25話 魔術師と少女は後始末をする
窓もない地下でありながら、十分なマナの残っているダンジョンでは、原理は不明だが、十分な換気がなされている。
ポン・カーティスが起こした毒ガスやミュールのファイアーボールで作られた熱も、10分くらいでどこかへ運ばれていった。
「あれがミュールの本気かい? いやはや凄まじいね。ミュールの作ってくれたウィンドバリアがなければ私達もあの二人のように黒焦げになっていたね」
ラファエラはカラカラと笑っているが、他の二人に笑顔はない。
レーシーは無表情でガジャン達だった灰に近づき、その威力を確かめている。
エステルは呆然と座り込み、うなだれている。
「エステル……」
ミュールが声をかけると、エステルはゆっくりと振り返った。
「気づいてらしたんですね、私が騙されていることに」
「証拠は無かったんだけど……」
「見ただけでわかりましたか、でも、私には彼らしかいなかったんです。私と一緒に深淵に潜る魔術師は、お金で雇える彼らしかいなかったんです」
エステルは視線を、地面にある自分の手の甲に落とした。
口元には痙攣するような自嘲が浮かんでいる。
「集まったのは強盗2人と詐欺師が1人、クラスメイトにも迷惑をかけて、私は一体何をしているのでしょう」
「そんなことは……」
「私は、あの二人にも勝てなかった、最初のガス爆発を防げたかどうか。その後のファニートレントの暴走なんて……どうしようもなかった」
「エステル、落ち着いて」
「でも……私はあの二人の気持ちが分かる、いえ、今分かりましたわ。あんな魔法を、私も扱えたら……私が、ミュールさん、私があなたであったなら!」
エステルの手の甲に涙が落ちた。
「私はいつもそうですの。何をやっても上手くいかない。何かやろうとする度に誰かに迷惑かけて、分かっていますのよ、私は賢者の塔を追い出されるべくして追い出されたと。私は魔術師に向いていない……ずっと、言われ続けてきたことですもの、誰よりも私自身がそれを理解している」
「そ、そのエステル……」
「ミュール、エステル、いつまでうつむいているのだ、倒したファニートレントを回収しにいけ。ファイアーボールの直撃を受けたものは残っておらんが、余波で倒れたものならかなりの数が残っているぞ。集めれば一財産になる」
「ネクロノミコン! 今はそんなことよりも……」
「そんなことよりもなんだ? お前の言葉でエステルの気持ちを楽にすることができるとでもいうのか?」
「それは……でも何もしないよりは」
「何もせずお互い時間を浪費しても何の意味もない。ただ慰めてやったという自己満足が得られるだけだ」
「分かった、分かったわよ!」
ミュールは諦めて立ち上がった。
ネクロノミコンの言うとおり、エステルの気持ちはミュールには本当の意味では理解できない。生まれたときから魔術師たれと育った魔術師エステルの挫折は、ミュールの想像できる範囲の外にある。
「エステルも集めるのを手伝え、体を動かしたら考えずに済む」
「……分かりましたわ」
ネクロノミコンに指示されながら、二人はそれぞれ倒れたファニートレントを集めに行った。
☆☆
「今日はここで野営をしましょう」
ファニートレントを集めだして1時間と少々。
片っ端からミュールの魔法に格納しているのだが、量が多くまだすべて回収しきっていない。
そんな時に、レーシーが野営の提案をした。
「ファニートレントくらいなら見張りを1人立てれば対応できるわ。幸い私はまだ余力がある、夜の半分を私が、残り半分を3人で見張るといい」
「地上に戻るくらいの魔力は残っているけれど……」
ミュールが反論しようとするが、エステルの落ち込んだ様子を見て黙ってしまう。
この状態で戦わせるのは危険かもしれない。
「ネクロノミコン……」
「いいんじゃないか、ダンジョン内で一晩明かすのも経験だ」
「いいのかなぁ」
ミュールが危惧しているのはレーシーのことだろう。
てっきりガジャン達の仲間かと思ったら、違ったようだ。
だからといって、信用できるかというと、また話は別だ。
レーシーの大きな目を見ていると、ミュールの第六感が、こいつは危険と警鐘を鳴らすのだ。
だが、ミュールの全力の魔法を見た後で、仕掛けてくる現代魔術師がいるだろうか?
「まぁネクロノミコンがそういうのなら」
気を緩めるつもりはないが、今のエステルには休息が必要だ。
ミュールはそう判断した。
☆☆
その後、散発的なファニートレントの襲撃があったのものの、問題なく撃退し、すべてのファニートレントを回収し終えた。
「ファニートレント1体の買い取り価格は銀貨30枚くらいだったかな。私が集めたのだけでも100体はいたと思うから、それだけで銀貨3000枚。全員同じだけ集めていたとしたら12000枚か。いやはや全く」
1万枚超えの銀貨!
深淵10階にいるボスを攻略し得た魔法のアイテムの価値が平均銀貨2万枚なので、地下3階でこの成果は破格だ。
エステルの様子に心を痛めていたミュールも、成果を聞いてやっと気持ちが晴れたような気がした。
なんといっても、この成果は自分の魔法によって生み出されたのだから。
「あなたの成果よ、今のうちに取り分の主張をしなくてもいいの?」
「わっ!?」
いつのまにかミュールの直ぐ側にレーシーが立っていた。
「取り分は全員同じ。そういう約束よ、誰が倒したなんて言い出さないわ」
「そう、欲がないのね」
「ルール通りにするのを、欲がないとは言わないわよ」
レーシーはまた気味の悪い笑みを浮かべている。
「ふふっ、そう、あなたはそう判断する魔術師なのね」
「変かな? 当たり前だと思うけど」
「そうかしら?」
「あなたなら、自分の取り分だと主張するの?」
「いいえ、最初の約束通りにするわ。あら意外そうな表情ね、私はそんなに欲深く見えるかしら」
「そんなつもりじゃ」
「私欲は無いわよ。私もエステルと同じ魔術師としての責務というものに殉じているの」
「…………」
ミュールは信じられない様子で疑わしげにレーシーの大きな目を見つめている。
その視線を意に介した様子もなく、レーシーは笑みを浮かべたままだ。
「大丈夫、レーシーは信用できる魔術師ですわ」
二人の会話にエステルが割って入った。
エステルはレーシーのことを信用しているようだ。
「レーシーのことは前々から知っていますの、なにせ彼女は……」
「エステルさん、わざわざ言いふらすようなことではないわよ」
「ご、ごめんなさい」
素直に謝るエステルというのも珍しい。
二人の関係は、ミュールが思っていたより複雑なのかもしれない。
もう何事もなく終わればいいけれど。
そう思いながらミュールはテントの設営を行っているラファエラを手伝いに行った。




