53話 魔術師と少女はテストを受ける
ラファエラは学校を朝の授業だけ受けて昼前には早退していた。
あれでテストは大丈夫なのか、ミュールは心配だったが、なにも問題ないと本人は言っていた。
実際、ラファエラは魔法を記憶する必要のない信仰魔法の使い手にもかかわらず、筆記テストも万全だ。
まるで忘れるということそのものを忘れてしまったかのようですわ、と以前ラファエラと勉強の話をしたエステルは言った。
あればかりは、もって生まれた才能というしかない。
そして翌日。
テストの日がやってきた。
☆☆
午前中は筆記試験。
教壇で試験の説明をしている男は、やはりこの学校の教師ではない。
説明の仕方も手際が悪く、慣れていないことがうかがえた。
キネレット嬢は教室の後ろで椅子に座ってつまらなそうに爪を磨いている。
筆記試験の間は特にすることもないのだろう。
「では、はじめ」
教壇の男の下手な説明が終わると、男はテストの開始を宣言した。
魔術学校の筆記試験では問題量に対して試験時間が不足気味で、分からないところは飛ばして分かる問題を次々に問いていくことが推奨される。
それに実技の方が配点は高いのだ。
筆記に関しては、赤点を取らなければいいと割り切る生徒もいた。
だが、魔法は急に身につくものではない。
直前に成績をあげようと思ったら、筆記試験で努力するしか無いのも事実だった。
「B、直前に使う魔法はアイシクル・ショット」
ミュール、そして離れた席にすわるシャドウはネクロノミコンの言うとおりに回答欄を埋めていく。
今解いているのは魔法応用の答案だ。
「次の問題は、事前にファイアー・ボムで酸素を消費し、エア・バリアで蓋をすることでファイアーエレメンタルを弱らせる、だ」
「え、そうなの?」
ミュールの知識からすればネクロノミコンの答えは意外だ。
この方法が通用するのは小型のファイアーエレメンタル程度で、それ以上の相手ならおそらく現代魔術師のエア・バリアでは突破されるだろう。
「問題の傾向からすれば、このテストの制作者は、現象制御による魔法の運用を好んでいる。とすれば、答えは物理現象で解決するだ」
「うーん、でも……」
「正しくはない、そんなことは承知だ。だがテストとは正しい答えを書くものではないのだ」
「そうなの?」
ネクロノミコンの表紙に皮肉めいた笑みが浮かんだ。
「テストとは、制作者がなにを望んでいるかを答えるものなのだミュール。それがわかれば、テストの点を取るのはずっと楽になる。問題自体が分からなくとも、答えを察することができるほどにな」
ネクロノミコンは順調に筆記試験の内容を埋めていった。
☆☆
「それまで」
無慈悲な宣告と共に筆記試験が終わる。
余裕の表情で伸びをする者、不安な表情で友達と答え合わせをする者、真っ青な顔で突っ伏す者……色々だ。
ミュールとシャドウはネクロノミコンに解いてもらったため、実感がない。
なお二人の答案は記述問題は別の文章になるようネクロノミコンが考えてある。カンニングと間違われないよう対策だ。
まぁ実際にネクロノミコンを使ってカンニングしているわけだが。
ラファエラもエステルも余裕のある側だ。
「実技試験前にお昼を済ませないと」
ラファエラはもう終わった試験のことなど興味がないように、お昼の相談をはじめた。
「静かに」
騒がしくなった教室に、まだ残っていた試験官の男が手を叩きながら言う。
「午後の試験は訓練所ではなくウルの外で行う」
ざわりと教室が騒然となった。
男は机を叩いて静かにするよう命じなければならなかった程だ。
「黙れ! ふぅ、全く落ち着きのないやつらめ。場所はこれから配布する資料に書かれてある。お前たち特別クラスはハカンの洞窟11か、深霧荒野西洞窟のどちらかだ。質問はここでは一切受け付けない。遅刻したら減点だ。試験は夕方6:00を期限とする。分かったな、では書類を配布せよ」
無茶苦茶だ。
だがこの教師でもない男たちは本気なのだ。本気でダンジョン内で試験をするという暴挙をやるつもりなのだ。
事前にシャドウがバンダリアから試験内容を知らされていなかったら、ミュール達も驚いていただろう。少なくともミュールは驚いていた。
そして、この試験が実は、ただエステル1人を貶めるためのものだと、バンダリアから聞いていなければ想像もできなかったに違いない。
キネレット・ニベネ・サラフ。
彼女と、サラフ公爵がアカド王子にアプローチをかけていることは、宮廷で多くの貴族が知る所だった。
彼女はそのためにあらゆる努力をしてきた。
断じて、エステルなどという賢者の塔から追い出された劣等魔術師などに奪われて良いはずがないのだ。
☆☆
深霧荒野西洞窟は、ウルから馬車を使って2時間くらいのところにある。
しかしながら、雨季では道はぬかるみ馬車の動きは制限させる。
馬に乗れれば問題ないが、馬術のできる魔術師は多くない。
この窮地に生徒達は慌てて馬を操れる人間を雇うために走ることになった。
「サモン・ファントムホース」
ミュールが魔法を使うと影を身にまとった馬が現れる。それも10体も。
「持続時間は1ヶ月くらいだから、好きに使っていいよ」
「ありがとうございます!」
ミュール、エステル、ラファエラ、シャドウが乗るのが4体。
余った6体は、ミュールに相談にきた生徒達が使うことになった。
ファントムホースは口で命令するだけで制御できる魔法の馬だ。
普通に使うだけで10体同時に召喚されるので、余った馬を譲っただけなのだが、ミュールは大いに感謝され、この恩は必ず返すとまで言われてしまった。
ミュールも感謝されて悪い気はしない。
ちょっと得意げになりながら、気持ちよく馬を走らせ目的地を目指した。
☆☆
深霧荒野西洞窟は、比較的最近見つかったダンジョンだ。
もちろん地図の作成は完了しており、モンスターの大半も討伐済みだ。
それでも最近の騒動で、しばらく探索されておらずモンスターが増加していることが予想される。
ピッカーのダンジョンとしては、難易度が高いと言えるだろう。
「そんなところで試験ね」
ミュール達は早めに到着し、時間には余裕があった。
今はラファエラが用意していたコーヒーを飲みながらのんびり待機しているところだ。
コーヒーを飲み終わると、ラファエラが立ち上がった。
「それじゃあ、そろそろ私はいくよ」
「え、行くってどこへ?」
「私はハカンの洞窟11で試験だからね」
「ええっ? じゃあなんでこっちに……」
「そりゃ、最近は君と話をする時間が無かったから、寂しかったんだよ。それじゃ試験が終わったらまた会おう」
ひらりとファントムホースにまたがり、あっという間にラファエラは去っていってしまった。
「相変わらず変わった人ですわね」
ミュールもエステルもラファエラの奇行には慣れたつもりだったが、まだまだ未知の部分は多いようだ。
☆☆
「遅刻者は3人か。グズめ」
試験官は男の魔術師が3人と、キネレットだ。
説明をする男は歯に衣着せぬ物言いで、生徒達から反感をかっているところだ。
「こいつらは減点だ」
口元に冷笑を浮かべながら男は言った。
それを見たネクロノミコンは呆れている。
「ダンジョン探索とは入念な準備の元で行うもの。急に行けと言われて行くものではない。ましてやダンジョンに到着する速さに何の意味がある。あいつはただ減点するために試験を作っているだけだ」
試験を作る時によく陥る状況だ。
理解を問うのではなく、いかにひっかけ減点させるかという視点から問題を作っている状況。教師でもなんでもないこの男達に良質な試験を作れというのが無茶な話ではあるが、その上で普通でないテストを行っているのだからメチャクチャになるのは当たり前である。
「しかしまぁ、そんな状況でも最善を尽くすしかないのが生徒というものだな」
生徒はテストを選べない。
どんな理不尽なテストであっても、今目の前にある問題に最善を尽くすしか無い。
生徒達は、怒りに歯を食いしばりながらも大人しく話を聞いていた。




