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100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる  作者: ざっぽん
第2章 100年後に魔術書として転生したから今度こそダンジョン攻略する
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59話 少女/王子は王宮で仲間を作る


 王宮で王子のやるべき仕事というのは思ったより少ない。

 結局何かを決めるのは官僚達の仕事であって、王族、貴族はそれを承認するだけだ。


「これならなんとかなるかも」


 中庭でぼーっと空を見上げながら、シャドウはつぶやいた。

 楽ではあるのだが、会議での徒労感がひどかった。

 今は気を緩めて休憩していたのだが、近寄ってくる気配を感じて、シャドウは気を引き締め直す。


「何か用かな?」

「あらアカド、よく気づいたわね」


 背後から近寄ってきたズーラ姫は、驚いた様子だった。

 いつもつけている顔を覆うベールはなく、今は素顔を見せている。

 顔は、鼻と顎のラインがすっきりとした美形と言えるだろう。

 だが、どこか爬虫類を思わせる冷たい目が、彼女をただの美しい美女ではなく、近寄りがたい危険な女性であるという印象を強めていた。


「それにしても護衛も付けず1人とは余裕ね」

「ここは中庭だからな。いつもは護衛を付けているだろ」

「さて、暗殺者は場所を選んでくれるものなの?」

「どうだろう、姉さんから聞いてみてくれないか」


 ズーラはシャドウの言葉を聞いて少しだけ目を見開いた後、楽しそうな笑みを浮かべた。

 それからシャドウの方に優雅に近づくと……彼の胸ぐらを掴み、引き寄せると凶暴な顔を露わにする。


「随分舐めた口を聞くのねアカド。いつも私から逃げ回っていた臆病者が、たかが冒険者ギルドを仲間にしたくらいで私に勝てるつもりなの?」

「……勝つだの負けるだの、なんのことかな」

「ふん」


 ズーラ姫は乱暴にシャドウを突き飛ばすと、侮蔑の一瞥をくれ、そのまま去っていった。

 シャドウはその後姿を見送りながら、乱れた服を正す。


☆☆


「こ……こわああああああ!!!!」


 深淵でミュールが悲鳴をあげた。


「王子! ズーラ姫ってなにあれ! 怖い!」


 ミュールから状況を聞いたアカド王子はあちゃーというような表情をしている。


「姉さんは昔からあんな感じだよ。政治の場なら言い合いもできるけど、ああいう場なら私は逃げ出すね」

「もうやだあ、深淵の怪物の方がずっとマシだよ!」

「かもしれない」


 アカド王子は苦笑した。

 たしかに、危険な深淵でありながら、アカド王子は王宮にいた時よりもずっと気持ちが安らいでいた。


「悪いね、貧乏くじ引かせてしまって」


 王子というある意味憧れの立場。

 だが貧乏くじという言葉に、ミュールは心の底から同意していた。


☆☆


 夕暮れ時、シャドウは屋敷に戻るべく帰り支度をしていると、パタパタと廊下を走る足音が聞こえた。

 王宮の廊下は基本的には走らない。まぁ別に走ったからと言って罰則とかあるわけでもないが。

 なんとなく気になってミュールは扉を開けて廊下を覗き込んだ。


「女の子?」


 10代前半くらいだろうか?

 女の子が慌てた様子で走っている。


「…………」


 シャドウはその後姿を黙って見つめていた。


☆☆


 口の中に鉄の味が広がった。

 どうやら殴られた時に口の中を切ったようだ。

 周りからクスクスという笑い声がする。


 怖い、とても怖い。

 なぜ私がこのような目にあっているのか、なぜ、どうして。


「ひっ……」


 私は這ってでも逃げようと、手を伸ばす。


「ぎゃぁ!!」


 だがその手は靴で踏みつけられ、激しい痛みを私に伝えてきた。


「あらごめんなさい、キレネットさん。でもあなたがいけないのよ、私の足の下にその泥だらけの手を見せるから。だって、あまりに汚くて床と区別がつかないじゃない」


 彼女はキレネット。

 魔術師の名門貴族の令嬢。

 そして今は、魔術書を奪われた無力な女性でしかない。


「ルイゼ! もう刃向かったりしないから……お願い私の魔術書を返して!」

「あら、魔術書? ごめんなさい、ちょっとだけ借りるつもりが……今返すわ」


 キレネットを取り囲む令嬢達がくすくすと笑う。

 ルイゼと呼ばれた、この令嬢達のリーダー格らしい10代後半くらいの女性がキレネットの魔術書を取り巻きから受け取る。


「あら、こんなところに汚れが」


 そう言ってルイゼはナイフを取り出した。


「……や、やめ」


 キレネットの表情が絶望で歪む。

 その様子をルイゼは満足そうに眺めると……ナイフで魔術書を引き裂いた。


「いやああああああ!!!!!!!!」


 キレネットがルイゼに飛びかかるが、取り巻きの令嬢がニヤつきながら鞭でキレネットを打った。

 鞭は顔に当たり裂けた皮膚から血が流れ出る。

 だがキレネットは、たとえ貴族であっても魔術師だった。

 顔の傷より、心の傷より、なによりも、自分の魔術書が引き裂かれようとしていることに耐えられなかった。

 傷つくのも構わず飛びかかってきたキレネットに、取り巻き達は思わず怯える。


「ほら、お返しするわ」


 ルイゼは引き裂かれた魔術書をキレネットの顔に叩きつけた。


「あ、あああ……!」


 床に落ちた魔術書の残骸を胸に抱き、キレネットはボロボロと涙を流し、慟哭した。


「…………」


 その様子に、ルイゼに服従する取り巻きたちも、思わず顔を見合わせる。

 ここまでやるつもりはなかった、そうボソボソとつぶやき合っている。


「キレネット、あなたはもう終わりなのよ」


 だがルイゼだけは嬉しそうに笑う。


「これまでは私と対等のつもりだったみたいだけれど。もうお終いなの。あなたの滑稽な失敗のお陰で、あなたの家の影響力はクズ同然。つまりはあなたもクズ、こうして踏みつけても、蹴飛ばしても、誰も! 誰も! 誰からも咎められることはない!」


 うずくまるキレネットにルイゼは何度も蹴りを入れる。

 キレネットの高い絹の服が、汚れにまみれていく。


「そう、誰もあなたを助けない! なぜならばあなたはもう無価値だから! クズだから!」


 バタンと音がした。


「止めなさい!」


 部屋の扉が勢いよく開かれた音だ。

 そこには少女が、強い眼差しでルイゼを睨みつけていた。


 一瞬、怯えた表情を見せたルイゼだったが、相手がよく知る少女だとわかると、笑い声をあげた。


「誰かと思えばメラブ様ではないですか」


 敬語を使いつつも、その口調は相手を馬鹿にしたものだ。

 メラブという名の少女は、毅然とした様子でルイゼに向かう。


「衛兵を呼びました! 今すぐに逃げた方がいいですよ!」


 ざわっと取り巻き達が怯えて騒ぐ。

 だがルイゼが怯む様子はない。


「衛兵? いいですわよ、いくらでも呼んでくださいな」

「こ、後悔しますよ!」

「後悔? 私が? それは無理ですわよメラブ様。あなたにもお伝えしましょう、だれもクズを助けたりはしない、だってクズを助けても何の得にもならないから」


 メラブの言うとおりすぐに衛兵がやってきた。

 ルイゼは衛兵を見て鼻で笑う。


「これは……お前たち何をしている!」

「お前たち? あなたは誰に口を聞いているのか分かっているの? この、ルイゼに向かって、お前たちなどとほざくあなたは、誰?」

「る、ルイゼ……公爵家の!?」

「様をつけなさい、様を」


 衛兵達は気まずそうに顔を見合わせる。


「私達はズーラ姫様とのお茶会の帰りです。そんな私に手を出すようなら、父上だけでなくズーラ姫様も、きっと私のことを心配してくださるわ。それでも、あなたは私に手を出すおつもりで?」


 もはや衛兵達はルイゼの顔を見ていない。


「さて、メラブ。面倒を起こしてくれたあなたも、私に謝ってくれるかしら?」

「…………」


 メラブは悔しそうに、だが視線の強さは変わらず、ルイゼを睨みつけている。


「王族とはいえあなたは妾腹の私生児。誰からも愛されないはぐれ者。王が崩御すれば、あなたは僅かな銀貨を持って王宮を追い出されるしかない……クズです。身の程をわきまえて、限られた時間を大切になさった方が良いのでは?」

「キレネットを放して」

「はぁ? ……頭もよろしくないようですのでハッキリ申し上げましょう」


 ルイゼはメラブに近づくと、その髪を掴み、乱暴に顔を引き寄せると醜悪な表情で言う。


「あなたのようなクズは大人しく使用人とでも遊んでろと言ったのよ、分かった?」


「だったら、私が言えば聞いてくれるかね」


 その声に、ここにいた誰もが驚き視線を向けた。


「あ、アカド王子!?」


 メラブを追いかけてきたシャドウは、内心の怒りを抑えつつ、つとめて冷静に言葉を続ける。


「君らの悪行は確認した。ひとまず王宮から追放、私から許可が出るまで二度と王宮には近づくな。処分は実家で謹慎しながら待て」

「……っ!」


 我に返ったルイゼが、王子を睨みつける、

 いくらか驚いたようだが、余裕のある表情を崩さない。


「一体なぜ王子が出てくるのかが分かりませんが……よろしいので?」

「なにがだ」

「このようなクズのために私の父を敵に回すおつもりで?」


 その言葉を聞いて、シャドウは声を上げて笑った。


「なにがおかしいのですか!?」

「君は何も理解していないのだな。そもそも君の父親はズーラ姫派で私の敵だ。君をどうしようが、あやつが敵なのに何の変わりもない。むしろ、こうしてあやつに隙を作ってくれただけ、ルイゼ、君に感謝したいくらいだ」

「……な」

「大体……君の父親は私より偉いのか?」

「……!」


 ルイゼは言葉を失った。

 そうだ、この眼の前にいる男は、この国の皇太子。いずれ王となる男。


「こういうときは、なんと言うんだったか、ああそうだ……誰に口を聞いているのか分かっているのか? だったか」

「っ!?」


 自分が衛兵にした扱いと同じ扱いを、公爵家令嬢である自分が受けた恥辱でルイゼは震えている。だが王子を敵に回している今は形勢不利を認めるしかない。

 ルイゼは一礼するとその場から離れようとした。


「……1つだけ私から罰を与えよう」

「なにを……ひっ!?」


 シャドウは衛兵の剣に手をかけると、素早く抜刀し、一太刀ルイゼに浴びせた。

 ルイゼは怯えて、ぺたんと床に座り込んだ。


「安心しろ、君を斬ったわけじゃない」


 何を斬ったかは、ルイゼにもすぐにわかった。


「わ、私の魔術書!」


 ルイゼの腰に下げていた魔術書ポーチ、それが真っ二つに両断されている。

 ルイゼはキレネットのような魔法貴族ではなく、魔術師として三流だが、それでも魔術書は大切なものだ。

 社交界で魔術師ギルドに所属しているというのはステータスだ。だから高価な魔術書を買い、ある程度でも使いこなせるよう努力してきた。

 それを真っ二つに斬り捨てられた。


「良い剣だな。よく手入れされている」


 涼しい顔をしてシャドウは衛兵に剣を返した。


「さあ王宮から出て行け、二度とその顔を私の前に見せるな」

「こ、皇太子の座を精々今のうちに楽しんでおくのね。あなたなんかがズーラ姫様に勝てるわけないのだから!」

「衛兵、お嬢様方をお連れしろ!」


 アカド王子の一声で、衛兵達は我に返ると、丁重に、だが有無を言わさず令嬢達を王宮の外へと連れて行った。

 ルイゼは怒りで唇を真っ青に震わせながらも、為す術もなく連れていかれた。


☆☆


「うわぁ、何なの? 貴族の令嬢ってこんなのばっかなの?」

「そうだよ、私は怖くて関わらないようにしていたくらいだ。ミュールくんもあまり関わらない方がいいよ」


 深淵ではミュールはうわぁうわぁと繰り返している。

 もちろん、これは極端な例なのだが、そういった極端な例が集まる騒動の中心にシャドウはいるのだ。


☆☆


「大丈夫か?」


 シャドウに手を差し伸べられ、キレネットはうつむきながら立ち上がる。


「お、王子、すみません……こんな醜態」

「君に責はない、今後も続くようなら相談してくれ」

「ありがとうございます……」


 これまでいくらモーションをかけても社交辞令以上の言葉を返してこなかった王子から、こうも言葉をかけてもらえるとは、皮肉な状況だとキレネットは自嘲する。

 キレネットは呆然としていた。だが、


「あ、あの!」


 その場を立ち去ろうとしていたメラブを見て、慌ててキレネットは声をかけた。


「な、なんで私を助けてくれたんですか? 私は……」


 キレネットはメラブに対して何か酷いことをしたという記憶はない。

 だが良いこともなにもしてこなかった。無関心なだけだった。

 メラブは笑顔を見せて言った。


「昔、一緒に遊んでくれたから」


 それはキレネットがまだ幼かった頃。

 王宮での挨拶につれてこられた時、当時6歳だったメラブと一緒に遊び、それから仲良くなっていた時期があった。

 だがそれも、キレネットが成長するにつれて、王宮では誰を味方につけるかが大切だと学び、何の継承権も持たない無価値なメラブとは疎遠になるまでだ。

 今ではメラブと遊んでいたということすら思い出さなくなっていた。


「ごめんねキレネット、私よりもっと強い人がお友達なら魔術書も破られなかったのに」


 悲しそうにそう言うと、メラブはシャドウに一礼して走り去ってしまった。


「あっ……」


 キレネットは思わず手を伸ばす。

 その様子を見て、シャドウは微笑んで言った。


「ここは私が処理しておく、替えの服も用意しておくから、あとで取りに来ると良い」

「あ、ありがとうございます!」


 キレネットはメラブを追いかけ、走った。

 その様子を眺めながら、シャドウの向こうで、ミュールはなんかやっちゃったかもと頭を抱えるのだった。


☆☆


 夜、キレネットの父親であるナバル公爵は感謝の言葉を伝えに直接やってきた。

 今後とも王子に忠誠を誓うこと、ズーラ姫のような輩に王位を渡すわけにはいかないということを熱心に語っていった。

 たとえ未来の王妃が誰になったとしても、ナバル公爵、そしてキレネットは王子のために命を賭ける覚悟があると、そう言った公爵の顔を思い浮かべてシャドウはその重いほどの熱意に困ったような笑みを浮かべた。


「やれやれ」


 本物が帰ってくるまで、右から来たものを左に流すだけの仕事のはずが、なぜこんなことになってしまったのか。

 忠誠を示す血判書まで用意したナバル公爵の手紙を眺めながら、だがあの会議で感じた徒労感に比べたら、多少は心地良い疲労感を、シャドウは感じていた。

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