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100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる  作者: ざっぽん
第1章 100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる
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7話 魔術師はミノタウロスに出会う


「だめだな、二階に降りよう」


 何度かアルミラージやブルースライムといったモンスターと戦い、収入は思ったより良さそうだと顔を綻ばせていたミュールとは対象的な様子のネクロノミコンがそう提案した。


「まぁいいわ、時間にも余裕がありそうだし」


 マップを見ながら階段の方へと進み、やはり薄汚れている階段を降りていった。

 地下二階も地下一階と同様、どこも薄汚れていて、カビ臭い空気が漂っている。

 人間のような顔がついた蛇のブラックナーガやジャイアントアシッドスラグ(大強酸なめくじ)といった新しいモンスターもいるが、どれもネクロノミコンから放たれる魔法の前には、何ら障害にもならなかった。


「弱い」

「そりゃ私は魔術師だもの」


 そう言いいながらも、ミュールは興奮を顔に出さないようにするのに必死だった。

 初めてのダンジョンでこれほど収穫があるとは思わなかった。これだけのモンスターがいれば来月の学費と生活費合わせてもお釣りが来るはずだ。

 他の魔術師がどれくらいダンジョンでモンスターを倒すのかは、噂にしか聞いたことが無いが、5回程度の戦闘で地上に戻ると聞く。弱いモンスターばかりとはいえすでに10回以上の戦闘をこなしている自分は、もしかして優秀な魔術師なのではないだろうか。ネクロノミコンというズルがあるとはいえ……。

 そうミュールが密かに思ってしまうのも無理のない収穫だった。最もネクロノミコンにとってはそうでもないのだが。


(コーレシュ、どういうことだ、この状況はまずいぞ)


 かつての弟子の方針は、バラムには到底信じられないものだ。マナは有限である、魔法を使うたびに、それどころか“魔術師が生まれる度に”、マナは消耗されていく。唯一マナを地上に戻す方法は、深淵から生み出される数多のダンジョンを攻略し、ダンジョンに蓄えられたマナを開放する以外無かった。

 それであっても、地上のマナが年々失われつつあることはバラムの時代でも明らかであり、多くの賢者達が、その対策を研究していたはずだった。


 だが、この世界にその研究の跡は見られない。少ない魔力で魔法を使うため、最小限の魔力を制御につかい地上のマナを使って魔法を使う魔術書が唯一の魔法となり、その僅かな魔法を使うことすら魔術師という選ばれた才能が必要な有様だ。

 地上のマナが枯渇していけば魔術師の数は減り続けるだろう。そして最後には……バラムが発表し、魔術師ギルドから追われる原因となった、あの仮説……“魔法が醒める”ことが正しいと証明されるだろう。

 この枯れ果てているダンジョンの有様を見て、ネクロノミコンは肉体を失った今ではするはずのない、目眩を感じたような気がしていた。


 通路を歩いていたミュールの視界で、何かがきらめいた。


「あ、何か落ちてる」


 地面には銀色に光るメダルが転がっている。

 ダンジョンが生成した魔法のアイテムだろうか? ミュールは駆け寄った。


「おい気をつけろ」


 ネクロノミコンが慌てて警告するが、ミュールが立ち止まる前に床が崩れる。


「あ、あれ?」


 慌てて飛び退こうとするが、ミュールの体は地下三階へと滑り落ちていった。


「魔法を!」

「ウィング!」


 ネクロノミコンに言われて慌てて翼の魔法を唱える。だがこの魔法では咄嗟の状況で空を飛ぶことはできず、落下速度を軽減しただけで終わった。


「イタタ……」


 怪我はなかったが、ミュールは崩れた床にまみれてしまった。


「気をつけろ、周りに居るぞ」

「周りって……あっ」


 周りを見ると、ミュールは粗末な槍を持った牛頭の怪人達で囲まれている。


「動くな!」


 怪人達は鋭い声でそう言った。


「ミノタウロス……」


 その怪人達の名はミノタウロス。

 ダンジョンで唯一知性を持つとされる生き物達だった。


☆☆


「魔術書を捨てろ!」


 ミノタウロスはそう命令する。

 槍の切っ先を突きつけられ、ミュールは小さな悲鳴をあげた。


「な、なんで、ミノタウロスはマッパーが全滅させたはずじゃ……」

「生き残りがいたんだろう」


 こんな状況だというのにネクロノミコンは面白そうだ。


「ミュール、この程度窮地でもなんでもない」

「何を……」

「この俺と絆を結んでいる以上、お前を傷つけられる者など深淵の最奥にしかいやしないことを知るのだ」

「この状況で自信満々なのはいいけどね……」


 魔法を発動しようとすれば目の前の槍は容赦無く突き出され魔法が発動する前にミュールの若い頭蓋骨は見るも無残な損傷を負うことになるだろう。

 罠による衝撃から武器の間合いにまで詰める。このミノタウロスは魔術師との戦い方を知っている。ミュールは恐怖で倒れそうだった。


「おい、ミノタウロス!」


 だがそんなミュールの恐怖など知らないかのようにネクロノミコンが大声で叫んだ。


「ひっ!?」


 恐怖を感じていたのはミュールだけではない。ミノタウロス達も魔術師を相手に恐怖していた。すでに彼らの部族に巫術師シャーマンはおらず、魔術に対抗する術は存在しない。

 恐怖から反射的に突き出された槍がミュールの眉間を貫いた。


「あ……」


 誰もが恐れるその瞬間になったときは、逆に冷静になるものかと、ミュールはそんなことを考えていた。


 だが致命の時は訪れず、槍は音を立てて砕けていた。鉄の穂先も含めてだ。


「な、なんだと!?」

「無駄だミノタウロス。我が魔術師は神代の武器でしか傷つかぬ」

「だ、誰なんだお前は!」

「俺は喋る魔術書だ。槍を降ろせミノタウロスよ。こちらに戦うつもりはない。俺は古き時代の魔術師だ。ミノタウロスが魔術師の友だった時代を知っている」

「……!」


 ミノタウロスは槍を捨てた。ダンジョンに乾いた音が響く。

 すぐにミノタウロス達は平伏した。中には泣いている者もいた。


「何この状況」


 ただ一人、ミュールだけは状況が何一つ分からず、そうつぶやくのだった。


☆☆


 落とし穴を落ちた先からさらに下へと下り、6階南西エリア。そこのかつては宝箱が配置してあった部屋に、ミノタウロスの残党は小さな集落を築いていた。

 数は12人。ミノタウロスの好む武器である斧すらなく、人間が捨てていった道具を分解して、槍の穂先を作ったり、金属片を裁縫の針へと加工したりなどしてなんとか生活を維持しているようだ。

 その暮らしぶりは決して文明的とも文化的ともいえない。魔術の都ウルはもちろん、ミュールの故郷と比べても、一切の魔法が存在しない彼らの生活は、ミュールの目にはただ野蛮なものとしか映らなかった。


「サイラス老は元気かね?」

「随分前に現界してそれっきりです。死んだという便りもありませんが、私も現界してからは、深淵の情報は入ってきませんので」

「そうか、苦労しているな」

「はい、時代は変わりました」


 ミュールを置いてきぼりにしたまま、ネクロノミコンとミノタウロスのおそらくリーダと思われる青年は、親しく話している。

 ミュールにとっては色々聞きたいことがあるのだが、それがあまりに多く、そして自分のこれまで培ってきた常識の外にあるこの光景に、何を聞けばいいのか分からないまま、ミノタウロスの後をトボトボ歩いているのだった。


 ミュールの知る限り、ミノタウロスというのはダンジョンにのみ生息する人型生物で、唯一人と交渉のできる程度の知性を持っている。他のモンスターは、例え会話ができたとしても、あるいは高度な軍隊集団を組織していたといしても、その思考形態は人間のそれとは全く異なるもので、ある研究者が言うところによれば、『彼らは、“そこにある”という概念も“1+1=2”という概念も持ち合わせていない』ということだ。

 ミュールは、言葉の意味は分からなかったが、その研究者の結論である、ダンジョンのモンスターと地上の生物とは明確な境界線が存在し、相互理解は不可能であるという言葉については理解できた。

 モンスターは人に懐くことなど無く、モンスターと人は戦うより他にコミュニケーションを取ることはできない。


「そうではないのだ」


 いつの間にか口に出していたのだろうか、ネクロノミコンがミュールの思考に異議をとなえた。


「モンスターはモンスターの理論がある。彼らは天使的なのだ」

「は? 天使的?」


 ミュールの想像にも無かった単語だ。


「モンスターは実は生存に必要な栄養をすべてマナによって供給されている。ただいるだけで、生命の根本的な欲求である生存欲を満たせてしまうのだ。また死という概念も我らとは異なる。彼らにとって死とは、マナというエネルギー体に戻るだけの事にすぎないのだ」

「つまり彼らは魔法の世界にいきているのね。魔法を使えないモンスターが殆どなのに」

「そうだ。僅かに魔法を使えるモンスターも、あれは我々の魔法とは仕組みが全く異なるものだ。疑似呪文スペルライク能力と、古い魔術師達は呼んでいたのだが……」


 ミュールは知らないと首を横に振った。


「そうか。話が逸れたな。で、天使的という意味について戻るが、モンスターにある欲求とは、神から与えられた使命を果たす天使のように、モンスターの行為そのものに目的があるのだ」

「行為そのもの?」

「ダンジョンに来たものを排除する、倒れた死体の道具を剥ぎ取り定められた位置へ持っていく、一つの部屋に留まり続ける。そうした行為を滞りなく行うことに欲求を感じているのだ」

「……どういうことかは分かったけれど、モンスターが何を考えているかは分からないわ」

「我々は人間だ。神に従う以外に何の存在目的を持たぬ天使の心は想像するより他にない。今の説明だって彼らの心をどれだけ捉えているのか」

「ミノタウロスは違うの?」

「彼らはマナに浸っている時は、モンスターと同じく生存という鎖から解き放たれる。しかし、ダンジョンが発生したときにマナから生物として現れると、私はこの現象を現界と呼んでいるのだが、我々と同じように食事や睡眠といった生命維持活動をしなくてはいけないのだ。そのため、やはり思想的には大きくかけ離れて入るものの、我々の価値観でも交渉が可能というわけだ」


 それは、ミュールには聞いたことのない理論だった。ネクロノミコンの言っていることが正しいのか、ミュールには分からなかったが、今こうしてミノタウロスの集落に招かれていることが、まず現代の魔術師達ではできない芸当なのは確かだ。


「大方予想はつくが、一体何が起きている?」

「はい、我々の集落だけではないのですが、ダンジョンが解放されないため、深淵に帰還できない者が増えております」

「やはりか……おいミュール」

「なによ」

「俺はミノタウロス達と大事な話をしてくる。俺をこいつに預けてくれ」

「預けろって!?」


 魔術師にとって魔法を発動するために必要な魔術書は、剣士の剣などよりもさらに重要なものだ。これが無くては魔術師はただの人間と変わらない。


「無理無理! こんなところに丸腰でいろっていうの!」

「心配なら魔法をかけておこう。補助魔法だ」

「ええっと、エレメンタルフォーム? なにこの魔法……」

「ほれ発動するぞ、望め」

「い、いやちょっと待って」


 ネクロノミコンは彼女の魔術書なしでは不安ということを解消したいという望みを取り出し、彼女のマナとダンジョンに残った搾りカス、それでも地上より豊富なマナをかき集めた。

 ミュールの身体は激しい熱を帯び、髪は紅蓮の色を帯びた。赤褐色の皮膚は輪郭が揺らめいている。ミュールは炎となっていた。


「何よこれ、こんな魔法知らない」


 これまでも、ネクロノミコンが使う魔法は常識を超えたものが多かったが、今回のは自分の身で起きたことでもあり、ミュールを驚かせた。


「この希薄なマナの中、炎の女王の姿になれるとは」


 ミノタウロス達が感嘆し、再び平伏した。今度はネクロノミコンにではなくミュールに対して。


「それじゃ、あいつに俺を渡してくれ」

「え、あ、あの」

「その姿ならこのダンジョンの深度程度のモンスター敵ではない。俺はしばらく時間がかかるから、学費稼ぎの続きをしておくといい」

「で、でも……」

「なんだまだ何かあるのか?」

「あなたは私の魔術書なんだから……その、そのままいなくなったりしないわよね?」

「もちろんだ、魔術師との絆は俺の方からはでは断ち切ることができない。それに俺には魔術師が必要なのだ」

「ならいいけれど」


 ミュールはまだためらいながらも、ミノタウロスにネクロノミコンを預けた。


「古い本だから、丁寧に扱ってね」


 ミュール自身は、これまでそれほど丁寧に扱ってはないだろうがとネクロノミコンは思ったが、黙っていた。

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