49話 魔術師は陰謀がお好き
ランカースは一口水を飲んだ。
「まずは状況のおさらいです。我々冒険者ギルドは、魔術ギルドの下部組織。ダンジョン探索における、魔術師以外で生存術のスペシャリストを育成し運営するのが役割です。現在は魔術師ギルドの下部組織ということで、ダンジョン探索に大きな制限がかかっており、これらの撤廃と冒険者の地位を魔術師の下ではなくパートナーへと引き上げることを目標に、独立を目指しています」
「次に魔術師ギルドですが、冒険者ギルドの独立を防ぐため、現在のトップ陣を更迭し、魔術師ギルドから天下った魔術師達を冒険者ギルドのトップへ据えようとしています。
そのための大義名分が、ネクロノミコンが説明してくれた“マナが醒める”ことによる、魔術師の質の低下。冒険者は魔術師を守るのが仕事ですので、魔術師の質が低下した場合、まっさきに倒れるのは冒険者です。魔術師ギルドは、それを冒険者の訓練が不足しているからだとして、我々の指導力不足を指摘し、ギルド長らの更迭を狙っているのです」
「さらに魔術師ギルドのトップ、賢者の塔は王族、貴族から少しずつ権力を譲渡させることを狙っています。農業、工業共にほとんどのインフラは、ダンジョンからの資源に頼っていますので、それを独占する魔術師ギルドの経済力と発言力は、あらゆる勢力を超越しています。これが国家を超えて結びついているのですから、各国の王族や議会といえども魔術師ギルドの発言を無視することはできないほどです。
そして、ダンジョンから資源の流通インフラ、各種産業、それを販売する商会まで、魔術師ギルドの管理下におこうと魔術師ギルドは働きかけています。国家が運営するより、魔術師ギルドに委託したほうが効率が良いというのが建前ですが、貴族たちの支配力を奪うのが目的でしょう」
「魔術師ギルドの最終目的である、地上からマナを失わせ魔法とダンジョンを独占するには、ダンジョン探索に関わるもう一つの勢力である冒険者ギルド。そして名目上はダンジョンを含む土地の所有者である貴族。これらを無力化しなければなりません。
現在の魔術師ギルドの動きは、そのためのものと我々は分析しています。
……ここまでが、前提知識です」
「わかったかミュール?」
「うん、魔術師ギルドをやっつけろ」
「まぁそうだな」
多分理解はしているのだろう。
だがそれよりも、ミュールは何をやるべきかが重要だと思っている。
倒すべきは賢者の塔と魔術師ギルド、それで冒険者ギルドの独立も貴族からの権利簒奪も防ぐことができる。
「ここからが本題です。これまで話した状況にアカド王子とスーラ姫の継承権争いが加わります。この国を治めるサルゴン王には息子が2人、娘が1人です。この国の継承法はご存知ですか?」
「長子相続法ですわね」
「はい、継承権1位の長男に王国すべてを相続させる、というのが基本です。例外として、領土がその代で広がった場合、つまり祖父王の代の領地は必ず長男に継がせ、それ以外の領地については王の裁量に任せるという形になっています。今は領地の大きな変化がありませんので、皇太子殿下がすべての継承すると予測されています。
では長男に何かあった場合、あるいは長男が継承権を放棄した場合や、王及び貴族の全会一致により継承権を剥奪された場合、継承順位はどうなるかですが。これはまず次男、三男と現王直系の男子が順に並び、続いて現王直系の女子が続きます。その後で親等が近い順に傍系の男という順番です。
とはいっても継承権があったとしても長子相続法ですので、継承権1位以外は直接的な利益はありません。家柄の格という意味では別ですがね」
「オール・オア・ナッシングでシビアなんだ」
「ええ本当にそうですよ」
アカド王子が肩をすくめた。
「継承権2位は次男のエア王子。彼はまだ10歳の子供です。そして第3位のズーラ姫。継承権は第3位ですが、彼女が一番の年上です」
「そのズーラ姫と争っているんですか? でも3位なんですよね?」
「ええ、ですが……エア王子は笑い熱にかかってしまって」
「笑い熱!?」
笑い熱とは熱病の一種で、感染すると脳炎を引き起こす。
特効薬などはなく、症状が収まるまで症状を緩和し続けるしかない。
この脳炎で引き起こされるせん妄状態により、患者は笑うような悲鳴をあげることから、笑い熱という名前がついている。
この病気は大人が感染しても致死率30%を超える危険な病気だが、子供が感染した場合は、より高い致死率に加えて、熱病によって脳に障害が残るという後遺症が発生する。
それを防ぐためには特別な解熱剤が大量に必要なのだが……。
「笑い熱用の解熱剤はダンジョンに生息するランク33の大型モンスター、ケリュネイアの角が必要なのです」
ケリュネイアとは、黄金の角を持つ鹿のようなモンスターだ。
信じがたい速度で走ることができ、また束縛や麻痺といった魔法を無効化する能力を持つ。
並のパーティーでは触れることすらできずに倒されてしまうだろう。
対策としては、魔術師に攻撃を加えられぬように円陣を組んで守り、どんなに高速で動いても逃れられないような範囲魔法で倒す必要がある。
「もともと豊富に流通するような素材ではありませんし、他にも汚穢熱や黒吐熱といった熱病の治療にも使われます。もちろん王宮の医務室にもある程度の備蓄はあったのですが……あくまでこの薬は症状を緩和し、脳へのダメージを減らすためのものです。病気が治るまで継続して投与する必要があり……王子の症状は長引いた、そして足りない分を集めにいった魔術師達のパーティーが失敗したのです」
その結果、もともと身体が丈夫では無かったこと、単純な不運もあったのだろう、十分な薬を得られなかったエア王子は、命こそ取り留めたが正気を失ってしまった。
「2人の王子を排除するのは難しかったかもしれません。ですが1人となると不可能ではない。ズーラ姫はそう考えたのでしょう」
他の兄弟をすべて排除して王になる。
ミュールは一人っ子で、その感覚は分からない。
孤児院で一緒に育った子供たちはいるが兄弟というより幼馴染か、ただの友達だ。
兄弟と思ったことはない。
だから想像でしかないが、それでも、血を分けた者と戦うのはどのような気分なのだろうか。
(でも……)
私もそうじゃないか。
ミュールの脳裏に浮かんだのは、ミュールのことを『姉さん』と呼んだ、あの蒼いマナの少女。ミュールになれなかった、私の妹。
私と彼女は本気で戦ったではないか。
「ミュール」
ネクロノミコンに名前を呼ばれ、ミュールは我に返った。
「話の途中だ、集中しろ」
「うん」
ネクロノミコンの言葉はそっけなかったが、口調は穏やかだった。
「話を続けましょう。アカド王子とズーラ姫。この二人の権力抗争なのですが、もともとアカド王子は反魔術師ギルドよりの方でした。今回の薬の入手に失敗したことで王宮内でも魔術師ギルドにダンジョンを独占させるのはいかがなものかという意見がでましてね。アカド王子が主導となって、我が国では魔術師ギルドの権利を他の組織に分散させたりする案が出ているんですよ。
そうなると困るのが魔術師ギルドです。これに目をつけたズーラ姫が、魔術師ギルドに接近し、魔術師ギルド派の貴族達と共に、アカド王子を排除しようと動き出したというわけです」
「でもそんなことをして許されるものなんですか? 暗殺なんてしたら誰もズーラ姫の継承を認めないと思うんですけど」
「継承権の剥奪には王族と貴族による協議が必要となる。暗殺なんて手段を使えば通常なら、剥奪になりえる大罪ですが……魔術師ギルドの後ろ盾があれば別です。剥奪に必要な全会一致は不可能。魔術師ギルドにはそれだけの力と、貴族たちに道理を曲げさせる権力と経済力がある」
魔術師ギルドの力が強くなれば、いずれは王族貴族の首を絞めることになるだろうが、それよりも目先の利益を選んでしまうのが人間だ。
「以前から我々冒険者ギルドは、アカド王子と接触していました。ミュールさん達との約束を果たせず心苦しいのですが、我々の手勢はみな、この継承権争いに動いているのです」
深淵探索にでられない理由。
冒険者ギルドにとっても、アカド王子を守ることは最優先事項なのだ。
「なるほど、この件をどうにかしないことには、我々は深淵に進めないということか」
ネクロノミコンはそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ならばもっと詳しい話を聞かせてくれランカース。抗争を終わらせるにはどうするか、お前の考えを聞かさてもらおうじゃないか」
この騒動に何か利用できるものを感じたのか、ネクロノミコンはいつになく乗り気だった。
だがこの魔術書が、豊富な知識と比類なき力を持っているのは事実だ。
ランカースはミュール達を巻き込んでしまったことを心苦しく思いながらも、心強い味方ができたことを喜ばずにはいられなかった。
テスト、陰謀などいろいろ話が出てきましたが、次回で物語の方向を一つにまとめます!




