50話 少女とテストと陰謀と
「我々はアカド王子暗殺を防ぎ、ズーラ姫と魔術師ギルドが関与している証拠を見つけるつもりです。アカド王子さえ存命ならば、いくら魔術師ギルドでも証拠を突きつけられては手を引くしか無いはず。ズーラ姫も失脚、我々の勝利というわけです」
「口で言うのは簡単だが、そう上手くいくかな」
「確かに、相手は凄腕の魔術師です。昨晩も護衛の兵士、冒険者が倒され、王子や私も危ういところでした。守っていたのはみな優れた戦士達だったのですが……」
「弱体化したとは言え相手は魔術師。こちらが不意をつくなら別だが、王子を守りながら勝てる相手ではない」
ランカースは顔を歪めたが、頷いた。
「悔しいですがおっしゃる通りですね……」
「王子をどこかに隠すというのはどうだ?」
「問題点が2つ。1つは、王子には公務があります。ある程度は代理で済ませることもできるでしょうが、すべての公務を本人不在で済ますことはできません。それこそズーラ姫にとって格好の攻撃材料になりえる。そしてもう1つが、魔術師ギルドを相手に安全な隠れ家などありません」
ミュールほど手軽には使えないが、いくつかのモンスター由来の占術道具を使えば名前を知っている個人の居場所を特定することもできる。
そうでなくても、魔術師ギルドという大組織から隠れおおせるのは、ほぼ不可能と言ってもいいだろう。
「つまり、王子は公務を行いつつ、魔術師ギルドの力を持ってしても絶対にたどり着けない隠れ家に潜み、さらに陰謀の証拠を見つけて魔術師ギルドを失脚させる」
「……そうして言われてみると不可能なように思えますが、だが諦めてはいません。必ずなにか方法が」
「ある」
ネクロノミコンは言い切った。
ランカースは驚いてネクロノミコンを見るが、その表紙は自信にあふれていた。
「たとえどれだけ優秀な魔術師であろうとも絶対に見つからない隠れ家。そしてその隠れ家にいながら公務に参加する方法。陰謀の証拠については冒険者ギルドの活躍に期待するしか無いが」
「い、いえ、それが可能なら十分です、ですがそんなことが可能なのですか?」
国家権力すら手出しできない大組織ですら手の出せない隠れ家。
それでいて公務に出席するなど不可能だ。
「可能だ」
だがネクロノミコンは即答した。
「そして、それが我らが望みでもあるし、相手のスキを作る一手にもなりえる」
「一体それは……」
にやりとネクロノミコンが不敵な笑みを浮かべた。
「深淵だよ、ランカース」
「深淵?」
「あの変幻の地は入る度に姿を変えるダンジョン。俺でさえ、先に深淵に入った者とダンジョン内で合流することは不可能だ。王子を深淵につれていけば、魔術師ギルドは手出しできない」
「ば、馬鹿な、素人を深淵に? 正気の沙汰ではない。それに、深淵にいては公務には出られません」
「それはミュールが解決する」
「え、私?」
ミュールは驚いてネクロノミコンを落としそうになった。
まさかここで自分の名前がでてくるとは。
「この魔法を使え」
「……はああああああ!!!???」
ネクロノミコンから魔法についての情報を渡されたミュールは悲鳴を上げた。
真っ青な顔をして首を横に振っている。
「無理無理無理無理!!!」
「無理ではない、やれ」
「絶対無理!」
「とりあえず魔法を使ってみろ!」
「やだよ!」
ミュールのあまりの取り乱しように、周囲は唖然としていた。
「お、落ち着いてください、一体何をするつもりなんですか」
思わずアカド王子は立ち上がって心配そうに言った。
ミュールは困り果てたように王子を見上げている。
「ミュール、とりあえず魔法だけ使ってみろ。やるかやらないかは相談して決めればいいだろう」
「うー……分かったわよ」
ミュールは嫌そうな顔を続けながらも魔法を使った。
「シャドウ・プロジェクション」
ミュールの影がぐにゃりと蠢き、ぶくぶくと泡立つと、平面から立体的な姿へと変化する。
ぷつりと音がしてミュールと影のつながりが切れ、黒い影に色がついていく。
「こ、これは!?」
その影を見た3人は絶句した。
そこにいたのはミュールだった。
「うぅぅぅ……ポリモーフ」
続けてミュールは、影だったもう1人のミュールに変身の魔法をかける。
もう1人のミュールは姿を変え、やがてそこには、
「これは、私か!?」
アカド王子がもう1人立っていた。
……1人は泣きそうな表情をしているせいで、見分けるのは簡単だったが。
☆☆
3人は目の前で起こった異様な光景に言葉を失っている。
ネクロノミコンはその様子を満足気に見渡すと、説明を続けた。
「シャドウプロジェクションは、自分の影を分離し、もう1人の自分とする魔法だ。思考や見聞きした情報は共有される。脳が2つあるようなものだから、全く別の作業をさせても何の支障もない。影が使える魔力は本体の十分の一程度だが、それでも賢者の塔の魔術師程度の力はあるだろう」
「な、なるほど、つまり本物の王子である私はミュール君と一緒に深淵に向かう。そして影のミュール君が私の影武者として公務にあたる」
「本体に伝えたことは影にも伝わる。公務に必要な判断については王子に聞けば間違うこともない」
「まさかこんな方法が」
王子を守りつつ、公務もこなす方法。
この場にいる全員がこの方法に活路を見出した。
ミュール本人以外は。
「無理だって! 私に王子様の代わりなんてできっこないよ!」
ミュールともう一人のアカド王子が同時に言った。
ミュールが泣き言を言っているのはこの点だ。
王子にいつでも相談できるとはいえ、ミュールが王子の代わりをしなくてはいけない。
ミュールには社交界の知識もないし、自分にできるとも思えない。
絶対に失敗する。
この部屋の中で、ミュール本人だけはそう確信していた。
「お任せくださいミュール君」
だがこれまでの疲れた表情とは打って変わって、笑顔を輝かせながらランカースが立ち上がった。
「一週間。一週間で仕上げます」
「はい?」
「あなたを完璧な王子へと仕上げると言ったのです」
「え、えー」
「私も協力しますわ」
「エステルまで……」
アカド王子はもう1人の王子の手を取った。
その声は驚きと興奮で上ずっている。
「すごい、あなたは私だ。本当にすごい。もちろん私自身のことですからね、付きっきりで教えます」
「お、王子様、顔近いです」
「ああ失礼、女性だというのをつい忘れてしまった。ああっ、なんてすごい魔術師なんだ。君が魔術師ギルド側でなくて良かった、そうであったなら私は魔術師ギルドと争おうなどと思わなかったかもしれない。勝ち目などなさそうだからね」
完全に断れる空気ではない。
魔法を使った時点で、ミュールの負けだったのだ。
「ネクロノミコン!」
「安心しろ、ここに来る前に約束したろ?」
「なにをよ」
ネクロノミコンは面白そうにニタニタと笑みを浮かべる。
「あとでマナーを教えてやるって」
ミュールは肩を落とし、ぶつぶつと泣き言を言い続けたのだが、やがては諦めて首を縦に振ることになった。
☆☆
「王子の深淵行きについてだが」
ミュールが落ち着いたところでネクロノミコンが言った。
ミュールは聞き返す気力もないようで、椅子に体育座りしながら話を聞いている。
「深淵探索のパーティーは書類を提出しなければいけない以上、偽りの身分を用意する必要がある」
「それでしたら冒険者として身分証明書を偽造しましょう」
「駄目だな。冒険者ギルドはマークされている。間違いなく書類を精査されるぞ」
「……その危険はありますが、他に何か方法が?」
「ここは魔術師ギルド本人に王子の身分を証明してもらおう」
「魔術師ギルドに?」
「魔術師ギルドで作られた身分証なら、たとえ書かれてあることが偽りの内容であっても、偽造ではない」
だがそんなことが可能なのか?
「可能だ。それもすぐに」
「一体どうやって」
「王子を明後日までにサクス校に編入させる」
「ええ!?」
「ちょうど今、魔術師としてのテストを行っているところだ。こういう場合、編入テストをやるなら合同で行われる。そうだったなエステル」
「ええその通りですわ……まさか」
「編入の場合身分証を確認するのはサクス校の教師達だ。そして発行された学生証は魔術師ギルド直轄のサクス校が作った本物の身分証。幸い、王子は権力者だ。大急ぎで編入手続きをさせる程度のことはできるだろう」
「それくらいなら可能でしょうが……私は魔法がほとんど使えません。編入テストに合格するとは」
「もちろん、それをやるのも」
「やっぱり私なのね」
ミュールの肩には次々に責任がのしかかっている。
「頑張れよ」
「もし私が特別認可をもらえなかったら?」
「計画はすべて潰れるな」
ミュールは両手で顔を覆った。
だがいくら目をつぶろうとも、やるべきことは変わらないのだ。
「ネクロノミコン、協力してよね」
「もちろんだ」
こうなったらもう真面目ちゃんではいられない。
ミュールはあらゆる手段を使ってでも、2つの特別認可をもらう覚悟を決めたのだった。




