61話 少女/王子は王宮でお昼を食べる
今日の予定は昼に公爵達との食事会。本来なら国王がでるはずなのだが、体調が優れないとのことなので、その代理だ。
続いて夜はガーンズ伯爵の屋敷にて晩餐会に出席。挨拶だけして途中退場しても良いそうだが……今日の予定はこの2つだけだ。
「書類のチェックとか、そういうのはいいの?」
「ええ、国王陛下の印章は宰相が持っていますので。宰相が国王の代理として、すべての書類を承認できることになっています」
「大丈夫なのそれ?」
「陛下はあまり政治に興味のない方ですから」
後継者問題で揉めているのも、国王が毅然とした態度を取らないことが大きいとランカースは言った。
「もしかして陛下って、むの……」
「それ以上は言ってはいけませんよ。周囲に耳が無いのは確認済みですが、思っていても口にしないというのは貴族が最初に学ぶことです」
シャドウは軽い頭痛を感じて、指でこめかみを押さえた。
「昼までは特にやるべきこともないようですが、どうされますか?」
「ちょっと気になることがあるから、人に会ってくる」
「ではお供しましょう、昨日も少し目を離した隙に、揉め事に巻き込まれたそうで」
その言葉を聞いてシャドウは苦笑すると、ランカースについてくるよう促した。
☆☆
シャドウが向かったのは、メラブが暮らしている王宮の使用人区画だ。
本来であれば王族は自分の屋敷を構えるものだが、私生児であるメラブにはそのような資金や後ろ盾はない。
使用人区画の使用人区画の部屋としては最上ものを与えられ、周りに迷惑をかけない範囲で放置されている状況だ。
「メラブ様は、どこかにお出かけになられています」
シャドウがメイドにメラブに取り次ぐよう頼むと、メイドは申し訳なさそうにそう言った。
「どこに行ったのかはわかるか?」
「申し訳ございませんアカド殿下。私もずっと仕事をしておりましたので、メラブ様がどちらにおられるかまでは存じ上げません」
「そうか」
ランカースの眉が僅かに動いた。
メイドから十分に離れた後で、ランカースはシャドウにそっと耳打ちする。
「あのメイド、嘘をついていますね」
「そうなの?」
「ええ、メラブ様の居場所について知っているようです。故意に隠していますね」
「でも、悪意みたいなものは感じられなかったけどなぁ」
「確かに、悪意は感じられません。おそらく、メラブ様のために嘘をついたように思えます」
「なるほど、王子に嘘を言うほど慕われているのか」
「メラブ様については、私も最小限のことしか知りません。王宮では誰も気にかけていない存在ですから」
「だが使用人は違ったと」
「そのようで。しかし政治的な力は持っていないことは間違いないはずです」
メラブとじっくり話をしてみたかったが、なぜメイドが嘘をついたのか、メラブが使用人から慕われているのはなぜか、この点をもう少し調べてもいいだろう。
☆☆
メラブ・ウル。私生児なので家名はつかない。
彼女は王の次女として生まれる。国王には彼女の他に私生児はいない。
彼女の母親は、王宮では名も知られていないほどの小領主の娘だそうで、たまたま乗馬に出かけていた王に見初められ、それから逢引を繰り返すようになった。
結局、その関係はメラブを妊娠してから貴族、官僚達の非難を浴びて、王が身を引き終わりとなる。
「それで、メラブの母親のその後は?」
「メラブが生まれてから2年後、南方帝国の豪族の側室に収まったそうで。それ以後の動向は不明です」
「……なんで、名も知られていないような小領主の娘が帝国の豪族と?」
「厄介払いといったところでしょうか。私生児とはいえ王女を産んだ女性。何かに利用しようとする貴族が現れるかもしれません。それを宰相や官僚達が嫌った。そう思われる動きがあったようです」
「それで2歳の子供から母親を引き離したのか」
「ここはそういう世界ですから」
やるせない気持ちになりながら、シャドウは椅子に深く座り込んだ。
効果な羽毛の椅子が、なぜが冷たく感じられるような気がして、軽く身震いをした。
「それからメラブは使用人達と暮らしています。噂ではありますが、使用人に混じって働いている姿を見られたことがあったとか」
「王族が?」
「王族扱いはされていないですし、よろしいのではないでしょうか」
「なるほど、使用人にとって、メラブは王族ではなく仲間という認識なのかもしれないな」
「ありえますね。まぁ暇なのは分かりますが、メラブ様は今回の騒動とは無関係です。あまり追いかけても仕方がないと思いますが」
ランカースに釘をさされ、シャドウは肩をすくめた。
確かにメラブに関わる理由などないのかもしれない。
それにシャドウには『もう1つ調べたいこと』もあるのだから。
☆☆
シャドウは王宮の書庫にいた。
調べているのは、14~15年前深淵に探索に失敗し、行方不明になった魔術師、冒険者。
シャドウに分かれる前、ミュールが図書館でも同じことを調べていたのだが、ミュールの求める情報はマナの本棚からは見つからなかった。
だがミュールのマナに対する感受性は、常人なら気づき得ない僅かな痕跡を見抜くことができた。
(改ざんされている?)
マナで作られた本に感じる些細な違和感。一度気がつくと、その痕跡がはっきりと見える。
何者かが、この本に干渉し一部の文章を削除した。
シャドウが調べたかったのは、もちろん自分の両親のことだ。
ミュールが生まれたのは深淵であることは間違いないと、ネクロノミコンは言っている。
しかし人間はモンスターやミノタウロスのようにマナから生まれることはない。
とすれば、身重の女性が深淵に入り、深淵の中で出産したということになる。
にわかには信じられない状況だが……。
ネクロノミコンの時代の魔術師の研究によれば、出産から約3ヶ月前、つまり大体妊娠7~8ヶ月目くらいから、大地のマナを取り込み始めるらしい。
つまりそのくらいの時期にはもう深淵に入り、出産まで深淵の中で生存し、そしてお産をモンスターが絶えず生成され続ける深淵で行わなくてはならない。
そんなことは不可能だとシャドウは言い切っていただろう……もし自分という実例がなければ。
マナの図書館と違い、大量の本から特定の情報を見つけるという作業に、シャドウは慣れていなかった。何を調べたいのかが分かっているのだからと簡単に考えていたのだが、どこに何の記録が残っているかというのは、シャドウの想像以上にわかりにくいものだった。
調査は思うように進まず、ランカースが食事会の時間になったと呼びに来たところで、ひとまず調査は中断となった。
「いかんねこれは、ランカースさんに頼むか」
最初に来たときより明らかに散らかってしまった書庫を見て、シャドウは自分に呆れてしまった。
☆☆
食事会で、シャドウは体調不良で欠席した国王の代役を務める。
体調不良といっても、今国王は王宮の庭園で趣味の音楽を楽しんでいるようで、ただの公務が面倒くさくなってサボっただけだ。
(まっ、たしかに楽しくはないだろうけど)
シャドウは、無意味に思えるマナーをアカド王子からカンニングしながら、機械的にこなす。
美しく焼かれたローストビーフや希少な種類の迷宮キノコのソテーサラダ、ふわふわとした白パン。美味しいはずの豪華な料理も、緊張で味がしない。
(というか、誰か何か喋ろうよ)
テーブルに座る貴族たちは、誰一人喋ることなく重苦しい雰囲気のまま食事を続けている。
こんなに楽しくない食事は初めてかもしれないと、シャドウは心の中で大きなため息を吐いた。
このような食事会になったのには理由がある。
この食事会は、公爵家が持ち回りで食材と料理人を用意して企画しているものだ。もともとは、美食家だった5代前の王を楽しませるために始まった集まりだそうだが、今ではお決まりのメニューを繰り返すだけのものとなってしまっている。
というのも、例えば、ある食事会が盛り上がり、ある食事会が盛り上がらなかったとなったら、それは公爵家の家名に傷がつくことになる。
ただの食事会ですら、貴族のメンツにかかわるもので、昔は食事会が原因で公爵家同士の紛争にまでなったこともあった。
そのため、今では諍いの原因にならぬよう、食事は季節に合わせて常に同じものを。料理人は王宮の料理人を、そのときだけ担当の公爵家がお金を払って雇うという形に。
そして食事会は、誰も喋らず、盛り上がらず終わらさなければならない。
そういうルールになったのだった。
☆☆
「じゃあ止めればいいじゃん」
納得できずにミュールはアカド王子に食って掛かる。
シャドウの目を通して、ミュールは豪華な食事が半分くらいしか食べられず、下げられていくのを見ていた。
孤児院時代、僅かな食事を巡って子供達と喧嘩していたミュールにとって、この誰も喜ばない飽食は見るに堪えないものだ。
「今あるものを止めるのは、なかなか難しいんだ。私に言われても困るよ」
アカド王子は肩をすくめて話を打ち切った。
しかし、どうせ誰も止めようと言い出す人がいないのだろう。
ミュールは、遠く離れたもう一人の自分の胸にもやもやとしたものが溜まっていくのを感じていた。




