66話 シャドウとウルのファランクス
長らくおまたせしてすみませんでした、今日から更新再開です!
ミュールの決意はシャドウの決意でもある。
あるのだが、こうして天蓋つきのふかふかの王族ベッドで目を覚まし、枕元のベルを鳴らせば朝食“前”の軽食としてワインと果物が運ばれてくる至れり尽くせりな環境にいると、そういった決意が、同じ視点を共有しているはずのシャドウからは、ぼやけてしまう気がした。
「それに、ここにいたら太りそうだ」
ミュールの方は毎日、ダンジョンの中を神経すり減らしながら進んでいる。
ソレに比べて、いい加減王宮での生活にも慣れ始めていたシャドウは、身体が鈍っていく気がしていた。
「今日は午前中の予定は無かったな。ちょっと体を動かすか」
シャドウは動きやすい服に着替える。
向かう先は、王宮から離れた場所にあるウル王国兵の訓練所。
「タァッ!!」
「セイッ!!」
筋骨隆々とした男たちが、先端に布を巻いた訓練用の槍と木製の大盾を持って訓練している。
実戦さながらに槍と盾で戦う姿は、さすが、魔術時代にあっても栄えある精鋭、ウルのファランクス兵たちだ。
魔法時代の戦争において、ウルの将軍たちは、密集陣形が最良だとされている。魔術師同士による魔法戦において、味方の魔術師の防御魔法の範囲内、部隊の歩兵がすべて収まるように。
魔術師を随伴しない民兵などは散開して、魔法で一撃粉砕されないような戦術を取ることもあるが、散開した兵では槍を構えたファランクスを突破することはできない。
ファランクスの苦手な、距離を取りながらの弓や投槍といった射撃戦においても、魔術師の簡単な魔法ですべて防がれてしまう。
魔術師の対応速度を超えて機動攻撃してくる、戦車や騎兵の部隊に対しても、ファランクスであれば突き出された槍によって防ぐことができる。
唯一の問題は、魔術師戦で敗北し、敵の魔法が直撃することだが、魔術師の防御が完全に破られる前に、敵に接敵し、お互いに広範囲にわたる魔法を使えなくするという戦術で防ぐことができる。
「これは殿下。このようなところにお出でいただき恐縮です」
シャドウの姿に気がついた兵長は、訓練している兵士にあわてて敬礼の姿勢を取らせると、シャドウのもとへと駆け寄った。
「いや構わん。訓練を続けてくれ、邪魔をするつもりは無かった」
「はっ、全員再開!」
戸惑っていた兵士たちも、再開の掛け声を聞き、槍を構えるとすぐにシャドウの視線を忘れたかのように、機敏な動作で訓練を再開した。
「大した集中力だ。よく訓練されているな」
「はっ、ありがとうございます!」
だが直接シャドウと応対している隊長だけは慣れない応対に汗をかいて、緊張しているようだ。
「すまないが、私も身体を動かしたくなってね。槍を一本と、訓練所の隅を借りたいんだが」
「殿下が?」
「ああ、用意してもらえるかな?」
「それは構いませんが……普段使われている競技場でなくてもよろしいのですか?」
「う……」
痛いところをつかれたとシャドウは口ごもる。
王族や貴族が身体を動かすためのスポーツの場は別に用意されている。ここのように汗臭くなく、花壇からは花の香りがして、いつでも飲み食いできるように、料理人と給仕が待機している。
そこでは主に、球技や乗馬、レスリングといったスポーツが行われる。
が、一度覗いてみたものの、田舎育ちの記憶を持つシャドウには、どうも苦手な印象だった。行われているスポーツに馴染みがなかったり、男の貴族と半裸でつかみ合うレスリングなんてやる気になれなかったりというのもあるが、なによりあの場が社交の延長上にあるというのがシャドウには面倒くさそうに見えた。
わざと手を抜いて負ける貴族の姿や、それで喜ぶ王族の姿など、ミュールであるシャドウの価値観からすれば到底、見てて楽しいものではない。
「私は社交ではなく身体を動かしたいんだ」
シャドウは少しおどけて言った。
一瞬、隊長はポカンとした顔をし、
「ブフッ!!」
盛大に吹き出した。
「し、失礼しました」
慌てて謝る隊長に、シャドウは気にするなと笑う。
「まさか殿下のような方からそのようなお言葉を聞けるとは。わかりました、すぐに槍をお持ちしましょう」
隊長は訓練用の槍を一本持ってくる。
長さは2メートルを少し越えるほど。本来は両手持ちで使うべき長さだが、ウルのファランクスは片手でこれを扱えるよう鍛錬する。
戦場では方形の大盾を左手に持つ為、この自分の身長より長い槍を片手で扱えなくてはならないのだ。もちろん、両手持ちでの操法も学ぶ。
長い槍を持つと、シャドウは懐かしさがこみ上げてくるのを感じた。
故郷のリナール村には、元ファランクスだった老人が、村の自警団の教官をやっていた。
自警団といっても、団員がたまに老人の訓練に付き合うだけのものだ。武器も木の棒に鉄のナイフをはめ込んだだけの槍や、木の板に腕を通す紐をつけただけの盾だ。
もっぱら仕事は、村の周囲にあらわれた猛獣の駆除。あとはゴブリンや盗賊が近くに来た時、これみよがしに訓練することで手を出させないようにする抑止力だ。
シャドウの知る限り、リナール村の自警団が実際に人間と戦ったことはないはずだ。
シャドウは上着を脱ぐと、片手で槍を持ち、記憶を辿りながら一連の動作を繰り返す。
長大な槍は振り回しているだけでも体力を消耗し、汗をかく。
(慣れない剣より、こっちの方がいいな)
片手で付き出した槍がブンッと音を立てた。
「よし」
だんだんと思い出してきた。シャドウはもう一度最初から動作をしようとした構え直す。
その時、
「それまで! 訓練休め!」
隊長の声がした。
どうやら休憩時間のようだ。兵士たちは、疲れ果てた様子で床に座り込んでいる。
「やはり本職の訓練はすごいなぁ」
ミュールであるシャドウに槍を教えてくれた老人は優しく、訓練が常に楽しいものであるよう工夫していた。
今考えれば、兵として強制されるわけでもない訓練だから、少しでも訓練に参加してもらえるよう老人が気を使っていたのだろう。おかげで、村の子供たちは老人によく懐いていた。ミュールもその1人だ。
「休憩終わり!」
「え? もう?」
少し思い出に浸っていただけで兵士たちの休憩時間は終わったようだ。
「装備!」
ふらふらと立ち上がると、兵士たちは鎧とすね当てを身に着け、兜をかぶった。
気になったシャドウは隊長に声をかける。
「これは殿下、お疲れ様です」
「すまない、少し尋ねたいんだが、次はどんな訓練をするんだ?」
「はい、次は武装したままウルの城壁を回る走り込みです」
そういえば、見たことあるなとシャドウは合点が言って頷いた。
「そうだ、私も一緒に走って良いか?」
「え? 殿下が?」
「ついていけないようなら、適当なところで切り上げるからいつもの通り訓練してくれればいい。我が国を守る兵がどのような訓練をしているのか興味があってね。共に汗を流して体感してみたかったのだよ」
「……!」
隊長の顔つきが変わった。
(あ、あれ? なにか地雷を踏んだか?)
シャドウはまた内心慌てたが、すました顔で、何もかも分かっているように頷いた。
「分かりました。ではご一緒させていだきます」
「よろしく頼むよ」
シャドウは笑ってそう言った。
☆☆
基本的に、ミュールであるシャドウは負けず嫌いである。
完全武装した兵士たちと違い、シャドウは槍を持つだけだ。
口では適当なところで切り上げるとは言ったものの、これで自分だけが脱落するとなると悔しい。
なので、最低でも誰か1人脱落してからと考えていた。
「はぁはぁはぁ」
訓練が終わり、シャドウは訓練所の床に寝そべり、荒い息を吐いている。
「ウルの兵士たちは優秀だな……」
総重量30キロほどになる装備に身を包み、槍と盾を持って思うように身体を動かせない状態でありながら、兵士たちは実に良く走った。
今はシャドウと同じように座り込み息も絶え絶えという様子だが、走っている間はそんな素振りを見せず、堂々たる様子で走っていたのだ。おそらく戦闘になれば、疲れを忘れて戦えるようにする日々の訓練の成果なのだろう。
「お疲れ様です」
隊長がシャドウに水とタオルを持ってきた。
なによりすごいのはこの隊長だろう。同じように完全武装で先頭に立ち、さらに声を上げ兵たちを鼓舞しながら、時折走りに緩急までつけ、そして今は汗こそかいているが、しっかりとした足取りでシャドウに応対している。
「ありがとう。良い運動になった。君たちのような優秀なファランクスがいる限り、ウルは安泰だな」
「はっ、勿体無いお言葉をいただき恐悦至極です! お前たち!」
隊長が叫ぶと、疲れ果てていたはずの兵士たちが、すぐに立ち上がり、直立不動で敬礼の姿勢をとる。
「今日は我々の元へご足労いただき感謝いたします! 我ら一同、殿下とそしてウルのために身命を賭す覚悟でございます!」
「うむ、王族を代表して、諸君らの献身に心から感謝する。これからもよろしく頼む」
などとシャドウは言っているが、ようやく上半身を起こした状態で言ってもかっこがつかいな……とシャドウは内心思って苦笑いした。
(こんなかっこ悪い状況なのに、みんなすごい真面目に敬礼してくれてなんか申し訳ないな)
☆☆
シャドウが訓練所を離れた後。
「王族が、それもアカド皇太子殿下が来られるなんてどうなってんでしょうかね?」
兵士の1人が首をかしげる。
「今、王宮はアカド王子派とズーラ姫派で後継者争いをしているんだ」
隊長の言葉に兵士は驚いた。
「そうなんですか? じゃあ今日のはそういった政治的な意図が?」
「おそらくはな。ズーラ姫のバックには魔術師ギルドがついているそうだ。アカド王子としては、味方が1人でも多く欲しいのだろう」
「なんだ……でもそのためにあんなフラフラになるまで走ったんですか? 隊長も全然加減しないし、俺は途中でぶっ倒れるんじゃないかとヒヤヒヤしましたよ」
「それだけではないぞ。アカド王子の槍を見たか?」
「ええ、ありゃファランクスの槍術でしたね。王族が俺らの技を身に着けているなんて驚きました」
「俺たちのことをよく見ていた証拠だ」
隊長は腕を組み、じっと目をつぶった。
「隊長?」
「政治的な意図はあるだろう。だが、我らを味方につけるために共に汗を流した王族を俺は知らない」
「そりゃ王族なんですから。親衛隊の魔術師たちとならまだしも、俺らファランクスと一緒に汗を流す必要なんてありませんからね」
ウルの誇るファランクスとはいえ、所詮は歩兵である。魔術師たちに比べたらその価値は低い。ファランクスを味方に抱き込んだところで、どれほどの意味があるのか。そう考える王族貴族がほとんどだろう。
ガンと隊長は、槍で盾を叩いて音を立てた。
「我らファランクスは仲間を裏切らない。我の盾は我を守るにあらず、我らを守る盾なり」
「然り」
ガンと音を立てて兵たちも応ずる。
「我は魔法を使えぬ一介の兵なれど、我らの結束は魔法にも優る。我らは死鳥の盾。ウルのファランクスなれば」
「然り」
ガン。
「アカド王子は正統な皇太子である。ならばそれを簒奪せんとするはウルの敵。我らの槍はウルの敵へと向けられる! 違うか!」
「然り」
ガン。
「アカド王子は我らと共に槍を持ち、我らと共に走った。ならば王子は我らが一員。ならば我の盾はアカド王子を守る盾となる! 違うか!?」
隊長の言葉に兵士たちは大きく盾を打ち鳴らして答えた。
こうした宣言を、訓練所で堂々やってしまうあたり、やはり政治の駆け引きに疎い兵士たちなのだろう。
だが、シャドウの思いもよらないところで、ウルの軍事の一角がアカド派につくことを心を決めていたのだった。
なお、シャドウはその後もちょこちょこ身体を動かしに訓練所を訪れるもので、ファラクスたちからの忠誠度がみるみる上昇していくのだが、シャドウがそのことを理解したのは、まだまだ先のことになる。
この度、本作『100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる』が集英社ダッシュエックス文庫様より書籍化致します!
これも最初の作品にも関わらず、読んでくれたみなさんの応援のおかげです!
ここから完結まで週一くらいで更新を続ける予定ですので、これからもよろしくお願いします!




