13話 魔術師と少女は図書館を利用する
二人と別れた部屋に戻ったミュールは、久しぶりに図書館にいくことにした。いま下宿しているところには、共同ホールに図書館の端末があったはずだ。
リナール村では魔術師もいないし、受験勉強は図書館頼りだったため、あの頃は毎日のように、精神力を使い果たすまで図書館に入り浸っていたものだが、受験が終わるとすっかり疎かになってしまった。
受験勉強では魔力量、魔力操作精度の試験、そして筆記試験と、魔法の実技試験だった。筆記試験では魔術師ギルドの歴史や有用な魔法の効果など片っ端から暗記。とてもつらい日々だったが、合格できてよかったとミュールは笑った。
ミュールは着替えると、学生証を持ってホールに向かう。
下宿宿のホールは、ミュールと同じような学生が談笑している。
残念ながらサクス校の生徒はいない、したがってミュールと顔見知りは一人もいない。
ちょっと談笑している学生たちが羨ましいと思う反面、最近の学校での持ち上げを考えれば、あれがここでも続いてたら面倒だと思い直す。
「ネクロノミコンは図書館って分かる?」
「本来の意味でも、現代の意味でも分かっている」
「本来の意味?」
「かつて図書館とは、本物の本が大量に収められたものだった。中には魔術書もあって、盗難やら色々苦労したものだ」
「ふーん」
「まぁあれもいいものだったのだが……モウゼと俺で知識のみを収めた図書館を作ろうという計画を初めてな」
「え、図書館ってあんたが作ったの?」
「基本設計への協力だけだ。実際に大量の本の内容をマナにして固定していったのはモウゼとその弟子達だな」
「……そのモウゼって、もしかして魔王モウゼル?」
「そう呼ばれていたこともあったようだな」
ミュールは目の前の水晶で作られた球状の端末に学生証をかざし、魔力を込める。
『認証完了、サクス校魔術師ミュール・リノール。図書館へようこそ』
ミュールの意識は膨大な本の形状をしたマナが並ぶ世界へと飛んだ。
「マナと精神を一体化する技術は、俺の時代ですでに研究が進んでいた。だがこれほど簡単にマナ空間に入り込むことはできなかった。100年前より進んだ数少ない技術だな」
「珍しいわね、ネクロノミコンが現代魔法を褒めるなんて」
「俺は率直な意見しか言わん。ただ手放しに褒めているわけでもない」
「ほらやっぱり」
「なぜ他の技術が衰退しているのにもかかわらず、図書館だけは発達したのか。その理由があるはずだ」
「理由ね、便利だからじゃないの?」
「他の魔法も同じように便利だろう」
「確かに、うーん……誰でもすぐに知識が得られるから、利用者が多いから」
「一理ある。だがこの世界で他の多くの技術と、図書館との違いがあるはずなのだ。そしてそこには、意志がある」
「意志って何よ」
「……それを考えるためにお前にくっついてきたのだ、俺は俺で勝手に本を調べさせてもらうぞ」
「本が本を読むなんて変なの」
「うむ、たしかに」
自嘲気味に笑うと、ネクロノミコンはミュールから離れていった。
「にしてもあいつ、当たり前のように図書館に入っていたけど、認証チェックとか大丈夫なんだ」
ミュールの所有物なのだから、その点はクリアできているのかも知れない。だが、もしかするとネクロノミコンならミュールがいなくても図書館に入れるのでは、そうミュールは思った。
ネクロノミコンは現代の魔術師と違うのだから。
☆☆
ミュールは本の状態に固定してあるマナに触れる。
触れる本はどれでもいい、欲しい情報を頭に浮かべ、次々に流れる本のタイトルから必要な知識を見つける。
魔力はこの図書館を構築するマナがあるのでほとんど消費しない。
僅かな制御用のマナが必要ではあるが、これくらいなら初級魔法を使うより少ない消費で済む。本職の魔術師でなくても、初等学校で基礎さえ身に着けていればほとんどの人間が使える程度の魔法だ。
この図書館のおかげで、辺境の住人でもさまざまな知識を調べることができるのだ。
鍛冶屋は魔法鋼の打ち方をここで身につけ、農夫は大地のマナを励起させる方法を学び、医者は傷口から溢れる命をふさぐ術を知る。
この図書館を管理する魔術師ギルドが大陸で絶対的な発言力を持つのも当然と言えた。
ミュールが取り出したのは歴史の知識。
蒼色のきらめきが知識となってミュールの精神に本という形で現れる。
ミュールは蒼い本を心に持ち、心でページをめくっていく。
調べたい年代が終わると、また別の歴史の本を選び、同じように調べる。
だが、
「だめだわ、どれも載ってない」
ミュールはそう言って本をマナへと帰した。
「どういうこと、ネクロノミコンの魔法は本物だし、彼が今まで言ってきたことも嘘とは思えない。でも、歴史の書かれた本にはどれもネクロノミコンが言うような事実は書かれていない」
ミュールが調べていたのはネクロノミコンが魔術師として生きていた時代について。だが、そこにはネクロノミコンが話していたような事実はなく、今とあまり変わらない魔法事情な生活様式が書かれていた。
「でもこれって」
100年というのはそれなりに長い時間だ。
当時生きていた人は、ほとんど亡くなってしまっているだろう。世代も3世代から4世代は移り変わっているはずだ。
それだけ世代が変われば生活様式の変化があって然るべきではないか。
だが、歴史書に書かれている生活様式は全く変化がない。今と同じ生活、今と同じ組織、今と同じ魔法が、100年前にも今と同じように存在したと書かれているのだ。
もちろん、色々な偉人、悪人が歴史には登場する。
深淵を独占すべく戦争を起こしたウガル強欲王。
王権を簒奪し、武力で魔術ギルドを私欲のために支配しようとした傲慢なるバラム。
そして、あらゆる魔術書を奪い、魔法を独占しようとした魔王モウゼル。
だがそれだけだ。彼らが使う魔法も、彼らが率いる兵達が使う武器も、今と全く変わらない。
唯一世界で変わっているのは図書館と発達と、ダンジョンだけだ。
「これだけ変わらないものなの?」
ミュールはさらに昔の記録にさかのぼる。
150年、200年、250年、300年、400年、500年……
「今と変わらない」
そんなはずはない。
魔術書は魔法を効率化するために発達してきたと魔法の解説書で読んだはずだ。
ならば非効率的な弱い魔法が歴史に存在していないとおかしいではないか。
ミュールは混乱する頭で受験勉強のときに読んだ魔法の解説書を呼び出す。
「えっ」
そこに書かれていたのは、ほんの数年前に読んだ時の記憶には無いものだった。
「魔法は魔術書と共に発見された……」
魔法は進歩などしていなかったと、歴史は主張していた。




