風に舞う花
アルファ視点で一片。
「風花」という作者のハンドルネームの由来がここに。
「あ……。」
仕事から帰る途中、私は足を止めた。
気づくと、白くふわふわしたものが空から舞い降りている。
「もしかして……。」
私は今まで、『それ』を見たことがなかった。
急ぎ足で家に帰る。フィリスに聞けば、これが『それ』かどうか分かるはずだ。
「ねえっ、フィリス!!外見て。もしかして、これが、『雪』?」
自分でも、声が弾んでいるのが分かった。このワインドの街に来て初めての冬。南方から来た私は、生まれて初めての『雪』を見るのをとても楽しみにしていた。
「あ、ほんとだ。降ってきたんだね。……でも、これじゃすぐにとけちゃうなあ。空、晴れてるでしょ。風上で降ってるのが、風に運ばれてここまで来てるんだよ。……うん、本降りじゃないけど、正真正銘、雪、だよ。」
私の1番ほしかった答えを、長い説明の一番最後にくださったフィリスは、それを聞いて喜ぶ私を見て、にこりと笑った。私が雪を楽しみに待っていたことを、フィリスも知っているのだ。
「そっかぁ……。これが、雪かぁ……。きれいだねぇ……。」
フィリスに話しかけているのか、独り言なのか、自分でも曖昧なままにつぶやいて、舞い下りる雪の下に歩き出す。
空から降りてくる白いかけらを手のひらでそっと受け止めると、かすかな冷たさを残してフワリととける。そんな感覚がなんだか嬉しくて、いつまでも雪の中に立っていたい気分だ。
その時。突然、風が吹いた。雪の中、たたずんでいた私の目に映ったのは、風に舞い踊る雪。それまでの静かな降り方と違い、風に流されていく雪は、私の記憶の隅をかすかにひっかいた。
なんだろう、この感じ。雪を見たのは今日が初めて。それは間違いない。なのに、この風と踊る雪を見ていると、奇妙ななつかしさのような気持ちがわいてくる。こういうのをデジャヴというのか。心の中にある、確かな存在感と少しの違和感。
そんな不思議な感覚を味わいながら、どれくらい雪の中に立っていたのだろう。家の方から、フィリスの声が聞こえた。
「アルファ~。寒くない?雪が嬉しいのも分かるけどさぁ、風邪、ひいちゃうよ。そろそろ家の中に入ったら?」
その言葉を聞いた瞬間、私は、あ、とひらめいた。デジャヴの正体と、違和感の理由。私のよく知っている、この雪にも似た、風に舞うもの。それは、春のものだ。つまり違和感は風の冷たさ。デジャヴの正体は、……そう、風に散る桜の花びら、である。
そうと分かったとたん、雪を見ながら、私の心は遠く故郷まで飛んでいた。街の中央公園にあった、桜の大木。風にひらひらと舞う淡いピンクの花びら。戦乱のために離れなければならなかった、私の生まれ育った故郷の風景。
目を閉じると、まぶたの裏には故郷。目を開けると、風に舞う花のように、さらさらと降り続く、雪。私はとても暖かな、そして少し切ない気持ちになって、『雪』のことをとても好きになった。
雪を堪能し、家の中に入ると、そこにはフィリスがいる。彼女は、あの桜の大木を、『風に舞う花』を知らない。
「……ねえ、フィリス。いつか戦争が終わったら、私の故郷に……ハウズフィルに、一緒に行こうよ。フィリスに見てもらいたいものが……とても、見せたいものが、あるの。」
『風に舞う花』を見て、フィリスも『雪』を……故郷を、想うだろうか。そんな素敵な想像をしながら、私はそうフィリスに話しかけていた。