29話 魔術師と少女は病気を治す
火の巨人達をアイアンウォールの魔法で封じ、時間を稼いだミュールはあらためてエステルの方へと向き直った。
「エステル!?」
エステルはすでに意識を失っていた。
苦しそうな表情を浮かべ、喉に手を当てている。
喉を掻き毟っったらしく、首に残る傷が痛々しい。
「呼吸ができていない、窒息させる魔法?」
「それでは触れるなということが説明できん」
「触れたらいけない、となると特定条件で効果が発動する呪いか感染性の病気効果?」
「妥当な予想だ。肉体的及び魔法的接触をキーとするか、あるいは呪いであれば治療効果そのものをキーとするものもある」
決めるのはミュールだが、何が起こっているかの予想や相談はネクロノミコンも受け付けてくれるようだ、ミュールは少し安堵した。
早くエステルを助けなくては。
「まずどんな魔法がかけられているか調べないといけないわね、でもアプライズマジック(魔法鑑定)を使うとエステルと魔法的な接触をしてしまう」
「そこで、あえて初級魔法のディテクトマジックを使うのだよ」
アプライズマジックは人や物にかかっている魔法を調べる魔法で、ディテクトマジックは範囲内に存在する魔法がかかっている物を見えるようにする魔法だ。
ディテクトマジックは自分の目に魔法をかけるものなので、魔法的接触を必要としない。
「ディテクトマジックで見える魔法のオーラは、かかっている魔法の効果によって異なる。そのオーラのパターンによってどのような効果の魔法がかかっているのか調べることができるのだ」
「そ、そんなこと習ってないし、オーラのパターンなんて言われてもわからないよ」
「そういう知識の補助をするために俺がいるのだ」
「そこは頼ってもいいの?」
「俺がお前に求めるのは自分で判断できることだ。自分一人だったらという状況を想定して勉強するのも大切だが、深淵では今この場ではあるものをなんでも使え。それが深淵で生き残るのに必要な技術だ」
ネクロノミコンはそう言って魔法を促した。
「分かった……ディテクトマジック!」
ミュールが魔法を唱えると、魔法のオーラが視認できるようになった。
灰色と青色のオーラがエステルの身体を包み揺らめいている。
「なるほど、これは呼吸器系を麻痺させる魔法で作られた病気だな。さらに予想していた通り、接触によって感染する。24時間以内に症状がおさまる代わりに感染率は極めて高く、接触したらほぼ確実に感染する。魔法的な効果を加えずとも呼吸器系を麻痺させることで魔法の発声をできなくするか、悪くない発想だ」
「息ができないんじゃすぐに死んじゃうよ。24時間後に治っても仕方ないわ」
「となると病気に感染しない状態で治療するのが良いだろう」
「病気耐性系の魔法って抵抗力を上げるばかりで、完全耐性はつかなかったわよね?」
「確かに、実は病気と毒について単純に完全耐性を与える魔法というは無い」
リムーブディジーズというほとんどの病気を除去する便利な魔法がありながら、病気に絶対感染しなくなる魔法というのは存在しない。
抵抗力を上げたり、空気感染を防ぐ魔法は存在するのだが……なぜ病気完全除去はできるのに病気完全耐性が無いのかとたずねられたら、ネクロノミコンならば魔法理論文を嬉しそうに語り出すのだろうが、今は簡潔に、『除去は可能でも、除去した状態を持続しつづけることは難しい』という説明に留めておこう。
「単純に完全耐性を与える魔法が無いってことは、単純でなければあるのね」
「よく気がついたな。その通りだ」
ネクロノミコンが教えている生徒が正解にたどり着いた教師のように、満足げに話を続ける。
「病気に対して完全耐性をつける魔法はないが、病気に対して完全耐性を持つ存在に変身する魔法は存在する」
「それ前に使ったエレメンタルフォーム?」
「ああ、エレメンタルは人間の姿をしているだけで中身は元素たるエネルギーの塊だ。病気や毒、その他血肉を持つ生物のみにかかるような効果は無効化される」
「分かった!」
考える時間は終わりだ。
ミュールはすぐにエレメンタルフォームの魔法を唱える。
再び炎の女王の姿になり、それからリムーブディジーズの魔法をエステルにかけた。
「すぐに治癒の魔法もかけろ、病気を除去できても病気によって起きた障害は治療できていない。除去はあくまで除去だ」
「うん!」
キュアをかけると、エステルの苦しそうな表情が和らいだ。
「上手くいったみたいだね、さすが私のミュールだよ」
ミュールがエステルを治療している間に、ラファエラはレーシーを縛り上げ、魔法を使えないように口に布を噛ませて猿轡にしていた。
☆☆
「う……ここは……」
「エステル? 大丈夫?」
失っていた意識もキュアによって呼び戻され、エステルは穏やかに呼吸しながら目を開ける。
炎の女王の姿をしたミュールに驚いたが、すぐに状況を理解しため息をついた。
「その姿が報告にあった未知の魔法なのですの? 私はまた、あなたに助けられてしまいましたのね。情けない限りですわ」
エステルは自嘲気味に笑った。
だがそんなエステルの手を取り、ミュールは首を横に振る。
「違うよエステル」
同情はいらないと言おうとしたエステルだったが、ミュールの表情には、これまで何度もエステルが出会ってきた同情の表情はない。
そこにあったのは尊敬だった。
「私、エステルが倒れて、巨人も迫ってきてて……ネクロノミコンから一瞬で判断しろって言われて、怖かった、間違えたらどうしようって、とても怖かった」
「ミュールさん……?」
「だから私は時間を稼いだ。でもいつでも時間を稼ぐことができるわけじゃない、“死ぬほど苦しい病気にかかって、魔法も会話を封じられて、仲間を殺すのに利用されそうになる”なんて状況もあるんだよね……そんな状況で、相手を殴って倒すなんて判断を一瞬でする」
「無我夢中だっただけですわよ……たまたま倒せたから良かっただけで……」
「でも倒せた、だから私も、どうすればエステルを助けることができるのか正しい判断する時間がもらえた。きっとそれは、エステルがずっと魔術師であろうとしてきたからだと思う」
このような賞賛はエステルにとっては経験のないものだ。
しかもそれがエステルが天才と認めるミュールで、その声にはなんの同情も偽りもなく、本気でエステルのことを尊敬しているのだ。
エステルは顔を赤くしてうつむいた。
「私、エステルとパーティーを組めてよかった、出会えてよかった。私達ならきっと誰も到達したことのない深淵の奥の奥までいけるよ」
「ミュールさん、あなたは……」
「エステル、これからも一緒にパーティーを組もうよ! 私達にはあなたが必要なの」
「私が、必要……」
ミュールは本気だ。
本気で私のような劣等をパーティーに欲しがっている。
エステルは戸惑った、ミュールが自分の精神面での強さを尊敬しているということは説明されたので分かる。それでもずっと劣等だと蔑まれてきたエステルにとって、必要とされることに慣れていなかった。
だがゆっくりとミュールの言葉を理解し、混乱する感情を理性でねじ伏せる。
あくまでスマートに。賢者の塔の魔術師は決して泣いたりしない。
たとえ実際の賢者の塔が理想とはかけ離れていた世界だとしても、彼女の理想とする賢者の塔は彼女の心の中にある。
「分かりましたわ、これからもお互い魔術師として、良きパーティー、良きパートナーでいましょうね」
「うん!」
ミュールは嬉しそうに笑った。
気がつくと、エステルの顔にも、自然な笑みがこぼれだしていた。
「ねぇお二人さん、友情を深め合うのはそりゃ美しい、私も混ぜてもらいたいくらいだけれどね。あちらのことも忘れないで欲しい」
ガンガンと音を立てて崩れつつある鋼鉄の壁。
崩れた壁の隙間から、すでに巨人の焼けた鉄のような皮膚が見え隠れしていた。
「分かるね? 戦いはこれからだよ」
そう言ってラファエラは肩をすくめた。




