外伝1話 冒険者ミュールとお祭りの日 後編
無事ゴブリンが倒されたこともあり、村では祭りの準備が始まっていた。
太鼓や笛の用意や曲のリハーサル。
女衆は集められた食材を見ながら、どんな料理を作るか楽しげに相談している。
そんな様子に、ミュールも思わず手伝いたくなっていた。
「ゲストなんだから、のんびりしてればいいだろ」
「設営も祭りの一部なの!」
「相手にも気を使わせるだけだ、大人しくしてろ」
「うー」
頬を膨らませて抗議するが、ネクロノミコンの言うことも一理ある。
設営への参加は諦めるとミュールは村を散歩することにした。
5分ほど歩いたところだろうか、女衆に混じっていた十代後半くらいの村娘が、1人夕闇を走っている。
(なんだろう?)
ミュールは気になってこっそり後をつけてみた。
村外れのブナの木の下に村娘は向かっている。
「グリン!」
「ジャネット!」
そこに待っていた同世代くらいの男性と、村娘はひしと抱き合った。
(あら)
(逢引だったようだな)
物陰から見ているミュールは顔を赤くしながらも、抱き合いキスを繰り返す二人を凝視し、ネクロノミコンはそんなミュールに呆れていた。
(おい、いつまでも覗いてないで帰るぞ、失礼だろう)
(ネクロノミコンに失礼とか言われた)
(お前は本当に失礼なやつだな)
文句は言ったが、ネクロノミコンの言うことは正しい。
ミュールは自分の醜態をちょっと恥ずかしそうにしながら、素直にその場を離れた。
☆☆
「おいミュール! 起きろ!」
散歩の後で身体を洗い、ベアの家の客間のベッドで眠っていたミュールは深夜、ネクロノミコンの声に起こされた。
「なによ、まだ夜じゃ……」
すぐにミュールも異変に気がついた。
外から怒声や泣き声が聞こえるのだ。
「ついさっきからだ、これだけ騒ぎがあっても眠っていられるとはどういうことなのだ」
「う、うるさいわね、今日は歩いて疲れてたのよ」
寝間着のまま、冒険者ギルドから貰った旅装のマントだけ身にまといミュールはすぐに外へ向かう。
外では村人達が集まり、騒然としていた。
「どうしました!」
「魔術師様! ジャネットが! 私の娘がさらわれたんです!」
叫んだのは料理を作っていた中年女性の1人だ。
「ジャネット、どこかでその名前を聞いたような……いやそんなことより、さらわれたってどういうことですか!? ゴブリンがまだ……」
だとしたらミュールにも責任がある。
すぐに追わなくてはならない。
「いえ、ゴブリンではありません」
しかし、女性に比べたら悲痛な顔を浮かべつつも落ち着いた様子のベアから事情を説明されたミュールは、憤りと困惑の両方の表情を浮かべることになる。
「ジャネットを連れ去ったのは領主様の兵です。宰相である魔術師ガルバトリクスに率いられた近衛兵達によってジャネットは逮捕されたのです」
「逮捕? ジャネットは何かやったの?」
「何も……領主様は気まぐれに領民を捕らえます」
「そんなことが許されるの!?」
「領主の無法を、誰に告げろと言うのですか!」
ジャネットの母親が叫んだ。
ミュールはその悲痛な声に驚き、身をすくませる。
「領主様はこの地で一番偉いお方です。傍らには魔術師もいます。私達に何ができるというのですか!」
「それは……」
何もできない。その通りだ。
興奮して泣き出した彼女を他の村人が連れて行った。
ベアは彼女が叫んだことを詫びると、彼女の代わりに言葉を続ける。
「3年前に先代の領主様が亡くなられてから、税は倍以上に上がり、男は労役に取られ、蓄えを崩しながらなんとか食いつないでいる状況です。無謀な街道工事のせいで治安も悪化し、ゴブリンが領内に出没するようになったのも今の領主様に変わってからです。ですが、我々は領主様を選べないのです。あの方は正当な継承によって領主となられたのですから。あの方に逆らっては我々の方が犯罪者となってしまう」
「……そうだけど」
「我々のために憤ってくれるミュール様の優しさに我々一同は心から感謝致します。ですが、法は領主様の元にある。諦めるしか無いのです」
そう言って、ベアはミュールに頭を下げた。
「ネクロノミコン……」
「好きにしろ。俺が口を挟むことじゃない」
じっと考えたのち、ミュールは首を横に振ると、ベアの家に戻ったのだった。
☆☆
ノックの音がした。
あれから数時間が経っていたが、ミュールは眠れず、じっと考え込んでいたところだ。
「はい、ベアさん?」
「違うよ」
帰ってきた声は、若い男の声だった。
ミュールは少し警戒しつつ、ドアを開ける。
別に鍵はかかっていないのだから、害するつもりならすでに侵入しているだろう。
「こんばんは、こんな時間にお邪魔して申し訳ない」
そこに立っていたのは、昨日の夜、村外れで村娘と逢引していた男だった。
ようやくミュールはジャネットという名前をどこで聞いたのか思い出した。
「僕はジャネットの友人なんだ」
「ええっと、確かグリンさん?」
「僕を知っているの!?」
「ああいえ、覗くつもりはなかったんだけど、町はずれでジャネットさんと会っているところをたまたま通りかかって」
「あぁ、なるほど、恥ずかしいところ見られてしまったね」
「お二人は恋人なんですか?」
「…………」
「グリンさん?」
グリンは、迷うように目を泳がせた。
「そうだね、うん、恋人同士だ。少なくとも僕はそう思っている」
「そうなんですか……」
恋人を捕らえられた。きっとグリンはひどく辛い想いをしているのだろう、ミュールはグリンの心境を思うと、胸が痛くなった。
「僕がここに来た理由を話してもいいかな? 依頼があるんだ。報酬はもちろん支払う。気に入らなければ途中で断ってくれても構わない」
「依頼……?」
「ジャネットを助けて欲しい」
「気持ちは分かるけどそれは……」
「何も領主と対決して欲しいと言ってるんじゃない。実は僕は城で働いているんだ。裏の扉をあけて君を案内できる。君にお願いしたいのは最後の牢屋の鍵を魔法で開けてもらいたいのと、彼女をウルまで連れて行って、どこか住み込みで働かされてくれる所を紹介して欲しい。そのための資金も僕が用意する」
「ちょ、ちょっと待って……」
「報酬はこのルビーの首飾り。亡くなった父のものなんだ。これを換金すれば銀貨3000枚にはなるはずだ。そこから2500枚。残りの500枚はジャネットに渡して欲しい」
「銀貨3000枚!? そんな高価なものとても……」
「それだけ無茶のお願いをしているとは思っている。初対面の君にこんなこと受ける義理なんてないことも分かっている。でもお願いだ! 僕には君しか頼れる人がいないんだ!」
グリンは首飾りをミュールの手に握らせると、両手を床について頭を下げた。
「お願いだ……彼女は、彼女だけは幸せになって欲しいんだ!」
報酬は悪くないのは確かだ。
だがやることは囚人の脱走。犯罪だ。
「まぁそこまで難しいことにはなるまい」
「ネクロノミコン、どういうこと?」
「ジャネットは別に何か重大な犯罪を犯したわけではない。領地の外まで連れていけば、まぁ手出しもできんだろう」
「そうなの?」
「領主が法を自由にできるのは自分の領内だけだそうだ」
「100年眠っていた割には詳しいのね」
「図書館でここ10年くらいの事件にはすべて目を通した」
「いつのまに」
「そういうことだから好きにすればいい。どちらにせよ大した問題にはならん」
「ネクロノミコンがそういうのなら、そうなんだろうね……ありがと」
「状況を説明してやっただけだ、礼などいらん」
ミュールは覚悟を決めた。
大体、考えても見ればミュールは今後、魔術師ギルドのトップである賢者の塔と戦おうとしている。それに比べたら領主の1人から囚人1人脱走させるくらい何だというのだ。
「うん、いいよ、やる」
ミュールの言葉に、グリンは顔を輝かせた。
☆☆
月が雲に隠れ、夜の暗闇が辺りを覆う。
城門に備え付けられた松明を避けながらミュールとグリンは黒い影を走る。
裏口までたどり着くと、グリンは鍵を取り出し扉を開けた。
「先に様子を見てくる」
グリンはそう言うと中へ入っていった。
☆☆
「ねえネクロノミコン」
「なんだ」
二人はグリンが戻ってくるのを、隠れて待っているところだ。
「あなた、何か気づいているよね」
「どうしてそう思う?」
「ネクロノミコンって自分だけが気がついている時、今みたいな顔するもん」
本の表紙に張り付いた顔から表情を読み取るのは至難なのだが、ミュールはいつのまにかネクロノミコンの表情をかなり読み取れるようになっていた。
「そうかね? 自分ではそんなつもりはないのだが」
「そのもったいぶった感じ、絶対何か気がついてる!」
「ふふん、どうだろうねぇ」
「ぐぬぬ……」
ミュールは黄金色の瞳で精一杯ネクロノミコンを睨みつけるが、ネクロノミコンは涼しい顔をしてニヤついている。
こいつはこういうやつなのだ。
「それにお前だって違和感は感じているんだろ?」
「うんまぁ……」
「答え合わせもすぐだろう。今はグリンが戻ってくるのを大人しく待っているんだな」
「分かったわよ」
グリンを待ちながらミュールはあくびをした。
そういえば睡眠不足であること思い出していた。
☆☆
グリンは無事に戻ってきた。
二人は領主が住む城の中へと入る。
「牢は地下に。見回りも今はいないはず」
板張りの廊下にて、音を立てないように、燭台のロウソクに照らされながら進む。
グリンの言うとおり、見回りは誰もいない。
「この下です」
グリンが落とし戸を開くと、梯子が地下へと続いていた。
グリンを先頭にミュールも中へと入る。
地下には牢獄が4つ並んでいた。
「ジャネット!」
グリンが叫んだ。
だがそこに、ジャネットはいなかった。
そこにいたのは、魔術師ガルバトリクスだった。
「なっ、ガルバトリクス!? 何でここに!」
グリンの顔が恐怖で歪み後ずさる。
ミュールは魔法をいつでも使えるように、ネクロノミコンに触れる。
「全く、グリン様。お戯れも大概にしてください」
「グリン様って?」
言葉は慇懃だがガルバトリクスの表情はグリンを見下している。
この領地で領主の右腕である魔術師ガルバトリクスが、敬称を用いる相手……。
「グリン、あなたが領主だったのね」
グリンは力なく頷いた。
「おや、ご存じなかったのですか。領主様もお人が悪い」
笑い声を上げるガルバトリクスをグリンは睨みつけるが、ガルバトリクスの鋭い眼光に見据えられると、萎縮したように目をそらす。
「魔術師よ、見ての通りだ。お前は領主様に担がれたのだよ。本来であれば捕らえ裁判にかけるところだが、今回は領主様のお戯れということで許してやる。さっさと失せるがいい」
「待ってくれ! 僕はそんなつもりじゃ!」
「ではどんなつもりだったのですかな?」
「ぼ、僕は……ジャネットはどこだ!」
「あの女ですか。まったく領主様を誘惑するとは不敬極まりない売女ですな」
「違う! 僕たちはそんな……」
「あなたの結婚相手は私が、ふさわしい女性を選んでおります。まだ生まれてもいませんが」
「が、ガルバトリクス、たのむジャネットは関係ない。これまでだってすべて君の言うとおりにしてきたじゃないか。ジャネットは諦めるから、彼女には何もしないでくれ」
ガルバトリクスは侮蔑の眼差しをグリンに向けると、鼻で笑った。
「あなたの許可などなくとも、私はすべての権力を掌中におさめている。ジャネットは明日の祭りのメインイベントとして処刑しましょう。愚かな村人どもも領主様の恐ろしさを知り、あなたも私に逆らうことの愚かさを知る良い勉強になるでしょうな」
「ガルバトリクス!」
「では、さようなら。あたなはここで大人しく頭を冷やしていなさい」
グリンは膝をつき俯いていた。
☆☆
「……これが僕の正体さ」
ガルバトリクスが牢を出ていった後、グリンは俯いたまま言った。
「領主様だったんですね」
「悪かった、領主であることを隠していて……でも、領主だなんて名前だけさ。父上が亡くなられたあの日、ガルバトリクスは僕からすべてを奪った。僕には魔法の才能が無かったから」
「魔法の才能?」
「父上は魔術師だった。ガルバトリクスは、学生時代からの友人らしい。父上が領地を継承した後は、宰相として働いていた。父上の生前は忠臣のように振る舞っていたけど、あいつは父上の財産と権力を狙っていたんだ」
「じゃあ、重税とかも」
「全部ガルバトリクスがやってることだよ。領内の治安が悪化しても兵を動かしたりはしない。自分が恨まれていることを知っているんだ」
「そうなんだ」
ガルバトリクスを倒すのは、ミュールにとって容易いことだろう。
だが相手は権力を握っている宰相だ。
ミュールが気に入らないからと倒していい相手かどうか……。
「僕は駄目なヤツさ。父上の子供なのに魔法はほとんど使えない。何かを成し遂げたことがないんだ」
「それで、どうするの?」
「僕は弱い。ガルバトリクスが怖い。でも……今回だけはだめだ」
グリンは立ち上がる。
恐怖は残るが、それ以上に決意が彼の顔を変えていた。
「僕は行く。勝てなくたって、この生命に代えてでもジャネットだけは救い出す!」
「おぉ」
「ミュールさん、ありがとう。こんな危険なことに付き合ってくれた君がいなければ、僕は勇気を出せなかったかもしれない。そしたら一生後悔しながら、ガルバトリクスの奴隷だっただろう」
ミュールは少し考え、魔法を唱えた。
「シャドウ・ウェポン」
影が集まり、ミュールの右手に、夜の星を集めたような輝きを持つ長剣が現れた。
「この剣は魔法の防御を切り裂く剣。魔術師相手でも十分戦えるはず」
「なっ、こんな魔法見たことが……」
「効果は20時間くらい」
「すごい、こんな美しい剣は初めてだ……ありがとう、20時間も必要ない。すぐに行こう」
剣の輝きに勇気づけられ、グリンは希望を感じていた。
☆☆
朝日に照らされる村。
兵たちに集められ、村人は怯えながらも祭りの会場である広場に集められた。
「ガルバトリクス様、これは一体……」
ベアが恐る恐る尋ねる。
狼を前にした羊のように震える村人をみて、ガルバトリクスは満足げに口元を歪めた。
「私も祭りに参加させてもらおうと思ってな」
「も、もちろん、ガルバトリクス様には日頃から我ら一同感謝の念を絶やすことはございません。ガルバトリクス様にご参加いただければ我々としても何よりの喜びにございます」
「うむ、日頃からの献身、まことに感謝しておる。その礼に、本日は余興を用意させてもらった。ぜひ楽しんで欲しい」
「よ、余興ですか?」
「うむ、連れてこい」
ガルバトリクスが合図すると、縄で縛られたジャネットが兵に引き立てられ、乱暴に地面に突き飛ばされた。
「きゃっ……」
腕を縛られているため受け身を取ることができず、顔から地面に倒れ込んでしまったようだ。
彼女の頬には擦り傷ができ、血が滲んでいる。
「ジャネット!」
村人達が叫び声をあげた。
ジャネットに近寄ろうとするが、槍をもった兵士が立ちふさがる。
村人達も怒りが恐怖を上回りつつあった。だが成人男性の半分以上が街道工事に奪われている今、ここで立ち向かっても勝ち目はない。
「これから、この娘の処刑を執り行う。この女は領主の財産目当てに近づき、誘惑した。情状酌量の余地もない」
「なっ!?」
村人たちは驚いてジャネットの顔を見つめる。
兵に足で踏みつけられながらも、ジャネットは気丈に叫んだ。
「違う! 私と領主様はお互いに愛し合ってます! それだけはあなたにだって否定させない!」
「はっ、浅ましい女め。だったらなぜその領主様はここにいない?」
「それは……」
「領主は私に逆らうことはできない。あのような臆病者など愛したのが間違いだったのだ」
「違う! 違う! あの人は、グリンは! 必ず来てくれる!」
「現実を見ろ、あいつは……」
「ガルバトリクスぅぅぅぅぅぅぅ!!!!」
ガルバトリクスが言葉を言い切る前に、村中に響く程の叫び声が轟いた。
村人達は驚き、彼とガルバトリクスの間でかわされる視線の鍔迫り合いから逃れるように道を開けた。
ガルバトリクスはその男の顔をはっきりと見た。
「ほぉ、領主様、まさかお出でになるとは」
輝く剣を右手に、領主グリンが毅然とした表情でガルバトリクスを睨みつけていた。
その後ろではミュールがネクロノミコンを左手に持ち、いつでも魔法を使えるよう構えている。
「ガルバトリクス! ジャネットを離せ!」
「それはできません。あなたの命令など誰も聞かない。おい、領主様を城にお連れしろ!」
兵達が動こうとする。
近づかれる前にミュールが魔法で妨害しようとするが、
「下がれ! 誰に槍を向けているのか分かっているのか! 私が領主グリンであるぞ!」
グリンの気迫に、兵たちは顔を見合わせて動きを止めた。
昨日までの覇気のない姿ではない、そこにいたのは彼らが忠誠を誓った先代領主によく似た男の姿だった。
「ふん、あなたのようなできそこないにも、先代の血が数滴ほどは残っていたようですな。だが……アイシクルダガー!」
ガルバトリクスの周囲に5本の氷で出来たダガーが生成される。
「いまさら領主面をしたところで、もうすべては私のものなのだ。引かぬというのなら痛い思いをしていただこう」
グリンは初級魔法すら上手く扱えない。
戦士としても貴族として最低限の訓練を受けただけで、ガルバトリクスの魔法を受けたら勝ち目はない。
グリンの背中に冷たいものが流れた。
あの鋭い氷のダガーで貫かれたらと思うと、死の恐怖で口の中がヒリヒリと乾いた。
それでもグリンは一本を踏み出す。
これまでの流され続けてきた人生と決別するために。
そして何より、立ち向かう先に愛する人がいるのだから。
「グリン! 私を信じてまっすぐ走って! あなたの剣は魔法の防御を貫く!」
ミュールの叫びに後押しされ、グリンは剣を突き出しまっすぐ走る。
「うわあああああ!!」
「愚かな!」
ガルバトリクスはダガーを飛ばした。
魔法によって制御されたダガーは、寸分の狂いもなくグリンの元へ向かう。
「ファイアーウォール!」
「なにぃ!?」
ミュールの魔法によって、ガルバトリクスとグリンの間に炎の壁が生成された。
アイシクルダガーはすべて、炎によって溶かされ、消滅する。
「ちっ!」
熱気から顔を庇うようにガルバトリクスは腕で顔を庇う。
その時、壁が裂けた。
「ガルバトリクス! 僕が領主だ!!」
ミュールの作った剣は魔法の防御を貫く。
剣はファイアーウォールを貫き、まるで炎を身にまとっているかのような姿で、グリンはガルバトリクスの目の前に現れる。
虚を疲れたガルバトリクスは、反応が間に合わない。
そして、ガルバトリクスは胸を剣で貫かれた。
「お見事……」
小さく呟くと、ガルバトリクスは倒れた。
グリンはすぐさまジャネットの縄を切り、助け出す。
領民が見守る中、愛する二人は固く抱き合う。
みな、この数年の悪夢の原因が誰であったのかを知り、その悪夢を終わらせたのが誰であるのかを知った。
祭りは同時に婚礼の場となり、大いなる喜びの中、人々はこれからはまたすばらしい時代がやってくるのだと、歓声を上げたのだった。
めでたしめでたし……
☆☆
ウルへ続く道。
ロバに引かれた荷馬車を転がしながら、ミュールは帰途についていた。
「……ここは」
「目が覚めた? ベアさんから荷馬車借りられてよかったよ。さすがに私が抱えて運ぶのは、見た目的にどうかなって思うし」
荷台に乗っていたのは死んだはずのガルバトリクス。
「……なぜ私は生きているのでしょうか?」
「あの剣は影。魔法には効果があるけれど、現実の物には効果がないの。痛みだけは本物だから、殺されるほどの傷を負えば気を失うけどね」
シャドウ・ウェポンの魔法は幻術の一種だ。
あの剣は実在しない影。
貫かれたはずのガルバトリクスは、気絶しただけで生きていた。
「私の目的に気がついていたのですね」
「私はギリギリで。牢屋でわざわざ待っていたのも不自然だったし、領民が集まる祭りで処刑するのも不自然。処刑するのも私達が来るまで手をつける気配もなかったもの。ネクロノミコンに言われなかったら普通の剣を作っていたわ。ネクロノミコンはいつから?」
「そんなもの最初からだ。重税に苦しんでいるくせに、何度もゴブリンに襲われ、その度にすぐに報酬を用意できる。裏から冒険者に支払う金を回していたのだろう。ジャネットを捕らえたのだって兵の準備が早すぎた。おそらくは本当に冒険者が見つからなかった場合は兵を動かすつもりだったのだ」
「いやはや、やはり冒険者相手では騙せませんね」
「私たちは部外者だから気がつけることもあるんじゃないかな」
「そうだと願います。領民に見抜かれては、この日のために骨を折った意味がない」
ガルバトリクスは座り直した。
空を見上げると、雲ひとつない青空に目を細める。
「先代領主と私は、魔術学校からの親友でした。彼は遺言で、もし息子が自分から領主の座を手にしようという気概がないのならば、私に領地と爵位を譲るという遺言を残されたのです。全く最期まで勝手な人です」
ガルバトリクスは親友の顔を思い出し優しい表情で笑った。
「先代はグリン様の臆病な性分を心配しておられました。私はグリン様に、自分がすべての権力を掌握すると告げました。あの時、グリン様が私を追放すればそれですべては丸く収まっていたのです。ですが、グリン様は怯え、私の言葉に頷くばかり。魔法が使えない自分にコンプレックスを持っていたせいか、私の方が領主にふさわしいなどと言うほどでした」
「それで悪徳宰相の振りをしつつ、領民に恨まれる役を?」
「実際、先代が亡くなった後、私を領主にしようと声をかけてきた者は多かったのですよ。私が全員追放しましたが。今後のためにグリン様が領主にふさわしいと、全員に納得してもらう必要がありました」
「それで重税を課す悪徳宰相に」
「ついでに街道も整備して、国庫にも余裕を持たせておきました。しばらくはグリン様でも十分経営できるでしょう」
「計画通りというわけね」
「そうキレイなものでもありませんよ。本当。グリン様はどれだけイジメても怯えるばかりで、動きになられなかったので。ミュールさんには感謝しております」
「……これからどうするの?」
「さて、何も。とりあえず酷い職場で疲れ切っているので、しばらくは休暇にします」
「あ、そうだ」
ミュールは腰からルビーの首飾りを取り出す。
「退職金貰ってきたんだった」
「それは、先代の」
「領主様から報酬にって。山分けね」
ガルバトリクスはじっと首飾りを見つめる。
「ふふっ、グリン様は情けない人だと思っていましたが……あの、剣を構えたお姿。まるであれは、友が……蘇ったかのようでした……」
「領地を治めるのは魔法ではなく人だ。あいつはきっと良い領主になる」
「……はい」
静かに涙するガルバトリクスを乗せて、荷馬車は道を進んでいったのだった。
○収支
・ゴブリン退治の報酬 銀貨160枚
・ルビーの首飾り 銀貨1500枚(半分はガルバトリクスへ)
・新しい冒険者仲間
次の冒険へ続く……
感想、ブクマ、評価、いつもありがとうございます。励みになります。
次回から、また本編に戻ります。




