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100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる  作者: ざっぽん
第2章 100年後に魔術書として転生したから今度こそダンジョン攻略する
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54話 少女とマンティコア


 試験は2人1組、それに試験官が付き添う形でダンジョンに潜る。

 目的は5階にいる試験官のところへ到達し、地上へ帰還すること。

 制限時間は1組2時間。


「ただし、地図は与えられない。今回の状況の想定はマッパー依頼だとする」

「はぁ?」


 生徒達から思わず不満の声が漏れた。

 男はじろりと生徒を睨みつけた。だが生徒達が青い顔をして震えている1人を除き、残り全員が目をそらすこと無く、無言に非難を視線に込め、男の目をまっすぐに見据えていた。

 彼らはみなサクス校特別クラスの生徒なのだ。みな、将来は偉大な魔術師になるという信念を持っている。試験官に口答えすることはないが、試験官に媚びを売るようなこともなかった。

 男は生徒達の視線に一瞬尻込みし、舌打ちした。


「説明はこのくらいでいいでしょう」


 男の様子を見かねたのかキネレットがそう言って説明を引き継いだ。


「組み合わせは成績上位者と下位者の組み合わせですわ。ただここには特別優秀な生徒が2人ほどいらっしゃいますので。特別クラス外の生徒と組むことになりますわ」

「は、はぃ」


 さきほど目をそらし震えていた生徒がう弱々しく答えた。


「なるほど、エステルへ何か仕掛けるつもりなら相棒の魔術師は弱い方が都合がいいというわけか、ふんっ」


 しかしエステルならば相棒が誰であっても容易く屈したりはしない。

 それだけの精神力を持っている。


「これから名前を呼ぶものは前に出ろ、ミュール、トーマス」


 自信のない不安そうな顔をした少年とミュールが前に出る。

 少年はミュールを見るとまだなにも言っていないのに、ぺこぺこと頭を下げた。


「次、エステル、シャドウ」


 若い生徒ばかりの中に、20代前後の青年が立ち上がった。

 シャドウと呼ばれる、その見たこともない男について生徒達はひそひそと噂をささやきあう。

 エステルとシャドウは前に出ると、自然な仕草で握手を交わした。


 キネレットは密かにほくそ笑んだ。

 普通才能があれば幼年学校を卒業すればすぐに魔術学校に入るものだ。

 そうでないものは、受験に失敗したか、すぐに推薦されるほどの才能が無かったかのどちらか。

 なんでもあの男はどこかの貴族からの圧力で無理やり編入してきたと、バンダリアは言っていた。


 そのようなクズであれば、エステルの足を大いに引っ張ってくれるに違いない。


「顔は悪くないのが勿体無いわね。別の出会い方をしていたら後見人くらいになってあげても良かったのに。あら、なるほど、そうやって別の貴族の奥方でもたらし込んだのね」


 変装の下の顔が狙っている男と全く同じ顔をしていることに、キネレットはまったく気が付かなかった。


☆☆


「センス・ザ・ドラゴンフォーム」


 ミュールの使った魔法によって、このダンジョンのすべてを同時に見ることができる。

 変幻の地である深淵では使えないが、通常のダンジョン程度なら、今のミュールにとって脅威ではない。


「プロジェクト・イメージ」


 さらにミュールは自分の見ているダンジョンの構造を、幻影として手にした白紙の紙に投影した。

 ダンジョンの情報がリアルタイムで更新される魔法の地図だ。


「な、なんですかこれ!?」


 トーマスは思わず大きな声をあげた。

 もしトーマスが叫んでいなかったら、後ろのいる試験官が叫んでいただろう。

 生徒を馬鹿にしていた試験官も、見たこともない完璧な探知魔法に驚愕していた。


(これが、ミュール……あの晩、我々の邪魔をした魔術師か)


 この試験官、極地の風魔の魔術師である。

 一見すると、教団は実力の割に地味な成果しか残していない魔術師達の集団であるが、彼らは裏では依頼を受けてリスクを解決する……リスクブレイカーとして活動している。その方法には非合法な手段も含まれていた。

 あの晩、ズーラ姫からの依頼を受けて、王子達を襲撃したのは彼らだ。

 国家の行く末を左右する大きな依頼ということで、彼らは精鋭を揃え、グランドマスターも参加して王子達を襲撃した。

 彼らの実力は本物だった。熟達した冒険者や護衛の兵士を倒しランカースすら追い詰めた。

 だが、あと一歩のところで、強大な魔術師の妨害にあい襲撃は失敗。

 グランドマスターを含む多くの精鋭魔術師が大怪我を負った。再起不能となり魔術師を引退することになった者も多い。


 リスクブレイカー稼業において極地の風魔の名は地に落ちた。

 この落とし前をつけないことには、メンツが立たない。グランドマスターは妨害した魔術師の抹殺を命令する。


 それが今回、キネレットに極地の風魔が手を貸した理由だった。渡りに船とはこの事だろう。

 もしミュールがこのことを知ったら、結局は私が原因なのかと落ち込んでいただろうが……。


(こんなガキがと半信半疑だったが、こいつの実力は本物! あれを準備してて良かったぜ)


 キネレットの為に用意したとうそぶくその策は、ミュールに対して牙を向けようとしていた。


☆☆


「しかしこんなもの、よく用意できたな」


 魔法鋼でできた檻の中で眠る『ソレ』を見て、男は恐怖に顔をひきつらせながら言った。

 彼らの仕事は、この檻を見張ることだ。

 必要ならば『スリープ』の魔法を重ねがけし、檻の中にいる『ソレ』が目を覚まさないよう注意する。


 『ソレ』は、一見すると巨大なライオンのような姿をしていた。しかし、その背中には鈍い光を放つレッドドラゴンの翼があった、尻尾はライオンのものに近かったが、その先端は大量の鋭い毒針で覆われていた。

 なにより異様なのは、これほど奇っ怪な怪物であるにもかかわらず、その顔は人間の特徴を、不気味なほどに有していた。

 そのモンスターの名は、マンティコア。ランク115。

 一体で100人以上の軍隊を壊滅できる魔獣だ。


 どんな世界にも奇妙な趣味を持つ好事家というのはいるものだ。

 モンスターマーケット。

 モンスターを生きたままダンジョンの外に持ち出すのは、魔術師ギルドが研究用に使われるモノを除けば、原則禁じられているためウルのような統制の取れた町では珍しいのだが、地方都市ではダンジョンで捕らえたモンスターを売買する闇マーケットはありふれたものだ。


「まったく、金持ちの考えることは分からねぇな。まぁそういう需要があるから、こんな大物を捕まえようなんて無謀な山師がでてくるわけだが」


 マンティコアは口角を引くつかせながら眠っている。どのような夢を見ているのかは、人間には想像もできないだろう。


 モンスターを飼いたい……というよりインテリアの1つとして屋敷に置きたいという者は少なくない。

 モンスターは動物とは全く異なる存在だ。

 モンスターは食事を必要としない。モンスターによっては肉に対して食欲を持つ種もいるのだが、それらは生存に全く必要としていないことが、研究者によって明らかにされていた。

 モンスターが食事をするのは、食事そのものが目的だからなのだ。

 また運動、排泄、その他生命体が必要とするほとんど活動も、モンスターの生存には必要ない。

 そのため、モンスターは檻に入れたまま放置するだけで、特に世話する必要のない観賞用のインテリアとなった。


 だが、あくまでインテリアである。モンスターはペットにはなりえない。

 1つは、モンスターは例えダンジョン内では人を襲うことのしない温厚な種であっても、ダンジョンの外へ連れ出すと、例外なく凶暴化するのだ。

 そもそもモンスターと人間の意思疎通は不可能である。生存を目的としないモンスターは、人間とは根本的に思考が違う。

 檻の中にいるモンスターは、最初は暴れ、檻が破壊不可能だと分かると、その後は手を伸ばしてきた人間を殺傷することか、檻から脱出して周囲の人間へ体が動く限り攻撃を加えるか、この2つの行動以外取らなくなる。


「勘違いしたやつらが、檻に入れられたモンスターが可哀想だと抜かすが、モンスターは人間に同情されるような、そんな存在じゃない。あれは人とは絶対に相成れない、異形の存在なんだ。もしあれが地上で生存可能なら、俺たちはこんな陰謀ごっこで遊ぶことなんてできなかっただろうな」


 男は自嘲気味に笑った。

 ペットとなりえないもう1つの理由が、モンスターは地上で生存することが不可能だからな。

 モンスターは生存にマナを必要とする。

 マナの豊富なダンジョン内でならモンスターは活動を続けられるが、マナの少ない地上では、モンスターはだんだんと衰弱し、最終的には死亡する。

 モンスターによってある程度の差はあるのだが、どの種も大体1ヶ月が寿命とされる。

 寿命を迎える前に定期的にダンジョンでマナを補給するようにすればある程度長生きするが、それでも半年を超えると、屈強な身体にも関わらず見てわかるほど衰弱していく。


 地上という世界は、モンスターにとって毒気が充満する死の荒野に等しいのだ。

 この2つの理由から、モンスターはペットではなくインテリア。

 例え好事家がペットだと思っていようとも、売り込む商人が珍しいペットだと口にしても、男にはこれがペットだとは認められなかった。


「こいつと一晩一緒にダンジョンで過ごすとか、恐怖でどうにかなりそうでしたよ。安全だと分かっていても……無事に終わってホッとしてます」


 部屋にいるもう一人が言う。

 彼はまだ若く、極地の風魔に入ったのも最近だ。


「まだ終わっていないぞ、最後まで気を緩めるな」

「す、すみません」


 極地の風魔に入る魔術師達はマッパー級を基準にしている。

 だがマッパー級と一口に言ってもダンジョン探索の腕は様々だ。それに、どれだけ才能があっても、結局は高価な魔術書がなければ無意味である。

 極地の風魔のような裏稼業を行っている魔術教団は、自分の所でそれなりに強力な魔術書を発行している。教団の格とは、発行する魔術書の格に比例するといってもいいだろう。

 極地の風魔の魔術師達は、本来なら手の届かない値段であるはずの魔術書を代償に、持たざる魔術師達は汚れた仕事に手を染める。

 だが仕事を続けるうちにやり甲斐を見出す。鍛えてきた魔法によって、抗争を、政局を、後継者争いを左右できるという全能感。

 これまで魔術書の質によって活躍の場を制限されていた魔術師達にとって、これは離れがたいスリルと興奮を与えてくれる。


『グルル……』


 マンティコアが唸った。

 二人の魔術師に緊張が走る。


「大丈夫です、眠っています」

「お、脅かすなよ、念のためにスリープを重ねるぞ」

「でも、もうすぐ出番でしょう?」


 魔術師は魔法と歯車で動く懐中時計を取り出し確認する。

 もうすぐ、ここまでミュールが来るはずだ。


「確かにそうだな。合図があったらこいつを解放して俺達はすぐに逃げる。ウィングの魔法を準備しておけよ」

「ええ、飛びながら一気に離脱ですね」

「ミュールやエステルに随伴している試験官に比べたら楽な仕事だよ。あいつらはギリギリまでその場に粘らないといけないからな」

「依頼人のお嬢さんは脱出できるので?」

「さてどうだろうな? 俺達は屋敷で結果を待てと散々忠告したんだ。逃げられるかどうかは本人の運次第ってところだな。さて、もうそろそろ合図が……」


 ガタンと檻から音がした。


「なっ!?」


 あわてて檻を見た魔術師達が見たものは、ギラギラとした地獄のような憎悪に燃える魔獣の両眼。


「大丈夫だ、モンスター用の魔法鋼製の檻だ。簡単に出れるようなものじゃ……」


 マンティコアは前足の爪を檻に当てた。

 ググッと力を込めると、マンティコアの腕の筋肉が膨れ上がる。

 魔法でしか傷つかないはずの魔法鋼が、まるで溶けたガラスのように歪み、裂けた。


「なっ? 合図は!? もう檻から出しますか!?」

「まだだ、スリープで眠らせろ!」


 二人はスリープの魔法をマンティコアにかける。

 それが判断ミスだった。彼らは真っ先に身の安全を確保すべきだった。


 うるさそうにマンティコアは尻尾を逆立て、一度だけ振った。


 最初のスリープの魔法は届かなかった。抵抗されたのだ。

 二度三度と魔法を使い続ければ、精神魔法に対して耐性のないマンティコアはいずれは眠っていたはずだ。

 だが、二度目のスリープが唱えられることは無かった。


 二人の魔術師は眉間と喉を、親指ほどもある太い針で貫かれていた。

 即死だった。

 マンティコアの針は、正確無比。さらに同時に4人以上の相手を狙うことができた。

 魔術師とて、1手遅れれば即死する。これがマンティコアのランクの地位に君臨させている理由だ。


 邪魔者のいなくなったマンティコアは、檻を両爪で粉砕すると、生まれ故郷でない異郷のダンジョンにいる自分が、まるで許せないかのように吠えて暴れた。

 部屋の扉を粉砕しながら飛び出すと、人の気配のする方へと走る。


 憎悪のままに殺すために。


☆☆


 シャドウとエステルは、ダンジョンを進んでいる。

 シャドウはアース・アイズという大地の振動から動くものの位置を察知する魔法を使っている、という体にしているが、実際はミュールの地図を見て状況を判断している。


(なるほど、これが嫌がらせか)


 2人の目的地付近には大量のモンスターがいる。

 魔法でおびき寄せて集めたのだろう。


「エステル、目的地には大量のモンスターがいるようだ。進むなら戦闘は避けられない」

「分かりましたわ。私は余力十分ですわよ」

「私もだ」


 同行しているキネレットは、2人が自分より遥か格上の魔術師であると認めざるを得なかった。


(な、なんなのよこいつら、グリフォンやオーガがまるで障害になっていない)


 並のマッパー級魔術師の域を遥かに超えている。

 キネレットの物差しでは2人の実力を測ることはできなかった。


 だが、キネレットには勝算がある。

 目的に誘導された大量のモンスターもそうだが、目的地には実家から持ち出した魔法兵器である、アイアンゴーレムがいる。

 全長4メートルにもなる鋼鉄の鬼神は、火、冷気、電撃、酸の4属性に対してレジストの魔法をかけてあり、一体で兵士100人分の働きをするというものだ。


 大量のモンスターに襲われているところをゴーレムで襲撃すれば、エステルを再起不能にできるはず。

 あの顔に大きな傷跡でも残してやれば、アカド王子の気の迷いも晴れるだろう。


 キネレットはそう考えていた。


 さあ、目の前の2人は死地へと進んでいく。


☆☆


「あ、あの、ミュールさん……」


 パートナーであるトーマスに名前を呼ばれても、ミュールは返事をしない。


(エステル大丈夫かなぁ)


 エステルも強力な魔術師であるし、シャドウである自分の影もいる。

 だが2人とも現代魔術師の域にいるのだ。

 どんな陰謀が待ち受けているか分からないが、油断はできないはずだ。

 ミュールはエステルが心配で、試験に集中していなかった。


「あの、ミュールさん! なにか来ます!」


 トーマスが悲鳴をあげた。

 暗がりの奥に人の顔が浮かぶ。

 その顔は狂気に焼かれ、開いた口からよだれを撒き散らしながら、やがてその異形の身体を魔法の光の届く範囲に姿を見せた。


「ま、マンティコア!」


 恐怖と絶望で倒れそうになりながらも、トーマスは魔法を使った。

 魔法の才能や高価な魔術書を買う財力は無いが、この胆力はなかなかのものだと、ネクロノミコンは感心した。


「アース・ハンド!」


 使った魔法も、相手を攻撃する魔法ではなく、足止めする魔法。

 勝てないと判断し、少ない手札から逃げるための最善手を選ぶ。


「筋は悪くないな、だが」


 相手が悪かった。

 たとえトーマスが、どのような選択をしていたとしても、彼にマンティコアを止めることはできない。

 マンティコアの前足を土の腕がつかむ。

 が、腕は一瞬の間すら持ちこたえることができずに軽く引きちぎられた。


「し、試験官! 無理です! た、助け……」


 振り返ったトーマスの目に飛び込んできたのは、驚き目を見開き、そして未だなんの魔法を準備していない試験官の姿だった。


(予定と違う、まだ早い、俺はまだなんの準備もしていない!)


 試験官はパニックで思考が停止していた。


「もうだめだ……」


 トーマスは絶望で膝が落ちそうになる。

 マンティコアは尾を振り上げ、二人の教団員を屠った必殺の針を飛ばそうと狙う。


「うるさい」


 通路に青い炎の球体が現れる。

 ミュールのファイアー・ボールがマンティコアを直撃し、魔獣を一発でバラバラに粉砕していた。

 飛ばそうとした針は熱で燃え尽きる。

 爆炎が晴れると、通路にはクレーターができていた。


「今それどころじゃないの」


 ミュールは迷惑そうにそういうと、エステル達の動向を見守る作業に戻る。

 見ていて何かできるわけではないのだが、だって心配だから。


 それに比べたらここで起きていることなんて、大したことではない。


「……まぁ別にいいんだけどな」


 ネクロノミコンは驚愕のあまり思考が停止したまま固まっている試験官とトーマスを見て、自分がフォローするしかないよなと、面倒くさそうにため息をついたのだった。

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