6話 魔術師と少女とハカンの洞窟9
『ダンジョンは限られた資源である。その運用は最大効率化するため、適切かつ厳格に管理されなければならない』
魔術師ギルド長、千の魔術のコーレシュが発した上記の声明は、各国の王達にも受け入れられ、ダンジョン管理は魔術師ギルドによってなされることを各国ともに受け入れられていた。
最大効率化とは具体的に何を示すのかということを問題した貴族は誰もいなかった。
王を含む少なくない貴族が魔術師ギルドに所属しており、魔術の秘奥の偉大なる体得者の意見を疑うなんてどうしてできるだろうか?
魔法に関して、彼らの意見は絶対的真理であった。
☆☆
「ハカンの洞窟9」
その事務的な名前を口にしたネクロノミコンはため息をついた。外の世界に戻ってきてからなんどため息をついたのか分からない。
ネクロノミコンの気分が乗らないのは何も、その無味乾燥な名前のせいだけではなかった。
「はい、学生証の確認OKです。こちらがダンジョンマップになります。地下2階、北東エリアにはミノタウロスの集落跡地がありますのでご注意を。極稀ですが地下3階からクラス5以上のモンスターが出たという報告がありますのでお気をつけください」
「分かりました、ありがとうございます」
「言うまでもないでしょうが、くれぐれも最深部には近づかないようお願いします。マップにも書いてありますし、張り紙もしているのですが、最近違反者が出ているようで。最悪ギルドから追放になりますので」
「もちろんです」
ミュールは右手の指の無い男から地図を受け取った。おそらくは傷で冒険者を引退したのだろう。
周囲を見渡せばいくつかの小屋と比較的大きな石レンガの館。そして柵に囲まれた畑が見える。
畑では同じく傷ついた者や老いた者が働いていた。
「彼らは冒険者ギルドの引退者よ」
ネクロノミコンの視線に気がついたのか、ミュールが言った。
「私の故郷の近くにもあったけど、ダンジョンで出たものを下取りしたり、加工したりするの。そのために一々他の村から食料や生活必需品を輸送するのもコストがかかるから、こうして自給自足できる畑や工房も作られているわけ」
「俺の時代は、ダンジョンは攻略されたら消えるものだった。このような集落を作る暇はなかったよ」
「便利でしょ」
「……これで冒険といえるのかね」
ミュールは肩をすくめた。ネクロノミコンの言い分も分からないでもないが、ダンジョンが管理されなかったらそもそも自分のような学生にダンジョンが残っているわけないではないか。
二人はダンジョンの入り口を降りていった。
☆☆
「ここまでマナが枯渇しているとは」
状況はネクロノミコンの考えていた以上に悪かった。
石レンガの通路は歪み、地面は何十年も手入れのされていない廃墟のように汚れている。空気は淀み、カビのような臭いを漂わせていた。
何度もモンスターやアイテムを生産していたダンジョンは、枯れ草が覆う荒野のような有様だった。
「ダンジョンのマナでこいつを鍛えるという案はなしだな。深淵にでもいかねば効果があるまい」
「うぅ、緊張する」
「このような状況でろくなモンスターなど生まれるものか、さっさと進むぞ」
「で、でも私ダンジョンに入った初めてで」
「…………」
「何よ、急に黙らないでよ……そりゃあんただって私みたいな初心者と一緒じゃ不安だろうけれど」
「そうではない、ただ……悪かったな。せっかくの初陣がこんな枯野で」
「へ?」
普段から偉そうにしているネクロノミコンが、どういうわけか謝ってきた。なぜネクロノミコンがこんな態度をとったのか、ミュールはワケが分からず、ネクロノミコンを取り出し顔の前に掲げた。表紙に浮かぶ表情も、済まなさそうな顔をしている。
「いきなりどうしたのよ?」
「お前の話を聞いていれば、この状況は予想できるものだった。にも関わらず、俺は楽観的になり過ぎていたよ。最初の冒険は、百年経っても一生の思い出になるものだ、それをこのような形で台無しにしてしまってすまなかった」
「台無しって、別にこれが普通よ。昔はどうだったのかは知らないけれど、今の魔術師の仕事場のこういう世界なの。大半はね」
「だとしてもだ」
少なくともネクロノミコンは、自分のために落ち込んでいるらしい。理由はさておき、ミュールは少しだけ、この厄介な魔術書に好意を感じたのだった。
☆☆
奥から現れたのはアルミラージ。額に角を生やしたウサギだ。
ダンジョンでは低層でよく見られる怪物だが、額の角はマナを含みさまざまな加工品の材料になる。角の一撃を受けると傷口が石化することがあり、新人冒険者が探索を切り上げて地上へ逃げ帰るケースは後を絶たないが、冒険者たちに人気のあるモンスターだ。
「えっと、アースハンマーでいいかな」
アルミラージの後方、ダンジョンの床の一部が持ち上がり、アルミラージめがけて勢い良く叩きつけられた。
気づくのが遅れたアルミラージは、土槌の直撃を受け首の骨をおられて倒れた。
「ふぅ」
大した相手ではないにしろ、初めての実戦だ。無事終わってミュールはホッと息を吐いた。
倒したアルミラージはそれなりに大きく、動かなくなった姿を見ると勝利したという実感がミュールの胸中に湧いてきた。
「いつまで余韻に浸っているつもりだ」
「わかってるわよ」
ネクロノミコンに言われて渋々とミュールはナイフを取り出した。
「いや待て、何をするつもりだ」
「え、いや解体しようと。今回ソロだし」
「やめておけ時間がもったいないし、解体ならプロに任せた方がいい」
「でもこのまま持ち歩くわけにもいかないわよ」
「そうだな、ちょっと魔法を一つ贈ろう」
「え、ちょっと何を、ってうわっ!?」
「絆を通して俺の知っている魔法のイメージを送った。いちいちイメージを伝えなくとも、これで使えるはずだ」
「なにそれ、そんなことできるの?」
「ほれ早くしろ」
「後で詳しく聞かせてもらうからね……ええっと、ポータルバッグ!」
アルミラージの死体に触れながら魔法を発動すると、小さな次元の歪みが生じ、アルミラージの死体を飲み込んだ。
「なにこれ便利」
「本来なら初歩の魔法なのだが、現代の魔術師には使いこなせないだろうな」
「私ができるんだもの、他に人にも使えるでしょう」
「死体は外に出たときに渡せばいいだろう、元冒険者の集落だ、解体できる人など両手でも数え切れまい」
「確かに、分かった、先に進めばいいのね」
「ああ、奥まで進めば少しはマナが残っているかもしれん」
ミュールは通路を奥へと進んでいった。




