45話 少女は試験に悩む
深淵、最初のダンジョンと呼ばれる世界最古のダンジョン。
入る度に構造が変わる変幻の地。そして無限の財宝と無限のマナを世界に供給する。
世界中に存在するダンジョンは、この深淵から生まれたマナによって作られる影なのだ。
探索難易度は極めて高いが、あらゆるダンジョンのモンスターと遭遇できるとまで言われる多様性や10階毎に存在する番人や守護者、あるいは単にボスなどと言われる強力なモンスターを倒すことで希少なマジックアイテムが手に入る。
10階を踏破してマジックアイテムを持ち帰った探索者は、深淵の勝利者として名誉を与えられ、偉大なる魔術師ギルド長コーレシュから直々に激賞され、魔術師ギルドでの扱いもぐっと良くなる。
魔術師であれば、誰もがこの深淵から生還する自分の姿を夢に見るのだ。
☆☆
「たかが10階くらいでわざわざ偉大なるトップとやらが出てくるのか。くだらん」
ネクロノミコンは今の制度を鼻で笑っている。
「10階など100年前なら学生の卒業試験程度だったぞ。厳しいとこなら1人で潜ってこいとすら言われていた」
「100年前とは魔術師の魔力が違うんだから仕方がないじゃない」
現代魔術師は、地上のマナの減少によって大きく弱体化している。
100年前は簡単な事だったとしても、現代魔術師にとっては大きな関門なのだ。
「にしても、結局予定がグダグダになっちゃったね」
マナの消失により、訓練所が存在したということが無かったことになったせいで、魔術師達の中に能力が低下するものが現れたのだ。
ダンジョン内でモンスターに敗れ死亡した事例が3件、探索に失敗し負傷した事例が7件。
特に、死亡事例のうち2件については冒険者を含まない魔術師のみのパーティーであり、早急な対策が必要と、魔術師ギルドも通達を発した。
魔術師ギルドから振り分けられた魔術師レベルの見直しのために再試験が実施され、魔術師達も試験期間が終わるまではダンジョン探索どころではない。
魔術師がいなければ冒険者もダンジョンに潜ることができず、また魔術師ギルドが麻痺している今こそ冒険者ギルド独立工作の好機と冒険者ギルドは王侯貴族達や大商人への根回しに大忙しだ。
「深淵探索が立ち消えになったわけじゃないけれど、フウゲツさんもしばらくは身動きが取れないみたい」
ネクロノミコンの知識をまとめた、深淵探索マニュアルは完成している。
ミュール側はいつでも探索に行けるのだが……なかなか思うようにはいかないものだ。
「仕方ない、しばらくは学業に専念する」
「そうするしかないな」
今回の騒動を引き起こした当事者ながら、今ではすっかり部外者気分のミュールだ。しかし……
☆☆
「と、特別試験!?」
翌日、学校で待っていたのは3日後に試験を実施するという通達だった。
「どういうことなのエステル!」
張り紙を見て、ミュールは親友であるエステルに聞いた。
こういう学校の仕組みなどに関しては、エステルに聞けば大体答えが帰ってくる。
エステルでも分からなかったら、誰にもわからないのだろう。そう思うくらい、この方面でのエステルの知識と常識を、ミュールは信頼しきっていた。
「そりゃ、私達だってダンジョンを探索する魔術師ですもの。再評価は必要ですわ」
そうなのだ。
学生だから自分には関係ないと思っていたミュールだったが、学生も他の魔術師と同じようにダンジョンに探索できる。
当然、学生達も再評価試験の対象になる。そのための特別試験というわけだ。
「ミュールさんなら大丈夫だと思いますが、くれぐれも試験の成績は今と同じトップを維持するのですわよ」
「そ、そんなこと言われても、試験勉強なんて全然やってないし」
「私達学生に深淵探索が許されるのは、冒険者ギルドからの推薦があるからですけれど、それも私達が特例認可を貰っているからのですわ」
「特例認可?」
ミュールは初めて聞く単語に首を傾げた。
「知らなかったんですの? いくら向こうから指名されたって、深淵探索はもちろん、マッパー依頼も私達学生は、普通許可されないんですのよ。許されるのはピッカーのみですわ」
マッパーとはダンジョンの未踏エリアの探索を行うパーティーのことであり、ピッカーとはすでに地図が完成したエリアでモンスターや再生成されたアイテムを回収するパーティーのことだ。
「そうだったの?」
「でもそれでは学生時代から一般的魔術師と同等以上の力を持つ学生を遊ばせておくことになりますので、そういった非合理的な損失を避けるためという名目で、学校が認める特別優秀な生徒には、通常の魔術師と同じ権限を与えるという特例認可があるのですわ」
「知らなかった」
そんなこと一言も説明されなかった。
魔術師は自主性を重んじるというのがどの学校でも共通概念なのだが、まさか聞かれなければ答えないという意味もあるのだろうか。
(面倒くさ!)
これは自主性の促進ではなく、ただの連絡不足ではないだろうかとミュールは不満で眉をしかめた。
その様子を見て、エステルは肩をすくめて笑う。
「ミュールさんほどの才能があれば、本人が知らなくても周りが放って置きませんわよ……私みたいに」
「エステル……」
ミュールの熱い眼差しに、エステルは顔を赤くしてそっぽを向いた。
エステルにとって、この天才魔術師とこうして友達になれたのは、何よりの幸運だ。
それに魔術師ギルド長コーレシュの不出来な孫であるエステルにとって、ミュールは彼女の生まれを気にしない大切な親友だった。
友情は尊い。ミュールはエステルの手を取り言った。
「勉強教えて! 私、筆記は全然自信ない!」
そう、これから徹夜で勉強を教えることになるくらいで、二人の友情が揺らぐことはないほどに。




