47話 魔術師と少女は雨の町を歩く
翌日、ミュールとエステルは共に学校へと向かう。
学校では試験まであと2日ということで、ピリピリとした空気が教室に漂っている。
「そういえばここ、特別クラスだったんだよね」
「勉強している人に聞かれると怒られますわよ」
ミュールのクラスは、学年成績上位者の通う特別クラス。
試験に対する意気込みは、他のクラスよりずっと高い。
「……ラファエラ来てないね」
「そうですわね、大丈夫ですの?」
「うーん、ラファエラっていつも勉強している様子もないのに、成績優秀だし大丈夫なんじゃないかな?」
「これだから天才どもは……」
秀才型のエステルは、がっくりと肩を落とした。
エステルが今回慌てていないのは、日頃の勉強の賜物であり、勉強していないというわけではない。
エステルは魔術師ギルドでの派閥抗争や深淵探索への準備をやりながら、毎日3時間、予習復習を続けてきた。
入学してまだ半年も経っていない。その分、試験範囲も限られたもので、エステルには余裕があるというわけだ。
「そういえば、私放課後、ランカースさんの様子を見に行くつもりだけどエステルはどうする?」
「そうですわね、冒険者ギルドのゴタゴタが終わってくれないと深淵探索へ進めませんし、私も行ってみますわ。それにアカド王子も一緒にいれば、ついで婚約のお断りも伝えたいですし」
「え、もう断るの? それに書面じゃなくて口で伝えるの?」
「いけませんの?」
「いや……そういうわけじゃ」
エステルは本当に婚約に興味がないのだ。
☆☆
放課後、ミュールはまず魔法でランカースの位置を特定した。
場所は冒険者ギルドではなく昨日の屋敷だ。
「冒険者ギルドには戻ってないみたい」
「私達のことは信用してもらえるはずですわ。そっちに行ってみましょう」
ランカースが滞在している屋敷は、王家所有の屋敷でウルの町に王都の騎士が滞在するときに利用するものだ。
今は3人の騎士が滞在していることになっている。
「そこに命を狙われた王子が滞在しているというわけか」
ネクロノミコンは事態を面白がっている。
「さっさと解決して深淵探索に向かいたいところだが、皇太子が魔術師ギルドではなく冒険者ギルドに保護されているというのは興味深い。ぜひ話を聞いてみたいものだ」
「やっぱり私達も関わるの?」
「昨日あれだけ派手に助けておいて何を今更」
「それはそうだけど」
政治闘争なんて、ミュールにとっては遠い世界だ。
有力貴族の顔すら知らない。
アカド王子の顔だって昨日始めて知ったくらいだ。
田舎育ちにとって誰が王様になるかより、明日の天気の方がよっぽど重要だったのだ。
☆☆
外は雨が降っていた。
例年より少し遅い雨季の到来。
灰色の空に遠くから雷鳴がとどろき、傘を指した人々はその音に少しだけ驚いたような様子だった。
「この時期は傘が手放せないと思ってたけど、魔法って便利」
ミュールは下級魔法のエア・バリアで薄い風の結界を張っている。
防御力は気休め程度だが、普通の雨や風程度なら問題ない。
このくらいの魔法なら魔術師でなくても使えるものもいて、通りには生活に役立つ下級魔法を収めた10ページほどの小魔術書『バニャン呼び売り版画本』を取り出し、雨を気にせず悠々と歩いている人もいた。
濡れている人も、軒下までいくと、初級魔法で服を乾かしている様子が見られる。
魔術師でなくとも、魔法はこの国で誰もが使う。
その力は強くはないし、下級魔法を一日に数回しか使えない人がほとんどではあるが、便利な道具として人々の間に根付いている。
だから、マナが醒めたら文明は崩壊すると、ネクロノミコンは悲観的な予測を立てているのだ。
「ところでミュール、俺へのカビ対策を忘れるなよ」
「あっ、ごめん忘れてた」
とはいえネクロノミコンも、マナ減少の問題よりも、まずは目の前にあるカビ対策に頭を悩ませているのではあるが。
すっかり忘れていたミュールに対して、文句をつけるネクロノミコン。
二人の様子を見て呆れつつも、笑みをこぼすエステル。
多くの陰謀や問題を抱えつつも、魔術の都ウルは、乾季で溜まったホコリを雨で洗い流しつつ、いずれ空に掛かる雨上がりの虹を心待ちに雨季の日常を営んでいるのであった。
☆☆
ランカースがいる屋敷は、雨の中にもかかわらず、フードつきの外套を着た衛兵が槍を持ってじっと警備を行っている。
エア・バリアは使っていない。
魔術師でもなければ1日に1時間程度しか維持できないのだから見張りには向かないのだろう。
防水性の高いファニートレントの樹皮を使って作られた外套は、雨をよく弾いてはいるが、それでも長時間雨の中警備を続けるのは、きつい作業だ。
「すみません」
ミュール達は衛兵に声をかけた。
話しかけてきたのは14歳の少女だが、雨を弾く魔法に、分厚い魔術書を携えている。
若き魔法使いでも熟達した戦士を簡単に殺す。
衛兵達は僅かにでも油断すること無く、槍に有利な間合いに移動しつつミュール達に鋭い視線を向けた。
「何か用か? 俺たちは町の衛兵ではない。道案内や揉め事なら他を当たってくれ」
「そうじゃないんです。中にいるランカースさんに取り次いでもらいたいんですけど」
衛兵の表情が変わった。
「ランカース? そんな人は中にいないよ」
そう話す衛兵の槍がフラフラと絶えず揺れている。
槍を振るう時に、初動を相手にわかりにくくするための動作だ。
「私達ランカースさんの知り合いなんです。サクス校のミュールとエステルが来たって伝えてくれればわかると思います」
「だからランカースなんて人はここにはいないと言っているだろ、他を当たれ」
ざーっという雨音が通りに響く。
ミュール達の他、周りには誰もおらず、二人の声も雨音にかき消され遠くへは聞こえない。
例え、ここで血が流れても、誰も気が付かず血の跡さえ雨で流れてしまうだろう。
テスト前でピリピリしていた教室とは比べ物にならない、本当に即発しそうな“ピリピリ”とした空気を、ミュールは感じていた。
「おい」
ネクロノミコンは口を挟んだ。
衛兵は消去法でエステルの声だと思って、信じられないという表情でエステルを見る。
エステルは首をブンブンと横に振って否定した。
「そっちじゃない、俺は喋る魔術書だ」
ミュールがネクロノミコンをポーチから出し衛兵に見せる。
表紙に貼り付けられた顔がぎょろりと衛兵をにらみ、口を動かす様子を見て、さすがの衛兵も思わず半歩後ずさっていた。
「お前がどれほどの地位にいるかは知らんが、俺達は冒険者ギルド長フウゲツとも知り合いだ。それにこっちのエステルはアカド王子とも縁がある。勝手に追い返したとなればお前の責任問題になるぞ」
「……アカド王子? ここにいるわけないだろ」
「下手な芝居はよせ。相手がランカースがここにいると予想して来ているのか、それともここにいると知って来ているのか、それくらい区別できるようになっておけ」
「なんだと」
「とにかくランカースに伝えてこい。ランカースが断るようなら引き下がってやる。それでも取り次がないというのなら実力で突破してもいいのだぞ。そうなればお互いに損をするがな」
「…………」
衛兵は一瞬、目を泳がせて迷ったが、すぐに頷くと、
「仕方ない、ランカースという人間がここにいるのか、確認してきてやる。お前たちはここで待て」
「ああ分かった」
そう言って衛兵は屋敷の中へ引き下がっていった。




