4話 魔術師は落胆する
「次、ミュール・リナール」
「はい!」
ダンジョンを模してはいるが、天井が吹き抜けになっている部屋には試験官の教師が二人、10メートルほど離れたところに人のシルエットをした的が置いてある。
「この位置からあの的を攻撃してください。もし遠隔攻撃魔法を持たないのなら、申し出てください。その場合は試験内容を変えますので」
「大丈夫です、ファイアーボムを使います」
「中級魔法ですね。それならば大丈夫です、上手く行けばこの試験は合格ですので、落ち着いて、魔法を使ってください」
試験官は相手の緊張をほぐすようにとニコニコ笑っている。
わかりやすいほどの作り笑顔ではあるが、それでもミュールは自分の緊張が少しほぐれたのを感じた。人間は単純なものだと、ミュールは苦笑した。
「ネクロノミコン、お願いね」
「つまらん魔法だが、望めば使える」
「ミュールさん? どうかされましたか?」
「いえなんでもありません! それじゃあ……ファイアーボム!」
激しい轟音と共に、的が炎と衝撃にさらされる。壁を震わせる衝撃は吹き抜けとなっている天井へと突き抜けた。白煙が晴れた後には粉々になった的が残るだけだった。
「ほぉ、完璧な発動ですね。推薦書の通り魔力は並々ならぬものがあるようです。合格です」
ファイアーボムとは空気中の酸素を集め、それを魔法で燃やして爆発を引き起こす魔法である。単純に爆発という現象を引き起こすファイアーボールに比べれば、要求魔力が非常に少なく、だれが使っても成功すれば一定の威力が期待できる点に優れる。反面、酸素を集めるという制御が難しく、爆発という物理現象が上限となるためどんなに優れた魔術師であっても威力の上限が低いという欠点もある。
現代の魔法とはほとんどが、ファイアーボムのように魔力を必要とせず誰でも同じ成果を出せる魔法を重視している。人並み外れた魔力を持つミュールのような才能に対する評価はあまり高くない。
今回も、感心した様子はあれど、試験官はミュールに特別な興味を持った様子はなかった。
続く防御魔法でも、ミュールは剣を持った相手に対して、不可視の翼を形成するウィングの魔法で回避した。
(空を飛ぶなら翼を形成するより、魔力で直接身体を浮かせたほうが機動性があがるというのに、あるいは剣を持ったやつが相手なら自分の体を非実体にする方が確実だ。魔力を失いつつあるとはいえ、全く、現代の魔術師というやつは)
ネクロノミコンは、ミュールの価値に気が付かず機械的に記録をつけている魔術師たる試験官達に呆れていた。
☆☆
ミュールが次に通された部屋は、壁と扉で仕切られた部屋だった。
「次は探索での魔法ですが、今回のシチュエーションは扉の向こうに何人の人間がいるか調べることを目標とします」
一般的な回答としては、ディテクトライフで生き物の数を察知することだろう。この魔法ではどのような生き物がいるのかや、命を持たないアンデッドやゴーレムなどは察知できないという欠点があるが、今回は向こうにいるのが人間だと、説明で分かっている。
これまでの試験同様簡単な問題だ。
「だがなぁ、これはクラス分けの試験だろ? 無難な魔法でいいのか?」
そうネクロノミコンにささやかれて、ミュールは固まった。
「そうよね、これまでの魔法は定番だし、みんな使っているわよね」
「そうだな」
「……何か、すごい魔法があるの?」
「うむ、センス・ザ・ドラゴンフォームという魔法でな」
「どうなるの?」
「魔力にもよるが、お前程度なら、まぁ大体半径1キロメートル圏内を、光源の有無、障害物など関係なしにすべてを同時に見ることができるだろう」
「なにそれすごい」
「そうだろう?」
「でも私そんな魔法使えないよ」
「これまでと変わらん、お前が望めば俺が魔法を引き出す」
「そ、そう、分かった」
ミュールはネクロノミコン片手に意識を集中する。実は意識を集中しなくても、『彼女がそう望むだけで』で魔法は発動するのだが、これまで魔法の訓練を受けてきたミュールにとって、望むだけで魔法が使えるという状況の方が違和感があるのだ。
「センス・ザ・ドラゴンフォーム!」
魔法が発動すると同時に、ミュールの脳内に大量の情報が流れ込む。ミュールは部屋の中にいるアルバイトとして雇われている在校生達の姿が、それぞれ何をしているかまで手に取るように分かった。それだけでなく、模擬ダンジョンの外で待っている生徒たち一人一人の表情、それどころかウルの街の中央部で暮らす数千人が今何をしているか、さらにはネズミや野鳥、小さな羽虫に至るまで、ミュールには何もかもが同時に見えた。それでいて、ミュールの感覚は情報に溢れ混乱することもなく、自然に自分の知覚情報として処理できていた。
「中には5人います。3人はテーブルを囲んでカードで遊んでいます。テーブルの上には“何のカードゲームをしているか?”と書かれた張り紙がありますね、彼らはポーカーで遊んでいます。今は私から見て右側に座っている人が勝っていますが、正面に座る人が逆転するでしょう。1人は壁の裏に隠れヒドゥンオーラの魔法で自分の生命エネルギーや魔法のオーラを隠しています、もう1人は不可視状態で座っています」
「……! すごいですね、完璧です」
初めて、試験官の表情が変わった。
「一体どうやってそれだけの情報を」
「ええっと、センス・ザ・ドラゴンフォームって言う魔法で、障害物関係なしに何でも分かるようになる魔法です」
「初めて聞きました、なるほど随分古そうな魔術書ですね、優秀な魔術師の遺品ですか?」
「遺品……まぁ確かにそんな感じですね」
ミュールはとぼけることにした。試験官もあくまでちょっとした興味で聞いただけだったようで、それ以上追求しようとは思わなかったようだ。
「いやはや、驚きました」
試験官が扉を開けると、正面に座っている男が小さくガッツポーズをしていた。ポーカーに勝ったようだ。
「驚きました」
もう一度、試験官は同じ言葉を繰り返した。
☆☆
「以上で試験を終わります、入学式を終えたら、クラス分けを発表しますので、みなさんはホールへ移動してください」
試験を終えた入学生達は、校長である百目のバンダリアから祝辞を受けている。
ネクロノミコンはつまらない長話にうんざりしているが、ミュール他、ほとんどの入学生はあこがれの職業である魔術師へつながる一歩を踏み出せたことに興奮し、真剣な表情で校長の話を聞いていた。
「私もこれで魔術師になれる……!」
「感極まっているところ悪いが、魔術師なんてものは自分が魔術師であると思った時になるものでな、権威から認定されるもんじゃないだろ」
「あなたが生きてた大昔はどうだか知らないけれど、今は魔術師は魔術師ギルドから認定されないとなれないのよ」
「魔法が使えて魔法を極めようとするならば誰だって魔術師だ、なぜ認定される必要がある」
「そういう法律なのよ」
「法だと? 魔術師が魔術の法より人の法を優先するのか?」
「当たり前でしょ」
「現代の魔術師というやつは……」
「それ言い出したらじじいの仲間入りだって、鍛冶屋のヨゼフおじちゃんが言ってたよ」
「ふん、鍛冶屋に魔術師のなんたるかが分かるものか」
「似たようなものじゃない、ダンジョン探索のために魔法を使うか、鉄製品を作るために魔法を使うかの違いでしょ?」
「はぁぁ……」
「ため息つくと幸せが逃げるって言うわよ」
「この身にこれ以上の不幸があるのかね?」
「例えば海に捨てられるとか」
「確かにそれは不幸だな」
諦めたようにネクロノミコンはそれっきり黙ってしまった。
ここまで話が食い違うとは、100年の間にどれだけ世界は変わったのだろうと、入学式が無事終わったことで落ち着いてきたミュールは、ようやくネクロノミコンについて興味が湧いてきたのを感じた。
まぁそれは後々聞けばいいだろう、この本とは長い付き合いになりそうなのだから。