70話 魔術師は旧友との再会に怒る
椅子に座って向き合うと、ライラーの顔のパーツやその配置が、ラファエラのものと全く同じであるとよく分かる。
シャドウは感心して小さく声を上げた。ライラーはニコリを笑う。
「お二人とも、“紅蓮の従者教団”へようこそ。歓迎いたしますわ」
紅蓮の従者教団。炎の魔術に神秘性を見出し、炎の魔術を極めることを目的とした魔術教団である。
奇妙な縁があるものだと、シャドウは感慨深い思いを感じていた。
最初、ネクロノミコンを買う前に、書店で買った魔術書が、紅蓮の従者の教団員が使っていた中古の本だった。あの本が気に入らなかったから、ネクロノミコンと出会えたと言える。
教師のハオンとの決闘騒ぎもそうだろう。ハオンはミュールに決闘を持ちかけたのは、ミュールを紅蓮の従者教団に誘うためだった。
あの決闘で起こったマナの少女の襲撃によって、ネクロノミコンはマナを枯渇させる禁じ手を使わざるを得なくなり、その余波で魔術師達が訓練してきたという歴史の一部が、失ったマナとともに醒めてしまった。
魔術師達は訓練の経験を失い、自分でも知らずに弱体化してしまい、ダンジョンで事故を起こしてしまう。その責任を、魔術師ギルドは冒険者ギルドに押し付け、2つのギルドの抗争が本格化する。
そして冒険者ギルドが追い詰められた今、また紅蓮の従者教団がこうして目の前に現れたのだ。
「偶然かな」
「そう思いますか?」
四英雄最後の生き残り火巫ライラー。
彼女はシャドウの顔を見てくすりと笑う。
「さて、ではあなた達のことを教えてくださいな」
「ラファエラから聞いていたのでは?」
「困ったことに、あの子はあなた達に義理立てして、詳細を私たちに明かさなかったのです。おかげであの子は私たちの間では立場が悪くなっています。私もあの子のことは買っていますので、できることなら今の状況を早く改善してあげたいと思っていますのよ?」
ランカースが探るような目で、ライラーの顔を見る。だがその表情から心の裏を読み取ることはできなかった。
(人を見る目には自信があったのですが)
自分の目の前にいるのは、あの四英雄なのだ。ランカースは膝の上に置いた手が、汗で濡れるのを感じていた。
「ランカースさん、全部話していいかな」
「本気ですか? この方が信用できるか何も分かっていないのですよ?」
「でも、この人は私達の急所である、“私が何者か”について分かっているみたいだ。それ以上に知られちゃいけない秘密も無いんじゃないか?」
最初に言った「以前お会いしましたね、お互い今の姿ではありませんでしたが」という言葉。これは、アカド王子の姿をしているシャドウの正体がミュールであることを知っているということを意味している。
もしこの事実を魔術師ギルド側に知られれば、ミュール達の計画は水泡に帰すだろう。
「この人は味方にするべきだと思う。少なくとも魔術師ギルドと敵対しているうちは」
「……そうですね、分かりました」
ランカースは少し驚いていた。ミュールは天才魔術師であるとは思っていたが、精神的には普通の少女だったはずだ。そのミュールのコピーであるシャドウも、アカド王子の姿をしているが、中身はミュールと同じ。男のような口調も、ランカースやアカド王子から教えられた後付のものだ。
それが、いつのまにかこうして自分の意見をはっきりと口にするようになった。その声と口調には、ランカースですら頼れると感じてしまう力があった。
(立場が人を作るというやつでしょうか)
シャドウが王子となってまだそう日が経ったわけではないが……。
「方針は決まったか。それじゃあ、俺も話に混ぜてもらおうか」
マナがざわめき、シャドウの周りで渦巻いた。
瞬きすればそこには、ネクロノミコンの幻影があらわれる。
「久しぶりだなライラー」
「ええ、旧き友よ。こうしてまた再会できたことを嬉しく思います」
その言葉を聞いて、ネクロノミコンは目をカッと見開き叫んだ。
「お前! 人のこと殺しておいて何が旧き友だ!」
紙の身体を持たない幻影なので、今のネクロノミコンある程度動くことができる。
ネクロノミコンはライラーの眼の前に飛び上がり、涼しそうな顔をしているライラーを睨みつけた。
「仲間だった頃は、志を同じくする生涯の友とか平然と言ってた癖に、俺を殺す時は一切躊躇しなかったよな!? アクラやフーのやつは戦いにくそうにしていたのに!」
「あの時は悪いことをしたと思っているわ。反省しているから許して」
「なんだその軽い謝罪は! お前は本当信用できないやつだな! 他に頼れるヤツがいれば絶対お前なんかの手は借りないところだぞ!」
「そんなことは無いわ。私は理由なく裏切ったりしないもの」
ネクロノミコンの剣幕など、どこ吹く風という様子で、ライラーはニコニコと笑みを浮かべている。
シャドウはその様子に呆気にとられていた。
「それで、バラム。あなたも私と共同戦線を組んでくれるのかしら」
「仕方ない。お前の性格はちっとも信用してないが、お前が我々に手を貸す理由については信用している。俺も手を組むのには賛成だ」
「それは良かった。終わったらまたパイを焼くわ」
「そういうとこだぞお前! 俺がもう食べ物を口にすることができないことを知っているだろ!」
シャドウ達と話していたときは、感情のゆらぎを一切見せなかったライラーが、ネクロノミコンと話すときは、目を細めてコロコロと笑っていた。
殺した者と殺された者の再会。それにしては、あまりに朗らかなライラーの態度。
その姿にはライラーがネクロノミコンのことを旧き友と言ったのが、嘘ではないことが分かる。ライラーはネクロノミコンと再会できたことを本当に喜んでいるのだ。
だからこそ、シャドウは、ライラーの精神の異質さをひどく不気味に思ったのだった。
☆☆
「なるほど、そういうことでしたか」
ネクロノミコンから話を聞いて、ライラーは頷いた。
「そこまで話が進んでいたのですね。私たちが50年かかってできなかったことを、復活してからほんの数ヶ月でここまで進めるとは。さすがは魔術三系の王バラムね」
「お前が消極的過ぎるのだ。他人に頼らず自分で動けばいいものを」
「どうも先頭に立つというのが苦手なのよ」
「お前のわがままに振り回される紅蓮の従者教団の連中が不憫でならんな」
「それで、ライラーさんはどう協力してくれる?」
シャドウに言われ、ライラーは「そうですね……」と呟き、少し考えてから話し始めた。
「紅蓮の従者教団の教団員全員に冒険者ギルドをバックアップするように支持を出すつもりです。もしあなたが襲撃されている状況ならば、ウルにいればどこでも逃げ道を提供できるようにします。私たちの情報網も提供しましょう。賢者の塔に所属する者こそいませんが、賢者の塔の様子を探れる地位にいる者もいます。多くの情報をあなた方に提供できると思いますよ」
「ありがたいけど、それだけしてくれる見返りは?」
「私の目的はあなた達と同じです。魔術師ギルドが行っているダンジョンの管理方針を変えること。なので、見返りは結構。すべてが解決した時、ダンジョンコアを攻略し、次々に解放していく方針にしていただければそれで十分です」
ランカースは真意を探ろうとライラーの目をじっと覗き込むが、ライラーは上品に老いた顔に穏やかな笑みを浮かべるだけで、その真意は何もわからない。
「大丈夫です。私が現時点ではあなた方の敵になりえないことを、バラムが……あなたのネクロノミコンが保障してくれるでしょう」
「ふむ、まぁそうだろうな。こいつは他人を裏切っても平気なヤツだが、感情や保身で人を裏切ったりはしない」
ネクロノミコンの言葉を聞いて、シャドウはうなずいた。
「ならば信用していいかな」
「ありがとうございます」
「しかし、なぜライラーさんも魔術師ギルドと敵対を?」
「私もそのネクロノミコンと同様に、この世界から魔法が消えゆくことを防ごうと研究している魔術師の一人なのです。なので、今の魔術師ギルドの方針は相容れないの」
「……だったら、なぜネクロノミコンと戦ったんだ」
シャドウの目が鋭くなる。これまでは、魔術師ギルドに対抗するための方法を、冷静に話していたが、シャドウの内心にあった感情がつい吹き出したのだった。
「ネクロノミコンは、ずっとこの世界を救う方法を研究してたんじゃないか。そのネクロノミコンを殺して、研究を頓挫させたのは、コーレシュだけじゃない。あなただってその一人だ」
「……そうですね、少し昔語りをしましょうか」
シャドウが見せた敵意を前にしても、ライラーは表情を崩すこと無く、まるで世間話でもする時のような、朗らかな笑顔のままだった。
ライラーが敵ではないことは、シャドウも理解はしていたが、やはりどうしても好きにはなれないと感じていた。




