そこは私に話させて欲しい」
「ええ、良いわよ」
映像の向こうからライラーが答える。
ミュールは少しの不安が混じった表情で、ラファエラを見た。
「黙っていてごめん。そして、こんな私のことを信じて今まで友達でいてくれてありがとう。私も……本当のことを話すよ」
ミュールはラファエラのこのような表情を始めてみた。
ラファエラは怯えていた。
「深淵で生まれた君を……地上に連れていきリナール村に預けたのは私なんだ」
「え……」
「あの日、君の母親の亡骸から、君の鳴き声がした時は驚いたよ。そして君の中にある美しい魔力の輝きを見たときはもっと驚いた。君こそが、私たちが望んだ魔術師だと直感した。君を死なせないために、私は地上にいたライラーのもとへ向かった。私は君とずっと一緒にいたかったが、ライラーは人間の中で育てるべきだと主張した。私は君をリナール村へと連れていき、そして別れた」
「で、でも、ラファエラは私と同じくらいの歳でしょ!? それに深淵で別の魔術師と出会うことは不可能じゃないの!?」
ラファエラは、ためらいながら自分の髪に手を触れ、髪の中に隠れているものをミュールに見せた。
そこには、折れた角の跡があった。
「騙していてごめん。私はアルテナ共和国の出身じゃない。人間風にいうのなら、“ラファエラ・ダンジョン”という名になるだろう」
「だ、ダンジョン? それにその角」
「ライラーと私が似ているように見えたのも当然さ。人間と違って、モンスターの個体外見差は少ない。モンスターの顔はどれも同じに見えるだろ? バリエーションが少ないんだ」
ラファエラはおどけたように言うが、その言葉は少し震えている。
「ラファエラ……あなたはもしかして」
「私達はミノタウロスなんだ。ダンジョンで生まれたモンスター。それが人間の振りをしているだけなんだ……驚いたかな」
ラファエラの目にはいつものような自信に溢れた力がなかった。ミュールを見るその瞳は弱く、ゆらゆらと揺れていた。
答える代わりに、ミュールはラファエラを抱きしめる。
ラファエラは驚いて言葉を無くしていた。
「ごめんラファエラ、もっと早く気がついてあげていれば良かったね。そうしたら、ラファエラがそんな顔することもなかったのに」
「ミュール……君は……」
「あなたが私を助けてくれたおかげで、私はこうしてあなたと抱き合える、言葉を交わせる。ありがとうラファエラ」
「君は……本当に……素敵な女性になってくれたね……」
ミュールはラファエラの目に涙が浮かぶのを始めて見た。
「君の人生に、私やライラーはさまざまな影響を及ぼし、ネクロノミコンとの出会いも仕組まれたものかもしれない。だが、ミュール、君という人間でなければ今日という日はまったく別のものになっていことだけは間違いない。本当の奇跡とは、きっと君という人間が私たちの世界に現れたこと、そのすべてなんだと私は思う」
ラファエラはミュールに抱擁を返した。
「ありがとうミュール。君と出会えて、君が素敵な女性に育ってくれて、こうして君と友人になれて、私はダンジョンの外にも幸せがあると知ることができた……ありがとう」
ラファエラはミュールの体温を感じながら、そうミュールにささやいたのだった。
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