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100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる  作者: ざっぽん
第1章 100年後に魔術書として転生したけど現代魔術師は弱すぎる
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41話 魔術師は笑う

 バラムの背中を見て、その力強い声を聞いて。

 ミュールは恐怖と混乱が消えていくのを感じていた。


 相手は現代魔法知識の外にある、規格外の怪物だ。

 自分は、太陽のもとに生まれたのではなく、深淵の暗がりの中で生まれたらしいという事実も聞いた。

 両親はだれなのか、なぜ深淵で生まれたのか、あの怪物と自分はどういう関係にあるのか。

 何もかもがミュールにとって、心を苛む恐怖だ。

 にもかかわらず、ミュールはこうしてバラムがいることで、心が安らぐのだ。


 ミュールはバラムを、ネクロノミコンを信頼している。

 どんな状況も、真実も、2人でなら超えられる。何も恐れることはない。


 そう、信頼しているのだ。


☆☆


 タールが再びミュールの形へと変化する。

 その姿は色以外はミュールと全く同じ造形なのだが、顔に浮かべる表情は、ねばつくような悪意に満ちていた。

 ミュールなら決して見せることのない表情だ。


 バラムは両手を構えた。

 現代魔術師であれば、片手は魔術書に触れている必要がある。

 この構えもすでに失われた技術。


二重発動デュアルスペル、マキシマイズ・サンダー・スウォーム/威力最大化バアルの雷槌!」


 魔法の同時発動。

 秘術と信仰、両方の魔法を同時に熟達した者のみがたどり着ける魔術の秘奥の一つ。

 秘術の雷が大地を焦がし、神の雷が天をいた。

 マナの少女は口を開け、魔力を吸収しようとするが……。


「信仰を付与された魔力は吸収できない。そうだったな」


 開けた口の中にバアルの雷槌が集中して打ち込まれる。

 衝撃でマナの少女は口から裂け、再びミュールの姿を保てなくなり、うごめくタールの塊へと戻った。


「だが、この程度では倒れんか」


 図書館で退散させたときとは違う。

 ハオンの上級魔法タール・ゲイザーを肉体とし、ミュールのファイアーボールを取り込んでいる。

 このまま外に出れば、誰にも止められない怪物となってウルの町を破壊し尽くすだろう。

 それを止めるには、ミュールを差し出すしかない。


「ファイアーボール」


 バラムの魔法が部屋ごと図書館の端末を吹き飛ばす。

 これで図書館からマナが供給されることはないが、すでに十分な力を得ているマナの少女にとって大した損失ではない。

 再びマナの少女は、ミュールの姿へと形を変える。

 バラムは次々に魔法を発動し、それをマナの少女へぶつけた。


☆☆


 深淵を彷徨さまよう、蒼く顔のない人の噂は、現代よりも深淵探索が一般的だった時代には、一種の都市伝説として、冒険者や魔術師の間では知られていた。

 致命傷を負った者の元に訪れる死神。

 階数不相応の力を持って、冒険者達を殺すマナの殺戮装置。

 魔術師を喰らう不滅の怪物。


 どれもある種の側面では正しいが、その全貌を明らかに明らかにはしていない。


 バラムは深淵の探索の際に、3度、この怪物と相対し多くの情報を明らかにした。


 マナは意思を持つ。

 それは過去の魔術師達の間では定説であった。

 多くの観測によって、マナをただのエネルギーとするには不可思議なポテンシャルの逆転現象が起こっていることが記録されている。

 そうした現象を説明する方法として、マナは意思を持ち、ある程度自分の意志で流れに逆らう――低いところから高いところへ水が流れるような――ことが可能であると仮定され、反証も無く受け入れられていた。


 バラムもその仮説には同意している。

 だが、研究者としてより深く、生物ではないエネルギーであるマナの意思とは何なのか、それをつきとめようとしていた。

 ミノタウロスもモンスターも、マナが形となったものである。

 彼らの意思がマナの意思なのか?


 いや違う。

 ミノタウロスは生物に近い思想を、モンスター達は与えられた役割を遂行することを喜びとする思想を持っている。

 ミノタウロスはダンジョンの解放を願い、モンスター達はダンジョンの解放を妨害する。

 同じマナが形となった者たちだが、そのあり方は正反対。

 これがマナの意思だというのなら、マナは矛盾した思想を同時に持つ狂人となってしまう。


 ミノタウロスもモンスターも、マナが元になっているだけで独自の思想を持つ個別の存在と考えるべきだ。


 蒼い人。

 純粋なマナが人の形を取った存在は、マナの意思を体現する。


 その意思の源とは……。


☆☆


「マナは人の意思を写す」

「え?」


 最上級魔法を連発される光景に、言葉を失っていたミュールに対してバラムは声をかけた。

 それはどこか独り言のようで、ミュールは漠然とした不安をおぼえた。


「俺がかつて深淵で出会ったマナの怪物どもは、深淵で死んでいった魔術師達の意思をコピーし、その思考を借りていたものだった」


 人は生まれる時にマナを宿す。

 これが魔力の源であり、ゆえにマナの豊富な場所で生まれた人は、豊富な魔力を持って生まれてくる。

 マナは魔力に変換され、この変化は不可逆であるとされている。

 マナから魔力へは変換できても、魔力からマナへ戻すことはできない。

 それが世界からマナは消えてゆく原因。

 人が生まれマナが魔力へと変わるほど、人が魔法を行使しマナを魔力へと変えるほど、魔力となったマナは二度と元のマナへは戻らない。


 目撃証言を調査し、膨大なデータと照らし合わせた結果、あの蒼い影は、深淵で死んだ魔術師の意思を借りて存在するものだということが分かった。

 人に宿った魔力が死によって放出され、拡散していくその残留思念に反応して、マナが人の形となるのだ、それが蒼い人などと呼ばれるあのマナの怪物の正体だ。

 そしてマナの意思とは、そうした人々の意識のコピーが形を失ったあともわずかに残り、ときおりそれが表面化するのだと、それがバラムの自説だ。


 だが、今バラムが相対している存在は、通常のマナの怪物たちとは違う。

 怪物たちはあくまで死にゆく人から抜け出た魔力のコピーだ。

 その意志は弱く、不完全だ。

 マナの中に溶け込んだ多くの意思と混ざりあい、人格と呼べるほどのものを構築することはありえない。

 本来ならば……


「あいつの言葉で謎が解けた。ミュールよ、あれはお前の可能性の一つだ」

「可能性?」

「深淵でお前が生まれた時、大量のマナがお前の中へと流れ込んだ。そのマナはあまりに多く、お前という器に収まりきらず溢れたんだ」

「どういう……意味なの?」

「あれは、一時的にしろお前の中にあったものだ。そこで我々有限の時を生きるものの思想、つまり人間性を獲得したのだ。お前が成長してきたように、マナの少女の人格も成長し、自由に動けるマナとして存在しているのだ」


 マナの少女。

 それはミュールになり損なった者。


「だがな、ミュール。あれはお前ではない。ミュールと呼ばれるお前は、お前以外に存在しない」


 ネクロノミコンは静かに語り続けた。

 背後にいるミュールからはその顔は見えなかったが、きっと微笑んでいる、そうミュールは思っていた。


「ミュール、ハオンを連れて部屋の外へ逃げろ」

「で、でも」

「俺はこれからアトランティスを滅ぼした魔法を使う。俺はこの魔法を誰にも見せないと誓っていてな。ハオンはもちろん、例えお前であっても、この魔法だけは知られてはいけない」

「……分かった。ネクロノミコン」

「なんだ」

「終わったら、ネクロノミコンの、魔術三系の王バラムの話をして。私、もっとあなたのことが知りたい」

「そうだな。だが幻滅させることも多いかもしれんぞ。これまで俺の過去について話さなかったのは、俺が善人であったとは言えない男だったからだ」

「ネクロノミコンが善人だなんて思ったこと一度もないよ……良い人だとはいつも思ってるけど」

「善人と良い人は違うのか?」

「うん」

「そういうものか、分かった。せいぜい嫌わないでくれよ」

「もちろん、約束だからね」

「ああ」


 ミュールは呆然とするハオンの手を掴み、出口へと走り出した。


「ねええええさああああん!!!!」


 叫ぶマナの少女を、バラムが魔法の連発で牽制して動きを止める。


 出口にたどり着いた時、ミュールは振り返った。


「ミュール」


 そこに立っていたバラムは笑顔を浮かべ、ミュールを見送っていた。


☆☆


 ミュールが脱出したのを確認すると、バラムは魔法を使うのを止める。

 バラムの全身から、どっと汗が溢れた。


「はぁ……はぁ……」


 本来ならば、この程度で魔力切れは起こさない。

 だが今のバラムは常に魔力の大半をネクロノミコンが持つ力と相殺されている。

 人間の姿に戻っても、それは変わらない。

 周囲の豊富なマナを吸収することで保っていたが、それでも限界を迎えつつある。


 そして、深淵100層のモンスターすら粉砕する必殺の魔法を何十と打ち込んだのにもかかわらず、マナの少女は健在だった。


「化物め」


 マナの少女がタールの身体を引きずりながら前進する。

 その顔には、子供っぽい怒りがある。

 目的を邪魔され癇癪かんしゃくを起こした子供のような怒りが。


「……ふぅ」


 バラムは覚悟を決めた。


 残された魔力で、バラムは究極の魔法の準備を行う。

 この魔法は、その絶対的な効果に対して、魔法の難易度はそう難しくない。

 難易度は一般的な上級魔法レベルにとどまる。

 そして何より、魔力消費量は極めて少ない。

 現代魔術師達ですら、習得することは可能だろう。


 バラムはこの魔法だけは誰にも知られてはいけないと誓っている。

 例えどんな目的のためであれ、存在してはいけない魔法というものがあるのだ。


「禁術、ドゥーム・ファイアー・ボール」


 そう名付けたのはバラム自身だ。


 右手から放たれたのは小さなすみれ色の球体。

 球体はただそこに浮かぶだけで、何もしない。

 だが……。


「な、あ、があああああ!?」


 マナの少女は自分の身体がボロボロと崩れ、地面に落ちたタールが蒸発するように消えていくのを見た。


「わ、私が消える!? 消えていく!!」


 危機を感じたマナの少女は、ミュールと同じように右手をかざした。


「ファイアー・ボール!」


 それはミュールのものと全く同じ。

 絶対的な破壊の魔法だ。

 だが爆発は起こらない。

 マナの少女は理解した。


「お前! マナを! この部屋のマナを消滅させたのか!」

「そうだ。これがアトランティスを滅ぼした、史上最悪の魔法だ」


 魔法の原理は、本来のファイアー・ボールと全く正反対の思想を持つ。

 それは、魔力をエネルギーに変換する効率を極限まで落とした魔法だ。

 同時に、周囲のマナを吸収し魔力へと変換する能力を強化している。


 この魔法を発動すると、非常に弱いエネルギーの球体が現れる。

 その球体は熱を発するように周囲のマナを吸収するのだが、生成される熱は微弱ですぐに冷えてしまう。

 魔法が目的の効果を発揮しないため、魔法はマナを食らい続け、熱エネルギーへと変えようとするのだが、ここで取り込んだマナの大半はロスとして無意味に消滅していく。


 こうして、この魔法は効果を発動することもなく、地上のマナが枯渇し魔法が維持できなくなるまで、マナを無意味に食らい続けるのだ。


「お、おおおおおおお!!!」


 マナの少女にとって、この魔法は致命的だ。

 魔法を寄せ付けない無敵の耐性も、“発動しない魔法”には何の鎧にもなりえない。

 崩れ落ちる自分の身体を抱きかかえるようにして、少女は逃げようとするが……。


「あ、ぐぅ……」


 べちゃりと音を立てて、マナの少女は倒れ形を失い、やがて痕跡すら残らず消えてしまった。


「勝ったぞ」


 バラムは最後の力で魔法を解除すると、そのまま意識を失った。

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