55話 試験を終えて
エステルとシャドウは無数のモンスターと戦っていた。
一体一体は手こずるような相手ではないが、シャドウは初めて魔力の消耗を感じていた。
(ふぅ、この身体だとあまり魔法は連発できないのか)
ミュールの身体では感じなかった感覚だ。
頭が重くなるよな疲労感。
だが目の前の敵は次から次に現れる。
魔力量はシャドウより少ないエステルにまだ余裕があるのは、効率的な魔力運用の経験差だろう。
インプやジャイアント・トード、スケルトン、どれも下級魔法でも十分倒せる低ランクモンスターだが、波状攻撃気味に次から次に現れるのは厄介だった。
「出てくるそばから倒さずに、ある程度集めて倒すといいですわよ」
「なるほど、やってみる」
エステルにアドバイスされながら、シャドウはこの身体でできる最善の戦い方を学んでいく。
2人は背中をあわせてお互いの死角を守りながら、戦いを切り抜け進んでいった。
☆☆
連戦を続けているにもかかわらず、2人は逃げることをしない。
キレネットは途中から罵倒の言葉を心の中ですら呟くのを忘れ、二人の戦いに見入っていた。
(落ち着くのよキレネット。私はアカド王子の正妻の座、王妃の椅子を手に入れる)
野望は変わらない、だが、彼女は見たいと思ってしまう自分がいる。
無数の怪物達を次々に打ち倒す2人の魔術師の姿は、かつてキレネットがまだ幼かった頃に憧れた……四英雄の物語が現実になったかのように、そう感じてしまうのだ。
だから見たいと思ってしまう感情を抑えられない……英雄が、強大なゴーレムを打ち倒す場面を。
「目的地はもう目の前だが……何か奥から来る」
最初に気がついたのはシャドウだった。
ミュールの目によって、奥から鋼鉄の怪物がゆったりとした足取りで進んでくるのを知覚していた。
やがて、エステルの目にも、その姿が見えてくる。
「あれは?」
奥からやってきたアイアンゴーレムの姿に、一瞬エステルは戸惑った。
アイアンゴーレムはモンスターではない、魔術師が作り出した魔法兵器だ。
「試験官、どういうことですか?」
エステルはキレネットに問いかける。
「さぁ? ですが、お二人の実力を見せるにはちょうどいい相手ではありませんか」
キレネットはそう言って肩をすくめて笑った。
倒せということだと、エステルは理解した。
「分かりました、シャドウさん、後方のモンスターはしばらくお任せしてもよろしいですの?」
「ああ、大丈夫だ」
エステルは自身の魔術書、『コーレシュの黄金鍵』を片手に躊躇なくゴーレムの方へと向かう。
「……たしかに私は、劣等として賢者の塔を追い出された身。それにパーティーの中では一番魔力が弱いのも自覚していますけれど」
エステルは精神を集中させ、魔法発動の準備に取り掛かる。
「だからこそ、私が一番の努力家だと自負しています、常に強くなり続けることができますわ」
劣っているからこそ努力できる。目指すべき場所があるからこそ追いかけられる。
ミュール達になくて、エステルだけ持ち得ているもの。
「メテオ・ストライク!」
それはエステルが使えるようになった上級魔法の1つ。
空間を歪め、虚空の彼方を飛び交う隕石の1つを召喚する魔法。
超高速で飛び出した隕石は鋼鉄の塊に直撃し、激しい破壊音をダンジョンに響かせながら、膨大な運動エネルギーによって鋼鉄を粉砕した。
「ご、ゴーレムを一撃で!?」
キレネットは絶句した。
ミュールのように魔力を直接エネルギーに変える方法では、エステルに仲間にも賢者の塔の魔術師にも追いつけない。だからこそ、エステルは無数に存在する魔法の1つ1つを理解し、その運用、利点を考察する。
「ご満足いただけました?」
不敵に笑うエステルに、キレネットは何も言えなかった。
☆☆
ダンジョン内で待機していた試験官2人の死亡というアクシデントもあったが、キレネットは家名にこれ以上の傷をつけないためにも、無理やりにでも試験を完遂した。
だが、地下5階のモンスターの大半をエステルとシャドウにぶつけたため、大した危険もなく目的地にいる試験官を探すことができるなど、その内容には多くの問題があったため、後日、魔術師ギルドを通して、校長バンダリアから抗議がキレネットに伝えられることとなった。
秘蔵のゴーレムを破壊されたことは、キレネットの家であるナバル公爵家にとっても大きな痛手だった。
金銭面でもそうだが,学生に倒されるなど露ほども想定していなかったのは、魔法貴族としての汚名となり、事実上キレネットはアカド王子への婚約者レースから脱落したと目されるようになる。
極地の風魔にとっても、任務の失敗は大きな痛手となった。
令嬢の嫌がらせ程度の依頼に失敗する者に、どうして重大なリスクの解決を任せることができるだろうか。
極地の風魔への依頼はキャンセルが相次ぎ、彼らの資金、影響力は大きく減じることとなる。
それで、肝心のミュール達の試験結果はどうなったか……
☆☆
「試験を乗り越えたこと、そして全員、900点以上の最優秀評価。特例認可も出たことを祝って、乾杯!」
「乾杯ー!」
マンティコアやアイアンゴーレムを打倒したのだ。
悪評価などつけられるはずもない。
これで次は深淵探索だ。
本当の戦いはこれからだが……ひとまず、学生を悩ます試験が終わった解放感を楽しむべく、4人はエステルの家でささやかな打ち上げを行うのであった。
☆☆
極地の風魔のグランドマスターは、病室のベッドで力なく横たわっていた。
すべて終わった……先代から受け継いできたもの。
そのすべてが今や崩れ、失われた。
「グランドマスター、お客様です」
病室の扉の向こうから教団員の声がした。
「帰ってもらえ、今は依頼を受ける余裕はない」
力なくグランドマスターは答えた。
もはや彼に気力は残っていない。多くの戦いを切り抜けてきたはずの知性も、今は力尽き、朽ち果てようとしていた。
彼の姿は、長年の労役で老いたロバを連想させる。
「いえ、そうではなく、お見えになったのはズーラ姫です」
「……分かった、通せ」
依頼失敗への叱咤だろうか。
これが私の最後の仕事となるか、とグランドマスターは思った。
もはや極地には失敗に対して払える代償がない。
あるとすれば、それは彼の首だけだ。
この首1つで教団員達の最悪を防げるのなら、喜んで差しだそう。
それがグランドマスターとしての責任というものだ。
扉が開いた。
ズーラ姫は顔をベールで覆い、両手に黄金のブレスレットをはめていた。
両脇には帯剣した護衛が2人。
腰には魔術書のホルスターがあるところを見ると、魔術師ギルドの人間である可能性もある。
「これは姫様」
グランドマスターは上半身を身体を起こした。
「このようなところまでご足労いただき、まことに申し訳ございません」
ズーラ姫はベールの下で笑みを浮かべた。
グランドマスターは緊張から、背中を冷たい汗が流れる。
たかが王族、たかが権力、そんなもの魔法の力を持ってすればどうにでもなる。彼らがそう言えたのは力という拠り所があったからだ。
依頼の失敗という形で、その拠り所を失った今、この魔術師は権力に屈する存在へと成り下がっていた。
「妾の依頼はどうなった?」
「そ、それは……」
「ふふっ、ごめんなさい。何が起きたかはもう知っているわ」
「申し訳ございません!」
グランドマスターは傷ついた身体に鞭を打って、ベッドから降りると地面に額をこすりつけた。
「すべては我が采配の甘さゆえの失態! その責は私にあります! どうか、この老僕に罰をお与えください! いかようなる裁きにも従います!」
閉じかけた傷が開き、病衣に赤い染みが広がった。
その様子を見て、ズーラ姫はそっと手を口元に当て眉をひそめた。
「勘違いされては困るわね。妾達の使命はこの国の行く末を決める重要なもの、あなたごときの生命を奪って何が取り返せるというの?」
「なにとぞ……教団員は……」
「ふふっ、教団が大切なのね。安心しなさい、妾は分かっているのよ」
「え……?」
「すべては狙い通り、そうでしょう?」
グランドマスターは、言葉の意味が分からず頭を下げたまま必死に考える。
そんなグランドマスターを見下ろしながら、ズーラ姫は笑みを浮かべたまま言葉を続けた。
「あのミュールという魔術師達は深淵へ挑むよう申請を出したわ。冒険者ギルド長フウゲツも同行するそうよ。王子を守る最強の切り札をこの局面で王宮から遠ざける。そう考えて、あなたはあえて泥をかぶって試験を突破させたのでしょう?」
「そ、それは……」
「アカド王子派であるナバル公爵も娘の失態で面目を失った。妾からすればこれも喜ばしい。そこまで考えての謀略だったのでしょう?」
「は、はい……」
「あなた方の国家への忠誠、妾が王となっても忘れませんわ。これからも忠義を尽くしてくださいね?」
ズーラ姫の言葉を、グランドマスターは震えながら聞いていた。
☆☆
「よろしかったのですか?」
病室から出た後、護衛の1人がズーラ姫に尋ねた。
「たしかに冒険者ギルドの切り札と目される魔術師は、ウルを離れました。しかし、やつらが魔術師ギルドに提出された計画書通りに深淵50階からの生還を果たせば、冒険者ギルド独立は確実のものとなりますよ」
「もちろん分かっているわ。でも起こってしまった失敗は責めても消えない。あんな老人の首なんてもらっても皿に乗せて飾るくらいしか役に立たないでしょう? でも極地の風魔はまだ利用価値が残っている。最後の1人になるまで、妾のために働いていただくわ」
「なるほど、これは失礼しました」
ズーラ姫は王となる。
そのためならばなんだって犠牲にできる。どんな感情だって飲み込める。
それが王というものだと、ズーラ姫は理解している。




