12話 魔術師と少女はお嬢様に誘われる
サクス校から歩いて15分。
中央広場の一角にあるカフェ・フルムーン。
路上に並べられた席に座り、ウルの中央広場を歩く人々を眺めながら、ミュール、ラファエラ、エステルの三人は、紅茶とクッキーを楽しんでいた。
「これほど人が多い街は初めてなんだ」
ラファエラは面白そうに広場の様子を眺めながら言った。
「私も。ずっと田舎で暮らしてたから」
ミュールも同意する。通りの人間の中に知っている顔を見つけることはできなかった。
「私はごちゃごちゃしてあまり好きじゃないですわね」
ウル生まれのエステルだけは否定した。
ラファエラがエステルのそんな態度を興味深そうに笑う。
「私は生まれ故郷であるアルテナが好きだよ。森の囲まれ、動物たちも豊富なんだ」
「私もリナール村は嫌いじゃないかな。そりゃ小さくって何もない村だけど、みんな頑張って暮らしているし、収穫祭は結構盛り上がるんだ」
「それはどちらもぜひ一度行ってみたいものですわ」
「私達はどちらも故郷が好きだ。同時にこのウルの暮らしも楽しんでいる。君はそうではないのかい?」
「ええ、私はこの街をあまり好いてはいませんの」
「実に興味深い!」
「ラファエラ、ちょっと失礼じゃない?」
多分本気で謝っているのだと思うのだが、ラファエラの大げさで芝居がかった仕草は、どうしてもふざけていると勘違いされやすい。ミュールはエステルのイラッとした表情を見て苦笑した。
「ごめんね、ラファエラはこんなんだけど本当に謝ってるんだよ」
「ええ、もちろんラファエラさんの言葉を疑っているわけではありませんわ」
「それは良かった。私は他国の人間で、どうもこの国では浮いた存在となってしまうようでして。私としてもマドモアゼル達の心に波風を立てるのはとても不本意なのですよ」
「ラファエラ、そういう言い回しが誤解を招いてるんだよ」
ラファエラは困ったように整った眉をハの字に曲げた。
「それでエステル、私達に何か用があったの?」
なにせ机の上に手を置いてアピールしてからの登場だ。今は温和に会話しているが、何か用があったに違いないと、ミュールは考えていた。
エステルはカップを置いて表情を変えた。
「実はお二人にお頼みしたいことがありますの」
「なに?」
「一緒にパーティーを組んでほしいのですわ」
「でも、法律じゃ魔術師はパーティーに二人まででしょ? 三人じゃ組めないよ」
「それはピッカーパーティーに適応される法律ですわ」
「つまりマッパー探索、未踏のダンジョンへ?」
「はい、私以上の魔術師であるお二人の手を貸していただきたいのです」
二回目のダンジョンが未踏のダンジョンへ?
マッパーとしての探索には許可がいる。実績のない魔術師、特に学生なんてまず断られるのがと当然だ。
「ご安心ください。今回の探索はすでに魔術師ギルドに認可されています。パーティーも決まっているのですが、そこにお二人を加えたいという申し出ですわ」
「本当なの?」
「ミュール、それは失礼だよ。マドモアゼルエステルは嘘を言っているようには見えないし、そんなすぐバレる嘘をつくるほど浅はかとも思えない」
「なんでしたら魔術師ギルドに確認していただいても構いません。ダンジョンの場所は機密上ここではお教えできませんが、魔術師ギルドに来ていただければ説明いたしますわ」
「でも、なんで、そのエステルさんも学生なのに」
「……私が少し特別なのです。お二人とは違う方向でですが」
「ほう? お教えいただいてもよろしいですか」
エステルは僅かな間目をつぶった。その事実を話すのが煩わしいかのように。
だがすぐに目を開けると、彼女は微笑を浮かべながら言う。
「私は魔術師ギルド長コーレシュの孫ですの」
☆☆
千の魔術のコーレシュ。
かつては、器用者コーレシュと呼ばれ、その後は改悛者コーレシュと呼ばれていた魔術師。
バラムにとっては破滅の原因を作った元弟子だ。
「コーレシュの孫か」
ネクロノミコンが三人の会話に口を挟んだ。
ミュールは迷ったが、これはネクロノミコンの意見も聞きたいと考え、ネクロノミコンをテーブルの上に取り出した。
「これが噂に聞く、あなたの魔術書ですのね」
「ネクロノミコンと言う、よろしく若き魔術師よ」
「知っていらっしゃるとは思いますが、エステルと申しますわ。よろしく古き魔術書さん」
「さっそくだが、我々が探索に参加するにあたり条件がある」
「ちょ、ちょっとネクロノミコン、私は参加するかどうかまだ決めてないよ!」
「聞きましょう」
慌てるミュールに構うこと無く、ネクロノミコンとエステルは話を続けた。
「探索の前日までにコーレシュと会談の場を設けてほしい」
「ね、ネクロノミコン!?」
ただの学生が魔術師ギルドの長と会話する場を設けろだなんて、とんでもないことだ。ミュールは慌てた。
「難しいですわね。コーレシュ様はとても多忙でいらっしゃいますの。ですが、タンジョンから何か価値のあるものを持ち帰ることができたのなら、それを口実にコーレシュ様に直に報告する機会を設けることは可能かもしれませんわ」
「ほぉ、孫娘のお前でも会うのは難しいのか」
「魔術師ギルドの長という重責は、プライベートを犠牲にしなければならないほど重いものなのです」
「分かった、いいだろう。お前のパーティーに参加しよう」
「ま、待って! 私はまだ」
「いいじゃないからミュール、私も未踏のダンジョンに興味がある」
「ラファエラまで!」
「ミュールよ、俺の所持者である限り、“深淵”の低層探索など恐れるほどの障害ではない」
ネクロノミコンのその言葉を聞いて、エステルの表情が変わった。
「なぜ深淵が目的地だと?」
「おや当たったかね? ただの当て推量だよ」
「……これは失礼しました、少々驚いてしまったので。ネクロノミコン様は頼りになりそうですわね。これからもよろしくお願いしますわ。では、明日、授業が終わったら魔術師ギルドまでいらしてください。私は明日はギルドの方で準備がありますので、授業は欠席させていただく予定ですので」
「うむ」
「家まで送っていこうか?」
「ありがとうラファエラ様、お申し出は嬉しく思いますが、私も魔術師ですので、お気遣いは無用ですわ」
「これは失礼を、ではマドモアゼル、良い黄昏時を」
エステルはテーブルの上に三人分の料金を置くと、さっと立ち上がり帰ってしまった。
「これは面白いことになったねミュール。私は楽しくなってきたよ」
「深淵に行くの? 私が?」
対象的な表情を浮かべる二人を見て、テーブルに置かれたネクロノミコンはじっと自分の記憶を見つめる。
深淵。
世界最古、最初に発生したすべてのダンジョンの原型。
その内部は変幻。入る度に形を変え、さまざまな危険とたくさんの財宝を魔術師達に提供してきた。
ネクロノミコンにとって、思い出深い地であり、多くのことをやり残してきた場所でもある。
だが今は、他にやるべきことがあるのだ。




